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虚像のゆりかご  作者: 丹㑚仁戻
第四章 東海林美亜
16/30

〈二〉高校時代

「八尾さん、少しいいですか?」


 尾城達はつい先程後にしたばかりの取調室に戻ると、中で疲れたように項垂れていた八尾に話しかけた。

 八尾をこのまま警察署に置いていくことはできないが、後から彼の自宅を本人立会いの元で捜査することになっている。手配の関係でまだ数時間は先だが、八尾の希望によりそれまで警察署で待っていることになっていた。


「何か……?」


 八尾もまた尾城達が急にやって来たことが意外だったのだろう。もう待っているだけのはずだったのに、どうしてこんなに早く尾城達がやって来たのか――そんな疑問からか最初は驚いた様子だったが、すぐに不安そうな表情に変わった。


「東海林美亜さんという名前に心当たりは?」


 椅子にも座らず尾城が単刀直入に聞けば、八尾は顔を強張らせた。


「……高校の、同級生だった子です。確か二年の時に自殺しちゃったんですけど」

「その様子じゃあ、今思い出したわけでもなさそうですね」


 河野が鋭い目線で八尾に尋ねる。すると八尾は観念したように、「珍しい名前ですから」と口を開いた。


「僕も東海林卓という人が何者なのか調べていたんです。そうしたら彼女の名前が出てきて……すぐには思い出せなかったんですけど、そういえば高校の時に同じ名前の子がいたなって」

「何故先程話してくださらなかったんです?」

「……関係あるのか分からなかったからです。彼女とは別に親しいわけでもありませんでしたし」


 尾城は八尾の様子にどことなく違和感を覚えたが、それが何なのかまでは分からなかった。確かめるように河野の顔色を窺えば、彼もまた煮え切らないような表情をしている。


「……まあ、今はそれでいいでしょう。ご自宅の捜査まで時間がありますので、我々は一旦これで失礼します」


 意外にも呆気なく引き下がった河野を不思議に思いながら、尾城はその後を追った。



 § § §



「――ではまた何かあればご連絡しますね。それでは失礼します」


 電話を切ると、尾城はふうと息を吐いた。警察関係者ならまだしも相手は一般人だ。それも息子を亡くしたばかりの東海林の母親と来たものだから、前回会った時の記憶のせいもあって面と向かっていなくても緊張してしまう。

 こういうやり取りも河野がやってくれればいいのにと思いながら、尾城は駐車場で待つ先輩刑事の元へと向かった。


「東海林さんは八尾のことを知らないようです。でもいくつか友人の連絡先は教えてもらえました」


 電話の内容を報告しながら運転席に座った尾城だったが、行き先をまだ知らなかったと思い出して助手席に座っている河野に目をやった。彼に言われたから東海林の実家に連絡したのに、自分からその内容を聞いた河野は相槌も打たずに難しい顔をしたまま黙り込んでいる。


「どうしたんですか?」


 尾城のその問いは今この時のことだけを指してはいなかった。先程八尾に東海林美亜のことを聞いた時、河野があっさりと八尾の言い分を受け入れたことに対しても疑問を投げかけたつもりだ。

 受け入れたとはいっても信じたわけではなさそうだったが、だからこそ尾城はあの後追求が続くかと思っていたのに河野は何もしなかった。その行動の理由がどうしても尾城には分からなかったのだ。


「……八尾は何を隠してるんだろうな」


 河野にも自分が聞きたいことは伝わったらしい――尾城はそう気付くと、彼の言葉について考えを巡らせた。


「さっきの態度ですか? やっぱり何か変でしたよね……っていうかそれならなんであの時聞かなかったんです?」

「聞いたってしょうがねぇだろ。こっちは東海林美亜と八尾の高校が同じだって気付いたばっかで何も知らないんだ。奴の記憶喪失が()()なのかどうかすら分からないんだから、下手に情報を与え過ぎたら利用されるかもしれねぇだろ」

「ああ、それで『今はいい』って……じゃあ、向かう先は八尾の高校ですかね?」

「分かってんならさっさと車動かせ」

「今分かったんですよ!」


 呆れたように言われた尾城は慌てて車を発進させた。今の時間から考えると、確かにあまりのんびりしていたら八尾の自宅の捜査に間に合わなくなる。尾城は河野に高校の住所を読み上げてくれと頼むと、千葉方面へと向かった。



 § § §



「なんだか懐かしいですね、こういう感じ」


 いくつもの窓に面した長い廊下に、授業中特有の静まり返った雰囲気。八尾の出身高校の廊下を歩きながら、尾城はどこの高校も同じなんだ、と頬を緩めた。


「そうでしょう? 教師をやっている私でも時々ふと懐かしい気持ちになる時がありますから」


 尾城に答えたのは、彼らの前を歩く飯岡という女教師だった。年の頃は四〇代前半で、柔らかい雰囲気を纏っている。事前に高校に話をしたいと連絡したところ、偶然この時間に受け持ち授業がないという飯岡が案内をしてくれることになったのだ。聞けば東海林美亜の事件があった時もこの高校に勤めていたらしい。

 飯岡に連れられ職員室までやってくると、尾城達は奥の応接スペースに通された。


「――これが、東海林さんが載るはずだった卒業アルバムです」


 応接スペースのソファに座って待っていた尾城達に、飯岡が大きな本を差し出した。既にページは開かれており、そこには課外活動のものと思われる写真が何枚か印刷されている。


「この髪の長い子が東海林さんです」


 そう言いながら飯岡が指差した写真には、微笑むように笑う女子生徒の姿が写っていた。


「河野さん……」

「ああ」


 その写真を見た瞬間、尾城は自分の眉間に皺が寄るのが分かった。東海林美亜だという少女を見て、真っ先に橘椿を思い出したからだ。


「あの、変なこと聞くようですけど……東海林美亜さんって、もしかして背が高かったりしました?」

「背、ですか?」

「ええ。この写真じゃちょっと分からなくて」

「どうだったかしら……ああでも、すらりとしたスタイルの子だったなっていう記憶はありますね。私は現国担当ですし、彼女の担任にもなったことがないから、あまり立った状態の東海林さんを見たことがないので自信はないんですけど」


 飯岡の言葉を聞きながら、やはりそうか、と尾城は気味の悪いものを感じていた。勿論それは東海林美亜個人の容姿に対しての印象ではない。尾城自身の感覚ではこの少女は美人の部類に入るし、写真の笑顔を見る限り明るい生徒だったのだろうという印象を受ける。

 それなのにこんなに嫌な気分になるのは、橘椿とそっくりなせいだ。東海林の実家でも彼女の写真を見たが、その時は髪型や表情が違いすぎて気付かなかった。だが、こうして髪を下ろして写真での橘と近い表情をしているとよく分かる――この二人は似すぎている、と。

 顔立ちこそ橘とは若干違うが、髪型や印象がまるで同じなのだ。顎の下あたりで切り揃えられた前髪は真ん中で分けられ、長い黒髪は絹のように真っ直ぐ伸びている。そう珍しくない髪型のはずなのに、まるで双子のようにも感じられるほど写真で見る二人の雰囲気は酷似していた。


「あの、身長がどうかしました?」

「いえいえ、こちらの話です」


 尾城が思わず東海林美亜の身長を聞いてしまったのもそのためだ。ここまで橘椿とそっくりなのだから、もしかしたら橘椿と同じように長身かもしれない――考えるより先に、そう直感したからだった。


「ところで、東海林さんの自殺の原因は本当に分からなかったんでしょうか? ご両親は知らないようでしたが、事件当時学校で何か噂になったりとかもありませんでした?」


 表情を固めた尾城を誤魔化すように河野が飯岡に尋ねる。問われた飯岡はしばらく考える素振りを見せていたが、少しすると「ああ」と声を上げた。


「東海林さんの亡くなった後に騒いでいた子達はいたみたいですね。私達教師の目につかないところだったみたいで、私も気軽に話しかけてくれる生徒から聞きかじっただけなんですが」

「どういった内容だったんですか?」

「確か、東海林さんは自殺じゃないって。直前に彼女に告白して振られてしまった男子がいて、その子が突き落としたんだって噂になったみたいです」

「そんな噂が……」


 河野達の会話を聞きながら尾城が思わずそう零すと、飯岡は苦笑しながら視線を尾城に移した。


「ご存知なくても無理はないかと思います。恐らくその男子生徒に関しては警察も特別調べてはいないはずですから。元々自殺か事故が微妙なところだったんですが、現場に争った形跡がないことから他殺の可能性は低いと言われていましたし。生徒達が騒ぎ出したのも警察の捜査が終わった後でしたから、もしかしたら耳にすら入っていないかもしれません」

「誰も警察には言わなかったってことですか?」


 実際に通報があったかどうかは自分達の方で確認できるが、誰も言っていない可能性があるというのが尾城には納得がいかなかった。振られた腹いせという明確な理由があるのだから、生徒達の誰かが親なり教師なりに相談していてもおかしくないのだ。


「正直な話、学校側としてはこれ以上事を荒立てたくないというのが強かったと思います。だから私も噂のことを生徒に教えてもらった時に上に対応の判断を仰いだんですが、憶測だけで物を言う子供の話に乗るなと言われてしまって。実際、このくらいの歳の子って噂に流されやすいですから、それであまりに噂が広がりすぎてしまえば、今度はその男子生徒が気に病んで自殺しかねないと。特に彼は難しい家庭の子でしたので……」

「難しい家庭?」

「家庭というか生い立ちというか。養護施設から通っている子だったんです」


 それを聞いて、尾城には思い当たるものがあった。今日、この高校の名前を見た時に同じようなものを目にしていたからだ。


「その男子生徒の名前を伺っても?」

「名前……ちょっと待ってくださいね。あまり目立つ子ではなくてちょっと記憶が……」


 そう言って飯岡は記憶を辿るように、アルバムの生徒一覧のページを指でなぞり始めた。名前ではなく住所の方をなぞっているのは、彼の住所が養護施設になっているはずだからだろう。

 そして少しすると、「ああ、そうそうこの子。ちょっと珍しい名字の子なんです」と言ってまたアルバムのページを捲る。彼女が尾城達に開いて見せたのは、あるクラスの生徒達の顔写真の載ったページだった。


「この子です。八尾彰くん」


 これが八尾の隠していたことか――尾城はそう直感すると、河野と顔を見合わせた。

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