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「まあ単純にさ」
私は熱に弱い。暑いのが苦手とかそういうレベルに無く、一定の温度を越えるとパタリと倒れてしまう事がある。
「いくら口頭伝達でしか情報が流れない世の中とはいえ、ある地域でのみ伝わってるホラ話なんて意味が分からないじゃない。もちろんそういうこともあったのかもしれないけど、ここからここまでは宗教的に信じられてて、それを越えるとパッタリと無くなる。一例だけならともかく、ご当地、何て言われるくらいにはバリエーションがある。たまに物証が上がったり、上がらなかったり。不思議だよね。」
そんな話をしたらちょうどいいから、と長話が始まった。いつもの「お勉強の時間」というやつだ。
「はぁ…」
「じゃあ、どうしてそういう風になったんだと思う?」
「…?大名みたいに、担当が決まってたんですかね。…いえ、やっぱり分からないです。」
「ううん、それで正解。妖怪ってのは土地と契約することで力を発揮する一種の超能力者。まれに動物。小豆婆って知ってる?」
「えぇまあ。」
名前くらいしか、知らないが。
「東北から関東で信じられてた妖怪だね。夕方とかに川辺で小豆を研ぐか、ヒトを研ぐか、みたいなことを言う妖怪。実際の教訓とは違うんだけど、こいつは、穀物を生み出す力があったとされる。」
「…?」
「詳細に言うと福島から埼玉くらいまでの間に限定して自分だけは餓える事がないって能力で、主に廃村やケの日の神社みたいな人目の無い場所を渡り歩いて生きていたらしい。」
「やけに、詳細ですね。」
「子孫が生きてるからね。『小豆婆』本人の日記も残ってるよ。」
「…?こ、子持ちなんですか…?」
「うん。栃木県出身らしいよ。村が飢饉で飛び出してきたんだとか。」
餓死、か。なんとなく、言いたいことが見えてきた。
「じゃあ…他にもいるんですか?」
「うん。例えば…これもこの辺の妖怪で悪いんだけど、ダイダラボッチとか。知ってる?」
「富士山を作ったとか、各地に足跡と言われてる湖を作ったとか、あとは…茨城県の風土記にも記載があったそうですね。貝塚の最古の記述だとか。」
「うんうん、良く勉強してる。その通り、所謂巨人系創造神だね。」
「これも子孫が?」
「うん。京都出身の貴族で、お父さんが大宰府に左遷されて、その息子。」
「貴族様だったんですか。」
「位はそんなに高くなかったらしいけどね。まあとにかく、その息子はずいぶんと小柄で、虐められてたとか。それで、一時でいいから巨人になる力を…なんてね。」
聞いた覚えがある。今から300年ほどに実在した、「塔の魔法」。その効果は、一定範囲内の土砂を吸い上げて一時的に自分の肉体に取り込む、というもの。代償は、筋肉の減少と一度干渉した土地への再干渉の不可。
「じゃあお兄さんは、その、富士山の移動だとか、琵琶湖の創成を真実だと?」
「いやあ。これは各地で気味悪がれて流浪した時に出来た伝説らしいよ。こいつはちょっと特殊な例だけどね。」
「つまり、妖怪は魔法使いだったって訳ですか?じゃあ貴方はさしずめ…雲外鏡?」
「よく知ってるね、ほんと。でも残念、どっちかというと合せ鏡の悪魔かな。」
「どうして?」
「昭和に見つかった魔法だから。」
「あぁ…じゃあ私の節制は?」
「別に魔法使いイコール妖怪って言ったつもりはないよ。第一、ぼくらの魔法はどこでも使える。」
「あっ…確かに。」
「まぁでもね、ぼくら魔法使いや魔術師の血筋には人間以外のものも多い。イギリス王家なんかは竜の血を引いてると言われているし、日本には及ばないものの魔術師が多いのは事実。」
「…日本は、多いんですか?あ、妖怪か。」
「うん。八百万なんて言うよね。いろんな理由があったんだけど、とにかく、たくさんの擬人化神格化した存在の力を取り込んだんだ。」
「お兄さんには何か、宿ってるんですか?そういうの。」
「あいにくね。そういうのって言ったら君の担当でしょ。」
「…そうなんですか?」
「うん。まぁ言ってしまうとね、蒼井は雪女の末裔と言われてるんだ。」
ゆきおんな?雪女ってあの?
「ラプカディオ・ハーンの。」
「あいにく小泉八雲は読んだことないんだけど、北の方では定番だよね。」
「いろんな伝承がありますよね。お風呂に入ったら溶けたとか、囲炉裏に当たったら溶けたとか、相手をしたら死ぬとか死なないとか。」
「そうなの?まぁとにかく蒼井って外国人が日本に帰化したのが始まりだよね。」
「よくご存じですね。」
ちなみに、うちはそれなりのお家なので家系図とか家紋…というか紋章があったりする。
「一説にはその、帰化した外国人のお嫁さんが雪女らしい。」
「そうなんですか?ロシア系って聞きましたけど。」
「まぁあくまで伝承だから。蒼井の先祖に雪女がいたってことは確かだけど。」
雪女がいたことは確か。なんか妙な話だ。
「うちに妖怪が流れ込んできたら調査されるからね。乃碧さんは昔悠越にいたから。」
「なるほど…」
納得した。そういえばお母さんは昔悠越にいたらしいとか聞いたな。…まぁ、本人は何も知らないから何とも言えないんだけど。
「まぁとにかくね。藍ちゃんのご先祖様に雪女がいたと。で、魔女的に凄い藍ちゃんは身体が概念的なものに変質しちゃったから」
「熱に弱いんじゃないかってことですか?」
「そう。あとは所謂『氷属性』の魔術にも適性があるんじゃないかな。」
もっとも、これはメリットだけど、そういって締めくくった。
「なんか、一言の結論にものすごく遠回りをしましたね。」
「あはは…ごめん」
「いえ。私はお話聞くの、好きですよ。ありがとうございました、聞かせていただいて。」
「ううん、いいよ。何かあったら聞いてね。」
「はい。」
ある梅雨の日の出来事だった。