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部屋に入ってきた何者かの気配で目が覚めた。とても軽い足音。布団を手にかけた。温かく、ふわりと漂う甘い香り。
夜中に男の部屋に来るのはどうなのかとさんざん伝えているが、きっと止めることはないんだろうなと思った。脅かしたら控えるだろうか。
「きゃっ」
布団を整え横に寝そべった少女を抱き締めた。びくり、身体が硬直するもすぐに弛緩する。
「起こしちゃいました?」
「おはよう。寝れないの?」
「…あまり、夢見が良くなくて。」
前は口癖のように言っていた台詞もずいぶんと久々に聞いた。良くなったことを喜ぶべきか、まだなおらないことを嘆くべきか、それとも。
「やっぱり、ご迷惑でした?」
少女は表情を曇らせ、弱々しく微笑んだ。自分に引け目があるときは目をそらすものだが、彼女は必ずと言っていいほどに視線を合わせてくる。すこしばかり歪められた形のいい眉に心がざわめいた。平たく言えば庇護欲をあおるのだ。
「んー、こんなことしてるとそのうち、悪い男に悪戯されちゃうんじゃないかなって。」
おどけながら、彼女の鼻先に鼻を合わせて言う。ペラペラのキャミソールに、短いパンツ。そういう目的だと言えば十分納得できる服装だった。
「イタズラしちゃうんですか?」
襟元を弛ませ、胸が見えるようにして笑う。見た目相応に子供のような身体だった。そして、鳥肌だっていた。
「寒くない?」
「この格好ですからね。」
「上に着たらいいじゃん。」
「可愛いと暖かさはトレードオフだって聞いたことありません?」
「…ほら。」
布団から出るのも億劫だったので、着ていたスウェットを脱いで渡す。二人で布団に入ると暑くなるので丁度いいかもしれない。
「ありがとうございます。…ふふ、お兄さんの匂いがする。」
「汗臭くない?」
「いいえ、いい匂いですよ。」
「そんなに匂い嗅がないでよ」
「いい匂いなのに。お兄さんって感じで。柔らかい感じがします。」
「ぼくの匂いね…人の匂いってシャンプーとか服の洗剤の匂いって聞いたことがあるけど。」
「両方とも私が選んでるので、イメージした通りの匂いですね。」
「そういうことじゃないんだけど…まあいいや。」
「明日は学校だっけ?」
「はい。ただ午前中は高校入試の兼ね合いで午後からの打ち合わせにだけ出ればいいそうです。」
「じゃあ、ゆっくり出来るね。」
「まあ、そうですね。」
「だめだよ。明日…今日は遅くまで寝てね。」
「そんなに寝れないんですが。」
「ちょっとずつでいいから寝るの。横になってるだけでいいから。」
「その時間を家事に当てた方が有意義じゃないですか?」
「最近血色悪いよ。何時間寝てるの?」
「あ、あはは…」
日中化粧で誤魔化しているものの、さすがに寝る前にはすっぴんになる。不眠症はある程度改善され多少はマシになったといえそれでも顔色が目立つ日もある。せっかく顔がいいのだから、もっと綺麗にしていて欲しいというのはエゴだろうか。…エゴだろう。
「お兄さん?急に難しい顔してどうしました?」
「いや、せっかく可愛いんだからもっと健康に生きて貰いたいなって。」
「可愛いですか?」
「うん。美人さんだと思うよ。」
「ふふ、嬉しい。お兄さんも格好いいですよ。」
「ありがと。」
「ふふ、赤くなってる。」
「ストレートに言われると照れちゃうね」
「可愛いって言われて育つと本当に可愛くなるってよく言いますし、ハグをしたらその日のストレスの何割かが減るってニュースを見たことありますし、たぶん、スキンシップみたいな交流って私たちが思ってる以上に大事なんだと思いますよ。」
といって首に手を回してくる。退ける理由はないので抱き返した。
「結局こうしたいだけなんでしょ?」
「当たり前じゃないですか。女の子は、好きな人とくっついていられればそれでいいんです。」
当たり前でしょう?と微笑んだ少女の顔をまじまじと見る。耳まで赤く染まってるのは、常夜灯のせいだけじゃない筈だ。とっくに童貞ではないが、不思議とこちらまで恥ずかしくなる。
「…温かいね。」
「そうですね…」
二月の末、雪の日の夜だった。
前回よりも日付が戻っていますが、実は各話共に日付だけでなく時間軸がかなり事なっています。
この話は今までの話に比べて大幅に過去に戻っています。
これは、スピンオフの体を取っているため元になる話が書かれた順番で進行していくためです。