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この屋敷の食堂は無駄に広く、詰めれば三十人は座ることができる。温泉や会議室に次ぐ、軍事拠点としての名残だ。無駄に広いテーブルにかけるのは三人。うち女二人はかなり小柄なため、特に寂しく感じる。普段は食堂側の控室ーー実質的な居間で、唯一テレビなどが置かれている。ーーで食事を取るのだが、何かの記念やパーティーとなったときはこの部屋に集まることもある。
「じゃあ二人とも、食べちゃって。」
「ヒロは…?」
「ぼくはもう食べちゃったから。花とかの準備もあるから先に行ってるけど、8時半にホールで集合ね。」
「お兄さん、お酒とお供え物は倉庫に固めてありますから。」
「ありがとう。お花も?」
「はい。ただ林檎は大学の温室に行かないと無いです。」
「今年はうちの担当じゃないから大丈夫。ゆっくりしてて。」
「はい。」
そういって彼は足早に去っていった。
「…忙しそうね。」
「去年もあんな感じでした。ついつい考えちゃうんですって。」
「ん。わたしもたまに夢に見る。」
「夢ですか。」
「車で東都から悠越まで戻るときの記憶。お祖父様がいて、ヒロがいて、アンバーがいて、メア姉さまがいた。…姉様が死ぬ一週間前くらいの話。」
「…たしか、ここで亡くなったんでしたっけ。」
「ん。今の大通りの二番交差点で接敵して、五キロくらい走って逃げてきて…玄関で腕をおとして、そのまま、この辺まで…ちょうど、そこの椅子のところまで吹き飛ばされて。」
「…その光景は、知ってます。強い悲しみ、あと殺意を感じました。」
いつか、魔法の練習をすると言って旦那様と繋がったときに流れ込んできた記憶だ。
「わたしの記憶は、いつか風化して忘れちゃうと思うけど、アイには覚えていてほしい。ヒロの、大事な、大事な記憶。」
「ええ。ちょうど、忘れることができない体ですから。」
暗い話はここまで、と昨日の調べものの話をした。一応大学は卒業したのだが、彼女の魔術理論は専門性が高すぎて六割くらいしかわからない。いつかありすちゃんと議論を戦わせられるくらいに勉強したいと思ってはいるのだが、立て込んでいて手が回らないのだ。
「そういえば、ヒロ、本当にご飯食べたの?」
「ええ。…といってもシーチキンの缶を開けて食べただけみたいなんですが。」
「ああ。」
「あれ、なんなんですかね。何か知ってます?」
あの人は何故か、調子が悪い日はなぜかほとんど油を切っていないシーチキンの缶詰に醤油をかけてそのまま食べるのだ。そういうときは大抵他になにも食べない。わたしと一緒に住んでいた頃はそんな癖無かったために、失踪してからの六年ほどの間についた癖である筈だ。
「ん…アンバーライトって組織にまだ名前がついたかついてなかった頃に物資が底をつきたことがあって。」
そういってとうとうと語り始めたのはアンバーライトがいかに兵糧を大事にしていたのか、という話。全て亡き母から聞いた話であるが、と前置いて青い瞳を細めた。
「まあ、とにかく、アンバーライトの初めての戦死者は飢えによる栄養失調が直接的な原因だったそうなの。アイならわかるでしょうけど、初めて魔法で取り込んだ『死の恐怖』は飢餓だった。それから飢えにひどく怯えるようになったそうなの。」
「…それで?」
「食糧を安定供給できるようになったのは、バックに食品会社がついたからだそうよ。具体的には缶詰。」
「あぁ、なるほど。つまり、当時の不安を解消してくれた存在が缶詰だったと。」
「ん。わたしが物心ついた頃は確かに缶詰ばかり食べてた。」
「ご両親は、最初から居たんでしたっけ。」
こくり、と頷いた。
「こうやって毎日おいしくご飯食べれてるのが、なんだかんだ一番嬉しい。」
「ありすちゃん…」
虐待で死にかけていたところを保護したのは記憶に新しく、小さく呟いた言葉にこもる感情もひとしおだろう。今日の晩御飯は豪勢にしてやろうと思った。
「あ、そうでしたありすちゃん。」
「なに?」
「今日はお墓参りしたあと、どうします?お兄さんの方の式典についていくか、私たちと女子会をするか。」
「式典?」
「終戦記念式典を毎年してるじゃないですか。そんなに面白いものではないんですが。」
「そんなのやってたんだ…わたし、お家から出れなかったから。」
「ありすちゃん……是非式典を見に行きましょう!と言いたいところですが、実際のところ政治的な根回しをするための場所なんですよね。ありすちゃんには遠慮なく『柊』を名乗って貰いたいですが、政治の道具にするつもりはありません。」
「…?家で待ってようか?」
「いえ、一緒に女子会に参加しましょ。」
「いいの?」
「ええ、ありすちゃんも女の子ですから。つきましては…」
「つきましては?」
壁掛けの時計を指す。丁度、ゴーンゴーンという鐘が鳴った。8時だ。
「早く食べちゃいましょう?もう時間がないですから」
二人して急いで食べて着替えて化粧して、小走りで玄関に向かえば旦那様に変な顔で見られた。
長い長い一日が始まる。