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ちなみに撫子ちゃんはもちこ、と読みます。
ある日、お友達の撫子を屋敷に招いた。生家や寮ならいざ知らず、こちらで、私の客人を招くというのは初めてだった。
こちらの屋敷は所謂洋館で、客室も存在するが、長く逗留するわけでなし、本人も特に望まなかったので荷物だけおいてわたしと過ごすつもりらしい。
ここで困ったことがひとつ、普段から自分の部屋にいないのにどうして招くことができようか。勝手知ったる人の部屋、紺屋の着る白袴。
「ははぁ…ここが藍の部屋なのね」
「そうですよ。…とりあえずお茶でもどうです?椅子はその辺に…ここだ。はい、どうぞ。」
この間確認したばかりではあるが、使ってみないとなかなか馴れないもので。ちなみに、椅子はクローゼットの端にあった。
「使いなれてない…というか生活感がないね。整ってるし綺麗なんだけど、使い込まれてる感じがしない。」
「あはは、わかります?実はこの部屋で寝たこと無いんですよね」
「ここあなたの部屋なんでしょ?」
「はい。ただ普段はキッチンか書斎にいるので」
「書斎?」
「ええ、これでも作家なので。ただ向こうは狭いし汚いので、招くにはちょっと。」
「ふぅん。」
あまり信じてないという顔だった。わたしはムッとしてーー比喩表現。わたしに怒るという機能はない。ーー言い返す。
「よかったら後で差し上げますが。」
「んー、こっちで売ってなかったりするの?」
「どうなんでしょう。もしかしたら無いかも。」
「本屋とか行かないの?」
「行かないですね、あいにくと。」
「どうして」
「最近は忙しくて。あとは、そうですね、ネット…電話で注文できるんです、外では。」
「どこそこの何番を下さい、って?」
「いえ、……こんな感じです。」
スマホで開いて見せたのは大手の通販サイト。ちなみにだが、こちらでは移動通信システムーー何Gとかそういう、所謂キャリア回線のネットは繋がらないが、館内に限ればWi-Fiを使うことが出来る。
「…この機械?何?」
「見たこと有りません?」
「ない。コンピューターの画面みたいだね。」
「携帯できるパソコンと電話がくっついたものだと思って貰えれば。外ではこれが電話なんです。」
「…想像つかない。電話?この板が?」
「かけてみれば早いですかね」
「いやいいけど。はぁ、凄いね。これが電話…」
何やら感銘を受けている様子で、そして後々の話になるがこれを機に彼女がデバイスーー所謂魔法の杖とか、箒とか、そういう外部装置ーー研究の道に進むとは思わなかった。
「…なにこのお茶。お茶?ジュースの類いじゃないわよね」
「ふふ、美味しいでしょ。」
「美味しいとかそんなレベルじゃないんだけど。違法なものじゃない?それともお外のお茶ってこんなに美味しいの?」
「いえ、これは、こっちのもので、世界樹の雫っていう凄く珍しいなお茶なんです。魔種なんですって。」
魔種というのは魔力で変質した動植物のことで、人間でいえばいつか述べた亜人が当たる。生態をはじめ何かと難があることが多い。
このお茶、世界樹の雫に関して言えば一定の温度でしか生育することが出来ないし、雨が降りすぎても降らなさすぎてもまともに飲める味にならない。さらにお茶として飲む際にも温度によって味が左右されやすい。空気に触れている間は極力魔力に晒していないといけない、などなど、片手間に扱うことが出来ないお茶だ。管理が大変すぎてうちでも少量しか用意されていない。
「魔種…というかお茶でも魔種になるんだ。」
「ええ。亜人の集落から少量だけ出荷されるお茶で、育てるのも入手も難しくて、さらにお茶をいれるのにも一手間かけないと美味しくないっていう気難し家さんなんですよ。」
「亜人…資料とか写真で見たことはあるけど、まだ生きてるんだね。外には魔術がないって聞くし、もういないものかと」
「一部はここみたいな秘境でひっそりと暮らしているんです。このお屋敷にも一時期亜人の方が住んでたんですよ。」
「へえ…種族は?」
「内緒、です。お姫様なので。」
「王政を取ったとされる亜人って数えるほどしかいないんだけど」
「あら。ふふ、内密に頼みますね。」