星の瞳と雪だるま
冬が訪れるたび、澄んだ夜空にはどの季節よりも美しい星空が現れます。
その中で、ひときわ眩く輝く、青白い星がありました。
その星は、「焼き焦がすもの」という意味のシリウスと呼ばれていました。
シリウスは誰よりも強く美しい星でしたが、それ故に誰からも恐れられてしまい、孤独な星でもありました。
ある冬、シリウスに語りかける声がありました。
「やあ、綺麗なお星様。よかったら、僕の話し相手になってくれないかい?」
それは地上で作られた、大きな雪だるまでした。
「それ、僕に言ってるの?」
シリウスが戸惑いながら返事をすると、雪だるまはにこやかに頷きます。
「君は僕を恐れないのかい?」
シリウスが尋ねると、雪だるまは目を丸くしました。
「なぜ?こんなにも美しい君を、どうして恐れるんだい?」
その夜からシリウスと雪だるまは毎晩語り明かし、ふたりはいつしか親友になっていました。
それは孤独だったシリウスにとって初めての経験で、
夜が近づく度、胸の奥がじんわりと暖かいような、不思議な感覚がするのでした。
そして胸が暖かくなる度に、シリウスの輝きは益々増していったのでした。
ある時シリウスは、雪だるまの体が随分と小さくなっていることに気がつきました。
「ねえ君、随分小さくなってしまったね。」
「そうだね。もう1週間もすれば、僕の体は、みんな溶けてしまうだろうね。」
なんでもないように答えた雪だるまの言葉に、シリウスは驚愕しました。
「1週間!どうして、まだまだ冬は続くだろう?」
縋るように叫んだ言葉に、返事はありません。
しかし、うつむく雪だるまの様子を見て、シリウスは気が付いてしまいました。
「僕の輝きが、君の体を溶かしてしまったんだね?」
返事はありませんでした。
しかし、この悲しい事実を、優しい雪だるまには肯定することが出来ないんだと、シリウスには分かるのでした。
「もう、僕と会うのはやめた方がいい。君には一日でも長く生きていて欲しいんだ。」
その言葉に、ようやく雪だるまは顔を上げ、シリウスを見つめて言いました。
「それはできないよ。」
きっぱりと答えた雪だるまは、じっとシリウスを見つめ続けます。
「僕はどの道、春には溶けてしまう運命だ。
君を失くして春を待つくらいなら、君と共にあと1週間生きることを、僕は選ぶよ。」
それから1週間、ふたりは一日一日を大切に生きました。
夜が近づく度にポカポカと暖かくなっていた胸は、シクシクと痛みを増していきました。
そうして1週間後、もうほとんど溶けてしまった雪だるまは、最後にシリウスに言いました。
「君に出会えて良かった。いつか生まれ変わって出会えた時は、また友達になってくれるかい?」
溢れた涙をポロポロと零しながら、シリウスは頷きます。
シリウスの青白い輝きを映した涙は、流れ星となってキラキラと地上に降り注ぎました。
この世のものとは思えないほど美しい流星群を最期に目に焼き付けながら、雪だるまは溶けていきました。
そしてながい冬が明け、春が訪れた頃。
冬にシリウスが零した涙は、地上で芽吹き、小さな花を咲かせました。
それはシリウスの瞳の色を映した、青く美しい花でした。
多くの人はその花を『オオイヌノフグリ』と呼ぶようになりましたが、かつて雪だるまのいた地域に住む人達はこの花を、別名『星の瞳』と呼びました。
そしていつか生まれ変わった雪だるまとシリウスが、また出会えることを、願っているのです。
おしまい
春になると土手や道端にポツポツと可愛らしい花を咲かせるオオイヌノフグリですが、その変わった名前の他にも、別名で『星の瞳』というロマンチックな名前があるということを知り、このお話を書きました。