16 Side : アルルジャン・オンスロワ
「戦争だ」
娘の話を聞いて出た結論は一つ。戦争だ。
初代王の王弟に始まる我がオンスロワ家だが、辺境は初代王の頃から開拓が進みに進み、その領地は王国の五分の一に及ぶ。さらに辺境生まれは強い魔力を持つ上に魔獣との実戦経験にも事欠かない。他領に比べ我が領はまさに精鋭だ。
そんな我が家も今までは初代から続く義理もあり、強い魔力の血筋を時折王家に戻すことで王家の魔力を強化し、また王家も防衛のために辺境へと移った王弟一族を王妃に迎えて遇することで、絆をつないできた。
兄弟であった初代の頃ならいざしらず、時代を経た今では定期的な婚姻の慣習こそ、両家を結びつける唯一のものだったはず。
それがどうか! 今や娘は婚約を破棄された。しかも同世代の者たちが大勢いる前で!
このような辱めを受けるとは。長年我が家が辺境防衛に当たり、魔獣を押し留めている恩も忘れたと見える。
両家を結ぶ絆は失われた。ならばもはや王国に属している意味があろうか? 否。独立だ。つまり戦争である。
娘を泣かせた愚か者に落とし前をつけさせ、報いを受けさせるのだ。
「お、お父様。落ち着いてくださいませ。別に泣いてはいませんわ」
「おお、シャンレイ。可哀想に。涙も出ないほど悲しみに暮れているのだね」
涙も見せず気丈に振る舞うシャンレイ。おお、可哀想に。
「まあ、兄上は思い込みが激しいところがあるからね。僕が後でよく言っておくよ。独立したところで面倒が増えるだけだろうし」
「お、お願いしますね。叔父様」
ふん。ちょっと一泡吹かせようというだけではないか。
「それよりシャンレイ。指輪はどうしたのかな? あれは肌身放さず持つように言っていただろう?」
「そうなんです、叔父様。それについても知らせなければならないことがあって」
全く。私が当主なんだぞ? もうちょっとこう。
「はいはい。お父様の話は後でよく聞きますから。それよりですね、その指輪のことなんですけど」
「正直に話してごらん。シャンレイ。もしかして失くしたのかな?」
まあ、家宝とはいえ、ただただ丈夫という以外にはなんの変哲もない指輪だったのだが。
「失くしたといいますか、ある意味失われたといいますか……。叔父様、お父様、よく聞いてくださいませ。実はですね、指輪は、サラだったんです!」
おお、可哀想に。婚約破棄の余り、指輪が魔術師になったなんてまるでおとぎ話みたいなことを。
「だから、お父様、違います! あの指輪が、サラに変わったんですわ! ひとりでに浮いて人間になったんです!」
私はそっとシャンレイの後ろに控えるリージェへと目を向けた。
「信じがたいですが、事実です。旦那様。人間かは甚だ疑問ですが」
「どうです、お父様、叔父様。信じてくれましたか?」
指輪が魔術師に変じるなど、とてもではないが信じがたい。しかし、シャンレイだけではなくリージェまでもそう言うとなると信じないわけにはいかない。もし家宝をなくした言い訳ならこんな荒唐無稽なことではなく、もっと現実的な話をするだろう。
それに、あの魔術師、サラがもし人でないとすれば、あの魔術にも納得がいく。
「お父様。サラはきっと人間よりももっと恐ろしいなにかですわ。彼女は矢を受けても傷一つつかず、魔術を打ち返し、その姿を変えることさえしました。苛立った彼女を見て、辺境からとんでもない化け物が這い出てきたのかと感じましたわ。辺境でも最上級の、奥地にしかいないような」
「最上級と言うと、地竜山脈のような? 流石にもり過ぎだろう」
窓の遠くに映る山脈。あれが地竜山脈だ。雲を貫くほど高い山々が連なる、辺境の屋根とでも言うべき山脈だが、年々西へとずれていく。なぜなら実は山脈ではなく、とてつもなく巨大な地竜だからだ。
「流石にあれほどとは言いませんが……。とにかく私達の常識の埒外なのは明らかです」
「ふむ。シャンレイは勘が鋭いところがあるからな……。だが、ここまで一緒に旅してきたのだ。人柄に問題があるわけではないのだろう?」
「ええ、まあ。」
「なに、兄上。本人がいるんです。正体が何であれ、私も話したいと思っていましたし、思い切って聞いてしまいましょう」
我が弟ながらなかなか勇猛だ。人間のふりをして正体を隠しているとすれば、真正面から聞くのは危険ではないだろうか。
最も、弟は魔術の話を聞きたいだけかもしれないが。
「お父様。確かに、彼女は聞けば教えてくれるかもしれません。いえ、そういえば一度教えていただきました。誤魔化されたのだと思いましたけど、本気だったのかもしれません」
「ほう、なんと?」
「浮遊都市時代の生ける魔法、空間使いのようなもの、と」
なるほど。浮遊都市がいつの時代か、もはや判然としないが、それが本当なら地竜山脈なみの化け物かもしれん。聞けば教えてくれると言うなら、詳しく聞いてみようじゃないか。
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