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 玉座に座る魔王は口元に軽く手を当て、咳払いをすると、こちらに言葉を向けた。


「王女、急に連れてきて申し訳ない。貴方の父は話は通じないのでね。交渉は娘である貴方と付けることにした」


 この言葉を聞き終えた時、私の心に浮かんだ感想は「あれ、意外と常識的?」というものだった。

 口調も丁寧で、荒々しくない。もっと高圧的に揺すって来るものだと思っていたのだが。


「えーっと、その話って一体?」

「その話は、夕食を取りながらにしよう。王女は丸一日食事をとっていないでしょうし」


 そういうと、魔王は魔族たちに指示を送り、夕食の準備を始める。緊張していて感じなかったが、そういえばお腹が空いていた。それにしても丸一日か。さすが魔族、移動速度はとてつもないらしい。


 こうして長い机に食事が並べられ、私は魔王の前の座席へと案内された。なんだか普通にスライムは私の体を離してくれた。拘束目的ではなかったらしい。

 最後に「ひんやりしてて気持ちよかったです」と告げると、嬉しそうに跳ねながらどこかへ移動していった。


 かわいい。


 座席に着くと、私の前にも料理が運ばれる。魔王と同じメニューだ。霜が降りた肉は食欲をそそってくる。

 お腹は空き口内では涎がたくさん出てきたが、さすがに敵地で出された料理を口にするのはどうなのだろうか? そんな危機感から料理に手をつけられずにいると、魔王はいつの間にやら私のそばに近寄り声をかけた。


「安心を。毒などは入っていません」

「あ、えぇ……はい」

「まぁ信頼できないというのは理解できますよ。であれば」


 そう言って魔王は肉を少し切り分け、自身の口に一欠片を運び入れた。


「毒味はこれでいたしましたよ」


 そう言って元の自席へと戻っていく魔王。王自らが毒味とは、事前に抱いていた魔王の印象からは真逆である。


「……いただきますね」


 私は肉を切り分け、徐に口に運ぶ。噛み締めた瞬間に溢れる肉汁、鼻腔を抜ける香草の香りが、食べている最中だというのに食欲をそそった。


「美味しい!」

「それはよかった」


 あ、私は今敵地にいるんだ。完全に王宮にいる時のようにリラックスしてしまっていた。


「あの、それで話とは?」


 気を引き締めるため、私は話を本題へと移す。それを皮切りに、辺りの空気、そして魔王の顔つきも真剣なものとなった。


「そうですね。まず結論から申すと、魔族と人間、ここの和平を申し込みたい」

「和平、ですか? それは互いに共生したい、という意味でよろしいのですか?」

「えぇ、そういう認識で構いません」


 それから話を聞いていくと、色々わかってきたことがあった。まず魔族は比較的大人しい種であること。父には和平の話を何度か持ちかけたが、頑なに拒否されていること、そして、歴代勇者たちが攻めて来るのは迷惑なのでやめてほしいと思っているということであった。


「ーーというように、こちらとしては人間に何か危害を加えたいわけではない。むしろ、互いに助け合える関係でありたいと思っているのです。しかし、人間の王はそうではないらしく、これまで何度となく断られ、勇者なる存在を送り込まれてきました」


 魔王討伐やそれに伴った事業で莫大な金が動いている。だから父はこの交渉を頑として受け入れないのだろう。そうとしか思えないほど、今目の前にいる魔王は礼儀正しく、周囲の魔族たちも私のことをどうにかしてやろうという様子は感じられない。


 世界に厄災をもたらすだなんて、そんなことができるような者たちにはとてもじゃないが見えなかった。まぁあの勇者を一方的に倒せるのだから、その力自体はあるのだろうけど。


「話はわかりました。ですけど、私にどうこう出来る問題ではないかと思うのですけど」

「何も説得してくれと言っているわけではありません。この話を聞いて感じたことをそのまま伝えてもらえるだけで構わないのです。それだけで十分に助かるのですが」


 そう言った魔王だが、その言葉に対する答えも正直変わらない。

 ただでさえ私は自分の意見を伝えるのが苦手なのだ。好きでもない男との婚姻を断る勇気すらないというのに、どうして国政に関することを口出しできようか。


 言い淀み口を(すぼ)めながら顔を背けていると、魔王はじっとこちらを見つめたかと思えば、小さく息を吐きながら優しく微笑んだ。


「こんな話を聞かされても、どうしようもできない、か。確かにそれはそうです。申し訳ない王女。こんな手荒な連れてき方をし、決断し難い話をされても困るという物ですよね」


 魔王は立ち上がり、私に対し軽く頭を下げた。そして一瞬こちらを見ると、周囲の部下に何やら指示を出す。


「誰か、王女の体を洗って差し上げろ」


 そういうと、魔人の女性二人と、小さな子供の魔人が私の近くに寄り、行儀良く並び立った。


「お風呂の準備ができております」

「ワタクシどもがお体をお流しいたしますので」

「します!」


 何事かと理解が追いつかず、私は魔王に視線を送る。


「丸一日入っておられないのでね。この話し合いが終わり次第入っていただこうかと用意していたのですよ。遠慮せず、ごゆっくり」


 立場上敵のはずの私を、ただの客人のように迎える魔王軍。確かに最初こそ強引だったが、悪い人? たちではないのだなと、そう思う。

 敵意や邪な感情などが一切感じられない。あの勇者とは大違いだ。


 まるで、流れる川に葉を置けばその流れに従い流れていくほどに当たり前のように送り出された私は、魔王城でお風呂にはいることになる。

 側仕えの二人が私の体を懇切丁寧に洗い、ついてきた小さな子供も、幼いながら一生懸命私の体を洗ってくれる。


 聞けば見習いなのだとか。


「ありがとね」


 風呂上がり、体を流れる水滴を払っている最中、二人と幼子に感謝を告げる。するとその子は褒められたことがそんなに嬉しかったのか、ニッコニコ笑顔で私の体を拭いてくれた。


 かわいい。


 一日ぶりに体を洗い、さっぱりした私が最初に目についたのは、最初にあった玉座に座りながら、小さな子供たちに身体中乗っかられている魔王の姿だ。中には頭の上に乗っかっている子もいる。

 私の父にそんなことをしようものなら、一族まとめて罪に問われるだろう。


 そんな状況にも関わらず、誰もそれを咎めようとはしない。当たり前の光景なのだろう。くっつきすぎて木みたいになってる。

 私の体を洗ってくれた子供も、その魔王の木に走りながら飛び込んでいった。


魔王(まお)さま〜!」

「どうしーーたぅ! お腹に突撃はダメだぞ……」


 顔を青ざめながら飛び込んだ子供の頭を撫でる魔王。まるで親子だ。


「ねぇねぇ魔王(まお)さま! ひめさまね、アタシのこと褒めてくれたんだよ!」

「そうかそうか、よかったなぁ。……申し訳ない王女、気を使わせて」


 親戚の叔父様が、甥の悪ふざけを謝っているかのような緩さに、私は思わず声を吹き出してしまう。


「ぷっ! なんか全然王っぽくないですね!」

「まぁ、所詮親から継承されただけの称号に過ぎないですからね、魔王なんてものは。魔族の皆が怯えることなく平和に食わせる、それさえできれば、威厳などどうでもいいんですよ」


 その瞬間、ハッとさせられた。魔王は、彼は自分の思いを正直に口に出している。そしてその内容は実現が難しいものだ。


 人間の協力なくしては。


「ねぇ魔王さん、名前なんて言うのですか?」

「名前? 名前は……レイス、と言いますが……それが?」


 彼はなぜ名前を聞かれたのかと疑問の表情を浮かべている。私は微笑みながら答えた。


「私、一つの決断をしましたので。名前を聞いたのは距離を縮める第一段階ですよ。私、もう眠いのでこれで。それでは、おやすみなさい……レイス」


 側仕えに案内され、私は寝室へと移動する。最後に見えたレイスのキョトン顔は、なんだかすごく可愛らしく見えた。


 ✳︎


 翌日、私は行き同様、魔人の彼に連れられ王宮に帰ることになった。見送りにレイスもいる。


「昨日の話、伝えづらいと言うのであれば無理はしないでください。そうなった場合、今まで通り地道な交渉を続けるだけですので」


 最後まで遠慮がちで優しい魔王レイス。私は、昨日固めた意思を彼に伝えるため、手を伸ばせば彼に触れるほどの距離まで詰め、昨日思いついた提案を彼に告げる。


「レイス、あなたの願いを叶えるため、私から提案があるのですけど」

「提案、ですか? 一体どのような?」

「それはですね、私たちがーー」


 と、残り一言を告げようとしたその瞬間。魔王城城内から激しい爆発音が鳴り響く。その声の方向からは断末魔と逃げ惑う魔族たちの姿があった。


「何があった!……?」


 レイスは走り逃げてきた魔族たちに出来るだけ落ち着いた声色で話しかける。その甲斐あってか、若干の落ち着きを取り戻したそも魔族は、何があったのか状況を説明した。


「ゆ、勇者が攻めてきました! 何やらこそこそ隠れてたんですが、見つけちゃって。そしたら『こうなったら!』って言ってボク達を襲い始めて」


 無茶苦茶ねあの勇者。大方、こっそり私を救出しようとしていたのでしょうけど。それができなくなったから堂々と行くって。


 私が勇者に対しても好感度をさらに偉くさせていると、その当の本人が堂々たる表情で現れた。そしてこちらを視界に捉え、とてもいい笑顔で言い放つ。


「グリシア様! もう安心してください! あなたの婚約者である僕がきたからには魔王の手からあなたを救い出して見せましょう!」


 堂々たる表情に堂々たる宣言。どうやら、彼の中で私と彼が婚姻するの確定事項らしい。一度たりともこちらの話を聞こうともしてないくせに。


 私にとっては不快でしかない今の宣言。しかし、レイスたち魔族にとってはかなり効いている様子。


「なっ、王女の婚約者! と言うことは迂闊に手出しはできないと言うことか……」


 レイスは私に気を使い、手を出しあぐねている。その様子に調子に乗った勇者は、レイスに無理難題をふっかける。


「(僕にビビっているようだな)おい魔王! 他の魔族達の命が惜しければ王女を解放し、今すぐ自害したまえ!」


 この攻撃は、どんな剣技よりも鋭く、強烈にレイスに突き刺さった。勇者の攻撃は、奇しくも魔王最大の弱点をついたのである。

 恐らく今勝負はレイスが負けるだろう。身代わりとして自害し、その一生を終えるだろう。


 今までであれば。


「勇者様! 貴方に一ついておかねばならないことがございます!」


 私は今までにないほどの大きな声量で、レイスの腕を掴みーー自身の言葉を口にした。


「私は貴方との婚約を破棄します! そして、ここにいる魔王レイスに……婚約を申し込みます!」


 顔が熱い。耳元を通り過ぎて大気までも暖めているのではと勘違いしてしまうほどに熱い。

 自身の積もっていた思いを吐き出すだけでなく、婚約までも申し込んだのだ。こうもなろう。


 振られた勇者、そして告白をされた魔王は互いに似た反応を示す。意味合いは真反対なのだが。


「グリシア様? 一体、何を言っているのですか? 僕との婚約を、破棄?」

「王女、一体何を……婚約?」


 状況が理解できていない両者。多少酷だとは思ったが、私はさらにはっきりとした思いを告げていく。蓄積だ。


「勇者様、貴方は私の思いを確認するでもなく、一方的に魔王討伐後の報酬として私との婚姻を申しましたね? あの瞬間、とても嫌だったと言うことをお伝えしておきます」

「なっ! ……くそ……くそぉ!!!!」


 勇者は怒り心頭の状態で剣を抜き、私に急接近する。刹那、とても勇者とは思えない発言が飛び出す。


「王女は魔王に殺された! どうせ結ばれないなら、こうするしかないですよね!!!!」


 激しい怒声と共に振り下ろされた一閃。私の頭に吸い込まれるように放たれたその攻撃は、レイスの腕によって防がれる。

 彼は振り下ろされた剣を自身の片腕で防いでくれた。腕からは血が大量に流れている。


「レイス!」


 痛ましい光景に私が声を上げると、彼は若干震えた声で私に問いかけた。


「王女、なぜ、ワタシに求婚を? 会ってまもないと言うのに。それにワタシは、魔族ですよ?」

「私は貴方の人柄に、国民のためにと動く貴方に惹かれたんです。それが王の資質であり、そこに魔族も人間もありませんよ」


 その言葉を受け取った瞬間、レイスは一瞬キョトンとしていたが、直後顔を綻ばせ、勇者の胸に手のひらを差し出した。

 そして、私の一世一代である求婚の答えを彼は放った。


「貴方のことはあまり良く知りません。しかし、魔族や人間など関係ないと、そう言ってくれた貴方の言葉に、ーー私は答えたい!!」


 刹那、レイスの手のひらから突風が吹き荒れ、彼の片手に剣を置き去りにして勇者を吹き飛ばした。その風は勇者のみを的確に穿ち、周囲の私や魔族たちを決して傷つけることなく放たれていた。


 吹き飛ばされた勇者は、壁に背を付け痙攣している。私は言葉を投げかけようと彼に近づく。すると、掠れた声で彼は私に恨み節をつぶやく。


「お前、は、僕のことを、好き……だったんだろうがぁ……!」

「……嫌いですよ。そうやって勝手に決めつけるところとか特に。それと……貴方名前なんですか?」

「なっ……クソ、が……!」


 その言葉を最後に、勇者は意識を失った。脈拍を測るが、死んではいない。ちゃんと加減をしてくれたらしい。

 私はそんな彼の方に振り返り、小さく微笑みかけた。


「行こうレイス、私の国に。そして作りましょう、魔族と人間が手を取り合える平和な国を」




 その後は大変だった。王女が帰ってきたかと思えば魔王と婚姻するともう出て、勇者は傷だらけで伸びている。当然父からの反対はすごかったが、勇者同様今までの不満を漏らした結果、しょぼくれながら婚姻を認めてくれた。

 今まで肯定しかしてこなかった娘がこんなことを思っていたとは、と反省し落ち込んでいるらしい。


 国民からの批判も当然あるだろう。そんなことは私もレイスも知っている。これはこれからの私たち次第だ。国民のため、魔族と人間が手を取り合える国にするため、私たちは今日も共に歩いていく。


 正直に、自分の思いを伝えながら。

ここで完結です。読んでくださって、ありがとうございました!

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