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「王よ、僕が魔王を討伐した暁には、王女グリシア・ローレス様との婚約を結ばせてはいただけませんか?」


 煌びやかな装飾が辺り一面に張り巡らされている王室。同じく無駄に煌びやかに装飾された玉座に腰掛ける我が父を、両の手を前方で組みながら横目で伺うはこの私グリシア・ローレス。


 そんな私たちの目の前で膝をつき、堂々たる表情を浮かべながら私を妻にすると宣言した男は、この世に厄災をもたらすと言われている魔王の討伐を命じられた、いわゆる勇者と呼ばれる存在である。


 ちなみに私と勇者はさしたる関係性はない。昔よく遊んだとか、私が彼に惚れているとか、そんなことは一切ないのだ。せいぜい数回『貴方の無事をお祈りしております』と言っただけに過ぎない。まさかとは思うが、たったそれだけのことで私が勇者に好意を抱いており、魔王を討伐した際の交換条件として提示しても構わないと判断したのか?  


 巫山戯ないで頂きたい。


 大体私は『物』ではないのだ。勇者のモチベーションの底上げをするための道具ではない。

 そんな提案を、さも良いことを言ったかのような、そんな凛とした表情で言えることはすごいとも言える。まぁその甲斐あってか、彼に対する好感度は、滝底へ投げ入れた石ほどの速度で下落していったのだが。


「お父様、いかがなさるのですか?」


 私は左隣の父を一瞥しながら回答を待つ。大事な一人娘だ。こんな提案を受け入れるはずがない。後はどのようにして勇者を納得させるかだけである。


 そう思っていた私の考えは、浅慮にして楽観的であったのだと思い知る。


「よかろう。魔王を討伐した暁には、我が娘と其方の婚約を認める。より一層の精進を励みたまえ」

「はっ! もちろんでございます!」


 なんと、婚約が事実上成立してしまったのである。まさかの事態に私は気を動転させていた。自分の意思が介在しない状態で私の人生が決まっていく。気分が悪くなってくる。


 だからだろうか。白い顎髭を触る父は『こいつなら任せられる』と言った穏やかな目、勇者は『これで君を迎えに行けるよ』とでもいいたげな目線を送っているかのように見える。


「あ、あのお父様? そのご決断……(まこと)でしょうか?」

「もちろんだ。これで勇者はさらに精進し、いずれは魔王をも倒す力を得るだろう。そして何より、グリシアの幸せのためだよ。世界は救われ、娘も幸せになる。良いことしかない」


 ここにきて衝撃の事実が判明する。なんと、父すらも私が勇者を好いているのだと思っているらしい。目を見ればわかる。これは本当に思っている時のやつだ。

 ここにいる二人の男性に勘違いされているのだ、もう私が悪いのではないかと勘違いしてしまうほどである。


「あ、ありがとうございます。……お父様」


 私は若干沈んだ表情でそう答えた。昔からそうだ。言いたいことは山ほどあるのに、自身の心が邪魔して声に出せない。今だって、本当のことを言ってしまっては勇者との関係が悪くなり、魔王を倒すものがいなくなってしまうのではという不安から本音が出せない。


 本当はーー「誰が貴方なんて好きなもんですか! 思い上がりも甚だしい! 私の前から消えてください!!」


 ーーとでも言いたいのだが、そんなことは叶わない。もういっそ、魔王と相打ちにでもなってくれないかしら。


 そんな危険思想に浸っていた時、このどうしようもない状況を打開してくれる出来事が発生する。




 この王宮のどこかで、何かが爆発し崩壊したような音が響いたのだ。そして、その音はどんどんとこの王室へと近づいている。


「何事だ! 早く状況を説明せい!」


 父は腰掛けていた玉座から体を離し、近くの兵士に荒っぽい声で状況を尋ねる。しかし現在、この王室の外がどのようになっているのか、速攻の連絡手段がない為知ることができない。


 広い王室は緊張感で埋め尽くされる。徐々ににじり寄る破壊の衝撃は、否が応でもこの身を震えさせた。

 そんな時だ。彼が動いたのは。


「王よ、僕が見て参ります! 仮に敵襲であったなら、僕が早急に討伐して見せますよ」


 勇者は腰に提げた剣を片手で触れながら、自信満々にそう答えた。そしては破壊音の響く王室の外へと向かっていった。

 扉に手をかけなぜかこちらを振り返る。自信満々の表情が若干のむかつきを誘った。


「王女、いやグリシア。早急にこの事態を解決して見せるよ」


 なるほど。勇者の言いたいことはわかった。頑張ってくるから応援しろ、ということだ。なんとも面倒くさく図々しい。

 しかし父の手前、私はその思惑に乗るしかなかった。


「……はい。貴方の無事をお祈りしています」


 毎度同じ言葉を貼り付けただけの声援。しかしそれで十分らしく、彼は満足げな表情で騒ぎの渦中へと歩いていった。


「勇者が出向いたとあれば、解決だな」

「そうですわねぇお父様」


 父の言葉に適当に返答をする。私も雑に勇者を送り出したとはいえ実力は本物だ。今こうしてここまで落ち着いているのも、その実力だけは認めざるを得ないからである。


「(これが解決したら魔王討伐の旅に出て、そして最後はあの人と婚約する。先の見えるつまらない人生だこと)」


 隣の父に聞こえないよう、ごくごく小さなため息をついた私は、自身の将来が決定していることに言葉にならない不満を漏らすのだった。

 これ以上何か考えたくはない。私は父に再び座すように、手で玉座を指しながら薦める。


「お父様、そろそろおすわりになってはどうですか? あちらの問題は勇者様が解決ーー」


 と、その時であった。先ほどまで少し離れた位置で聞こえていた爆発音は王室の扉を突き破り、大量の硝煙、そして痛めつけられた勇者を共に勢いよく運んだ。

 吹き飛んできた勇者は、「ぅぅぅ……」と声を漏らしながら体を押さえていた。何があったのかわからないが、負けたのだということだけは明らかにわかった。


 ーー硝煙の中から優雅に、ゆっくりと現れた青年の手によって。


 銀の髪を携え、眼鏡をかけた青年。赤い瞳は、黒い肌によるものもあるのかとても目についた。


「いやぁ申し訳ない。破壊するつもりはなかったのですがね。王の下まで連れていってくれとお願いすれば兵士方が襲ってきたもので。正当防衛かと」


 うすら微笑みながらそう告げた青年は徐にこちらに近づいてくる。そして父との距離がわずか人一人分程度まで詰めると、胸に手を当てながら静かに自身の目的を告げ始めた。


「どうも、ワタクシは魔王軍幹部、メイスと申します。人間の王よ、あの話は考えていただけましたかね?」


 どうやら彼は魔人らしい。そう言われれば、魔人の特徴である赤の瞳と黒い肌であった。

 言葉を投げられた父は額に汗を滲ませ、背を強く玉座に押し付けている。


「お父様、あの魔人と以前にもお会いしたことがあるのですか? その時、何を言われたのです?」

「ぅ……それは……」


 ああらさまに何かを隠している父。その後、数秒の沈黙がその空間を支配した。

 その沈黙を破ったのは魔人側。呆れたようにため息をつき、眼鏡の位置を矯正すると、徐に此方にとの距離をさらにつめた。


「人間の王、貴方には呆れます。これは人間と魔族、どちらにとっても益のある交渉だというのに。意固地となりそのような決断を取り続けるとは。はぁ、未来のためです。申し訳ないですが、王女は借りますよ」

「へ? 私を借りる?」


 何を言っているのだこの魔人は? そう思う刹那、私の体は魔人の肩に乗せられ、宙を浮いていた。


 なんだこれ? 


 何やら魔人が現れ、父との秘密がありそうで、気づいたら抱えられてる……なんだこれ?


 あまりに突然なことに言葉を失う私は、特に抵抗することもできず茫然自失と真正面を見つめた。


「おや、おとなしい王女ですね。貴方なら話が分かりそうだ」


 そういうと、魔人は背中から大きな黒い翼を生やし、何やら炎のようなものを手のひらから射出することで天井を破壊する。話には聞いていたが、これが魔法か。


「すごい……!」


 思わず感嘆の声をあげてしまった私に、魔人の男は穏やかな笑顔で微笑みかける。不意なその表情に、私の中の魔族の印象がどんどんと揺れていく。


「さて人間の王、王女は預かります。返して欲しければ……わかっていますね?」


 その言葉を残すと同時に。自身で開けた風穴まで急上昇する魔人。生やした翼を何度も羽ばたかせながら滞空すると、私の鼻辺りに、何やら甘く、調合された薬品のようなものを嗅がされる。


「申し訳ない王女。到着まで少しお眠りを」

「え、あちょっと……何し……t……」


 視界がぼやけ、意識が微睡に消える。激しい睡魔が私の体と心を完全に支配し飲み込んだ。

 最後に聞こえたのは、滞空していた魔人の男が、とてつもないスピードでどこかへ飛び去っていったと言うことくらいである。


 恐らくこのまま魔王城に連れていかれる。拘束され監禁されるのだろうか? ……あぁねむい。


 こうして私は、風を切る音を聞きながら、完全に眠りについたのだ。


 ✳︎


 ひんやりとした何かが私の肌を包んでいる。牢獄というのは案外気持ちがいいのだな。

 そんな感想を抱きながら、私は未だ重い瞼を閉じながら頭を掻く。


 妙な匂いの薬品を嗅がされてからどれだけの時間が経ったのだろうか? 魔王城までは普通に行けば三日ほどと聞いたことはあるが。ということは三日間も私は眠り続けていたということか。どれだけ強力だったんだあの薬は。


 そんなことを考えていると、私の耳元に甘い声で囁かれた。


「王女、もう目を覚ましておいででしょう? 話がございますので体を起こしていただけませんか?」

「ぅ……はい……」


 私はゆっくりと瞼を開ける。いきなり日差しが飛び込んできては嫌だと思っていたが、目の前の景色は暗く落ち着いたものだった。

 そして完全に開け切った時、眼に飛び込んできた景色に私は驚愕する。魔人やらオーク、ゴブリンなどといった魔族たちが一堂に介しこちらを見つめているのだ。


 さらに一番衝撃的だったのは、私を包むこのひんやりとした感触は、牢獄の冷たさではなく、私を抱擁するような形に変化したスライムであった。これは拘束されているという認識でいいのだろうか?


 状況が掴めないので、私を連れ去りたった今声をかけてきた魔人の男に疑問を投げかけた。


「あの、私を一体どうするおつもりですか? 私を誘拐し、人質にして何をしようと?」

「その話ですが、ワタシではなくこの方から直接お伝えしていただきます」


 魔人の男が言った『この方』。敬称を使っていること、そして一斉にあたりの空気がビシッと張り詰めたことから、その正体は容易に想像できた。そしてその想像は、完璧に的中する。


「この方が王女、グリシア・ローレス様です。ーー魔王様」


 魔王、と呼ばれた男は中央に置かれた玉座に腰を据える。肩ほどまでに伸びた銀の髪を携え、赤く染まった眼光をこちらに向けた。


 ✳︎


 王女が連れ去られ数分ほど経過した頃、城を破壊され、目の前で娘を奪われ、苦渋の決断を迫られている王は、茫然自失としていた。

 そんな王の意識を現実に引き戻したのは、魔人の攻撃に敗れうずくまっていた勇者のうめき声だった。


「ぅ……これは一体どうなったんだ? 僕は確か魔人とーーそういえばグリシア様は!」


 勇者は辺りを見渡す。そして姿の見えぬ王女、風穴の空いた天井、唖然とする王の表情から、連れ去られたのだと判断する。

 勇者は意を決し、剣を片手に王に近寄った。


「王よ、僕が必ずやグリシア様を救出して参ります! なのでご安心くださいませ!」


 堂々たる態度でそう宣言した勇者。しかし、王の中で彼の強さへの信頼は大幅に下落していた。


「本当にお主で大丈夫なのか? 幹部クラスにやられたと言うのに、魔王に勝てると?」

「うぐっ! だ、大丈夫です! あれは不意打ちをされまして、全力で挑めば僕が負けるはずがありません! それに、僕以外に魔王を倒せる可能性のある者はいませんよ」


 実際は真正面から戦いをふっかけ、軽くあしらわれた勇者だったが、その姿は土煙に隠され誰も確認していない。事実彼以外に魔王を倒せるものを王は知らないと言う点も、この嘘を信じさせるには十分な根拠であった。


「そうか。では早急に魔王城に向い、娘を取り返すのだ! さすれば勇者よ、すぐさま婚姻の儀に移ろうではないか」

「はい! 必ずやご期待に応えてみせます!(こっそりと侵入してこっそり連れ帰ればいい。命からがら連れて帰ったといえば満足するだろう。自分の意見を持たないグリシアなら、乗ってくれるはずだ)」


 こうして勇者は戦闘の意思を持たぬまま、魔王城へと向かったのである。


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