第1章 転校生は正体不明⁈ <ⅶ>
譲と博史はしばらくの間、ぽかんと口を開けて返す言葉を探していた。隼斗は至って真面目な表情で二人の方を見つめている。
譲ははっと何かを思い出し、徐に声をあげた。
「神崎グループってあの……テレビとかでCMやってるあれか? 『あなたの暮らしに~、かん、かん、神崎グループ♪』っての」
「そのセンスのない歌はやめろっ。まったく……俺が戻ったらすぐに作り直させてやる」
隼斗は不快そうにふんと鼻をならし、地面に倒れている男たちの方へあごをしゃくってみせた。
「こいつらは親父……社長に命令されて俺を連れ戻しに来た、神崎グループの社員だ。天城は俺の秘書兼ボディーガードだ」
淡々と真顔で説明する隼斗に、譲と博史は思わず顔を見合わせた。二人そろって足下の男たちを見つめ、静かに微笑んでいる柊へと視線を移す。
譲はたまらず吹き出し、博史は眉をひそめてじっと観察するように隼斗の顔を見つめた。
「なんだ、神崎も冗談とか言うんだな! しかも結構面白いじゃん!」
「頭は悪くないようだと思っていたが……予想以上にヤバい奴だな」
隼斗はため息をついて、しかめっ面で柊の方を振り向いた。
「……だからこいつらに話すのは嫌だったんだ」
ツボに入ったのか笑い続けている譲の隣で、博史は「それで?」と尋問するように言った。
「そんな可能性は限りなく0に近いと思うが……お前が神崎グループ――衣食住をはじめとしてあらゆる業界に進出している、日本でも屈指の大企業のご子息様だったとして……どうしてこんな所で社員から逃げ回るような目にあってるんだ?」
隼斗はそっぽを向いてもう一度大きく鼻を鳴らした。
「お前らにそんなことまで教えるつもりはない。……とにかく、危ない目にあいたくなかったら、今後俺たちには近づくな」
「そういうこと。念のためだけど、このことは誰にも話さないでね。そうじゃないと、君たちの口も塞がなきゃいけなくなるから」
柊は譲ににっこりと笑いかけた。そのただならぬ眼力に、譲は射すくめられたように固まった。
転校生二人は譲たちを放置して、男たちの衣服を脱がせ始めた。腰のバッグから取り出したナイフで布を切り裂き、拘束したまま器用に服をはぎ取っていく。
「な、何してるんだ?」
「これ以上追って来ないように、少し後悔してもらうだけだ」
男たちはパンツ一丁になるまで容赦なくむしり取られ、がんじがらめに縛られた。体に食い込む縄は自力では全くほどけそうにない。
翌朝、学校や会社に行く人々が通りかかったら――と想像して、譲は背筋が寒くなった。
「今夜のことは忘れろ。いいな」
そう念を押すと、隼斗と柊は譲たちを置いて暗闇の中へと去っていった。その背中は中学生とは思えない気迫を放ち、心なしか大きく見えた。
二人の姿が見えなくなると、譲は我に返って力なく笑った。
「は、ははは……あいつら、どうせならもう少しマシな嘘つけよな。なあ、ヒロ」
博史は眼鏡の縁をくいっと持ち上げて唸った。
「俺も全く信じられないけど、あいつらは嘘を言っているようには見えなかった。それに、神崎の話が真実じゃないとすれば、俺たちが見たものはいったい……?」
譲はふと地面に置き去りにされたスーツに視線を落とした。その襟には金色の糸で刺繍された『神』の字が威厳たっぷりに輝いていた。
一夜明けて、翌朝。
生徒会委員の元気のいい挨拶が飛び交う中、譲はどんよりとした目をクマで縁取り、特大のあくびをしながら校門をくぐった。
登校する生徒たちの流れに乗って進んでいくと、生徒会の列の中に、同じくあくびを噛み殺している委員が一人いる。譲はのろのろとそちらへ近寄り、力なく手を振った。
「おはよー、ヒロ。昨日寝られたか?」
「おう……見ての通り、全然だ」
二人は周囲に気づかれないよう昇降口の扉の陰に移動すると、ひそひそ声で言葉を交わした。
「なあ、あの二人今日も来るのかな。……昨日あいつらが言ってたこと、本当だったらなんだか面白そうだよな!」
「面白がってる場合か。お前は順応するのが早すぎだ」
眠気で半開きの目をキラキラと輝かせる譲を、すかさず博史が小突く。
人だかりの向こうでざわめきが広がった。
譲たちが首を伸ばすと、隼斗と柊が校舎の方へ向かってくるのが見えた。転校生の噂は早くも学校中に広まっていて、ただ歩いているだけでも生徒たちの注目を集めている。
博史は二人を睨みつけるようにして眉間にしわを寄せた。
「何にしろ、あいつらには関わらない方がいいな。……ジョー?」
博史が隣を見ると、いつの間にか譲の姿が消えている。
その背中はすでに数メートル前方へと駆け出し、生徒たちの群れの中へと飛び込んでいくところだった。
「おい、まさか」
「俺、ちょっと行ってくる!」
譲は人だかりをかき分けてずんずん進み、輪の中心にいる隼斗たちの前へ勢いよく躍り出た。
「よう! 神崎、天城、おはよー!」
「……どういうつもりだ」
隼斗は冷静な表情のまま、片方の眉毛をぴくりと動かした。
譲はにやりと笑い、鼻からたっぷり息を吸いこむと、高めのよく通る声で歌いだした。
「かん、かん、神崎グルー……」
その声が響き渡るよりも早く、隼斗は譲の口を塞ごうとものすごい速さで腕を伸ばしたが、譲は予測していたようにひらりとかわした。隼斗と柊は凄みをきかせて譲を睨んだ。
「おい、力ずくで黙らせるぞ」
「本宮君。昨日も言ったけど、言うこと聞いてくれないと……」
「やーだね! 言いふらさないでほしいなら、交換条件があるぜ」
譲は隼斗の鼻先にびしっと人差し指を突き付けた。柊が反射的に二人の間に割り込み、隼斗を庇うように身構える。
「俺と友達になれよ!」
『はあ⁈』
後ろから追ってきていた博史と隼斗が同時に声を上げた。柊は身構えた姿勢のまま目を丸くしている。
「……なんだそのガキみたいな条件は。どうしてそんなに俺にこだわるんだ」
警戒して探るような視線を向ける隼斗に、譲は軽やかな笑い声を上げて答えた。
「だってお前、面白そうなんだもん! なあ、いいだろ。かん、かん……」
「だからその歌はやめろって言ってるだろうが!!」
隼斗が飛びかかるよりも一瞬早く、譲が走り出す。「捕まえてみな!」「待てこいつ」という声とともに、二人はもつれあいながら校舎へと駆け込んでいった。
譲のいつもの悪ふざけだと思ったのか、見物していた生徒たちは何事もなかったかのようにおしゃべりを再開し、校舎へ向かって歩き出した。博史は呆然と立ち尽くして大きなため息をついた。
「もはや頭痛がしてきた……あのバカ、どこまでバカなんだ」
眉間を押さえて首を振る博史の隣で、柊はくすくすと笑い声を漏らした。
「よかった……神崎様は君たちを脅して追い払おうとしたみたいだけど、正直なところ、最近追っ手から逃げるのも二人じゃ厳しくなってきてたんだよね」
博史がぎょっとして振り向くと、柊がにっこりと微笑んで小首を傾げて言った。
「これからジョー君と一緒によろしくね、ヒロ君」
予鈴が軽やかに鳴り響いた。




