第1章 転校生は正体不明⁈ <ⅲ>
「お前ら席に着けー! 出席取るぞー!」
ざわざわと話し声が溢れる教室のドアを開け放ち、孝明が大声を張り上げた。いつも通りのジャージ姿で、ホームルーム開始のチャイムが鳴るきっかり三分前に教卓につく。
この日は全ての席が埋まっているのを見て満足そうにうなずき、出席を取り始めた。
「相川!」「はい」
「安藤!」「はい」
「飯田!」「はい」
博史は読んでいた本から顔を上げ、ついさっき教室に駆け込んできたばかりの譲の方を振り向いた。
「ジョー、今日はめずらしく間に合ってるじゃないか」
「うるせー、俺だってたまにはちゃんと起きるんだよ! ヒロは何読んでるんだ?」
汗だくの譲がぐったりと椅子にもたれかかったまま答える。博史はやれやれというように首を振った。
「いつも起きろよ……ドストエフスキー作『罪と罰』だ。お前も読むか?」
「えっ、何が好きだって? ページめくる前に眠くなっちまいそうだし、俺はいいや!」
「本宮! 私語うるさいぞ!」「はーい元気でーす」
叱責混じりの点呼に、譲は生返事をした。
「あーあ、何か面白いこと起こらねぇかなあ……学校に突然、未確認生命体が侵略してくるとかさ」
「……お前はいつも十分楽しそうだけどな」
「……よし、全員いるな。今日は大事な連絡があるから、ちゃんと聞けよ」
孝明は咳払いをして教室を見渡し、もったいぶって口を開いた。
「なんと! 今日から、二年A組に転入生が来ることになった」
「えーーーっ!!」
孝明の言葉を遮って、生徒たちが一斉に歓声をあげる。譲は一瞬で元気を取り戻し、机の上に身を乗り出して顔を輝かせた。
「未確認生命体だ!!」
クラス中の生徒が教室前方の窓に注目した。窓枠の隅の方で、廊下に立つ後ろ姿が見え隠れしている。
「今から紹介するから、静かにしろ! ……じゃあどうぞ、入って!」
扉ががらりと音をたてて開いた。
クラスに不思議な緊張感が走った。
教室に足を踏み入れた少年は、ただ者ではない雰囲気を放っていた。
濃いグレーの他校の制服、すらりと高い身長、切れ長の目、鼻筋が通った整った顔立ち。歩く度に胸元から響くちゃりちゃりという金属音。耳にかかる少し長めの黒髪も、うっとうしく見えないどころかセンスが感じられる。
転校生は教卓の前にたどり着くと、生徒たちから放たれる期待のまなざしをものともせず、ゆっくりと教室を見渡した。その目は落ち着いていて、どこか鋭い光を放っている。
転校生は誰かを探すように辺りを見回し、譲と博史の姿を捉えると二人をじっと見つめた。譲はその目に釘付けになったまま、小声で博史に耳打ちした。
「ヒロ、なんか俺たち見られてる! あれって友達になりたいっていうアピールか?!」
「……気に入らない奴リストに入れられたんじゃなければいいけどな」
孝明が黒板の方に振り向き、素早くチョークを滑らせてその名前を書き出した。
「神崎隼斗君だ。ご家庭の事情で転校してきたそうだ。みんな仲良くするように! 神崎君、自己紹介をしてくれるか?」
「……神崎だ。よろしく」
隼斗はそう言うと、軽く一礼をしたきり黙り込んだ。
わずかな沈黙の後、堰を切ったように生徒たちの質問攻撃が始まった。
「神崎君! 部活は何してたの?」
「どこの学校から来たんだ?」
「趣味とかねぇのかよ! もうちょっといろいろ教えろよ!」
隼斗は伏し目がちになり、静かだがきっぱりとした口調で言った。
「……部活の経験も、趣味も特にない。一人でいるのが好きだから、できるだけ放っておいてほしい」
クラスは水を打ったように静かになった。ちょっかい出しの中村剛司がおいおい、と声を上げる。
「なんだよ、変わった奴だな。クールな俺様かっこいい、とか思っちゃってるわけー?」
隼斗は剛司をまっすぐ見つめ返した。剛司がたじろいだところで、孝明がやっと仲裁に入る。
「こら中村、転校生を初日から困らせるんじゃない! 神崎君、すまないな。君の席は……」
「先生ー! 神崎の席、俺の近くがいいと思う! そうだ、隣とかどうかな?」
立ち上がって手招きをする譲の背中を、すかさず博史がバシンと叩いた。
「勝手に決めるな! 俺にどけって言うのか?」
黙り込んでいた生徒たちから笑いが起こり、「またやってるよ」と呆れ声が上がる。譲が頭をかきながらチラリと盗み見ると、隼斗は相変わらずの仏頂面をしていた。
「神崎君。あのうるさいやつから離れた席で……廊下側の後ろの席に座ってくれ。みんな、神崎君が分からないことがあったら教えてあげるんだぞ! そうだ、隣のクラスにも転校生が来たみたいだから、仲良くするようにな!」
ホームルームが終わるやいなや、譲は一目散に隼斗の席へ駆け寄った。
「神崎! 俺、譲。ジョーって呼んでくれ! 次の授業、理科室だから一緒に行こうぜ! あっ、ていうか、今日の昼休みサッカーしようぜ!」
隼斗は譲の方にチラリと顔を向けたが、再び顔を伏せて鞄から教科書を取り出し始めた。
「……俺はいい」
「まあ、そう言わずにさ!」
「ジョー、さっきから変なノリで絡みすぎ! 神崎君が嫌がってるじゃない!」
二人の前に、高めのポニーテールを結った少女が立ちはだかった。彼女の名前は早乙女沙由里。女子バレー部の次期キャプテン候補で、気が強い性格と名前のイニシャルから男子の間では『ドS』と呼ばれている。
「げっ、ドS……じゃなかった、委員長!」
「誰がドSですって?! ……神崎君。私、学級委員長の沙由里っていうの。分からないことがあったら何でも聞いてね!」
隼斗はうつむいて黙ったまま準備を続けている。譲は沙由里の顔を見てぎょっとした。彼女の目は熱があるかのように潤み、隼斗を見守るように見つめている。確かに、隼斗は校内でもまれに見るいわゆる『女子受け』が良さそうな顔立ちをしている。
「神崎君、その、もしよければだけど……来たばっかりで大変だろうし、私が学校の中を案内してあげようか?」
隼斗はふと顔を上げると、鋭い視線で二人の顔をまっすぐに見据え、相変わらず抑揚の少ない静かな声で言い放った。
「必要ないと言ってるだろう。さっきも言った通り、俺にはかまわないでくれ」
「お前、その言い方はちょっとひどいんじゃ……」
隼斗は譲を押しのけて教室を出ていった。譲がおそるおそる隣を見ると、沙由里は先ほどよりさらに恍惚とした表情をしている。
「かっこいい……絶対に諦めないんだから」
「委員長……ドSじゃなくてドMだったのか……」
怒りの鉄拳が飛んでくる前に、譲はそそくさとその場を後にした。




