第1章 転校生は正体不明⁈ <ⅰ>
朝の冷たく澄んだ空気に、チャイムの余韻が消えていく。
校庭では最近までピンク色の衣をまとっていた桜の木が、若い緑の葉を風に揺らしていた。
校舎からは生徒たちの喧噪に混ざって、教師が出席を取る声が響いてきた。
「相川!」「はい」
「安藤!」「はい」
一階から三階まで学年ごとに分けられた教室には、生徒たちがひしめき合っている。
ホームルーム開始の号令がかかるクラス、教師が来るまでおしゃべりをしているクラス、生徒が廊下まではみ出して騒いでいるクラス――
それぞれの教室で、一日の始まりの時間が流れていく。
朝日を反射して輝く廊下を、一つの影が横切った。
影は身を低く屈め、生徒たちに見つからないように、目にも止まらぬ速さで教室の前を駆け抜けた。
それは一階の教室の前を通り過ぎ、消火栓の陰で一時停止した。階段下までそろそろと進むと、踊り場で周囲の様子をうかがい、二階の端の教室に向かって滑るように進んでいく。
「早乙女!」「はい」
「須川!」「はい」
二年A組の教室の後ろ扉が、音もなく開いた。
席に着いて点呼に答える生徒たちのすぐ後ろを、四つん這いの何かが移動していった。学校指定のカバンを頭からすっぽりと被ったそれは、窓際の一つだけ空いている席を目指してゆっくり進んでいく。
生徒たちが誰からともなくクスクスと笑い声を漏らす。笑いは徐々に伝染し、女子は近くの席の女子へ何かを耳打ちし、男子はこっそりと後ろを盗み見る。
教師は名簿に目を落としたまま、出席を取り続けている。
「本田!」「はい」
「三上!」「はい」
一つだけ空いていた席に、ぬっと手が伸びた。
「本宮!」
その名前が呼ばれた途端、机の下からカバンが勢いよく飛び出し、頬を上気させた少年が現れた。
「はーい! はい、はいっ! 本宮譲、今日も元気ですっ!」
辺りがしんと静まり返った。
そして次の瞬間――教室中が弾けるような爆笑に包まれた。
「本宮ぁ! お前、また遅刻かー⁈」
「いやいや先生、今日はセーフだろ!! 俺、間に合ってたよな!」
譲はカバンを投げ捨てて大声を上げた。小麦色に焼けた頬を膨らませ、威勢のいい小型犬が吠えるように果敢に抗議する。
二年A組の担任である早瀬孝明は、譲をぴしゃりとたしなめた。
「バカもん、ホームルームの号令までには席に着いてるのが当たり前だろうが! 中学生にもなって何言ってる!」
「タカ先が早すぎるんだよー!! まだ始まってないクラスもあるのにさ!」
「担任をあだ名で呼ぶんじゃない! 時間厳守は基本中の基本だ!!」
生徒たちの笑い声が段々と静まり、ざわつきに変わっていく。クラスの大半は二人の言い争いに飽きて、めいめいにおしゃべりを始めていた。
譲の隣に座っていた眼鏡の少年は、読んでいる本に視線を落としたままため息をついた。
「まったく……子どものケンカかよ」
譲を叱り飛ばそうと、孝明が顔を赤く染めて大きく口を開いた時だった。
「早瀬先生」
凛とした声が響いた。
生徒たちの視線が発言者に集まる。その少年は黒ぶち眼鏡の奥から、言い争う二人を冷静な眼差しで貫いた。
「それくらいでいいんじゃないですか? ホームルームの時間、終わっちゃいますよ」
孝明がぐっと口をつぐみ、その顔色が段々と正常に戻っていく。お説教から解放された譲は、目を輝かせて「ヒロ」とつぶやき、仏を拝むように手を合わせた。
「そ……そうだな、相川。本宮、席に着け! 次は許さんからな!」
孝明は黒板の方に向き直り、その日の連絡事項を書き始めた。クラスの生徒たちは一連のやり取りにも慣れた様子で、眼鏡の少年――相川博史の方を振り向いて「よくやった」「いつもお疲れ」と合図を送ってみせた。
「……では、今日も一日、体調に気をつけて勉強に励むように! 以上!」
「起立、礼!」
爽やかな朝の挨拶を、飛びぬけて暑苦しい声がかき消していった。
《コメントください!》
登場人物「学校の先生」の、地の文での書き方(呼称)を迷っています。
ご意見や、自分ならこう書く!など、コメントを書いていただけるととても嬉しいです!
他の登場人物(中学生)は、下の名前で書きたいと思っています。




