就活令嬢
コメディです。細かいことは気にしちゃダメ!
「ねぇ、カーラ。私、まだNNTなのよ……」
「ナタリア様。実は私もNNTなのです」
「そう、貴女も……」
「はい……」
そろって溜め息を吐いたのは、ボッチョーニ伯爵家令嬢ナタリアとクラスメイトの男爵家令嬢カーラであった。二人は共に17歳。王立貴族学園の最終学年5年生に在籍している。
この学園に通っている貴族令嬢は、その殆どが学園卒業後1~2年のうちに結婚をする。ナタリアとカーラは、そんな学園における数少ない就活令嬢であった。
「今年は不景気でどこも新卒の採用数を絞っているとは聞いていたけれど……まさか、これほど就活に苦労するなんて思ってもみなかったわ」
ナタリアがそうぼやくと、カーラは口を尖らせた。
「ナタリア様は伯爵家のご令嬢だからまだ良いですよ。私なんてしがない男爵家の娘ですから、殆どエントリーシート(ES)で落とされるんですよ。家格フィルター、まじキツい!」
「けれど、私だっていまだにNNTなのよ。家格フィルターに引っ掛からないはずの伯爵家なのにNNTってことは、私自身の問題で内定が出ないってことでしょう? むしろそっちの方がショックだわ!」
「……ナタリア様、どんまい」
「くぅ~」
NNT……それは「無い内定」を表す。
そして今日もまた、ナタリアのもとに不採用通知が届いた。
〈 選考結果のご連絡 〉
拝啓、時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、先日は王宮経理部門の選考にご応募頂きましてありがとうございました。
慎重に選考させて頂いた結果、大変残念ですがご希望に添いかねることとなりました。
せっかくご足労いただいたにもかかわらず誠に心苦しいのですが、何卒ご了承くださいますようお願い申し上げます。
末筆ではありますが、ボッチョーニ様の今後のより一層のご活躍をお祈り申し上げます。
「また祈られたわ」
ナタリアは、手にした通知をぐしゃりと握り潰した。
王宮は数年前から宮内カンパニー制をとっており、各部門ごとに独自に採用活動を行っていて、採用フローもバラバラである。今回お祈りされた経理部門はESと筆記試験及び適性検査を通過した後、ナント面接が8次まであったのだ。他の大抵の部門は3次面接が最終(役員)面接である。おそらく「経理」という職種故の厳密さなのだろう。しかし、最終8次面接で落とすくらいなら、さっさと1次面接で落としてほしかった、と思う。
数少ない就活仲間の男爵家令嬢カーラは、家が没落寸前で、どうせ良い縁談は来ないからと王宮の総合職を目指しているのだそうだ。
「バリバリ働いて出世しますわよ!」
と言う割には、既に就活シーズン終盤の今現在、いまだにNNTなのだ。実に残念な令嬢である。
「バリバリ働くには、まず内定を勝ち取らないとね。カーラ」
「うぅ……同じNNTのナタリア様にだけは言われたくないですわ」
「ぐぬぬ……」
正論である。
一方、裕福な伯爵家の令嬢であるナタリアが就活をしているのは、カーラとは全く異なる理由からだった。
話は2ヶ月前に遡る。
◇◆◇◆◇◆◇◆
――2ヶ月前――
「ナタリア! お前との婚約は破棄する! 俺は新たにピアと婚約するからな!」
昼時の学園食堂で、そう高らかに宣言したのは、ナタリアの婚約者――バッカラ公爵家の長男アルフィオであった。ナタリアとアルフィオは、お互いが8歳の頃からの婚約者である。もちろん、親同士が決めた政略の婚約だ。
「はぁ? 何ですの、一体?」
友人たちと昼食をとっていたナタリアは、突然女連れで学園食堂に現れ謎の宣言をするアルフィオを訝しげに見つめた。
「だ・か・ら! お前との婚約を破棄すると言ってるんだ!」
イライラした様子で怒鳴るアルフィオ。
「はぁ。理由はアルフィオ様が今、肩を抱いていらっしゃる、その特待生の平民女性と浮気をした挙句に身勝手にもそのビッ……いえ、その女性を妻にしたいから、という事で間違いございませんか?」
ナタリアの棘のある台詞に焦ったのか、アルフィオは、
「い、いや、浮気なんかじゃない! お前がピアを苛めるから――」
と、意味不明な事を言い始めた。
ナタリアは首を傾げる。
「『イジメ』でございますか? 一度だけそのビッ……いえ、ピアさんに忠告をしたことはありますけれど。『男に媚びなんか売らずにチケットでも売ればよろしいのではなくって? “ ピア ”だけにね! 御後がよろしいようで』と言っただけですわよ」
「うるさい! 誰が上手いこと言えと。とにかくお前とは婚約破棄だ! 破棄だ破棄!」
ダメだ、こりゃ。
ナタリアはその場で自身の婚約者を見限った。
⦅ こうしてはいられないわ! 結婚の予定が無くなるなら、すぐに就活を始めなくては! 既に就活シーズンは終盤のはず。急がなきゃ急がなきゃ ⦆
ナタリアはすっくと立ち上がると、
「アルフィオ様。そういう事でしたら、私、就活を致します。とりあえず、今から急いで学園キャリアセンターへ行って相談してきますわ。それでは御機嫌よう」
と、言うや否や、さっさと学園食堂を後にした。
残されたアルフィオは、ピアの肩を抱いたまま、
「お、おい! ナタリア! ピアを苛めてた件は!? 教科書を破ったり水をかけたり――って、おい、待てよ!」
と叫んだが、ナタリアの後ろ姿はすぐに見えなくなり、周りの生徒達はアルフィオと目を合わせないようにしながら食事を続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
その後、ナタリアは学園キャリアセンター(以下キャリセン)で指導を受け、本格的に就活を始めた、という訳である。
当初、成績も良く、家柄にも容姿にも自信のあるナタリアは、正直就活を舐めていた。自分なら、望むまま直ぐに内定を取れるだろうとタカをくくっていたのだ。だが、その考えは甘かった。甘過ぎた。就活は、そんな生易しいものではなかったのである。
「この時期ですと民間の採用活動はほぼ終了しています。王宮職員に絞りましょう」
と言うキャリセン担当教師のアドバイスに従ったナタリアは、まずは「何となくカッコイイから」というミーハーな動機で、王宮外交部門にエントリーした。そして、即、お祈りされてしまった。
「まさかESで落とされるなんて……解せぬ~」
と、低く唸るナタリアに、アラフォー女性のキャリセン教師は、
「今年は王宮も大幅に新卒採用数を減らすそうなので、外国語試験トーイッケの点数で足切りされたのかもしれません」
と、言う。
「えぇ?! でも、私のトーイッケの点数は937点ですのよ! 足切りだなんてあり得ますの?!」
教師は気の毒そうにナタリアの顔を見る。
「売り手市場だった昨年ならあり得ません。が、おそらく今年は非常に高いレベルを求められているのでしょう」
「くぅ~。でも、私はメゲませんわよ! すぐに他部門にエントリーしますわ!」
「その意気です! ボッチョーニさん! 就活に必要なのは強いメンタルです! まだまだ、これからです! 一緒に内定を勝ち取りましょう!」
熱く語るキャリセン教師。
「先生! 私、頑張りますわ!」
次に「何となくオシャレ」という、やはりミーハーな動機で王宮広報宣伝部門にエントリーしたナタリア。こちらは無事にESを通過。さらに筆記試験と適性検査も通過したのだが、1次面接で祈られた。
「何故!?」
ナタリアはキャリセンの机をバンバン叩きながら叫んだ。
「どんまいです、ボッチョーニさん。次、行きましょう!」
次に人事部門(ES落ち)、その次に総務部門(1次面接落ち)、危機管理部門(2次面接落ち)、保健衛生部門(最終3次面接落ち)、国民文化スポーツ振興部門(ES落ち)、国民教育普及部門(2次面接落ち)と、王宮の様々な部門を受けまくったのだが――尽くお祈りされた。
そして「次こそは!」と挑んだ王宮経理部門も祈られてしまったのである。それも最終8次面接で……。
話は戻る。
男爵家令嬢カーラはナタリアに尋ねた。
「ところでナタリア様。アルフィオ様との例の婚約破棄の件は、結局のところ、どうなりましたの?」
「あぁ、アレね。あれだけ人目のある場所で宣言されたからには、さすがに無かったことには出来なくて。ただ、両家の当主が話し合って『破棄』ではなく、婚約『解消』という形を取る事で決着したの。もちろん、あちらから慰謝料は頂くわよ」
「……ナタリア様は、アルフィオ様のことを特にお好きだった訳ではないのですね」
「所詮、政略だもの。でもね、結婚したら、寝台の上でアルフィオ様のあの端正なお顔を歪ませてやりたい、と思うくらいにはお慕いしていたのよ。うふふ」
「それ……『お慕いしてる』って言うんですかね?」
カーラが眉を顰める。
「18歳未満には理解出来ないかもしれないわ」
「ナタリア様も私と同い年の17歳でしょーが!」
「あら、そうだったわね。オホホ」
カーラは気を取り直して会話を続ける。
「それはそれとして。ナタリア様があの平民ビッチのピアを苛めたなどと、アルフィオ様がアホな事をホザいていらっしゃいましたけど、あの件に関しては、生徒会の方々が動かれてナタリア様の無実を証明してくださったのでしょう?」
「ええ。生徒会の皆様がきちんと証拠や証言を集めて、アルフィオ様に突き付けて下さったのですって。ありがたいことだわ」
「生徒会長のクリスピーノ王太子殿下が、随分と力を入れて調査をなさったらしいですね」
「そうなのよ。ただのクラスメイトに過ぎない私の為に、わざわざ王太子殿下が骨を折って下さったと聞いて、恐縮しちゃったわ」
「美人は得ですね~。ナタリア様、気付いてます? クリスピーノ殿下って、教室でもよくナタリア様のことを(仄暗い瞳で)ジッと見つめてらっしゃるんですよ。あ、もしかしたら、婚約者がいなくなってフリーになったことだし、ナタリア様ってば殿下からプロポーズされちゃったりなんかして!? キャッ!」
「おほほ。カーラったら、バリキャリを目指してるくせにお花畑ね。そんな恋愛小説みたいなこと、現実に起こるはずないでしょ」
ナタリアは、カーラの言葉を一笑に付した。
ちなみに王太子の側近候補筆頭だったアルフィオは、今回の婚約破棄騒動で王家の信頼を完全に失い、側近候補から外された。将来の中央政界での出世の道はほぼ閉ざされたに等しい。おまけに“公爵家の嫡男であるアルフィオがわざわざ大勢の前で宣言したのだから、その通りに平民ピアと結婚するように”との王命も出された。早い話が“公爵家の跡取りが何をしとんのじゃ! ボケが! せめて有言実行してもらうぞ!”という王家からのキツイお仕置きである。ナタリアに苛められたと言うピアの証言が全て嘘だったと知らされて以来、ピアを疎むようになっているアルフィオにとっては、それは絶望的な王命だった。
その後しばらくして、就活仲間の男爵家令嬢カーラが、ついに内定を手にした。
「ナタリア様! やりましたわ! 王宮農林水産部門総合職の内定をゲットしたんです!!」
「……そ、そう。おめでとう、カーラ」
思わず顔が引き攣るナタリア。カーラは得意満面だ。
「ナタリア様も早くNNTを抜け出せるといいですね。頑張ってくださいね~」
バカにされていると感じるのは被害妄想だろうか? いや、きっとそうではない。
⦅ コイツに内定マウントを取られるなんて!! ⦆
心の中でハンカチぎりぃ~!! なナタリアであった。
そして、悲壮な覚悟で臨んだ王宮図書管理部門の選考で――ナタリアは、最終(3次)面接にたどり着くことすら出来なかった。2次面接でガクチカ(学生時代に最も力を入れたこと)や志望動機を、予想以上に深掘りされて、上手く話せなかったのだ。
「あんなにしつこく深掘りされるとは思わなくて! だって卒業したら結婚するつもりだったから本当のガクチカは『花嫁修業』だし、本当の志望動機は『他の部門に落ちたから仕方なく』だし……でも、ちゃんとESにはもっともらしい事を書いて、面接でも建前のガクチカや建前の志望動機を論理的に述べたんですよ。なのに、2次面接の面接官がしつこくしつこく追及してきて! 『本当はうちに来たい訳じゃないんでしょ? 外交部門とかが人気だしね』とか、『本当は卒業後すぐに嫁ぐつもりだったんじゃない? 何かアクシデントでもあった?』とかって言うんですよ! 私とアルフィオ様の婚約破棄騒動は貴族の間では有名な話で知らないはずは無いのに、厭味ったらしいったら! あの面接官、絶対に性格異常者ですわ!!」
キャリセンを訪れて、号泣しながらそう訴えるナタリア。
握り締めているレースのハンカチはぐちょくちょのヨレヨレである。
キャリセン教師が、宥めるように声を掛ける。
「ボッチョーニさん。それは圧迫面接の一種です。イヤな面接官に当たって災難でしたね。けれど、落ちてしまったものは仕方ありません。こうなったら王宮勤めは諦めて、他の王立組織に目を向けてみませんか?」
「へ? 他の王立組織?」
「ええ。王立の博物館や美術館、病院、学校などです。そうそう、おススメは王立騎士団の事務職です。欠員が出たからと、昨日、追加募集の連絡が来たばかりなんですよ」
「王立騎士団の事務職? それは女性でもOKなのでしょうか?」
「ええ。男所帯の騎士団も、最近では女性の登用を進めてましてね。女性騎士も増えてきたので、彼女たちに対応できる女性事務員が欲しいみたいなんです」
「なるほど。それはいいかもしれな――」
キャリセン教師の話を聞いて気を取り直したナタリアが、目を輝かせてそう言いかけると、突然、背後から男性の声に遮られた。
「ダメだ! 騎士団なんてダメだ! あんな男ばっかりの場所!」
「「へっ?!」」
ナタリアとキャリセン教師が同時に振り向くと、声の主はなんと王太子クリスピーノだった。
クリスピーノは顔を真っ赤にして、プルプルと拳を握り締めている。
「お、王太子殿下。どうしてこちらに?」
キャリセン教師が慌てて尋ねる。
「ナタリアがここで泣いていると聞いて……心配になって、やって来てしまった」
恥ずかしそうに告げるクリスピーノ。
「は?」
戸惑うナタリア。
⦅ え? 私を心配して? 何それ? ⦆
王太子クリスピーノはナタリアに向かって、何故か必死の形相で訴える。
「ナタリア。騎士団はダメだ。いくら女性が増えてきたと言っても、今も8割は男なんだぞ。君のような可憐な女性が、あんなムサ苦しい所で働くなんて絶対ダメだ。君はとんでもなく可愛くて愛らしくて、なのに胸は大きくて、男なら誰でも思わず抱きしめたくなるほど魅力的な女性だ。何かあったらどうするんだ!? 頼むからやめてくれ!!」
⦅ おいっ! 微妙にセクハラだぞ!? ⦆
「殿下。お言葉ですが、私は現在崖っぷちNNTなのです。選り好みをしている余裕など無いのです。とにかく安定していて福利厚生が手厚くて、休日が年間130日以上あって、平均年収が800万エーン以上で、月平均残業時間が10時間未満で、有休取得率が90%以上で、3年以内離職率が10%未満のホワイトな職場であれば、どんな所でも働くつもりです」
いや「選り好みしない」とか言いつつ結構な条件出してるじゃん! と、キャリセン教師は内心思ったが、黙っていた。
「ナタリア。だったら、内密に募集している王宮のとある職の選考を受けてみないか? 王族の推薦を得ている者しか受けることの出来ない、特別選考だ」
「え? そんな特別選考ルートがあるのですか?」
驚くナタリア。
「ああ。常に王族の側に付く仕事だから、優秀かつ信用できる者でなければならないんだ。私は学園に入学以来この5年間、ずっと君を見てきた。君なら信用に値する。私が推薦状を書こう。少し忙しい仕事だが、高待遇だぞ。特別待遇と言っていい。福利厚生もしっかりしてる」
えぇー!? 何という幸運!! 「常に王族の側に付く仕事」って、多分個人秘書のような仕事よね?
「殿下。ありがとうございます!」
「詳しい採用フローなどの案内は、後日王宮からこちらのキャリアセンター宛に送らせる。いいな。必ず選考を受けろよ!」
「はい! 頑張ります!」
この時、キャリセン教師が実に微妙な表情をして、王太子クリスピーノとナタリアの顔を交互に眺めていたことに、ナタリアは全く気付いていなかった。
2ヶ月後、この国の王太子の婚約が大々的に発表された。
何故か、公表の少し前まで、当の婚約者である伯爵家令嬢は、
「やっとNNTを抜け出せたの。王太子殿下の個人秘書の内定を頂いたのよ! すごいでしょ!?」
と、周囲に自慢気に話していたという。
終わり
あとがき
学園を卒業後、王太子妃となったナタリアは、夫クリスピーノに溺愛され、なんだかんだ言いつつも幸せに暮らしました、とさ。