第十六話 臨時講師
神田先生の数学は、わかりやすくておもしろいと評判である。俺たちも中学のころには、そのわかりやすい説明で実力を伸ばし、この地域の進学率ナンバーワンの高校―――つまり北高への入学を果たしたのだ。もっとも、入学するまでは北高が〈教師も生徒も変人ばっか〉な常識はずれな高校であるとは知らなかったのだが。……それはともかくとして、神田先生が恩人であることには変わりない。
「そこで俺たちは、保護者の勉強を見るついでに神田先生の手伝いもできないかと考えたわけだ」
「その結果思いついたのが、このような形での授業のフォローというわけだ。理解できたか?」
「……わかりましたけど……」
保護者がねちねちと不満をこぼすので、詳しい説明に当たったのだが、どうも保護者には不満があるらしい。
「……先輩に勉強を教えてもらう約束は確かにしました。でも、もっとこう違う……なんていうか、もっとこそばゆいような青春の一ページに刻まれる感じというか、そう言う感じのを期待してたんですよ……」
「聞きとれんぞ、質問があるならもっと大きな声で聞け」
「……例えば先輩が私の部屋に来て、一対一、マンツーマンでの個人授業をしてくれるとかですね……」
「おーい、聞こえてるか保護者?」
「……いくら教師と生徒という立場とはいえ、若い男女二人っきりで部屋にいるんです。先輩が私の解答の間違いを指摘するたびにかかる吐息。触れあう手と手。ついには我慢をし切れなくなった先輩が私に襲いかかり……」
「ぶつぶつぶつぶつと、病んでるのかお前」
「……私も多少抵抗はするんですが、所詮男と女の体力差にはかなわず、そのまま……。でもでも私もまんざらではなくて、最終的に二人は愛を誓う……みたいな甘々な展開を期待してたのに!」
「わっ!? 急に大声を出すな! どうかしてるのかお前は!?」
「全て先輩のせいです!」
「何が!?」
文句があるならはっきりと言ってもらわんと困る。質問がわからんのに答えようもくそもないんだから。
「いいですよ別に! 先輩にムード作りとかを期待しようってのがそもそもの間違いなんですから!」
「勉強を教えるのにムードが関係あんのか!?」
「あります! それはもう大いに! むしろそっちメインで頼んだんですから!」
「……ええー、もう全く意味わかんねえよ……」
理解しがたきは女心と秋の空ってか。
「もういいです! 先輩! ここはどうやって解くんですか!」
「やる気になったのか?」
「二人っきりが駄目なら、先輩は私に個人授業をしてください! それくらいいいでしょう!」
「いや、他にも教えんといかん後輩いっぱいいるから」
義人に負担全部押し付けるつもりか。いくら奴でもそのうち泣くぞ。