91 詫び石よこせ
本日三話目(3/3)
家に着き、細々とした事をしていれば、すぐに陽は落ちる。
僕が風呂から上がった時、未来から夕飯の呼び出しが掛かった。
ダイニングテーブルに乗るアサリの味噌汁に、肉団子のトマト煮とジャガイモのガレット。
僕が席に着くまで、未来は自分の席で携帯端末を操作していた。
「にーちゃ、メンテ失敗だって」
「失敗?」
「メンテ明け三十分で、再メンテ突入」
「ああ……」
正式オープン間もないネトゲにはよくあることだ。後は大型アップデートの後とかね。
「もう今の時点で12時間メンテだし、メンテ終わるの今日の深夜になっちゃうんじゃないかな?」
「ま、仕方ないな」
VR機前で待機している人は気の毒だと思うが、僕らは今日はのんびりさせてもらおう。
――
夕飯を取り終え、一度部屋に戻って勉強道具を手に、再度リビングに戻る。
「あれ? にーちゃ、ここで勉強するの?」
「邪魔か?」
「ううん」
リビングテーブルで僕が夏休みの課題を進めている間にも、未来はパタパタと動く。
夕飯の片付けをし、家を中を軽く掃除してから入浴。
今日は昼前に出かけたので、その前にささっと取り込んでおいた洗濯物をたたむ。
そして今はなにやら、料理の仕込みをしているようだ。
「にーちゃ、気が散らない?」
「そうでもないさ」
料理の仕込みも終えたらしく、未来は部屋に戻っていった。
だが、間をおかずにリビングに戻ってきた未来の手には、僕と同じく勉強道具が抱えられていた。
「仕込みは終わったのか?」
「うん、後はじっくり煮込むだけ」
僕の対面に座った未来はノートを広げ、僕と同じように夏休みの課題を始める。
――カリカリカリ。
――カチカチカチ。
シャーペンの芯が紙を擦る音と、壁掛けのアナログ時計が秒を刻む音だけがリビングに響き続けた。
ふと、
「そういえば、去年もこんな感じだったな」
「うん?」
昨年――僕は異世界行きのせいで勉強の知識がリセット状態。
そして未来は受験生だったので、よくこうして二人で一緒になって勉強をしていた。
……まだ異世界帰りで精神的に不安定だった僕が、目の届くところに未来が居てくれないと不安で仕方なかったというのもあるけど……。
「にーちゃ」
「うん」
「もう成績はだいじょうぶ?」
「まぁ、それなりには……ね」
戻ってきた直後の成績は、本当に酷いものだった。
進級すら危ぶまれたが、なんとか一年で平均点を取れるぐらいにはなった。
未来と二人で一緒の机で勉強し、未来の作った夜食を食べ――
ふとトラウマが蘇った時は未来の腕の中に甘え……と、本当に未来にべったりだった一年。
未来自身の成績はかなり良いほうだったので、そこまで受験勉強をする必要はなかっただろうに、すっかり僕に付き合わせてしまった。
「あ」
二人一緒に使っていた消しゴムに、同時に手が伸びた。
そしてテーブルの上で重なる二人の手……。
「未来」
「にーちゃ……」
未来のひんやりとした手が、僕の手の熱をゆっくりと冷ましてゆく。
重なり合った手が、徐々に二人の体温を交換しあう。
そして、二つの温度差が無くなり、一つの同じ体温に収束していった。
「なぁ……」
「うん……」
まるでラブコメのようなワンシーン。
ラブコメだったら、これからどうなるだろうか?
ハッとした二人は頬を赤らめて離れるか、それともそのまま顔が近づいていき、口付けを交わすのだろうか?
だが、僕が感じたのは――
「こうしていても、未来とじゃ今さらドキドキもしな――――いだだだだだだっ!?」
手を抓り上げられた。
爪が食い込んでますよ! 妹さん!
「にーちゃ、デリカシーが無さすぎ」
「いや、普段のおまえのデリカシーが無さすぎるからこそ、今さら手ぐらいじゃどうとも思わなくなってしまったんじゃないかと……」
手なんて、それこそしょっちゅう握ってくるしな。
「むう……普段ヘタレなにーちゃに、性的アピールしていることが裏目に出た」
本人の前でヘタレとか言うなよ。
「にーちゃ」
「ん?」
「にーちゃに純粋な少年の心を取り戻させるには、どうしたらいいと思う?」
「ふざけんな元凶」
おまえの過激すぎるアプローチのせいじゃないか。
それ以前に、僕の精神年齢は二十六歳オーバーだから、今さら少年の心とか言われてもどうしようもないわ。
「にーちゃが汚れてしまった……」
「汚れてない汚れてない」
再三言うが、汚れてたとしてもおまえのせいだからな?
散々パンツとか見せてきて、何を今さら言ってんだ……。
「な……ならば、もっと別のところを触らせないとにーちゃをドキドキさせられない! ――に……にーちゃっ!!」
「うお、びっくりした。なんだよ……」
「わ、わたしの……おっぱ――!」
と、言いかけて未来は息を呑む。
「や、待て待て……わたしの胸ににーちゃをドキドキさせるような攻撃力はある? ……くっ、攻撃力68では無謀かっ……!?」
なにを言ってるんだ、こいつは……。
「に、にーちゃっ!」
「だから大声だすなって。なんだよ」
身体をもじもじと揺らす未来。
頬を朱に染めて、僕の横に立った。
「にーちゃ、触って! わたしの……、あの、その……アレにっ!」
未来の手がおもむろに下へ下へと移動してゆく。
そしてその手はスカートの裾をつまみあげた。
「あほぅ」
てい、っと未来の頭の上に手刀を落とす。
ゴン――と良い音が鳴った。
……ちょっと力加減を失敗したかもしれない。
「いったぁ……。にーちゃ、止めないで! わたしには……、わたしにはもうコレしかっ!!」
「シリアス調に言っても、ダメなもんはダメ。おまえは何をしようとしてんだ……」
そうやって、どんどんハードルを上げていくから、僕が慣れてしまったという話をしていただろう? さらにハードルを上げてどうするんだ……。
「ふとももなら、すこしは自信があるのに……」
……あ、ふとももでしたか。そうでしたか。
「……? にーちゃ、『それだったら止めなくても良かったかも?』って顔した」
おまえは僕限定のエスパーか?
「にーちゃ、わたしがどこ触らせようとしてたと思った?」
「……さ、もう寝るぞ」
ささっと勉強道具をまとめて、僕は早々に席を立つ。
「ねぇにーちゃ。素直に教えてくれたら、そこを触らせてあげてもいいよ?」
「黙れ小娘ッ!」
俺がそんな甘言に惑わされると思ってるのか?
元勇者だぞ?
魔族の使ってきた魅了の魔法も、勇者の名に群がってきた女の誘惑も経験済みだ。全て跳ね返してやったぜ。
「にーちゃ、動揺してる」
「やかましい! 寝るぞ!」
―― …… ―― …… ―― …… ――
「はぁ……」
あまり良い目覚めとは言えない。二日連続の寝不足だ。
「ふぅ……」
ランニングスーツに着替え、家を出ていつものランニング。
途中、畑を作っているお爺さんから今度はキュウリを貰った。形がほとんど輪になってしまっている、はねだし物だ。
キュウリの入ったビニール袋を片手に、ランニングを続行する。
手荷物を持ったままなので、やはりちょっと走りにくい。
……今度から、デイパックでも背負ってこようかな?
いや、頂きものを期待するみたいでちょっと情けないか……。
公園でストレッチを終え、帰ってくると未来の作る朝食の匂いがする。
今朝はパンらしい。
「にーちゃー、ジャムー? バター?」
「今日はジャムの気分だなー」
キッチンの脇を通り抜ける時に、未来と遠距離での会話をして洗面所へ。
手と顔を洗いダイニングに行くと、もう朝食の準備は完了していた。
「そういや、さっきキュウリを貰ったぞ」
「おー、キュウリは嬉しい。サラダに漬物に、用途たくさん」
さっそくぬか漬けにしよう、と、未来は嬉々としてビニール袋を受け取った。
そういやウチで漬物が出てきた記憶って、あんまりないな。
「今年から作り出した。お嫁さんの味がダイレクトに影響するとか、ぬか床ってエロいよね?」
「その発想は中学生男子のものだ」
いや、その中学生男子は、だいたい母親の漬けたぬか漬けを食べているだろうから、その発想はしないか……。
そもそもウチが特殊すぎんだよ!
女子高生の義妹が『お兄ちゃんに私の味の染みこんだぬか漬けを食べさせたい!』とか言って、ぬか床を作ってるウチが変なんだよ!
…………
「にーちゃ、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
これがもし、“幸せな夢”なら――
僕はこんな、エロゲみたいな状況を望んでいたということだろうか……?
“幸せな夢”が覚めた瞬間、『うっわwww きっしょwww』とか、魔王に嗤われたりしないだろうな……?
……今のこの時が現実であって欲しい。
切実にっ!
「? 変なにーちゃ」
「変なのはおまえだ、おまえ」
僕のことを好きだと言ってくれるのは嬉しいが、もっとこう――ライトな感じでお願いしたい。
「にーちゃ、食べ終わったなら片付けるよ?」
「……ああ」
◇
朝食を終えてシャワーを浴び、部屋へ戻る。
未来はまだ家事をしているので、一足先に“brand-new World”にログインする。
――【“brand-new World”へようこそ】――
「む?」
ログイン直後に流れるダイアログの文字。
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~~【緊急メンテナンス終了のお知らせ】~~
【以下がメンテナンス後の変更点になります】
・“ワールド・クエスト”の実装
・マジックアイテムの仕様変更
・システムの一部修正
・発見された不具合の修正
・不正行為の対策を強化
・その他、軽微なバグの修正(詳細は__こちら__から)
【これからも“brand-new World”をよろしくお願いします】
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「ワールド・クエスト? なんだそりゃ?」
見慣れない単語に、僕の脳内に疑問符が浮かんだ。




