90 買い物でぇと(続き)
本日二話目(2/3)
「にーちゃはカワイイ系が好み――っと」
「おい、僕はなにも言ってないぞ」
未来についていって、下着売り場には入った。
だが、それだけだ。
これはどう? あれはどう? と次々と目の前にカラフルな下着を持ってくる妹に、僕は無表情での「好きにしろ」で通したはずだ。
「にーちゃ、視線が興味のある下着にいってたよ」
「なッ!?」
「それと、気になる下着を何度もチラ見してた」
「ぬぐっ……」
馬鹿な……、視線を見抜かれていただと? 剣士にあるまじき失態だ。
「女はチラ見に敏感だよ、にーちゃ」
……よくそう云われるが、それは自分の体に向けられた視線のことではないのだろうか?
「女は魔物だよ」
「グっ……」
ぐうの音しか出ない。
魔物とは幾度も戦ったことがあるが、この魔物とは戦って勝てるビジョンが見えない。
「にーちゃは一見清楚に見えて、実はエロい系の下着が一番好み――っと」
「…………」
訂正、やっぱりぐうの音すら出なかった。
◇
「で、買い物はこれで終わりか?」
妹さんがいくつか下着を買っていたが、僕には関係ないことだ。
関係ないったら関係ない。
思い返してみると、僕の視線の先にあった下着ばかり手に取っていたようだが、いやもうまったく、ぜんっぜん関係ないね!
「うーん、今帰っても、たぶんまだメンテしてるんだよね」
「ん? 今日はメンテだったのか?」
「にーちゃ……、インフォぐらい読もうよ。メインウインドウ開けば自然に目に入るよ」
うーん、そういえば滅多にウインドウ開くことがないな。
開く時も、急ぎでやらなければならないことがある時ばかりだから、インフォにまで意識が行ってなかった。
「と、いうわけでデート続行」
「やっぱりお前の中では、買い物がデートに変換されていたか……」
まぁ、いまさらだからいいんだけども。
「ぬふふ、人は慣れてしまうもの……。そうやってにーちゃに『ま、いっか』を繰り返させていけば、おはようのちゅーもおやすみのちゅーも日常化できるのだッ!」
「お前がそうやって、定期的に手の内を暴露して僕の不安を煽ってなきゃ、とっくにそうなってたかも知れないな」
「の゛っ!?」
あれ? これ、言わない方がよかったか?
「ふ……ふふふ、どの道にーちゃは、わたしから逃げられなくなるし! 今はまだホンキ出してないだけだし!」
「なんだそのニートの言い訳みたいなセリフは……」
お手柔らかに頼むぜ、本当。
◇
一度駅に戻り、荷物は駅のコインロッカーに預けた。
妹さまが下調べ済みのオシャレカフェにて、少し遅い昼食。
「ところで、こういう店の観葉植物って、葉が傷んできたらどうするんだろうな?」
「そうならないように専門家に頼んでメンテナンスしてもらってるんじゃない?」
専門家って、花屋さんとかかね?
◇
おされかへでスパゲッティ(こういう所でスパゲッティ以外の何を注文していいのやら分からない)を食べた後、もう一度ショッピングモールに戻り、その中を探索。
割とテナント店というのは多岐に及んでいて、小物を売っている店やら、陶器を売っている店、ネイルサロンやら海外製のお菓子を売っている店もある。
そんな色々なテナント店のひとつに、僕たちは入った。
「にーちゃ、どう? これ」
「どう? と聞かれましても……」
素敵なハトヘルムですね、としか言えない。
「そしてコレ」
「ああ、うん。ずいぶんとチープな剣だね」
妹さまが次に見せたのは、塩ビ製のパーティーグッズの剣。
なんというか……、例の剣に形そのものは似ていないが、雰囲気だけはそっくりだ。
「さすがに亀の盾はないね」
「なぁ、僕たちはいったい、何をしているんだ?」
何故かテナントに入っていた、パーティーグッズみたいなものばかり置いてある謎の店。
そんな場所に僕たちは居た。
「今度からコレを装備して訓練しない? にーちゃ」
「するわけがない」
息苦しい被り物と、異様に軽く、振ったらへにょんと曲がる剣で何をどうしろと?
「そっか、ざんねん」
「お前は僕に何を求めているんだ?」
◇
「む、このサングラスどう?」
「いや、正直似合わないな」
眼鏡屋で、未来が試し掛けしているのは、顔の半分を覆う大きなサングラスだ。
「サングラスって、日本で掛けている人みたことないよね?」
「ああ、うん。そうだな」
まったく無いとは言わないが、ほぼ記憶にないな。
日本人のほとんどは瞳が黒いから、太陽光に強いらしい。
海外の瞳の色が薄い人は太陽光に弱いので、サングラスを日常的にかけている人も多いのだとか。
「なのに、割と何処でも売ってるよね? 需要と供給のバランスはどうなってるんだろ?」
「いや、それは言ってやるなよ」
腐るものでもないし、別にいいだろ?
「後、サングラスって、フィクションでの変装に使われるけど、サングラスしてるってだけで逆に目立つよね、日本」
「まぁな……」
◇
「あ、CDの試聴してっていい?」
「いいぞ――ん? どうした」
「やめた……」
「ん?」
「ヘッドホンのイヤーパッド、すっごい油ぎってた……」
「そりゃ、仕方ないな……」
◇
「ちょっと、新刊出てないか見ていこ」
「おう」
「あれ? どうしたのにーちゃ」
「いや、新刊らしきマンガを見つけはしたんだが……」
平積みにされていた巻と、その前巻の表紙を合わせて未来に見せる。
「……似てるね」
「はたしてコレが新刊なのか、それとも前に買った巻なのか……記憶が曖昧でね」
「間違えて、同じのもう一冊買っちゃっても意味ないしね」
◇
「あ、アイス売ってる」
「買うか?」
「すみませーん、まむしアイスとスッポンソフトくださ――」
「普通のにしろっ! 普通のに!」
「隙あらば、にーちゃに精力をつけさせようという企みだ!」
「だからお前は、ひとつひとつネタばらししないと生きていけない人間なのか……?」
◇
普通にオレンジ味と、ちょっと珍しいライム味のアイスを買って、ベンチで食べる。
「にーちゃ、ライムの味、美味しい? ハァハァ」
「ひどい棒読みだな妹よ。コレ、注文したのお前だからな?」
「オレンジも食べてみる? にーちゃ」
「ああ――って、わざわざ自分が食べていたところをこっちに向けるな」
こっちに向ける時の手首が、ぐるんっ、ってすっごい不自然な動きをしたぞ。
「んじゃ、こっちのライム味も食べてみるか?」
「え? 酸っぱそうなアイスはちょっと……」
「おいこらライム」
ちなみにライム味はさっぱりとして、普通に美味しかったです。
◇
「あ、何かショーをやってる」
モール内の中庭ステージで、日曜日の朝にテレビで流れているような、魔法少女のアクションショーが開催されていた。
「……この音楽、どこかで聞いたことがあるような?」
会場では、そのオープニングテーマらしき曲が流されていた。
「昨日、マルタが歌ってたヤツだよ、コレ」
「……なんか、しばらくは魔法少女ものを見ても、あの顔が浮かんできそうだわ」
「だね」
◇
「そろそろ帰るか。生鮮食品売り場は行かなくていいか?」
「うーん、電車で帰るし、傷みそうだからやめとく。慣れてないお店だと、どこになにが置いてあるかわかんないし」
「主婦っぽいセリフだな……」
「もちろん。いつでもお嫁に行けるよ?」
「嫁に行くって表現はどうなんだろう」
今住んでいる家は、お互いの実家になるわけだしな。
こうなると、婿も嫁もあったもんじゃない。
まあ、書類の上ではどちらかに決めるんだろうけど……。
「にーちゃ、意外と反論しなくなった」
「え? あ……。よ、嫁とかそんなんじゃないだろ! まったくコイツは!」
「ふ……フフフフフっ! もう少しだ――もう少しでにーちゃは我が手中にッ……!!」
まるっきり悪役のセリフだぞ、それ……。
しかも失敗フラグ。
「いいから、もう帰るぞ」
「もう一回言って、にーちゃ。『未来はオレの嫁』って」
「そもそも一回も言ってない」
そもそも“オレ”って言うのやめさせたの、お前じゃないか。
◇
ロッカーに預けた荷物を忘れそうになったりしながらも、電車に乗って家のもより駅まで。
「んで、夕飯の買い出しはどうする?」
「昨日行ったから、まだ大丈夫。今日は荷物もあるしね」
そうして家門を通れば、外出という、ほんのちょっとの非日常は終わり。
なんだかブサイクな猫のキーホルダーのついた玄関鍵を取り出し、未来は僕に笑いかける。
「にーちゃ、今夜の下着をおたのしみに」
「部屋に鍵かけとくわ……」
いつぞやに切ることを躊躇った札を、今回は躊躇わなかった。
……二日続けて睡眠不足とか、きっついわ。




