87 木を伐る人
・前回のあらすじ
ロロクの森最奥部に到着した主人公一行。
そこに生える巨大な樹。
霊樹とも呼べるような、威厳あるそれに突如斧を入れるクレリックマルタ。
その瞬間、木の根が地面から出てきて、主人公一行を襲う。
「これ、ボスだよ」
「な、なんかバチ当たりなことをしているような……」
「にーちゃ、次は右!」
「こっなくそ!」
地中から現れる根は、まるでモグラ叩きかの様に、あちらこちらから僕を翻弄する。
「次、左後ろ!」
炎を纏った芋剣で、飛び出してきた根を即座に攻撃する。
こちらが先に攻撃を当ててしまえば、炎に巻かれた根っこは悶えて怯むが、少しでもこちらの攻撃が遅れれば、こちらは後手となり、向こうの攻撃を許してしまう。
「後ろと前!」
「挟み撃ちかっ! 節操のない奴らだな!」
後ろの根は剣で斬り、前の根は盾で防御する。
「ぐッ……」
「ヒール!」
僕が攻撃を受けた瞬間に飛んでくるライムのヒール。
今日はなかなかにヒーラーをやっているな。
「にーちゃ、右!」
「はいよっ、了解!」
あまりヘイトを持っていないライムに、少し離れた所から全体を見てもらい、それに僕が対処する。
絶賛きこり中のマルタは、斧を木に叩きつけるごとに、ヘイトがガツガツ上がっているみたいだ。
「――てか、そのきこり作業、一時中断出来ないのか!?」
せめて木を切るスピードを下げて貰えれば、こっちもヘイト管理が楽なんだがな!
「残念デスが、コレ完全にオートデスよ。中断はデキますが、キャンセル扱いになるのでマタ最初からになりマス」
「そうかよ、ちっくしょう!」
どうやらあのきこり作業を止めさせるワケにはいかないらしい。
「ガンバってクダサイ。ニーチャ」
「お前が“にーちゃ”って言うな」
未来以外にその呼び名を許したつもりは無い。
「にーちゃ、後ろ」
「ああっ、クソ忙しい!」
時折【ファイアブレード】を掛け直しながら、根を攻撃する。
そうしている内に、マルタの斧が樹の半分に食い込んだ時だった。
「な、なんだ?」
霊樹本体が振動を始め、激しく揺れだした。
「うわッ!」
葉擦れの音がザワザワを通り越して、ガラガラと聞こえ始める。
その振動で、頭上から枝が振り落ちて来る。大人の太ももほどもある太い枝だ。
巨木の高高度から落ちて来る太い枝は、落下地点の土を軽く抉る程度の威力はある。これをリアルで受けたら、大怪我は免れないだろう。
ここがゲームとしてもどれだけのHPが削られてしまうか……、試す気にはなれない。
フィールド上をランダムに落ちて来る枝を避け、その中で根と戦い続ける。
だが、落枝は木の伐採で動けないマルタにも襲い掛かった。
「ッ! “アイレ・ファルクス”!!」
風の鎌の創作魔法で、マルタの上に落ちてきた枝を切り裂く。
「ちいッ!?」
その行動で、根への対処が一手遅れた。
「にーちゃ!」
――「がっ……!」
根のぶちまかしをまともに喰らい、僕の身体はゴロゴロと地を転がり回った。
HPはいきなりのイエローゾーンだ。
くそ、やっぱり一人で全部対処するのは無理がある。
「にーちゃ!」
ライムが僕に駆け寄ってこようとする。
だが――
「上だ! 気を付けろ!」
辺りを無差別に落下してくる大枝。それの一つがライムの頭上から襲い掛かる。
「あ――」
落枝に対処出来ず、身体を硬直させるライム。
だが、それと同時に木の根がマルタを狙っていた。
……二人を同時に護ることは出来ない。
「ちっくしょう……、底意地の悪いボスだぜ」
倒れ、片膝を突いた状態からの跳躍。
一足跳びに未来に近付き、今まさに未来の頭を打たんとする落枝を、盾を横に薙ぎ払って弾き飛ばす。
「ひゃっ!」
その拍子に未来が尻もちをつく。
……マルタには悪いが、俺にとって優先すべきは未来。
俺が護衛放棄したマルタに、霊樹の根が迫っていた。
いくらゴツい体をしているマルタといえど、それはキャラクターグラフィック。
本来ならヒーラーであるマルタが、その攻撃に耐えられるはずが無――――
「WHOOOO! HAHAHA! phew...」
バチコーン……と、
え? 筋肉で弾き返しましたか? 今。
「Ouch! Oh my God!! ヤハリ、ボスのアタックは効きマスねー。HPが1/3ホド減ってしまいマシタ」
わぁ……硬ってぇ。
どうなってんだ、あのヒーラー……?
近接職の俺だって、一撃で残三割切った攻撃だぞ……。
「殴りヒーラーは防御力が高い人が多いからね。あの人にとっては、それぐらいだったんだよ、にーちゃ……」
なんだか、もう驚くのも面倒になってきたよ、あの怪物……。
「とりあえずヒールしとくね、にーちゃ」
「ああ……頼む」
マッチョクレリックは、まだ怯む事もなく、コーンコンと高い音を響かせて巨木に斧を打ち付けていた。
◇
マルタはその後も木を切り続け、僕はその護衛。
ライムにはマルタのそばに居てもらい、まとめて護衛することにした。バラけていられるより、その方が守りやすい。
そうして二人を護衛しながら、マルタの伐採行動が進んでゆく。
マルタの斧が木の幹の七分目ほどまで食い込んだ時、霊樹がメキメキと悲鳴をあげて傾き始めた。
「にーちゃー、倒れる木にも攻撃判定があるから逃げてー」
「お、おう」
樹齢何百年、何千年とありそうな巨木が倒れるさまは圧巻だった。
――ズ……ズズズゥゥン――
地響きを起こし、霊樹はその身を大地に横たえた。
人の世が何代も移り変わる中、ずっと生き続けて来た霊樹。それを切り倒す人間。
それが、まるで神に牙を立てる行為のように感じて……僕はそっと瞳を閉じた。
人は神すらを殺し、何をどうしたいというのだろう?
その先に何があるのだろう?
何が残されるというのだろう?
明日を食い潰し、今日を生きる。
刹那の時の為に、千の刻を磨り潰し、僕たちは何を残してゆけるというのだろう?
そんな感慨を胸に、僕は目蓋を上げた――
「――丸太?」
そこには倒された巨木は無く、ただ、大人一人が抱え込めそうな丸太が一本だけ転がっていた。
【千年霊樹の石木】:素材アイテム
:千年霊樹から採れた木材。
:木材でありながら石材のような性質も持つ。
「……なあ、さっき倒れた木はどこへ行ったんだ?」
「それだよ、にーちゃ」
――――少なッ!?
あの一つで家が何件も立ちそうなほど巨大な樹は何処へいった! これじゃせいぜい家の柱にぐらいにしかならんぞ!?
「い、いくらなんでもちっちゃ過ぎないか?」
「ゲームだからそんなもんだよ、にーちゃ」
どうやらあの樹は倒れると同時にアイテム化して、このサイズになったらしい。
……それにしてもコンパクトになりすぎだろう?
あの巨木だぞ? 日本だったら、絶対にしめ縄がしてある類いの樹木だぞ?
「OH! コレデース! この木が欲しかったでアリンス」
「お前、絶対にワザと使ってるだろう? その奇怪な日本語」
いきなりありんすなんて言葉を使う外国人がいてたまるか。
「ま、ささっと拾って出よ。他のプレイヤーの迷惑になる」
と、ライムの視線の先には、ボスエリアの外でこちらをうかがっているパーティがあった。
何か、このボスエリアに用があるのだろうか?
もう霊樹はこの通り切り倒してしまった後なんだが……。
「まぁ、邪魔になるというなら行こう。ライム、マルタ」
マルタは霊樹の木材を担ぎ上げ、ライムは僕の隣に並ぶようにして、すたすたとボスエリアから離れる。
それと入れ違いになるパーティと頭を下げ合うと、僕たちは一息入れるべく、人のいない森の一角へと進んだ。
「あのパーティは、何のためにあんなところに行ったんだろうな?」
ボスたる霊樹は既に無く、他に特筆するものも無い。
そんな場所で何をするつもりなんだろうか?
「見てればわかるよ、にーちゃ」
……?
ゴゴゴゴゴゴゴ……
「な、なんだアレは!」
まるで年を秒に変えたように――うねりうねって霊樹が伸びてゆく。
そう、まるでトト□の、あの木が一瞬で伸びてゆくあの1シーンを見ているような光景だった。
「あれは五分で元に戻る。ボスが出るかどうかはランダムだけど」
「そんなこったろうと思ったよ!」
“霊樹”なんて看板、さっさと降ろしてしまえ! 畜生めが!




