7 ゴブリン不在
「……ン、んんンっ!! 」
咳払いを一つ。
「まぁ、油断は禁物だ。僕の行った世界では、スライムすら強敵だった。ここでも常識を逆手に取ったどんなイレギュラーがあるかも分からない。ゴブリンが滅茶苦茶強かったりだとかね」
ちなみにむこうではゴブリンは雑魚だった。
だが、それは少数での話で、そもそも集団で生活する魔物だ。
群れたゴブリンは脅威だった。投石に弓、ものによっては低級の魔法と、意外に多彩な攻撃をしてくるし、ゴブリンの振り回す不衛生な武器で傷を負うと、後になって熱が出たりもした。
意外と厄介な相手なのである。
「にーちゃ、にーちゃ」
くいくいと袖が引かれる。
「私、ベータ体験者。序盤の敵ぐらい戦ったことある」
「……うん」
「そして、理不尽な初見殺しがあるゲームは、だいたいクソゲって言われて叩かれる。流石に最近のゲームではそんな理不尽滅多にないよ、にーちゃ」
「う、うん。まぁそうだね」
「ついでに言うと、このゲームにゴブリンは出てこない」
「いないのっ!?」
びっくりした。あのファンタジーの代表クリーチャー。繁殖力が強くて何匹も居て、そして何処の地方にも棲息するとされるゴブリンが居ないだと? このゲームはファンタジーではなかったのか?
未来はそっと目を伏せる。
「その……ゴブリンとオークは、エロ設定が定着しすぎてて、没になったらしいよ、にーちゃ……」
「ああ……」
うん、もうゴブリンやオークと言えば、エロ担当だものなぁ……全年齢対象のゲームでは無理もないか。僕ももう、ゴブリンやオークの討伐で、奴らの巣になんて行きたくない。だいたいの場合、中に犠牲者が残っている……
「某掲示板で、女騎士さんが嘆いてたよ、にーちゃ。存在意義を否定されたって」
「全年齢対象のゲームに、何を求めているんだ? その人は……」
あたま痛い。というかMの人かよ。
「――まぁ、とりあえずは雑魚しか出てこないってことだな? ナイフでも普通に倒せるのか?」
「普通のプレイヤーだとちょっときびしい。にーちゃなら平気。期待してる、元勇者」
妹の期待が重い……と言いたいところだが、あのサボテンくんがそれなりランクの冒険者だと考えると、別にナイフ一本でもなんとでもなると思う。
10分も歩けば、辺りに人影は見当たらなくなり、木々が目立ってきた。道も上下左右に湾曲し、先が見通し難くなる。
数分もしないうちに、周りはすっかりと森の中だ。
「不思議な感覚だなぁ」
十数分前は平坦な草原を歩いていたというのに、いつの間にやら森の中だ。そして、それに違和感をあまり感じていない自分がいることに奇妙な感情を覚えた。
「ゲームだからね、にーちゃ。昔のVRで、クエスト場所に行くのに徒歩半日とかってゲームもあったけど、大不評だったみたいだよ。マップデータに無駄に容量食われてたらしいしね」
目的地に到着するまで半日も掛けさせられたら、そりゃ不満も出るってもんだ。特にパーティなんか組んでいたら、半日以上も丸々予定が空いている人だけでプレイしなきゃならないわけだし……
未来の話によると、景色が目まぐるしく変わっても、プレイヤー側に違和感をあまり感じないようにVR機側で調節しているらしい。
……なんだか、脳味噌を弄られているみたいで、それはそれで気色悪いな。
「しっかし、人が居なくなったな……みんなチュートリアルクエストを受けていないのか?」
「チュートリアルクエは人口の集中を抑える為に、数種類からランダムだよにーちゃ。みんな同じだとダンゴになっちゃう」
なるほど、それぐらいは考えられているんだな。
「はい、ってことで、着いたよ、にーちゃ」
「おおう、不自然極まりない洞窟だな」
山道の行き止まりに、ぽっかりと穴の開いた洞窟。しかも切り立った場所に空いたようなものではなく、土で出来た大きなかまくらのような入り口に、さらに立看板まで付いている。
ここで道が途絶えているということは、この洞窟に来ることのみに作られた道ということだ。この洞窟にそこまでの需要性があるのだろうか? キノコ取りに使うぐらいでは、道を整備する必要などないのだが……
「そういうことを言い出したら、切りがないよ、にーちゃ」
「まぁ……ね」
見つけやすい分だけありがたいと思わなればな……
「行くよ、にーちゃ」
「お、おう」
そして僕たちは二人連れたって、初めてのダンジョンに足を踏み入れたのだった。




