70 神聖なる闇黑の氷炎術師
「あ、強制ログアウトした」
ああ、気絶も寝落ちと見做されてログアウトするんだな。
このゲームに限らず、フルダイブのVRゲームは、寝てしまうと強制ログアウトさせる。脳への負担をなくすためだ。
アイダリンが消えた後には、ただ血痕が残るのみ――
まるで殺人現場のようだった。
…………
「……帰るか」
「そだね」
――
帰還の晶石を使ってロロクへ。そしてそのまま転送陣にてファアートに向かう。
ファアートにいる武器職人から、ライムが注文していた僕のバスタードソードを受け取りに行くのだとか。
「僕も行った方がいいかな?」
「受け取るだけだから別にいいよにーちゃ。わたしも仕事依頼はするけど、特に親しい人ってワケじゃないし」
そういうと、ライムはてくてくと市場街へ向かっていった。
とはいっても一人ではやることもなく、ぼぅっと町並みを眺めていると――
「し、師匠! 先ほどは失礼しましたっ!」
と、またアイダリンが現れた。
「……そりゃ別にいいが、さっきもそうだが、来るの早いな」
「はい! これを使いましたので!」
と、アイダリンが取り出したのは、白水晶を縒って糸にしたようなものを巻き付けた、キラキラと光る糸コマ
【友情の寄り糸】:移動アイテム
:指定したフレンドのいる場所まで転移することが出来る。
:使用者、または相手が戦闘中は使用不可能。
:2,000E
――
「高っ!?」
消耗品にしてはべらぼうに高い。そんな高級なものを使ってまで会いに来たのか!?
「で、で――」
ふしゅー、ふしゅー。
――って、だから鼻息荒いって! アリダリン!
「どうなったんですか!? 本当にぬるんぬるんのぐちょんぐちょんのピキピキドカン! たちまちオツムがタッタタラリラなことになったんですかっ!?」
だからオノマトペの意味がさっぱり分からないって……。
「よく分からんが、アイダリンの想像していることの99パーセントは符合してないと思うぞ?」
「――……え?」
なに驚愕してんだよ……。
血が繋がってない云々が、二人の間で共通認識になったところで、昨日今日で急にどうこうなるわけがないだろうに。
「つ、つまり1パーセントは合っていると……?」
……ん? なんか雲行きが。
「し、師匠! 鬼畜です!! そんな……そんな……ライムちゃんにそんなコト……ライムちゃんのアレにそんなコトを…………」
おい、何を想像――いやさ妄想してたんだお前は。
たった1パーセントでそこまで酷いのか?
「師匠……信じてたのに、このひとでなしっ!!!!!!!!!!」
「ライムといいアイダリンといい、その暴走癖はホントどうにかしないとマズいと思うんだ」
社会的な意味でな。
――!?
ゴォオオオ――!
突然、殺気と共に火炎弾が襲い掛かってくる!
馬鹿な!? ここは街中だぞ!?
「ちっ!“ヴァダパイチェ”!!」
水の鞭を創作魔法で生み出し、炎の玉を絡めとる。
そのまま水の鞭を操ってそれを上空に放り投げた。
突然に上空に打ち上げられた炎の玉に、街ゆく人の視線が集まる。
……咄嗟にガードしちゃったけど、別に当たったところで怪我はしないし、避けたところで周りの建築物は破壊不可能オブジェクトになってるんだったよな……
それに火炎弾のルートを見れば当てるつもりまでは無かったようだが……
ま、それよりだ。
「……どういうつもりだ?」
威嚇射撃とはいえ、こんな街中で攻撃魔法をぶっ放すなんて尋常じゃないな。
「ふんっ……それは我のセリフだ。そこの娘の泪ながらの悲痛な叫びが聴こえた――我は女の泪は好かん」
黒い――ゴシック系のゴテゴテしたシャツと、同じくやたらと革紐で装飾されたワインレッドのズボン。重心が妙な立ち方をする少年が斜に構え、こちらを睨んでいた。
「我は“神聖なる闇黑の氷炎術師”セイ・アイディ――」
……今、なんか変なルビが付かなかったか?
「嗚呼、オマエは名乗らなくていい。どうせ今直ぐ死ぬ」
少年――セイとか言ったか?
――そのセイの手に再び炎が宿る。
やる気か?
とは言っても、このゲームはPKはできないぞ?
なにがなんだか分からんが……ただ黙って好きにやられるわけにもいかない。
僕は無手で構えを取る。
――さて、このVRでどうやってあいつを無力化しようか? 攻撃してもダメージは無し。当て身や絞め技で意識を落とすのもシステム上で出来るかどうか……
それでも試してみるしか無いか――
「紅蓮に看取られて逝け――『煉獄の処け――――』」
「くぉら!!!!」
ご……いんっ!
脳天に鈍器の落ちる鈍い音が響いた。アイダリンがその手に持つ杖で少年を殴ったのだ。
「ってぇ!?」
したたかに頭を殴られた少年は、その場に蹲る。
「セイっ! アンタなにしてんのっ!」
「だ……だってリン姉! あいつに泣かされてたんだろ!? だからオレが――」
「ただの早とちりじゃない! それとゲームではリン姉とか呼ばない!」
ゴン……と、頭を叩く音がもう一度。
「いってぇ……」
「痛くなんてないでしょ、ゲームなんだから」
「そんなに勢いよくボッカーンって衝撃が来たら、痛いって感じるんだよっ!」
突然街中で使われた攻撃魔法に、なんだなんだ? と遠巻きに様子を見ていた人達。
その人達も、この二人のやりとりを見て徐々に興味を失い、離散し始めている。
まぁ、ただの内輪揉めに見えたんだろう。
当事者らしき僕には、さっぱり意味がわからないが……
そんな離散しかけた人の群れの中を掻き分け、ウチの妹さんが姿を現した。
「ただいまにーちゃ。なんかあったみたいだね」
「ああ、おかえり。――僕もよく状況が理解できていないんだけどね」
突然攻撃されました。そしたらアイダリンがその子を折檻し始めました。
……うん、やっぱりなにがなにやらさっぱり解らない。
「ほら、ユーシさんに謝って! あたしも一緒に謝ってあげるから!」
アイダリンに引きずられて、僕の前まで連行される少年。
実に不本意そうにぶーたれている。
「すみませんでした師匠。この子、ちょっと勘違いしちゃったみたいで……、ほらっ」
「…………」
アイダリンに無理やり頭を押さえつけられて頭を下げさせられる少年。
かな~り不本意そうだ。
…………ふむ。
「アイダリン」
「は、はい!?」
「その――セイくんか? セイくんと勝負したい。いいかな?」
「え?」
その瞬間――ゴォ、と少年の手の平から炎が燃え立つ。
「上等! 今直ぐ消し炭に――」
「くぉら」
即座にセイの額をデコピンで弾いてやる。
「いっ――てぇ!?」
かなり強めに弾いたからな。頭が揺さぶられて、結構な衝撃があっただろう。
「先走るな、PVPじゃないと白黒も着けられんだろう?」
お互い死なない無敵同士で戦ったところで、泥仕合もいいとこだ。
「よ、よおし! 言ったな!? なら決闘だっ! オレと決闘しろっ!」
「いや、試合にしよう」
別に負けペナを付ける必要はない。白黒着けばいいんだから。
「……分かった。だけどオレが勝ったら、リン姉に謝れ!」
「オーケー」
特に謝ることも無いと思うんだけどな。
『勘違いさせて悪かった。アイツとは何もないんだ』
……すっげえタラシっぽいセリフだな。ソレ。
「ライム。剣をくれ」
「はい、にーちゃ」
武器がなければどうにもならない。
ライムが受け取りに行っていた剣を渡してもらう。
そうしてライムに手渡された剣は、良く手に馴染んだ――
…………ん? 手に馴染んだ?
【バスタードジャガリアン + 2】:片手半剣
:攻撃力 36
:両手時 47
:必要STR 31
:植物系のモンスターに特効。
:相変わらず芋っぽい
妹さぁああああんっ!?
「おいこらライム。なんだこれは」
「ちょっとしたお茶目」
おま……芋剣の柄と剣身がちょっと伸びただけじゃん! コレ!
「おいオマエ! リン姉に手ぇ出しておいて、そっちの娘ともイチャイチャしやがって!」
「い……イチャイチャなんかしてねーよ!?」
アイダリンにも手なんか出してない!
むしろ鼻血を出されている立場だ!
「あの、師匠。なんで勝負だなんて?」
「わたしも思った。にーちゃらしくない。なんで?」
ああ、うん。
「オトコの子だから、かな?」
「?」
「オトコの子ってのは、口で押さえつけたって、納得出来ないもんなんだよ。だったら納得できるように暴れさせてやるしかないかな? と思ってね」
「そうですか?」
ま、そんなもんだよ。
マウントの取り合いじゃあないが、『なんでアイツだけ』『なんでアイツばっかり』なんて考えている子に、口での説得なんて効くわけがない。
ならば思う通りに暴れさせてやって、気が済んだ後に説得したほうがいい。
「にーちゃ、間違ってる」
「ん?」
「口で抑えつけたって、納得出来ないのはおんなの子もいっしょ」
「そうか、そりゃすまな――」
「兄妹だからダメって言われても、納得しないからね?」
う……
「覚えておくよ……」
「ならばよし」
むふーと鼻息荒く、ライムが離れて行った。
「ライムさん、前にも増して積極的になりましたね?」
まったくだ……
まだセクハラだけしていた方が、扱いはラクだった。
だが、ああもストレートに言われてしまえば、兄をからかっているだけ――なんて言い訳が、通用しなくなってしまうじゃないか……
「頑張ってくださいね。師匠」
さて、どちらのことにエールを送られたのか分からんが……
そう言い残してアイダリンも僕から距離を取る。
「おい、やるなら早くしろよ!」
「ああ、そうだったな」
ウインドウを操作し、少年に対戦を申請する。
PVPは正常に受理され、目の前に対戦を布告する文字がポップアップされる。
さて、それじゃ――
「始めよう」




