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胡蝶の夢

活動報告に、新しくキャラのイメージ絵を載せましたので、気になる方はどうぞ見てやってください。

「帰ってきた……日本にっ!」


 ――長く、苦しい旅だった。


 異世界“グランスモール”に突如召喚され、勇者として戦う日々。

 徐々に心は擦り減り。傷だらけとなった。

 だが、仲間の支えもあり、なんとか旅を続けていけた。


 そして激闘の末、魔王を倒した俺達。

 そして魔王の持つ悠久のオーブの魔力で、俺は元の世界に帰ってきた。



「未来――未来っ!」


 異世界に召喚された始めの内は、さほど未来の事を考える事もなかった。

 だが、一日一日が経つにつれ、俺の中で未来に逢いたいという気持ちが膨らんでゆく。


 ――ただ、未来に逢いたい。


 それだけの為に、俺は魔王を倒す長い旅をしてきた。

『魔王の魔力の蓄積された“悠久のオーブ”を使えば、元の世界に戻れるかもしれない』

 ……なんていう与太話に縋って、それでもわずかな可能性を夢見ることを諦められなかった。



「やっとだ、やっと逢えるっ!」


 走る。

 十年前とは様変わりしてしまった住宅街だが、道を見失うほどではない。

 異世界で鍛えられた身体はいくら走っても息が上がらなかった。


 走って、走って自宅へと急ぐ。


 走り始めてから、俺が住んでいた家まで辿り着くのに、さほどの時間は掛からなかった。



「ああ……俺ん家だ」


 少し古びた外装。ちょっとした改装の後はあるが、俺の家だった。

 いつも俺が出入りしていた掃き出し窓の縁台は、木製からアルミ製に替わっている。

 小さな物置小屋がひとつ増え、今まで無かった場所に勝手口が増えていた。


「ああ……」


 親父とお袋の仕事は、ちょっとは落ち着いただろうか? だとしたら、ここに三人で住んでいるのだろうか?

 どうしよう? チャイムを鳴らした方がいいのか? でも一応、自分の家だしな……


 紐を通して、首に吊るした鍵を撫でる。これだけはずっと、肌身離さずに持ち続けていたものだ。


 玄関先で古びた鍵を持て余し、ウロウロしている内に、カチャリと玄関ドアの開く音がした――。



 その先から出てくるのは、妙齢の女性。


「あ……」


 ショートボブだった髪は長くなり、顔立ちも幼さが薄れた。だが、間違いない。


「未来っ!」


「えっ……? えーっと……」


 困惑気味の表情を浮かべた未来は、さほど間を置かず、それに気が付いた様子で目を見開いた。


「え? に……にいさん(・・・・)?」


 大きなお腹(・・・・・)を抱える様にした未来は、そう俺を呼んだ。





――――――



 お袋は看護師を辞め、親父の単身赴任先に移り住んだらしい。


 この家を空き家にしても仕方ないので、未来とその()は、この家に住むことにしたそうだ。


 仏壇に上げられていた“俺の”位牌は下げられたが、所在無いそれは右往左往し、結局タンスの奥に布で包まれた状態で仕舞われることになった。


 行方不明からの死亡届は取り下げて貰うことになる。





 それからが大変だった。

 高校中退で、十年も行方不明だった俺の働き口など無く――技術系が発展した今は、力仕事も少ない。

 土木建築関係の作業員は皆、パワードスーツの様なものを装着し、そうでない人間の4倍の仕事量を生み出す。


 飲食系も全滅。全身が傷だらけの人間を接客に使う店は無い。

 そもそもVRで食事が出来る環境になってしまい、外食関係は軒並み衰退の一途を辿っていた。



 ――そうして、バイトのひとつも見付けることが出来ず、俺は一日一日を浪費してしまっていた。




「にいさん。ご飯は?」

「いや……今日はもう寝るよ」


 十年ほど前から発展したVR。その中でも食事が出来るらしく、金のかかるリアルでの食事は、味も素っ気もないボソボソとしたブロック栄養食が主流になっていた。


 VRを使わない俺の為に普通の食事を用意してくれ――なんて我儘を言う訳にもいかず。

 かといって食欲もわかずに、俺はそのブロック栄養食を断って部屋に戻る。


 元々の俺の部屋は、今は未来の夫のプライベートルームになっているそうだ。

 今の俺の部屋は、中身を失くして行き場の無くなった仏壇の鎮座する、一階の隅の和室に移った。


 畳の上に布団を敷き、そこに横たわる。



「……未来」


 つい、呟いた名。


『……何か用? にいさん』


「あ……」


『……にいさん。名前を口に出すと、ホットラインが通じちゃうから、普段は“ライム”って呼んでって言ったよね?』


 俺が不在の十年の中で、そんなシステムが生活の普通(・・)になったらしい。

 人はみんな本名とは別に、もうひとつの名を持っている。

 なので、新しく産まれる子供にはあらかじめ二つの名前を考えておくそうだ。

 未来のお腹の中の子供も、そうして二つの名前が与えられることだろう……。


「すまん……」


『……用がないなら切るよ』


 ホットラインが途絶える瞬間『気持ち悪い』という呟きが聴こえた。


 部屋でひとり、妹の名前を呟いている兄は、それは気持ち悪いことだろう……。



 ごろりと布団の上で寝返りを打つ。

 贅沢をいうなら、ベッドが欲しい。


 ――だって、畳の上に布団を敷いて寝ると、床を通じて声が聴こえてしまうんだ。



『――なぁ、義兄さんは、いつまでここに居るんだ?』


『――そんなこと私に訊かないでよ。そうは言っても追い出す訳にはいかないんだから』


『――お義父さんたちの所に引き取って貰う訳にはいかないのか? ウチで面倒を見る義理はないだろう?』


『――あっちだって狭い賃貸暮らしだから、いまさらにいさんが転がり込んでも困るわよ』


『――大体、まだ就職出来ないのか? 高望みしなければ、職なんてすぐに見つかるだろうに』


『――何も出来ない人なのよ。だいたい、何があったか知らないけど、あんな傷だらけで昔のヤクザみたいな人を雇う所なんて無いでしょ?』


『――本当、十年も何処で何をしてたんだろうな? これ以上の厄介事を持ち込んで来ないといいけど』


『――そうね、いまさら戻って来られてもね』




 ごろりとうつ伏せになる。


 ――早く、なんでもいいから職を見つけよう。

 そして、安いアパートを見つけて、ここを出ていこう。


 大丈夫。俺は未来に逢えた。

 異世界を生き抜いて、ちゃんと未来に逢えて、彼女が幸せになった所を見届けたんだ。

 その幸せを、俺のせいで(かげ)らせてはいけない――



 瞳を閉じて、俺は未来の笑顔を描く。

 想像の中の未来はこの十年間と変わらずに、俺を元気づけてくれた。


 やがて遅くやってきた微睡みに、俺は素直に身を委ねた。








 ―― …… ―― …… ―― …… ――









「っ!? ヵハッ! ハァッ……」


 瞬間――

 全身の毛穴という毛穴から、一気に汗が噴き出した。

 身体は重く、全身をとてつもない倦怠感が包んでいた。


 目の前には禍々しい魔力を纏った魔王。

 そして俺の周りには、長い旅を連れ添った仲間たちがいる――


「どうした!? ユーシ!」

「兄さん! 無事ですか!?」


 駆け寄ってくるミミアと、魔王を視界から外すことなく僕の前に仁王立ちするアルベロス。

 セルシンはそれより前で盾を構え、ヘギサは地に魔法陣を敷き、魔王からの魔法攻撃を迎撃せしめんと気を張っている。



 どういうことだ? 俺は――俺たちは確かに魔王を倒して……

 いや、何故だ? 全てが霧のようにぼやけてきている。


 ――まるで目が覚めた後に、夢の内容を忘れるかのように。

 だとしたら、あれはなんだったんだ?



 夢? それとも白昼夢か?



「……あれは全部、貴様の仕業かッ!? 魔王ッ!!!!」



 ギリリと歯を食いしばり、魔王を睨みつける。

 聖剣を握りしめ、ふらつく頭、ふらつく足で立ち上がる。

 あんなことになるなら、立ち上がるな――と身体と脳が立ち上がるのを拒否するが、立ち上がらないわけにはいかない。


 本当の未来を見るまで、膝を折るわけにはいかない。



『ほぅ? 絶望の夢を見せたつもりだったのだがな……。流石は“勇者”と言うべきか? 絶望には屈せず、立ち上がるか』


 人を嘲るような言葉。

 闇の底から響くような、おどろおどろしい声が、魔王から発生する。




『ならば次は、“幸せな夢”を見せてくれようか? 貴様が至上の幸せを手に入れた瞬間――』






 ――――それが儚き泡沫と消えてしまわなければ良いな? 勇者よ







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