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67 兄と妹。勇史と未来。



――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――






 “brand-new World”からログアウトした僕は、ベッドに横たわったまま、ぼうっと天井を見ていた。


 『血、繋がってないよ』


 耳の奥で、未来の声がリフレインする。

 そう、僕と未来は本当の兄妹ではない……それを未来が知っているとは思っていなかった。

 ……いや、思いたくなかったから、僕は目を逸らしていただけなのかも知れない。



 ――あの日、当然両親が連れて来た僕の妹。


 あの時の父さんの言葉を、今も憶えている。



 『お兄ちゃんのお前が守ってやれ』



 今までに無い真剣な表情に、僕は頷いた。

 はたして、僕はその約束を守れているだろうか?


 ――守れているわけがないよな。

 異世界怖かった。戦争怖かったって、いまだに未来に泣きついている僕じゃ――



「クソっ」


 頭に被さったVR端末が鬱陶しい。

 がぱりと脱いで、なかば放るようにベッド下に転がす。


 ヘルメットを脱いだことによって、早々に襲いかかるVR酔いに、頭をグワングワンとシェイクされる。

 その眩暈(めまい)に耐えるように、腕を額に目を閉じた。



 ――未来。俺の妹。

 血が繋がってないなんて、最初から知っている。彼女の両親は不幸な事故で亡くなり、ウチに引き取られて来た。

 血は繋がってないと言ったが、本来ならば親戚関係ではある。

 遠縁とはいえ、全くもって血が繋がってないという訳ではない。


 未来がウチに引き取られて来てからしばらくは酷く荒れていた。

 当然だ、居るはずの両親が居なくなり、わけも分からないまま変化した環境に苛立って当たり前だ。


 当時の年齢では、“死”の概念すら、未来の内にあったかどうかも分からない。


 知らない場所で知らない人に囲まれ、頼るべき親は何処かに行ったきりずっと戻って来ない。

 そんな状況で、幼い未来は苛立ち、まわりを拒絶することで自分を保っていたのだろう。


 だが、しばらくするとそれも落ち着き、明るく振舞うようになった。

 生きるために頼るべき相手を、ウチの両親と俺にシフトして、俺のことを“にーちゃ”、両親を“おとうさん”“おかあさん”と呼ぶようになった。



 ……だからもう忘れているのだと思った。


 幼い未来の本能は、自分を守るために本来の両親の姿を消し、最初から本当の家族は俺たちだ――と、記憶が改ざんされたのだと思っていた。





 ――こん、こん。


 ドアがノックされる。この家は俺と未来のふたりきりしか住んでいない。

 だからこれは当然、未来のノックの音だ。


 ちょっと待ってくれ、まだ、どんな顔をして会っていいか解らないんだ――


「にーちゃー、夕ごはんの買い出しにいくよー?」


 普段と変わらない調子の未来の声。


「おう、ちょっと待ってくれ。すぐ着替える」


 俺の――いや、()の声は震えてはいなかっただろうか?

 冷房が効いていたはずなのに、じっとりと汗を含んだシャツを僕は脱ぎ捨てた。







 ―― …… ―― …… ―― …… ――






「そろそろウナギもいいね、にーちゃ」


「ああ、そうだな」


 国産ウナギのパックを持ち上げ、未来がそんな話を振ってくる。


 近所のスーパーマーケットの生鮮食品コーナーは、半袖のシャツでは肌寒いほどに冷房が効いている。

 すべての棚が白色LEDでライトアップされ、目が眩みそうなぐらいに光量が多い。


 どこか外界とは違う別世界のような雰囲気の中、今日の糧としての食物を選ぶ行為に、なんとなく違和感を感じた。



「あ、にーちゃ。あのケースのバカ高いヤツ、天然物だって。天然のウナギの旬は秋なのにねー。旬が夏なのは養殖だけなんだよ」


 隣ではいつもと変わらない様子の未来。

 

「はっ!? 精の付くものをにーちゃに食べさせまくった後にアプローチすれば、にーちゃは我慢しきれなくなるんじゃ!?」


「あ……アホいってんじゃねーよ。妹に手ぇだすかよ」


「…………」


「……な、なんだ?」


「んーん、なんでも」



 コロコロとカートを引いて、未来の後を付いて回る。

 未来の手によって、買い物カゴの中に食材が積み込まれてゆくのを、僕はぼぅっと見ていた。


「にーちゃ」


「ん?」


「こうしていると、周りの人からは新婚さんに見えるかな? わたしたち」


「……いや、そんなことないだろ?」


「…………はぁ〜っ」


 僕の返答に、何故か大きくため息を吐く未来。

 なんだ? ……何か不自然だったろうか?


「いいや、お会計して帰ろ、にーちゃ」


「お、おう」



 家までの帰宅路、エコバッグの持ち手の片方を僕が持ち、片方を未来が持って並んで帰る。

 ――だけど、家に帰るまでに、僕たちの間に会話はなかった。







「ご馳走さま」


 目の前には空っぽの茶碗と皿。はて、今日の夕食はなんだっただろうか――まるで思い出せない。


「じゃあ、部屋に戻るよ」


 そう言い残して、逃げるように部屋に閉じこもる。

 ふと、部屋のドアを閉める時に、ドアの鍵に目がいった。


 つつ――とそのまま指が流れ、鍵に触れる。


『鍵をかけてしまおうか?』


 ――そう思ったが、それが“いつもの僕”の行動とはかけ離れていると分かっているので、鍵に触れた手をなんとか引き剥がす。



 床に転がったままのVRギアを拾い、それと正面から向き合う。


 ――今日はもう、ゲームって気分じゃないな。


 VRギアをテーブルの上に置き、ドサリとベッドの上に横たわった。

 エアコンの効いていない部屋は夜とはいえ蒸し暑く、背中とベッドの間に篭ってくる熱が酷く気持ち悪い。


 ああ、くそ。なんなんだ? 何かを考えなきゃいけない気がするのに、何を考えなきゃいけないのかが分からない。


 ただ、腹の中でもやもやする感情にいらいらする。

 なんだこれは……胸やけか? 手のひらいっぱいの胃薬でも飲めば治まるのだろうか?




 ――――はぁ……

 ――ガチャリ


 大きなため息と同時に、部屋のドアが開いた。

 光の漏れる廊下から暗い部屋の中へと、妹が足を踏み入れてくる。


「ノックぐらいしろよ」

「いままで言われたことないよ、そんなの」


 カチャリ、と後ろ手にドアが閉められる。

 薄暗い部屋に僕と妹の、ふたりきり――


 ……だと思ったよ。この状況だったら、彼女は絶対に僕の部屋に来る。

 その確信があったからこそ、鍵をかけてしまおうかと迷ったんだ。



 ベッドに横たわったまま、顔も上げない僕の傍に来て、妹はするりと微笑んだ。


「甘えん坊のにーちゃを甘やかしに来ました」


 そう言葉にする妹の顔は、泣き笑いのような――

 形容しがたい、複雑な表情を浮かべていた。







 ―― …… ―― …… ―― …… ――







「いや……今はそういう(・・・・)んじゃないから」


 そう告げた僕の言葉を無視して、妹は勝手に僕の隣にボフリと寝転ぶ。


「おい……」


 上体を起き上がらせようとした僕の身体を、妹の腕が絡みとった。

 妹はそのままぎゅうと、僕を抱きしめる。



「にーちゃ、わたしが『知ってた』こと――そんなに怖い?」



 …………


 僕は答えない。答えられない。答えを持っていない。




「にーちゃ」


 何を思ったのか――妹は僕の上に()しかかり、完全にマウント状態になった。

 馬乗りになった妹はそのまま体重を僕に預け、僕の首元に顔を埋もれさせる。


「お……おい、よせ。こんなのは――」


 そこで僕は口をつぐんだ。

 妹だから(・・・)やっちゃ駄目なのか、それとも本当の妹じゃないから(・・・・・・)駄目なのか――


 今の僕には言葉に出来ない。僕自身が分かっていない。



「にーちゃ……にーちゃのにおい」


 甘い、甘い、クッキーのような香りが、妹から漂ってくる。


 僕の上でもぞもぞと動く小さな生き物は、あまりにも柔らかく、あまりにも脆そうで、あまりにも――――



「にーちゃ、わたし――」


 空いている両手を、どうしたら良い?

 彼女の肩を掴んで、引き離せばいいのか。

 彼女の背中に回して、抱き寄せればいいのか。



 わからない。

 わからない。

 わからない。




「わたし――にーちゃの妹だよ」


 ――その言葉に、すん……と。頭に登った熱が消え失せた。


 そうだ、彼女は妹なんだ。そんなのは二十年以上前から分かっている。


 何を僕は――――




「――でも、兄妹じゃなくなっちゃおっか?」




 耳元に寄せられた唇から、甘い、甘い、甘い、ただただ甘い。

 砂糖を溶かして流し込んだような、甘い声が囁かれる。


 妹の指が僕の頬を這い、首を這い、胸元を這ってゆく。

 まるでナメクジが這ってゆくような感触に、僕の背中は跳ね上がり、ぞわぞわとした寒気が全身を走った。


 甘い、甘い、甘い――甘い声と甘い香り、熟れすぎて潰れた果実のようなその香りは、まるで億の脳髄をとろけさせ、麻痺させようとしているかのようだ。



 昨日見た夢とは段違いの現実感(リアリティ)

 だというのに、頭は麻痺して現実感(リアリティ)を失ってゆく。


 それゆえに、逆にこの瞬間が、夢なのか現実なのかが曖昧になり始め――――





 『――――ならば次は、“幸せな夢”を見せてくれようか?』


 





 暗い暗い、闇を凝縮したような声が頭の中に響く。

 世の全てを憎むような声。

 世の全てに憎まれるような声。






 『貴様が至上の幸せを手に入れた瞬間――――』






 違う、違う違う違うっ!


 貴様の言葉こそがまやかしだ! もう騙されるか! 貴様はもう死んだんだ! 貴様に何が出来る!?






 『――――それが儚き泡沫となり、消えてしまわなければ良いな? 勇者よ』








 ――――黙れっ! 魔王!!!!!!――――











「にーちゃ?」


「あ……あ?」


 いつの間にか乱れていた息、心臓は早鐘の如く高く鳴り続け、耳奥で脈打つ血管の音が、鈍く低く――鈍痛を伴いながら頭の中に響いていた。



「にーちゃ、凄い汗」

「あ、ああ……」


 全身をひたひたと濡らした汗は、シャツをびたびたに濡らしたどころか、未来の寝間着までもに汗染みを作っていた。



「――……くっくっくっく、そんなにわたしに攻められてドキドキしたんだ? にーちゃ」


 ――ああ、これは未来だ。いつもの未来だ。

 さっきの女の薫りを放つなにか(・・・)ではない。


「やかましい、お前がくっついているから暑いんだよ。エアコンだってついてないんだから」


 負け惜しみがちにそう言い放つと「たしかにねー」と漏らした未来が、僕の上から横へと、ごろりと転がった。



 大きく息を吸う。

 鼻孔の片方からは未来の甘い汗の香りが、片方からは僕の塩辛そうな汗の匂いが入ってくる。

 未来の匂いはもう、頭を痺れさせるようなものではなく、ミルクと石鹸のようなやさしい未来の匂いだ。


 そのまま並んで寝そべっていれば、次第に荒ぶっていた心臓音が落ち着いてくる。

 しっとりと汗の滲んだ僕の手を、未来はゆったりと握ってきた。



「にーちゃ、にーちゃはわたしのお兄ちゃんで、わたしはにーちゃの妹。それはずっと前から変わらない」


「うん」


「にーちゃはね、『結婚出来る妹ヒャッホーイ!』とか思ってればいいんだよ」


「はは……なんだそれ」


「『げへへ、僕の妹タンはいつでも僕のメス奴隷に出来るんだぜェ?』の方が良かった?」


「それこそ“なんだそれ”だよ……」


 きゅっきゅっきゅ。


 握った手の力を、未来がテンポよく変えてくる。



「なんにもかわんないよ、にーちゃ」

「たいして変わんないな、未来」


 そうだよ、何も変わってない。

 お互いがお互い、知ってたと思っていたを知らなかったり、知っていると思ってたことを知らなかったりしただけだ。



 僕は相変わらず情けない兄で、未来は相変わらずちょっと残念な妹。

 なにも変わっていない。


 す――、っと、未来はベッドから降りると、僕に笑みを向ける。


「じゃね、にーちゃ。おやすみ」


「ん? ああ、おやす――」



 ――――ちゅ……


 柔らかいものが唇にふれた。

 それは一瞬だったが、甘く、そして少し苦い、懐かしい味。



「お……お前っ!」


「へへ、おやすみ、にーちゃ」


 未来がすててて、と、駆けてゆく。

 パタリとドアが閉まれば、薄暗く蒸し暑い部屋には、僕ひとり。

 いや――まだ未来の居た名残りを、薄れゆくかすかに残った甘い香りが僕の鼻の奥を刺激した。


「……ったく、なんだってんだいったい」


 ばたりと力尽きて、ベッドに四肢を伸ばしてグッタリとする。


 ひとりきりになった体温と、体中を濡らす汗が冷え、体の熱を奪ってゆく。

 しかし、唇に残った熱だけはいつまで経っても冷めてゆく様子は無かった――――

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