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未来の過去。過去の未来。

「はじめまして、今日からぼくがおにいちゃんになりました」


 わたしは答える。


「にーちゃ? しらない。みぃにそんなのなんていない……、いらない」


 ――それがわたしとにーちゃの交わした最初の言葉だった。





 ――本当の両親の顔はもう憶えていない。


 ただ憶えているのは……

 ある日突然、わたしのお家に大勢の大人が集まってきて、私は知らないおばさんにぜんぜん可愛くない真っ黒な服を着せられた。

 そうして無関心そうな目をした大人たちが「かわいそうに」「かわいそうに」――と口々に、心のこもってない言葉を告げてきた事だった。


 その日は、なんだかわからない内に色々なところに連れて行かれたけど、その全部が煙臭いところばかりだったのは憶えている。


 そしてやっと一息ついたと思ったら、黒い服を着た大人の人たちが集まって、みんな困った顔をしていた。


 その人たちの顔はなんだか……

 前にママがやっつけた黒い虫。

 それをママがパパに「片付けて」って言った時の顔と――

 その後にパパが「おまえがやれよ……」って言った時の顔に似てるなぁ、って、その時は思った。





 ―― …… ―― …… ―― …… ――





 その後、わたしは知らないおじさんとおばさん――今のおとうさんとおかあさん――の車に乗せられて、そこで着いたお家を「ここが未来ちゃんのお家だよ」と言われた。


 わたしは、『わたしのお家はこれじゃなくて別のお家なのに、このおじさんとおばさんは大人なのに間違っているんだ』――と思った。


 そして、そこで出逢ったのがにーちゃだった。


 おとうさんに「お前の妹だよ」と言われたにーちゃも、なにがなんだか分からないような顔をしていた。


 それからおじさん(おとうさん)となにかを話していたにーちゃが、強く大きく頷いたのを憶えている。




――

 しばらくして幼児の私でも、パパとママがいつまで待っても迎えに来ないことに不安を覚えるようになった。


 知らない家に知らない人たちと一緒に過ごす日々。

 泣いても騒いでもパパもママも一向に迎えに来ない。


 幼心に、両親がどこにも居なくなったんじゃないかってことを、じわじわと感じていた。

 それはとても恐ろしく、信じがたいことで、まるでひたひたと恐怖が足音を立てて歩み寄って来るかの様な錯覚を憶えた。


 子供だけど、子供だからこそ、守ってくれる両親がいないことに底知れない恐怖を抱いたのだ。


 幼いわたし。

 その恐怖と立ち向かう為には、ただ暴れて気を紛らわせるしか方法を知らない。



 ――ただ。

 泣きわめいている時も、暴れている時も、あの男の子がいつも傍にいた。

 癇癪を起こすわたしに、いつも男の子が寄り添おうとしていたこと――それがひどくうざったく感じた。


 だから、突き飛ばした。

 おもちゃや積み木を投げつけたこともある。

 引っ掻いたことも、怒鳴ったこともある。



 ――あの頃、わたしが世界中で一番嫌いなものは、間違いなくにーちゃだった。






 ―― …… ―― …… ―― …… ――






 あの日、4月21日。わたしの誕生日。

 わたしの誕生日にすら、やっぱりパパもママも現れなかった。



 苺の乗ったホールケーキとラッピングされた箱。

 4本のロウソクに火が点され、男の子がラッピングされた箱をわたしに差し出してくる。


 よくある幸せな家族の誕生日のスナップだ。


 後はわたしがプレゼントを受け取り、明かりが消され、誕生日を祝う歌と共にロウソクを吹き消す。

 それが当然の幸せな幸せな家族の団欒。



 それがわたしには気に食わなかった。

 なんでここにはパパもママもいないのだろうと、そればかり考えていた。


 

 当然のように癇癪を起こしたわたしは、目の前の男の子が差し出す誕生日プレゼントを毟り取り、それを力いっぱい放り投げた――



 ガシャン、と高い音が鳴り響き、ふっと辺りが暗くなる。

 続けてロウソクの光に照らされた、キラキラと光る破片が舞い落ちて来た。


 呆気にとられたわたしは、それをキレイだな――なんて呑気に眺めていた。



 ――その瞬間、わたしは男の子に突き飛ばされた。


 ああ、とうとう怒らせたんだ、とその瞬間は思った。


 解っていた。男の子も、おじさんおばさんが悪いわけじゃないことも、全部解っていた。


 解っていながら、それでもわたしにはワガママを言うしか、心のなかのグチャグチャを誤魔化す方法が分からなかった。

 そんなワガママもいつまでも続けていれば、怒られて見放されることだって分かっていた。


 ――わたしがいくらワガママを言っても、最後まで許して愛してくれるパパとママはいないのだ。



「うっ! あぁっ!」


 バラパラパラ――

 (ひょう)が降ってきたような音。その中心で男の子が屈み込む。


 その時は男の子の頭の上に乗ったキラキラが綺麗だな――なんて、無責任にも感じていた。



 ――だけど、男の子が顔を上げた瞬間に、そんな気持ちは吹き飛んだ。


 彼の顔は赤かった。

 左の目から血の涙を流していた。


 苦痛に歪んだ顔。目から流れる血の涙。

 ロウソクの火に照らされて浮かんだそれは、テレビで見たおばけそのもので――


 わたしはその男の子が死んじゃったのだと思った。



 わたしは泣いた。無責任にただ泣いた。

 わたしのせいなのに。

 私の投げた誕生日プレゼントが、部屋の電灯を割ってしまったのに。



 ケーキも料理もガラス片塗れで台無し。

 おじさんとおばさんは大慌てで、わたしのことは置いてけぼりで……

 バタバタと大人が忙しなく動く。


 それは、わたしのパパとママが居なくなったあの日とそっくりで……

 わたしはただただ、あの日と同じように呆然としていた。



 男の子は、おばさんが病院に連れて行った。

 おじさんはわたしに「先に寝ていなさい」とベッドに運び、部屋の後片付けをしていた。




――


 その日、わたしは眠れなかった。

 きっとあの男の子は死んでしまったのだろう。

 そして、あの血の涙を流した顔で、『おまえのせいだ』って言って、おばけになって出てくるんだ――と、そう思った。


 ――それとも、おばけになって出て来てもくれないのだろうか?

 パパとママのように、もう二度と会えないのだろうか?


 わたしには、そっちの方がずっと怖く思えた。




――――


 眠れずに暗い部屋でひとり、ベッドに横になっていると、部屋のドアがゆっくりと開く。


 音を立てないように、ひたひたひた――と歩み寄る音が聴こえる。

 音は私の真横で止まった。


 きっとおばけだ。

 怖かったけど、見ないでいるのはもっと怖かった。


 ――意を決してそれを見ると、そこにはミイラ男がいた。


 でも、悲鳴は出なかった。

 ミイラのおばけは、右の目でわたしを優しく優しく見下ろしていたから。


 薄暗い部屋の中、ミイラ男となった男の子は「ねむれないの?」とわたしに訊いてきた。

 それは、あまりにも普段と同じ男の子の声で――

 私が「うん」と返事をすると、「なんにもこわくないよ」って言ってくれた。

「けがしてない?」って訊くから、「うん」って答えると、「よかった」って微笑って……




 朝――気が付けば、私は男の子にしがみついて眠っていた。

 ミイラ男みたいな顔で眠る男の子は、なんだかちょっとマヌケで、ちょっと怖くて、すごく、暖かかった。



 その時、わたしはちゃんと理解した。

 わたしのパパもママももう帰って来ないかもしれない。


 だけどこれからは、この男の子が私を愛し、守ってくれるんだと。

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