66 誰ぞ彼
アイダリンが割と各所に喧嘩を売った発言をしています……
※この物語はフィクションです。劇中に登場する個人名・団体名などはすべて架空のものです。なお、作中に過激な表現がありますが、社会体制に対する非難や、犯罪行為を助長する意図はございません。
……と、予防線を張ってみる。
「み、未来……」
――『血が繋がっていない』
突然発せられた未来のその言葉に、僕は動揺を隠せなかった。
何故だ、何故、未来はそんなことを……
「? どーしたのにーちゃ?」
「どうしたって……おまえ……」
呆然としているのは僕だけじゃない。周りの仲間たちも、一様にあんぐりと口を開け、放心している。
――ただ一人。未来だけが、風に揺れる髪を掻き上げ、きょとんと目を大きくしていた。
「ど……どうして……」
喉の奥がヒリついて、上手く声が出ない。
手のひらからじんわりと滲みだす汗は、仮想の身体の出したものか、現実の身体が出したものかも区別がつかない――――
――『どうしてお前が知っているんだ?』
その言葉を喉を出掛けた時。それを無理やりに呑み下す。
そうやって、ただ狼狽しか出来ない僕に、未来は不審げに眉を顰めた。
夕焼けのオレンジ色に染まるその唇が、次にどんな言葉を紡ぎ出すのかーー
……それが恐ろしくて仕方がなかった。
「にーちゃ」
「あ、あぁ……」
「昔、私が『サンタクロースなんていない』って言った時と同じ顔してる」
「お、おう……」
昔から、未来のサンタクロースの役は僕だった。
父さんに「なぜ父さんがしないのか?」と訊いたことがあったが、父さんの返答は「おまえがやったほうが未来も喜ぶだろうから」と言う。
――そういえばあの時もそうだった。
僕は『サンタクロースが未来にプレゼントをくれている』という体で話しているのに、未来は『僕が未来にプレゼントをあげている』体で話すので、未来に言った。
『未来。プレゼントしてくれているのはサンタさんだよ』――と。
『なに言ってるの? にーちゃ。そんな人いないし、そんな知らない人からプレゼント貰っても嬉しくない』
今となっては当然の事だが、そういわれた時はショックだった……。
未来の幻想を壊さないようにしているつもりだったのに、最初から未来はそんな幻想など持ってなかった。
僕のただの独りよがりだったと思い知らされた。それを僕はずっと知らなかったのだ。
――
「もしかして……にーちゃ、私が『知っているって知らなかった』?」
「――なっ!? ……なァに馬鹿なことを言ってるんだろうなぁ、未来は」
俺の動揺を見て、深い深い溜息を吐き出す未来。
呆れた。心底呆れているという落胆のため息だ。
「にーちゃ。にーちゃは16歳。わたしも16歳――これなんで?」
「未来の誕生日は過ぎてて、俺の誕生日はまだだから……だろ?」
単純な話で、高二だけど誕生日前でまだ16歳の俺と、高一だけど誕生日後でもう16歳の未来。
ただそれだけの話だ。
「あのね、にーちゃ……私の誕生日はいつ?」
「4月21日……だろ?」
未来の誕生日ぐらいは憶えている。今年は猫のぬいぐるみをプレゼントしたはず。
……なんだかにゃーちゃとかいう恥ずかしい名前をつけていたようだが。
「にーちゃの誕生日は早生まれで2月18日――この時点で変」
……どういう意味だ?
何が変だと――
「妊娠期間2ヶ月じゃ、赤ちゃんは産まれないよ、にーちゃ」
「ッ!?」
――馬鹿な……そんな単純なことに気が付かなかったなんて!?
「さらにおかーさんとおとーさんの血液型がAとO。私はAB。まず産まれない」
「なっ……!?」
そ、そんなところまで穴が……?
動揺に泳いだ目が周りを見渡すと、周囲のみんなの目が俺に向けられている。
彼らの眼が語っているのは、『そりゃ解るだろう……?』という呆れの言葉だ。
待てよ……そりゃ、改めてそう言われれば『不自然だな』と思うだろうよ! だけどこっちは4歳の頃から兄妹として暮らして来たんだ!
4歳の子供が「妊娠期間が変だ」とか、「血液遺伝的にありえない」とか、考えるわけが無いだろ!?
どうする……? 片方だけ二ヶ月遅れて出産された双子説――いや、そんな前例はあるのか? そもそも双子で片方だけが先に出産される可能性なんてあるのだろうか?
血液型は――隔世遺伝でなんちゃらとか、こう、誤魔化せないものか?
クソっ、予想もして無かったことだけに、説得力のある言い訳のネタが無い!
――……いや、大丈夫だ。今はなんとかのらりくらりと躱して、後で説得力のありそうな事例を探せばいい……
最悪、父さんには悪いが……父さんが他所で浮気をしたことにする手も――――
「それに、そもそも引き取られて来た時の事を覚えてる」
…………
あ、無理だ。
詰みだわ、コレ
―― …… ―― …… ―― …… ――
「いやまさか、にーちゃが気付いてなかったとは……」
「ま……まぁ、そんなモンなんじゃねぇ? マジで」
「……というか、私らいむちゃんから直接聞いてたんですけど……」
「そいやマイテには言ったかも? 別に秘密にしているワケじゃないし」
「……秘密にしていたつもりだったのは、お兄サンだけだった……ってことかねぇ?」
な……なんだってんだ……? え? 僕って何年越しの道化だったんだ?
普段から両親には散々、『未来が一人立ちするまで事実は伝えないように』って念を押していたのに……。
さてはあの両親……解ってて面白がっていやがったな? クソっ!
「だいたいにーちゃ、なんでそんなに慌ててるの?」
「なんでっておま……」
『違ってしまう』だろう? お前がいつもくっついてきている意味も、お前がいつも言っている言葉の意味も……全部の意味が違ってしまうじゃないか。
いや、違わないのか? 結局兄妹には変わらないんだから、ただ僕をからかっているだけなのは変わってないのか?
――くそ、頭の中がごちゃごちゃして何がなんだかさっぱり解らない。
「ど……どのみち戸籍上は兄妹だから結婚は出来ないぞ?」
養子縁組とは言えども戸籍上は僕たちは兄妹。
未来の『いつもの』が、どこまで本気かなんて知る由もないが、国の法律で、結婚というひとつの到達点が遮られているとすれば、目標の定まらない心はいずれ風化する。
きっとそのはず――――
「ヌわぁああにを言ってるんですかぁっ!!!!!! ししょぉオオオオオッ!!!!!!!!」
突如、予想もしていなかった方向から、地を揺さぶるほどの咆哮が響く。
その声は山彦となって、「ししょーーー」「ししょーー」「ししょー」――と、何度も僕を呼んだ。
「ア……アイダリン?」
「師匠……私はあなたを見損ないました……」
先程の大声で潰れてしまったのだろう。
アイダリンの声は掠れ、低く、地の底から這い上がってくるような迫力があった。
ゆらり、ゆらり。
幽鬼のように立つアイダリンには、夕陽の金が当たり、まるで陽炎のような気を放っている。
「血の繋がらない兄妹は結婚できる――そんなのは常識でしょうがぁぁぁぁっ!!」
潰れた声で、なおも怒号をあげる。
……いったい、彼女の内の何がそうさせるのだろうか?
「まさか1+1も分からないぐらいにお馬鹿なんですか? 師匠は。“血縁関係のない兄妹は結婚できる”そんなの三歳児でも知ってる常識でしょうが? 養子縁組も関係ありません。血が繋がってなければそれでいいのです。民法第734条でわざわざ但し書き付きでそうなっています。そもそも直系または三親等内の結婚が出来ないというのも遺伝子疾患によって問題の出る幼児が産まれる可能性が高いと云われているからでありますがそれも懐疑的なところが多く近親交配を繰り返す事によって起きる問題ばかり挙げられて一代のみ近親交配をそれに当て嵌めるような詭弁も多いですまぁ根本から不許可にしないと線切りができないというのも解らないでもないですが通常0.06%が0.2%に増えたぐらいでええリスク四倍っていえばそうでしょうけどもそもそも劣性遺伝子とかなんとか言ってますが金髪が病気ですかあれも劣性遺伝ですよそれに問題のない義理の兄妹が結婚出来るのは当然の話ですそもそもが遺伝病云々の問題よりも規模の大きい宗教の殆どが近親交配を禁じていることからそれに考慮して作られただけの事なかれ主義からきた悪法だということは誰の目から見ても明白であって血が繋がっていなくても兄妹ではなく親子関係にあると婚姻が結べませんがそれはどうかと思うのです親側から婚姻を強要される可能性があるからということですがどうせ大した量の届出があるわけじゃないのでちゃんと精査すればいいんじゃないですかそうそう義理の兄妹でも婚姻届を出すと馬鹿な役人に不受理される可能性もあるそうですクビにするべきですよねそんな阿呆がよく公務員試験に受かったものですよねしゃかいドリルからやり直した方が良いんじゃないかと思いますがそういった場合は役場を変えて提出することをお勧めしますまぁ担当者が不勉強なので変えてくれといえば役場側でも拒否することは出来ないとは思いますが――――」
「待て、アイダリン。僕が悪かった……」
うん、血の繋がりのない兄妹は結婚出来る。解った。というか知ってた。
「ふむす。意外。アイダリンは義理の兄妹でもイケるクチだった?」
突如と変貌したアイダリンに対しても、未来は平気な顔だ……。
――すぅぅぅぅ……
未来の質問の後、アイダリンは音を立てて空気を吸い込む。
「大っっっっっ、好っっっっっ、物っっっっっ、ですっっっっっ!!!!!!!!!!」
声と同時に飛び出す鼻血。
飛び散ったそれが夕陽に反射し、きらきら、きらきら――と紅く輝く。
それはさながら空にルビーを散りばめたような光景だった。
「実妹の背徳感もいいんですええ物語としてならハッピーエンドにもなりましょうが実際を考えてみた時にのちのちは内縁状態で生活し産まれた子供は妻の私生児として出産そして夫が養子縁組するのが精々の手段なんですよねそれでも幸せならいいとは思うんですけどやっぱりスッキリとしたハッピーエンドとはほど遠くて大体血縁間では認知出来ないってどういうシステムなんでしょうヤればデキるのは血縁関係であっても当たり前の事じゃないですかそれに比べて義理の兄妹では今まで兄妹として育てられたという程よい背徳感で二人の決意さえあれば後はハッピーエンドが約束されますいえ実の兄妹でも愛さえあればいいと思うんですがやはり現実のさらに友人の話となればちゃんと幸せになって貰いたいじゃないですか義妹ものを嫌う人もいますが兄妹とはその魂のありようであってたしかに一年二年程度の兄妹関係間ですといまいち盛り上がりに欠けるとは思――――」
「あ、ごめんアイダリン。もういい」
アイダリンの兄妹モノに対する愛情が溢れすぎていて、よくわからん……
――
そうこうしている内に陽はぽっかりと沈み、夜の帳が降りてきている。
薄暗くなった湖畔。逢魔が時。
湖の上に星が浮かぶにはまだ早い時間で、誰ぞ彼の名に相応しく、あちらの顔もこちらの顔も分からなくなる――
「暗くなっちゃったね、にーちゃ」
そう口にする未来の顔が薄暗くて見えない。
今まで、未来はどんな顔をしていたのか。
どんな顔で僕を兄と呼んでいたのか、思い出せない。
「ったく、マジ、なんだか最後にビックリしちまったな」
「わたしもてっきり、二人とも了解して恋人みたいにしてるのかと思ってたのでビックリしました……」
「ハむ……? よく分からない」
「あらあらー、ショウちゃんにはー早かったかもぉー?」
「……ま、とにかく今日は楽しかったよ。またね。お兄サンに妹サン」
「あ、ちょっと師匠! まだまだ言いたい事があるんですから! 今度ちゃんと話を聞いてくださいねっ!?」
皆が皆、シルエットになってしまっていて――
人の形をした影の顔はまるで見えない。解らない。
「じゃ、解散しよ? にーちゃ」
――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――




