59 隙あらば攻勢に出る妹さん
「それにしても、人が居ないな」
林に囲まれた湖。敵モンスターの姿は影すらもなく、穏やかな風が水面を撫でて波立たせている。
緑とも青とも言えぬ葉が風に揺れ、砂と砂利で出来た湖の淵は水を清く保ち、遠くに見える岩肌の山は荘厳さを感じさせる。木々の中にぽっかりと開いた湖は、青い空を広々と見上げることが出来た。
攻略に関係ないにしても、ネットゲーム内のレジャースポットというところには、エンジョイ勢と言われる人たちが集い、それなりに人気があるものだと思っていたが、周囲には僕たち以外にまるで人影がない。
「あ、ここインスタンススポットだよ、にーちゃ」
と、ライムの話によると、ここは手前の林に入る時に、インスタンスで入るかパブリックで入るか選べるんだそうだ。
インスタンスの場合は上限三十人だという話だ。
「……インスタンス多すぎじゃないか?」
もう何度もインスタンスって言葉を聞いている気がするぞ。MMO……なんだよな?
「仕方ないよにーちゃ。そうしないと混雑しすぎる」
まぁ、芋洗い状態でゲームしても面白くはないか。
ダンジョンに入るのに遊園地のアトラクションなみに並ばなくてはいけない……とかでは、どうしても気が滅入るだろうしね。
そんなこんなを話しているうちに他のメンバーは湖の方に行ってしまっていた。
浅瀬でパシャパシャと飛び散る水が太陽の光を反射させて輝いている。
――平和だなぁ。
異世界にいる時は、こんなことをしている余裕なんてなかった。
去年の夏は勉強のブランクを取り戻すために過ぎてしまったし、レジャーで泳ぐなんて久しぶりだ。
……いや、この前に未来と海に行ったか。
「にーちゃ、わたしたちもいこ」
「おう」
―― …… ―― …… ―― …… ――
それからはまぁ、普通に湖水浴を堪能した。
ルゥネンと遠泳をし、マイテとボール遊びをし、アイダリンと湖に向けて魔法の飛ばしっこをし、ショウを砂に埋め、リンカと地上絵を描き、キャペモと日陰でまったりとした。
妹さんは――まぁちまちまと僕の後ろに付いてまわり、隙あらば僕の腹筋を触ろうとしていた。
――
「ふぅ……」
なんのかんのでもうお昼時だ。キャペモは一足先に昼食の準備でログアウトしている。
「んふぁ……母親……ごはん出来たって」
ショウがそう言ってログアウト。
後は誰かが「それじゃ落ちよっか」と言ったのを皮切りに全員がログアウトした。
――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――
「ん……」
部屋で目を覚ます。すると視界の隅に――
「うん、だと思ったよ」
水着姿の妹さんが横たわっていた。
「…………」
「…………」
うん、コレ『うわっ、なんでリアルにも水着の妹が!?』――とか言わせたかったんだろうが、もうネタバレしちゃってたものね……。
多分、僕がログインしたのを確認してから部屋に再侵入したんだろうね。僕がメールを送った時、未来は一回落ちたし。
「…………」
「…………」
引っ込みつかなくなっちゃったんだ? 妹さん。
「…………」
「…………」
「う、うわ~、なんで水着の未来が横に~」
「…………にーちゃ」
「うん……」
「わたし、どうしたら良かったのかな……?」
「んな深刻そうに言われても……」
両手で顔を隠す妹さんに、僕は肩を叩いて慰めることしか出来なかった。
―― …… ―― …… ―― …… ――
取りあえず、水着姿を褒めておいたら、元気になりました。
今日のイメージトレーニングは無し。
妹さんが料理する後ろ姿を、ダイニングから眺めている。
ソースの焦げる香ばしい薫りがフライパンから漂う。今日は海の家風に焼きそばなんだそうだ。
それはいいが妹さん? なんで水着の上からエプロン着て料理してるの?
「萌えだよ、にーちゃ」
「うちの妹が何を言っているのかわからない件」
くだらないやりとりをしていたら、何故か紙皿に乗った焼きそばが目の前に置かれる。
「これも海の家風だよ、にーちゃ」
そうですか。
――ぺこぺこのプラコップに入ったオレンジジュースと一緒に、割り箸でいただく。
「カップ焼きそばを『あれは焼いてないんだから、茹でそばと言うべきじゃないか?』って言う人がいるけど、それを言うなら普通の焼きそばも焼いてない。炒めてあるよね。にーちゃ」
「そもそも、麺にそば粉すら入ってないからな。そばというのすら微妙だ。それよりなんでエプロン着たままなんだ? おまえ」
「正面から見ると裸エプロンに見えない? にーちゃ」
――いつもと同じ感じで昼食を取る。
海の家風と言っても味はいつもの通り。未来の中には、わざと手抜きをするという選択肢はないのだろう。
たいへん美味しゅうございました。
物が物なだけに、食事は早くに終わる。使い捨ての紙皿なので後片付けもすぐ。
食事が早くに終わりすぎたせいで、今ログインしても、おそらくまだ誰もいないだろう。
だったら、と、食休みにソファーに座りテレビを付ける。
昼食に何を食べるのか。と街ゆく人にマイクを向けるレポーターに興味も湧かず、せっせと洗濯物を畳む水着少女を横目にぼうっとする。
「よしっ、終わった」
畳んだ洗濯物の山が二つ。僕の物と未来の物。
――そのはずなのに、どうして僕のトランクスの下に薄桃色の布切れが見えるんだろうね? うん?
そうして未来はソファーにごろんと寝転ぶ。その頭は僕の膝の上に乗っかった。
「そんな恰好をしているとお腹をこわすぞ」と脅すと、僕の手を持ち、そのまま自分のお腹の上に乗せた。
僕の手は防寒具じゃないぞ?
「あ、いま動いたわ。アナタ」
「胃が動いたんだろ、食後だからな」
未来は僕の手を操って、自分のお腹をさすらせる。
滑らかな感触。時折薬指がおへその穴に引っかかる。
手持ち無沙汰なもう片方の手は、未来の髪を一房摘み、もてあそぶことにした。
細く艶やかな黒髪は、まるで猫の毛のように柔らかい。
「ふにゃー」
「猫みたいだな」
「みぃは猫なんだよ。言わなかった?」
「そーか、みぃは猫なんだよな」
髪をもてあそんでいた手を、未来のあごに回し指先でこしょこしょと撫でる。
「にゃあん」
むず痒んで身をよじりながらも、未来はくすくすと笑う。
鎖骨の間のくぼみをふにふにと押してから、そのまま鎖骨を伝い、指を滑らせる。
「にーちゃ……」
鎖骨を撫でていた指を、未来に掴まれる。
掴まれた手に力が込められてゆく――。
「にーちゃ……」
上半身を起き上がらせた未来の顔が、だんだんと近づいてくる。
うっとりと半眼になり、唇が半開きになり、ゆっくりゆっくりと僕の唇に近付いて来る。
「お……おい――」
鼻と鼻が触れそうになる。
未来の吐息が頬に当たり、こそばゆい。
「ねぇ、にーちゃ――」
『――キャアアァァァッ!!!!』
突然に布を裂くような悲鳴が響いた。
それにあっけに取られ、音の発生源に目を向ける僕たち二人。
『――そう! ハブです! 沖縄ではこの毒蛇を食べるんだそうです』
『――私、沖縄出身ですけど、聞いたことありませんよ?』
『――はい。そう、これは地元の人でも知る人ぞ知る……という食材なんですよ。今回はですねぇ、特別に地元の方にスープにしていただきます』
テレビの中で、現場とスタジオでの会話が繰り広げられていた。
『――まずはこうしてハブを捌いていくんですねぇー』
『――これ、テレビに映してええんですか? うわー……グロいグロい! あかんって!』
VTRの脇の小窓で、スタジオのお笑い芸人が叫ぶ。
本映像には、まるでウナギの様に捌かれるハブ。
「にーちゃ……」
「うん……」
「みぃはマングースでも、ハブは食べたくないや」
「勇者でも進んで食いたくはないよ」
まあ、野営の時にヘビは食ったことはあるけど。
「……着替えてくる」
「ああ、冷える前にそうしなさい」
『――おぉ! 意外と美味しいです。プリプリとした――』
ブツンと音を立てて電源を落としたテレビに、もうまったくもって興味は湧かなかった。




