5 はじめてのぼうけん(準備)
とりあえず僕たち二人は、輪になった野次馬を掻き分け、その外に出た。
そうしている間に野次馬で出来た輪は、「なんだ終わりか」と言わんばかりに瓦解し、辺りは元の様子を取り戻す。
その場から少し離れると、ライムの頭の上の『×カクトゥス』という文字が薄れて消えた。どうやら相手が近場にいる時だけ、あの文字は出て来るようだ。
ライムの話では、ブラックリストの仕様は――
『相手の声が聞こえなくなる』『双方の接触が不可能(透過)』『双方のフレンド登録の解除』『各種サーチ機能ヘの非表示』『メールの送信不可』『同パーティへの参加不可』『スクリーンショット及び動画の撮影不可能』――らしい。
……なんでチュートリアル前にこんな知識が増えてるんだ? そういうのはもうちょっとゲームに慣れた後だろうに……
それにしても、改めて考えたら、こんな大通りの真ん中で喧嘩騒動を起こしたんだな……と、気が付いた。
リアルだったら普通に警察が出てくる事態だ。異世界でも下手をしたら衛兵が出てきていただろう……
「しっかし……ゲーム開始早々、いきなりPVPってどうなんだ……? モンスターと戦うよりも、冒険者ギルドに行くよりも先に対人戦……って……」
「盗賊とでも戦ったと思えばいいよ、にーちゃ。異世界転移ものでも、最初に盗賊に襲われている馬車を助けるのは定番だよ、にーちゃ」
はぁ、そうですか……? 哀れサボテンくん。君の認識はヒャッハーと襲いかかってくる盗賊と同じだそうだよ?
「それにしても、ギャラリーの反応が薄かったなぁ、なんだろ?」
勇者を倒して名を上げようなんて野心家が、一騎討ちを名乗り出る事は稀にあった。
そういう時は、もっとギャラリーが沸いたものだったが……
「ゲーム内で、異世界風だとはいっても、周りはみんな日本人だしね。こんなもんだよ、にーちゃ」
まぁ、そう言われたらそうかもな……好きなスポーツの観戦でもない限り、そこまで場が沸いたりはしないか、にほんじんだもの。
サッカーの試合で暴動が起きない日本人ってステキ。
「で、冒険者ギルドだっけ? そこで何をするんだ?」
「まぁ、チュートリアルだね、にーちゃ。パーティの組み方とか、スキルの入手の仕方とか、ステータスの上げ方とか細々したものだよ、にーちゃ」
「そっか、でも、未来はやる必要ないんじゃないのか?」
元オープンベータプレイヤーだしなぁ。
「にーちゃ、『ライム』ね」
「――おっとすまん」
頭の中では『未来』で、口に出すのは『ライム』とか分けていると、どうしても口でも『未来』の方が出てきてしまうな。
ゲーム中は頭の中も『ライム』に統一しておいたほうが良さそうだ。うん、そうしよう。
「ベータから変更された所とか、追加された点もあるだろうし、一応は私もチュートリアルはやるよ、にーちゃ」
「そっか」
未来――もといライムと、そんな事を話している内に冒険者ギルドの前へと到着した。
「それじゃ、また後でね、にーちゃ」
「あ、うん?」
とは言っても、建物の中までは一緒なんだろ? その台詞はちょっとばかり早いんじゃないか? と思ったが、冒険者ギルドへ一歩踏み入った途端、その言葉の意味が分かった――。
―― …… ―― …… ―― …… ――
「……いや、まさか……入り口に入った瞬間に不思議空間に飛ばされるとは思ってなかった……」
「ゲームだからね、にーちゃ。そんなもんだよ」
既にチュートリアルを終えたライムと出口で合流し、開口一番に僕はそう漏らした。
冒険者ギルドの建物に一歩入った時点で、キャラクターメイキングの時と同じような不思議空間に飛ばされ、冒険者ギルドへの登録とチュートリアルが始まったのだ。
「せめて、中に入ってからの、カウンターから不思議空間に飛ばされるとかさ……、ちょっと味気ないよ、コレ」
その他の仕様は分からないが、宿屋や道具屋なんかまでコレだと、流石にどうかと思ってしまう。建物の中に入れないのだ。
つまり、プレイヤーは常に建物の外にいるわけで、年がら年中野ざらしなわけだ。
例えヴァーチャルの世界だと言えど、どうにも腰が落ち着かない。
基本的に、人間は外に居るより、建物の中に居る時間の方が圧倒的に多い生活をしているのだ。
「うん、一理あるね、運営に要望を出しておくよ、にーちゃ」
「さんきゅ」
そう言うとライムは、空中に表示させたメニューウィンドウを操って、何やらの操作を始めた。
まだウィンドウに表示されるあれこれをまったく理解していない僕より、ライムにまかせておいた方が間違いはない。
「送ったよ、にーちゃ。ついでにフレンド登録もしとこうよ」
「あ、うん。そうだな」
ぎこちない操作でライムとのフレンド登録を終える。これは慣れるまで一苦労だな。
「じゃ、早速外に出ようか、冒険の幕開けだよ、にーちゃ」
「ああ、そうだな。とはいっても僕は準備をしないといけないけどね」
チュートリアルで貰えたのはナイフ一本と僅かなお金。
なんで冒険者ギルドがお金をくれるんだろう? とか考えてしまうのは野暮だろうか。
「あ、そうだね。それじゃ私はちょっとアイテム整理をしてるから、街の正門で待ち合わせでいいかな? にーちゃ」
ライムがギルドの横の建物を指差して、「あれが道具屋だよ、にーちゃ」と知らせてくれる。
「了解。それじゃまた後でな」
―― …… ―― …… ―― …… ――
それから三十分後。
「以外と遅かったね? にーちゃ」
「お、おい! 携帯食料もカンテラもロープも、水筒や火打ち石すら売ってないんだが!?」
なんとか、ポーションとブーツ、それと荷袋だけは買えたが、旅に必要な物は、街中を探してもまったく売っていなかった。……と言うか、道具屋がギルド横のあそこしか無かった。
「……それを探していて遅くなったの? にーちゃ」
「お、おう」
なんだか呆れた風に僕を見る我が妹。
「これはゲーム。そんなサバイバル用品は必要ないよ、にーちゃ。その買ってきた荷袋も、エンドコンテンツ用の『アイテムストレージ使用不可』とかいうクエストで使うものだよ、にーちゃ……」
「あ……」
どうにもゲームの旅は、異世界の旅とは勝手が違うようだ……




