57 どこに行こうというんだね?
「にーちゃ、ああいう時はわたしが起きるまでベッドで待つのが礼儀だと思う」
ランニングを終え、家に帰ると、朝食の準備をしていた妹様がぶーたれていた。
「そんな礼儀作法は知らん」
冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、一気にあおる。
「朝チュンの作法だよ、にーちゃ」
口の中のドリンクをぐっと飲み下す。
「朝チュンって……別に何も無いだろうが」
「ふぅー、まったくにーちゃは。妹が無防備に寝ていたら、性的なイタズラをするのが兄の勤めなのに」
世界中の兄を性犯罪者にするなよ……
「まったく、にーちゃは」
「はいはい」
「もっとエロ漫画を読むべき。にーちゃ」
「だから自重しろ、16歳」
―― …… ―― …… ―― …… ――
フレンチトーストとベーコンサラダ。食後のエスプレッソを頂いた。
「夜明けのコーヒーは苦いね……にーちゃ」とか言ってた妹さんの頭を小突いてから自室へ。
部屋でVR端末を被ろうとして、ふと前に目についたやりかけの夏休みの課題。
「……やるか」
と思った時にやらないとダラダラと夏休みは過ぎてしまう。最後の一週間で焦るのは御免だ。
――そうして夏休みの課題にちょっと手を付けていると、ガチャリと無遠慮に部屋のドアが開かれた。
「あ」
「ん?」
もちろんそこにいたのは妹の未来。
「ま……まだログインしてなかったんだ? にーちゃ」
「まぁ、うん……」
未来が小脇に抱えていたのはVR端末であるヘルメット。――まぁそれはいい。
「なんだよ、その格好は……」
「え~っと……なんと言うか……」
モジモジと太ももをこすり合わせる未来の姿は、突然に現れたらぎょっ、とするような露出の高いものだった。
白と黄色のツートンカラーで模様が描かれたトップとボトム。
それでも下着と見間違えないのは、その色合いと、下着とするには邪魔になるだろう大きめのフリルが付いているからだろう。
夏場に見るのは異常でもない。ただし、家の中で着るものでもないもの。
……ぶっちゃけ、水着だった。
「この前のとは違うんだな……」
この前に海に行った時に買ったものとは違う水着だ。
なに? 水着って何種類も持ってるもんなの? 普通。
「あー、うん。この間のは出先で買ったのだから……こっちは夏のために元々用意してあったのだよ……」
――――……。
「……で、なんで――」
「あーっ! あったあった! やっぱりにーちゃの部屋に置いて行っちゃったんだねっ!」
未来はドタバタとベッドに駆け寄ると、二つ並んだまくらの片方を掴む。
「じゃ、また後でね! にーちゃ!」
そのまま、顔も合わせずに慌てて部屋を出ていった。
「――なんで水着なんだ?」
その質問に答える相手は、もうそこには居ない。
「……まぁどうせ、いつものイタズラだろ」
机に向き直すと、手を付けていた課題の一問を解いて、それから“brand-new World”にログインした。
――【“brand-new World”へようこそ】――
ログイン場所は華の街ファアート。フレンド状況を見ると、ライムはロロクにいるようだ。
『ログインしたけど、そっちに行ったらいいのか?』
うむ、メールを飛ばすぐらいならもう手間取ることもない。
――と、メールを送った直後にライムのログイン反応が消えた。ログアウトしたのだろう。
……なにゆえ?
理由は分からないが、とりあえずライムがログアウトしてしまったのでやることも無い。まぁ、トイレに行ったか何かだろう。
取りあえず手持ち無沙汰なので、しばらく噴水の水瓶に1E硬貨を投げ入れる遊びに興じていると、ライムから折り返しのメールが届いた。
『ごめんにーちゃ。突然もーれつにフラワーアレンジメントをしたくなった。花畑を全滅させる勢いで』
――――……
「生々しいわっ!!」
「あ、にーちゃ来た」
『お花摘み』なら『お花摘み』でいいだろうが! 隠語なのに余計生々しくしてどうする!
「それで我慢できなくなって、直接突っ込みに来たの? にーちゃ」
「その通りだよ!」
「いやん、にーちゃダ・イ・タ・ン」
エモーションでハートを飛ばすな、この駄妹。
「でも、ダメだよにーちゃ。こんなに人がいるところで――」
「あん?」
人? と思い、周りを見渡してみると、何故か知った顔の面々が周囲を取り囲んでいた。
マイテ、ルゥネン、キャペモ、ショウ。それにアイダリンと、服屋のリンカまで……
石の街ロロクの回復の噴水前。なにやらいろんな場所でそれぞれ出逢った人達が勢揃いしていた。
「いったいなんなんだ? この纏まりの無さそうな集まりは……」
「師匠ー、おはようございます!」
「うっす、ライムの兄貴、マジ昨日ぶり」
「あれ? お兄さん聞いてません? らいむちゃんが――」
「すたーっぷマイテ。先に行き先を言ったら面白くない」
……またウチの妹さんが何かを企んでいるようだ。今度は一体、何を企んでいるんでしょうね……?
「楽しみだねぇー、ショウちゃん。うふふー」
「ふぃ……まあまあ」
あちらさん二人はマイペースだ。
「や、お兄さん、お招きありがとね。とは言っても呼んだのは妹ちゃんの方で、アンタは何も聞いてないっぽいね。フフ」
「ああ、お久しぶりリンカさん。生産職なのにロロクに来れたんだね?」
ロロクに来るには最低一度は、あの大ガエルが邪魔をする峡谷を通る必要がある。それなりの戦闘能力を持つプレイヤーでない限りはキツいはずだ。
ましてや生産職。戦闘に使えるスキルもそんなに高くはないんじゃないかと思うのだが。
「ま、ツテがあれば護衛してくれるプレイヤーもいるもんさ。それに全然戦えないってワケじゃないしねぇ」
そう言うとリンカは、はめていた指輪を抜き取って見せてから、それを親指でトス。
そのまま落下してきた指輪をパシリと握り掴んだ。
……おそらくあの指輪は、キャペモが使うようなマジックアイテムと同等のものなのだろう。
なるほど、アイテムを使用した時はDEX値がその効果に影響する。
DEXの高い生産職プレイヤーなら、アイテムの使用効果も高いはずだ。
「ちなみにハヤトは、今日はあのかわいこちゃんハーレムメンバーで、初めてのポイズントード戦にいくらしいよ。多分全滅だろうねぇ」
そういってケラケラ笑う。
頑張れハヤトくん。でも僕もそんな気がするわ。
しばらく会ってないけど、そんなに突然にステータスが高くなってるとも思えないし、ハヤトくんはなんとなくこう、頼りないイメージなんだよな……
まぁ、彼我の差を知りにボス戦もいいと思うよ。ゲームだしね。死んでも実際いに死ぬわけじゃないしね。
「それじゃ行こうにーちゃ! 愛と欲望渦巻く楽園へ!」
なんか、どっかで聞いたようなフレーズを口に、ライムが先陣を切る。
「……なんなんだろうな、いったい」
手に握ったままだった1E硬貨を、ひょいと水瓶に向かって投げる。
当てずっぽうに投げたコインは、見事に水瓶に入って、高い音を上げた。




