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4 サボテン散る


 なんぞなんぞと野次馬が集まってきた中で、僕は目の前の【“カクトゥス”からPVP決闘要請が届いています】というダイアログの【YES】をタップする。


 今来た人に状況を説明する人。「可哀想」と同情する人。「痴情のもつれだ」と楽しそうに観戦する人。

 様々な野次馬の前で、大きなカウント数字が浮かび上がる。


 てか……この状況だと、勝っても負けてもネトゲ社会的には死亡じゃない? サボテンくん……


「ハッ! ゲーム開始早々負けペナつけてやんよ、おっさん」


 負けペナってなんだろう? デスペナとは違うんだろうか?

 そういえばこのゲームのデスペナはなんなんだろうな? 後で妹に聞いておこう。

 それはともかく、おっさんゆーな。


 カウントは進み、サボテンくんが剣を抜いた。

 そういえばサボテンくんのジョブはなんなんだろうね?

 気になったので表示させてみると“ソードマスター”とあった。ちょっと片腹痛い。


 剣聖(ソードマスター)と呼ばれる奴をよく知っているが、少なくとも肘を伸ばしきった状態で、剣を構えたりはしなかったぞ?


「それじゃ――いくぜッっっっっ!!」


 カウントがゼロになるのと同時に、サボテンくんが大きく踏み込んで来た。

 そして、そのまま真っ直ぐに僕に向かってくる。


『アクセルスラッシュ!!』


 どうやら突進系のスキルらしい。

 どうりで滑るように移動するわけだ。


 僕は横振りのその一撃を、一歩後ろに下がって回避する。


「避けた!? 初心者が!?」


 いやまぁ……あれだけ大振りならね? 普通に躱せるよ。


『スプラッシュエッジ!!』


 続けて剣の連続突き。

 ホイホイと紙一重で躱す。


「なッ!?」


「あー、なんか身体の動きが重っ苦しいな。ステータスが低いからか?」


 いくら外見が勇者をしていた頃の僕のものとはいえ、ゲームキャラクターとしてのステータスはまっさらの初期ステータス。

 これならまだリアル(十六歳の僕)の身体の方が素早く動けると思う。

 最初のほうはAGIを重点的に上げようかな? これじゃもっと早い攻撃を受けた場合、攻撃が見えていても回避しきれずに当たってしまうだろう。


「ふざッ!? チート使ってんのかっ!? 【スプラッシュエッジ】があんな風に避けられるワケねーじゃねーか!!!!」


「えー……?」


 緩急も付けずに同じタイミングの同じ速度で繰り出される突き――しかも狙いもなにもあったもんじゃない突きぐらい回避できるよ。

 結局、剣そのものは一本しかないんだしさ。身体の動きを見れば、次に何処を突いてくるかぐらいわかるじゃん? フェイントでも混ぜない限りは……


「ぐッ!『パワースラッシュ!!』」


「……もう、倒しちゃっていいかな?」


 ここに来て大技を使う時点で話にもならない。

 袈裟斬りに大振りされる剣をしゃがみながら回避して、そのまま流れるように足払いをかける。


「ぐわッ!?」


「素人さん特有の『足元がお留守』ってヤツだね」


 体勢を大きく崩したサボテンくんは、受け身も取らずに派手に後頭部から倒れた。

 それに追撃をしようと、素早く腰を浮かせる。


「うっ……クソっ!」


「おっと?」


 倒れたままの体勢から、デタラメに剣が振られる。

 素人さんだから、後頭部を地面で打った衝撃でしばらくは動けないだろうという予測は外れてしまった。

 ゲームだからか、リアルほどの痛みや衝撃は無いらしい。


 とはいえ、そんな体勢から振られた剣に脅威など有ろうはずもなく――ひょいと空かしてから、振り抜かれた剣の柄頭を爪先で蹴りつけてやる。


「なっ! あ……」


 それだけで握りの甘い剣はすっぽ抜け、サボテンくんの手を離れて地を滑るように飛んでいった。


 剣の行く末を唖然と見送っていたサボテンくんの首筋に、手刀をあてがう。


「……えーと、勝負有りでいい?」


「っち……」


 返答はない。ならばきっちりとトドメを刺すべきだろうか?

 ……いや、『ちょっと粋がって喧嘩ふっかけちゃいました』なんて子供を懲らしめて、さらにトドメまで刺すってのは、流石にどうかと思う。


 生きるか死ぬかの勇者時代なら、剣を持って襲いかかって来た人間に容赦など必要無かった。

 しかし……ゲーム世界で、武器を持って気の大きくなっただけの子供を殺すってのは、たとえ擬似的なものでも気持ちがいいものではない。


 死ぬか殺すかの意識を持って生きてない奴が悪い――とは、この平和な日本では流石に口に出せない。



「はぁ……今度から、少しは人の事情も考えてね?」


 はぁ――と、ため息を一つ残して踵を返し、サボテンくんに背を向ける。

 ――が、


「馬鹿が!! まだ『決着』のアナウンスは出てねーんだよ!!」


 何処から取り出したのか分からないが、サボテンくんの手には、ショートソードが握られていた。

 そして、僕の首筋を目掛けて振り抜かれる刃。


「……そんなの、慣れちゃってるよ」


 僕だって、なるべくなら人を殺したくなんてない。でも盗賊やら暗殺者、僕のことを邪魔に思う人と剣を交える事は少なく無かった。


 だけど、戦闘中に命乞いをした人は斬らなかった。一応。


 でもね――その命乞いをした人の半数以上が、サボテンくん……君と同じ行動を取ったんだよ。



 身体を屈めると、それだけで首筋を狙った剣は頭の上を通り抜ける。

 そのまま体を反転させながらサボテンくんの手を取って、剣を持ったその手をひねり、切っ先を内側に傾けさせる。


 ――とんっ


 その手をちょっと押し込んでやるだけで、サボテンくんの首にショートソードの先端が突き刺さる。


「あ……ガっ……!?」


 その瞬間、目の前に踊る【YOU WIN】の装飾文字。

 ……きっと今、サボテンくんの目の前には、まったく逆の意味の文字が見えているんだろうなぁ。


「へ? え?」


 何がなんだか分からないといったふうに、その場で膝を付くサボテンくんの首には、傷どころか血の一滴すら付いていない。それもまた、ゲーム故にだろう。



 ――そして、いつの間にか、サボテンくんの背中に『負け犬』と書かれた貼り紙がくっついていた。


「な……オレはまだ負けてねーよ!? くっそなんだコレ、剥がれねえ!?」


 サボテンくんは必死に背中に手を回して、貼り紙を剥がそうとしているが、ただの紙の筈がびくともしない。なんだか背中が痒いけど手が届かない人みたいになってるよ……

 そっと孫の手を差し出したい気分になる。


 ……しっかし、あの張り紙が“負けペナ”なんだろうか? 敗者には精神攻撃かよ、運営……


「アレ、24時間剥がれない。ちなみに普通のデスペナは2時間、スキルやステータスの習得経験値が1/2だよ、にーちゃ」


「へぇ?」


 戦闘が終わったのを見計らって、未来が僕の隣に並んで来た。片手間になにやらウィンドウを操作しているが、いったい何をしているんだろうか?


「おいっ! テメェ、チート使いやがって! GMコールすっからな!! 逃げんなよ!?」


 うわー、メンドクセ。何でもかんでもチート扱いする人っているよなぁ。ちょっと便利なアイテムでも「あれはチート」とか……。某大作RPG4のふとっちょ商人が序盤で買える破邪的な剣も、そういう人に言わせてみればチートだ。「仕様です!」と声を大にして言いたい。


 そんな事を考えていると、服の裾をチョイチョイっと引かれた。


「にーちゃ、もう行こ?」


「あ、オイ、ライム! ソイツと一緒にいると、お前もチーター扱いされるぞ! いいのか!?」


 もはやギャラリーにさえ、冷笑の目を向けられているというのに、サボテンくんは尚もがなりたてている。――悲しいかな、完全に道化だ。


「? どうしたの、にーちゃ。早く行こう」


「オイ! いいのかよ! ライム!! 下手すっとお前もBANされっぞ!?」


「にーちゃ?」


 くいっくいっっと未来に裾を引かれるが、どうしたものか……

 GMを呼ぶって言われているのに、ここを離れたら、現場から逃げたって事になって、もっと面倒な事になったりしないものか……?


「なぁ、ライム。サボテンくんがGMコールするって言ってるのに、ここから離れていいもんか?」


「は? なんでGMを呼ぶ意味があるの?」


「なんでって……僕がチートを使ってるって、さっきから主張してるけど?」


 まるで話が通じていないように振る舞う未来に違和感を覚える。

 なんでだ?


「オイッ!! ライ――」

「ああ、ごめんにーちゃ。あの人、もうブラックリストにいれちゃったから何も聞こえなかったよ。にーちゃ」

「――ッな!?」


 あはは……ブラックリストに設定すると、声が聞こえなくなるんだね……。暴言対策かな?

 よく見ると、未来の頭の上に赤文字で『×カクトゥス』と表示されていた。これはその相手をブラックリストに入れているという意味だろうか。


「どの道ほっとこうよ、にーちゃ。こういうインネンをつける人ってかなり多いから、GMも慣れっこだよ、にーちゃ」


「お、おう」


 項垂れるサボテンくんを背に、僕と未来は冒険者ギルドに向かって歩き出す。

 南無……サボテンくん。

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