45 もう、僕一人いなくてもいいんじゃね?
喫茶店を後にし、早速ライムの元パーティメンバーと共に東の森に来た。
数日前に来た森は、特になんの変わりもなく、木々は青々とした葉を茂らせ、風に騒めいている。
ちなみに喫茶店では誰一人、何も注文していなかった。理由は「VRでは何を口にしても味がしない」からだそうな。
VRで下手に味覚を機能させると、仮想世界で食事をした気になって、リアルで栄養失調になる奴――
リアルでの食事を栄養が捕れるだけのものにして、仮想世界での食事で満足する人――
そんな人間が出る可能性が高いかららしい。VRで美味いモンが食えるなら、外食産業にも影響が出そうだしなぁ……
「やっぱ、ちょっと人が多いなマジ」
言われてみれば、数日前より人とすれ違う回数が多い気がするな。ボスに挑もうという人が増えたのだろうか?
「昨日のメンテでボスがちょっと弱くなったみたいですよ? まだ詳しいことは分かりませんです」
「っつっても、大して変わってねーって話もあるけどな。マジ」
それであのカエルに挑戦してみようって人が増えているのか……
まぁ地道にステータスを上げていれば、その内にボスだって倒せるようになるわけだし、この森もだんだん人が増えてくるだろう。
道中のモンスターを蹴散らしながら、先日クリアしたばかりの森を進む。
猪突課長の突進を大盾で受け止めるマイテ。
素手でクレセントベアーの首をへし折るルゥネン。
範囲魔法でレッサーコボルトを一網打尽に吹き飛ばすショウ。
錬金術士のキャペモは何かしらのアイテムを使い、サポートに駆け回っているようだ。
「……妹さんや」
「なに? 兄者さんや」
「僕らの時より、確実に安定して進んでるんだが? 僕らの助力とか必要か?」
てか、今の僕らのステータスより、彼らのステータスの方が確実に高いだろう。これで助っ人でござい。なんて口にするのはちゃんちゃらおかしいのだが……
僕の、そんな疑問に、ライムはちちち、と人差し指を揺らす。
「にーちゃの場合は、雑魚でもボスでも辛勝。負けはない。マイテ達は雑魚は余裕でも、ボスには負けるかも知れない」
「そうかぁ?」
小まめに回復さえすれば、勝てると思うんだが――……ああ、そういえばその回復役を、このパーティから取っちゃったのは僕なんだよな……
「辛勝と負けでは天と地ほどの差がある。負ければ死亡。勝てば致命傷」
「大差ねーよ、ソレ」
致命傷:命に関わる傷のこと。ぶっちゃけ死ぬ。
「ともかく、にーちゃはカエルを倒しさえすればいいんだよ。実績はあるわけだし」
「へいへい」
まぁ、一度戦って、大ガエルの対処法もなんとなく分かったし、倒せないことはないだろう。
今日は傭兵としてあのカエルと戦うだけでいい。
「そっち行ったぞ! マジで!」
『部長ォォォ!!』
ルゥネンが仕留めきれなかった猪突課長が、砂煙を上げながら一直線にこちらに向かって来た。
「ほいよ」
抜くは蒼い剣身の両手剣。
結局、あのロールプレイ騒動の後、ライムからそのまま貰った。「どうせ使わない」と……そりゃそーだ、ヒーラーだもんな。
そもそも、二重の意味で使えない大剣を取っておいたのも、いつかアイテムを解体する方法が出て、素材を取り出せるかも知れないから――とか、気の長い皮算用からだったらしいしね。
鍛冶スキルでこの【蒼軽鉄の大剣】を作成するには、貴重なアイテムが必要らしい。だからそれが取り出せたら儲けもの……ぐらいの気持ちだったらしい。
「シッ!」
姿勢を落とし、地面スレスレを剣で薙ぐ。
『ブモっ!?』
リーチの長い大剣は、危なげなく猪の前足を斬り払うと、体勢を崩した猪は地面を削りながら、僕とライムの脇を滑り転がっていく。
『ぶ、部ちょ……』
「残念。傭兵という名のただの派遣社員だよ」
なおも立ち上がろうとしていた猪に、逆手に持った剣を、額に突き刺す。
部長怨めしと僕を睨んでいたイノシシが、光の粒となって消えた。
「にーちゃ……ロールプレイ癖が芽生えた?」
「違う」
ロールプレイの主役は、もうたくさんだよ。十年やってたんだからさ。
―― …… ―― …… ―― …… ――
東の森をざかざかと歩く。六人分の足音
――
フルパーティでの攻略は初めてで、これだけの人数がいれば、道中のクリーチャーの対処は容易だった。ちょっとした無駄口を交えながらでも、サクサクと進んで行ける。
「マジわりー、ちょっと用事」
「むにゅ……便乗」
ルゥネンとショウ。男二人がログアウトする。おそらくトイレだろう。
女性プレイヤーの場合、ここで「トイレいってきまーす」とか言ってログアウトすると女子力が下がるので注意。
二人が戻ってくるまで先に進むわけにもいかず、僕たち残りのメンバーはその場に腰を下ろす。
「そいや、マイテの誕生日ってそろそろだっけ?」
「あ、うん。そうです」
とりあえず、ログアウトした二人が来るまでやることもなく、雑談が始まった。
「夏休み中だと、リアルではほとんど祝ってくれる人っていないんですよね……」
「まぁ、学校の友人ぐらいじゃあなぁ」
わざわざプレゼントを持って家まで遊びに来るような友達ならいざ知らず。顔を合わせるのは学校のみ――なんて繋がりだと、わざわざそこまではね。
おめでとうの一言があれば嬉しいんだが、その機会自体がない……と。
「何かの記念日とぉ、カブるのも寂しいですよねー。クリスマスとかー」
プレゼント一回分損した気になるんだよな。子供の場合。
「らいむちゃんはもう過ぎちゃったんだよね?」
「んむ、にーちゃから“にゃーちゃ”貰った」
そのネーミングはどうなんだ? 妹さんよ……
ちなみに猫のぬいぐるみのことだ。僕が未来にぬいぐるみをプレゼントするのは毎年恒例。
女の子のプレゼントになに渡して良いかなんて分からないもん。
ぬいぐるみなら大抵は可愛いので、外れはない。
「キャペモさんは十一月でしたっけ?」
「はいー、そうなんですけどぉ。もう誕生日は嬉しい日じゃなくてぇ悲しい日なんですよねぇー、くすん」
……まぁ、女性は特にそうだろう。キャペモはそこそこ年上の人らしい。異世界年齢の僕とはどっちが上かと訊かれたら判らんし、訊く勇気もない。
勇者も女性の年齢を訊くような勇気は持ってないんだぜ? そういうのは勇気ではなく蛮勇と言う。
「あ、お兄さんはどうなんですか? 誕生日」
「ん? まだまだ先だよ」
早生まれだしね。
「今年のにーちゃの誕生日には、わたしの大切なものをプレゼントする」
「受け取り拒否します」
どうせあれだろ? 自分にリボンつけて『わたしがプレゼントだよ☆』――とかやる気だろ?
分かっているんだよ、去年もやったしな!
「婚姻届(サイン入り)を贈ろうと思うんだけど、どう? マイテ」
「どう? って訊かれても……困るとしか言えないよ、らいむちゃん……」
だよね? 訊かれたマイテも困るし貰った僕も困る。ダブルミーニングで困るよね。
そして大事なものって人生そのものかよ。プレゼントに貰っても困るわ。普通に、
「でもお兄さんの17歳の誕生日に――だよね? 男の人は18歳からしか結婚出来ないから、一年間は使い道がないよ?」
「……むう、なら婚姻届は来年にする。ありがとマイテ」
おーい、それ以前に兄妹だからなー?
二人とも、それを忘れないでなー?
あ、去年は茶番の後に、ちゃんと普通にシルバーアクセ貰った。
バングルだったけど、内側に“mirai to yu-si”って彫ってあったんですが? 『未来から勇史へ』って意味で、間違いじゃないけど、それって結婚指輪に彫るもんじゃないの?
――
と、そんなどうでもいい話をしている内に男性陣が再ログインしてきた。
「マジお待たせ。んでなんの話をしてたん?」
「ぬむ……おまた」
「いえ、ただ誕生日とかの話をしてただけです」
「ふーん」
うん、男の反応なんてそんなもんだよな。プレゼントが欲しいなんて図々しいことが言えるでもないし。おめでとうって言われても『別に?』って感じだし。
「ま、いいや。それじゃ続き行こうぜマジで」
その言葉で雑談会は終了。僕らは再度、森の奥へと進んでいくことにする。




