3 サボテンの強襲
「で、どういうゲームなんだ? これ」
とりあえずログインしたはいいが、どんなゲームかも知らないまま始めてしまった。
街の雰囲気から中世の欧州イメージの世界なのは分かるけど、そもそもどんなジャンルのゲームなのかすらも分からない。
ステータスから言ってもRPGなのだろうとは思うけど、もしかしたら、シュミレーションゲームとか、大穴で育成ゲームとかなのかも知れない。
……まぁ、無いとは思うけど。
「RPGだよ、にーちゃ。MMORPGっていうのかな?」
良かった。実はファーム系で、いきなり『牛を育てろ!』とか言われたらどうしようかと思った。
「ソレ、出来ないわけじゃないけど、生産系の――かなり特殊なヤツだよ。にーちゃ」
まぁ、鍛冶師とか薬師ならともかく、農業とか畜産業とかはRPGに絡んで来ないもんなぁ。
「で、とりあえず何処に向かってるんだ?」
未来の後を追うように、てくてくと街の中を歩いて行くが、目的地を聞かされてはいない。
「冒険者ギルドだよ、にーちゃ。まずは冒険者ギルドでチュートリアルだよ」
未来の話によると、たとえ生産系に進むにしても、とりあえずは冒険者ギルドに登録して冒険者になるらしい。
ゲームとしての正道はモンスターと戦闘して冒険する事だから、まぁ何をするにしてもまずは戦ってみろ。という事なんだろう。
「そういや、やけにあっさりとしたキャラクターメイキングだったな。外見と種族を決めただけだったしな」
ステータスの割り振りすらが無かった。職業もなし。
種族は無難に人族にしておいた。猫耳犬耳エルフ耳の生えた自分なんて見たくないしね。
「スキル制だからね、にーちゃ。どんなスキルを使ったとか、どんな戦い方や行動をしたかとかでステータスの伸び方が変わるんだよ、にーちゃ。だからレベルもないよ」
「ふぅん? じゃ、職業とかもないのか?」
ステータス画面を開いてみる。
しかし、そこにはしっかりと“職業”という欄があった。
「あれ?」
「そこは自分で好きに書くんだよ。パーティに誘うにしても傾向がわからないと誘いにくいしね。“タンク”って書く人もいれば、“盾”って書く人もいるし、“魔法使い”って書く人もいれば、“黒魔道士”とか“マジックユーザー”って書く人もいるよ。にーちゃ」
なるほど……そのプレイヤーの傾向だけでも分かれば、パーティを組むのにも判断材料になるってことだろうな。
「“勇者”はイタいかな……?」
「結構多いよ? にーちゃ。だけど、“勇者(自称)”とか“仮免勇者”とか、ネタに走ってるのが殆どだよ」
やっぱり正面から「俺は勇者だ!」なんて言える人間は多くはないか……
僕も異世界で旅した最初の内は「僕は勇者です」なんて自己紹介するのは恥ずかしかったもんなぁ……
とりあえず職業の欄は“器用貧乏”と入力しておく。
「未来は“治療法師”か……」
未来のキャラクター情報を表示してみると、“治療法師”との表示があった。いわゆるヒーラーというやつだね。
「うん、まぁ正式サービスからステータスリセットされてるから、まだヒールすら覚えてないヒーラーだけどね、にーちゃ」
オープンベータから引き継げたのはアイテムとお金だけなんだそうだ。
正式サービスから一度、プレイヤーの足並みを揃えてしまおうということだろう。だけど、ベータ参加者にまるで特典を付けないわけにもいかない……ということなのだろう。
「それにしてはなんだかパッとしない装備だね」
未来の装備は、白いローブにクリーム色のマント。それと比較的曲がっていない木の、小枝だけ切り落として整えた様な杖を身に着けていた。
どれも装飾の類は一切なく、なんというか……『ゲーム開始時に最初から持ってるお金で、とりあえず最低グレードの装備を一式で整えました』――みたいな装備だ。
未来がこのゲームを、オープンベータでどの程度プレイしていたかは知らないが、流石にこれよりは良い装備を持っている筈なのではないだろうか?
「装備するステータスが足りないんだよ、にーちゃ。持ってるけど使えない」
「ああ……」
どうやらこのゲームの武具は、ステータスで装備可能かどうか決まるらしい。
低レベルでいきなり強い武器を使ってヒャッハー! は出来ないわけね。
「それとにーちゃ、ここでは“ライム”だよ。私」
「おっとすまん。そうだねライム」
ネットリテラシーを忘れてはいけない。うん。
「本名とか呼ぶと、女の子のリアルの情報を得ようと、嬉々として寄ってくるヤツとか居るんだよ、にーちゃ」
「そういうもんか?」
――等と、会話しながら冒険者ギルドへ向かっていた僕達の前に、突如、赤毛をツンツンに立てた男が立ちはだかった。
「ライム! なんで正式サービス始まってから、今までログインしなかったんだよ!? だからリアルの連絡先を教えろって言ったのによ!」
「……こういうのが出るんだよ、にーちゃ」
「はぁ……」
どうやらその赤毛くんは未来の知り合いのようだ。オープンベータで知り合ったのだろうか?
「ログインしたなら俺んトコ来いってメールしてんのに、無視しやがって! なんで来ないんだよっ!」
赤毛の男は、初心者の初期装備よりは、少し立派そうな装備をしていた。おそらくオープンベータから引き続き二、三日前の正式サービス開始時からプレイしていて、ステータスがそれなりに高いのだろう。
背は高く190センチ程もありそうで、顔は恐ろしいぐらいに耽美――というか作り物めいていた。CGっぽいと言い換えても良い。
そしてその装備は赤一色。RGB値で説明すると、R255 G0 B0って感じだ。……正直、直視すると目が痛い。
「みら――ライム。この人は?」
「はぁ……オープンベータの時にパーティーを組んだことがあるカクトゥスくん」
「……サボテン?」
「うん、サボテン」
「無視すんなよ!」
僕と未来が小声で話し合っていると、それに腹立ったサボテンくんが声を荒げた。
「そもそもメールを無視してない。『他の人と大切な約束があるから無理』って返した」
「だから! そんなのバックレろって言ったじゃん!」
……ううん、こう言ってはなんだが、あまり良いお友達では無さそうだな。兄としては心配だ。
「そんなワガママ言われても、困る」
「用って、そこの初心者のおっさんの相手だよな? んなの放っといて行こうぜ!?」
「おっさ……!?」
まだ二十五だっての! 精神年齢にしても二十六だっての! リアル肉体は十六だっての! まだおっさん呼ばわりされる要素が一つもないっての!!
狼狽する僕を横に、未来は一つため息。
「十回」
「はぁ?」
「『ワガママ言わないで』ってこれまでに、もう十回言った。正直、これはもうブラックリストに入れても誰でも納得するレベル」
「はぁっ!? ンだよソレ!!」
「そうしてもう一回言う。『ワガママ言わないで』――これで十一回目」
“ブラックリスト”という、悪質ユーザーから身を守る為の機能がある。
ブラックリストに登録されたユーザーは、登録した側のユーザーからログイン探知も出来なければ、メールを送ることも出来なくなる機能だ。
早い話が着信拒否とかブロック設定である。
「しんっじらんね! んなダッセーおっさんと一緒にいてどーすんだよ!? ぜってー弱いぞソイツ!!」
いやね、初期装備だからダサいのは仕方ないでしょうよ? いわゆる“ぬののふく”だよ? これ。
そして弱いもなにも、まだ初期ステータスだからね? レベルで言ったら1だよ? このゲームにはレベル概念はないみたいだけど。
……顔はダサくないはずだ。イケメンを主張できるとは思わないけど、ダサくはない筈だ。……たぶん。
「にーちゃのがキミよりは強い。確実に」
「はぁ!? なに? マジ言ってんの?」
「おいおい……」
まだゲーム始めたばっかりだよ? スキルも何も取ってない初期状態だよ? 一般市民より弱いかも知れないんだよ?
「……そーかよ、んじゃヤろうぜ……俺が勝ったらお前――ライムは、ずっと俺の固定パーティーな? そのオッサンはぜってー入れねぇ」
「いいよ、別に」
「おいおい、ライムさんや?」
無理だって、そもそも僕は武器すら持ってないんだよ? 初期装備にはナイフすら無かったんだよ?
不安そうに未来に視線を遣る僕に、未来は耳打ちをする。
「大丈夫、このゲームはターン制とかじゃないし、プレイヤーの技量がだいぶ影響する。あのカクトゥスとも開始数日ぐらいならそこまでステータスに差はないハズ」
「あ、じゃあ勝てそうだ。確かに」
つい、口にしてしまった言葉に、サボテンくんは真っ赤になって怒ってしまった。ごめんよ。
「ハ……ハハハ、素人ってのは身の程知らずだよな。テメーのステータスと倍は離れてるんだぞ。スキルだってあるしな……」
「はぁ」
うーん、でもなんとかなるんじゃない?
「はっ! まあいいわ、さっさと始めようぜ」
そして僕の目の前に、PVP申請のダイアログが現れるのだった。




