38 ゲームを間違えてませんか?
足元がじゅくじゅくとぬかるむ沼地を奥へと進む。空は曇天。ゲームシステムでこの辺りは常に曇るようになっているらしい。
人気のない陰気な雰囲気の湿地帯を、にちにちとブーツを鳴らしながら歩く。
片手間に藪を見つけては石を投げる作業を続ける。
ヘビが潜んでいれば飛び出してくるし、居なかったら居なかったでそれだけの話だ。
さっき、ヒールヒルとも遭遇したが、太もも程もの大きさがある巨大なヒルだった。
うじゅるうじゅると気味の悪いヒルが、キラキラとしたエフェクトの回復魔法を使うさまはどうにもシュールだった……
ゲンゴロウも出てきたが、これが最悪。
成人男性サイズの黒くてデカい虫が、ねじり鉢巻をして、巨大なトンカチを持っているのだ。
まるでゴキ○リを思いおこさせるような黒い虫が襲い掛かって来る様は、人によってはトラウマになるんじゃないかと思われるヤバさだった。
こんなところに必須とか云われるアイテムの素材が出るとか……ちょっとキツ過ぎるだろ? プレイヤー人口が減るぞ?
「なあ……必須アイテムってなんなんだ?」
ゲンゴロウやヒルがどうしても駄目なプレイヤーは、プレイヤー同士の取引きで手に入れるにしても、それだけ需要が高くなるはずだ。
ならば安定して売れるアイテムが取れる場所として、ここに狩人が集中しても可笑しくない。
なのに実態はこの通りガラガラ。なんか変じゃないか……?
「にーちゃ、それはね……」
必須といっても代用品がないわけじゃないのかも知れないな。ただ、代用品よりもよっぽど便利だったりするなら“必須”と呼ばれたりする。火を起こすにも麻紐と火打ち石でも火は着くが、ライターの方が圧倒的に便利だ。そういった場合はライターが“必須”アイテムと呼ばれ――
「ひ・み・ちゅ☆」
あ、うぜぇ。ウチの妹うぜぇ。
そして解った。必須アイテムとか嘘だ。絶対ネタアイテムの素材になるんだ。
「よし……帰る」
「待ってにーちゃ。せめてボスを見て行こう」
…………ボスって、第一の街ダンジョンのボスガエルで苦戦したのに、それからステータスも装備も大して変わってない現状で第二の街のボスが倒せるのか?
「大丈夫。門番ボスのカエルは妙に強かっただけ。ここのは大したことない」
「そうか……」
まぁ人が少ないとは言え、まったく居ない訳ではないだろうし、ボスも倒されている可能性も高いが……
せっかく来たのだから、ボスが居るかどうかの確認ぐらいはして行ってもいいか。
「分かった分かった。それじゃボス探しに行くぞ」
――――
沼地を彷徨い、歩き回ること一時間。――その間にも気色の悪いヒルやゲンゴロウと戦い、テイルレッドスネークの素材も順調に溜まっていく。
これはライムに担がれたかな? と思い始めた時に、ちょっとした湖と言っていいような、巨大な沼――いや、池か?――にぶつかった。
「こんな所にこんな池があったか……?」
ボス探しの為にこの辺りはすでにぐるぐると歩き回っていた。
なのにこんな池を見た記憶はない。
「にーちゃ。これこそがボスの出現スポット……!」
どうやら、この池からボスが出るのではなく、ボスが出るからこそ、この池が現れるらしい。
ずもりと、濁った色の水面が隆起した。
そこから何かが飛び出してくる――
「アレがここのエリアのボス――」
――ザバン!
水音を立て、大きく跳躍したそれは、大人が目一杯両腕を広げたほどの大きさをした、菱形の――
「ヘルブナだよ!!」
「どんだけゲンゴロウ推しなんだよッ!! 運営ぃぃぃぃっ!!!!」
【ヘラブナ――別名ゲンゴロウブナ】
高難易度の相手として釣り人の間では認識されており、愛好家も多い。
釣りはマブナに始まりヘラブナに終わるという格言もある。
ちなみにHELLの語源は北欧神話の死者の国の女王の名だ。
その女王はヘル、もしくはヘラとも呼ばれる。
――が、ヘラブナのヘラは“箆”なのでそれとは一切関係ない。当たり前である。
――――
ばしゃん! と、ジャンプした巨大フナは、その姿を見せつけるとそのまま水面に着水。
そのまま水面下へ潜っていった。
「……で、アレをどうしろと?」
「釣る」
「無茶振り来たッ!」
ライムがすちゃっ! っと取り出したのは、一本の釣り竿。
何故、いきなり釣りゲーに……
「これ……ボスって言うよりヌシなんじゃ……」
「似たようなもの」
既にライムは池の中に釣り糸を垂れていた。
もう一本、釣り竿を取り出し、僕に向けて「んっ」と突き出している。
「ヘラブナ釣りって難易度が高いんじゃないのか……?」
「あくまでこれはヘルブナ。実在のヘラブナとは一切関係ありません。あしからず」
さいですか……
――――
二人並んで釣り糸を垂れる。細くて頼りない竿を寝かせて当たりを待つ。
周りは蒼然な沼地だが、これも釣りに来ているからだと思えば悪くない気がしてくるから不思議だ。
「にーちゃと釣りデートもいいかも」
「そうか? でも実際の釣りは朝早かったり夜遅かったりで大変だろ?」
別に昼でもいいんだろうが、僕の中の釣りのイメージとしてはそうなっている。
「イベント感があっていい」
「まあね」
「そして夜遅くならどんとこい。夜の闇。下がる気温に二人は身を寄せあい、薄暗いカンテラの光に誘われるように二人の影が重なり合い――」
「あ、引いてら」
竿を立て、ヘルブナに針を口に引っ掛ける。ヘラブナはアワセが難しい魚らしいが、これはヘルブナ――特に苦もなく竿に重みが掛かった。
「にーちゃ、『フィーッシュ!』って叫ぶのが様式美」
「知らんがな」
それで逃したら恥ずかしくない? 素人だよ僕……
僕の釣り知識は釣り○チ○平と釣りバ○日誌を少し見ただけの知識だ。釣りとかロクにした覚えがない。昔、伯父さんに連れられて行った海釣りぐらいだろうか?
竿に掛かる力はずしりと重い。
こんなちゃちな竿ではすぐにへし折れてしまいそうだが、そこはそれ……ゲームということだろう。
右に左に暴れまわるヘルブナをいなし、体力を奪ってゆく。
ヘルブナの動きが充分に弱まったところで、一気にたもとへ引き寄せた。
「にーちゃ」
それに同期して、ライムが玉網を持ち――
あれ? 違う、杖だ?
「釣り上げた後からボス戦。にーちゃも準備して」
「めんどくせー敵だなっ! おい!?」
―― …… ―― …… ―― …… ――
ヘルブナは宙を泳ぐ魚のモンスターだった。
闇魔法の【シャドウミスト】を口から吐き、視界を奪ったところで突進しての攻撃――
だがまあ、プレイヤーに釣りで手間を取らせた分なのか、敵モンスターとしての強さとしては大したことは無かった。
闇魔法で視界は潰せても、気配は残る(ゲームで気配を感じるというのも妙だが)
襲い掛かって来たところでカウンターを繰り返し当ててやれば、さほど手間もなく倒せた。
そうして倒したヘルブナを、ライムがしゃがみこんで眺めている。
「にーちゃ、魚拓を取る?」
「いらねーよ……」
ドロップアイテムや経験値は手に入ったのに、このヘルブナは消えずに残っていた。
……まさか、魚拓を取る為なのか?
「じゃ、自然にお帰り」
ヘルブナを池にドボンと還すライム。
え? なんで?
「ヘルブナはキャッチアンドリリースが基本だよ、にーちゃ」
「だから知るかよ……そんなもん」
どうにも頭の痛いエリアだ。誰だよ、こんなの作った奴。
「……帰るか」
「そうだね、にーちゃ。素材も集まったしね」
そうして僕らは沼地を後に、街に戻るのだった。
――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――




