33 石の街ロロクへ
『ゲコっ! ゲココっ! ゲコっ!』
ドッスンドッスンドッスン――と、重々しい着地音が連続して響いている。
まぁ、つまりはと言うと……
「ひいい! なんだコレは!?」
僕は全速力で逃げている。
背後には、元気にバウンドする巨大なカエル……
連続ジャンププレスというか、ただ飛び跳ねて追いかけられているだけというか……
「にーちゃー、それ多分暴走モードー」
「そんなのあるなら早く言えっ!」
「だーかーらー、ベータじゃなかったー」
「くそったれぇぇぇ!」
余計な追加してんじゃねーよ運営!
余計な機能を増やして使いにくくなったりバグが出たプログラムがどのくらいあると思ってんだ! 蛇足だ蛇足!
「アイダリン! 狙い撃ってくれ!」
残りHPは少しなんだ。アイダリンの魔法で十分倒せる。
「え……えぇっ? そんなに動いていたら狙えませんよぅ……」
「くそったれぇぇ!」
僕がどうにかしなきゃならないのか? 反撃するにも逃げるので手一杯なんだが?
……いかん、スタミナが切れてきた。脆弱な身体だなぁ、オイ!
「にーちゃ! 任せて!」
おお! 妹様に何か妙案が!?
「禁断の――『敵ヒール』!」
は?
キラキラとしたエフェクトがカエルの巨体を包み込む。
紛うことなく、あれは【ヒール】のエフェクトだ。
「なにやってんのお前ぇぇ!?」
「今だよ、にーちゃ! アイダリン! 一番強烈なのを一発!」
「へ?」
ああ……確かに……
カエルのHPを回復させたので、暴走モードが強制終了して、体色が元の岩色に戻ってる。
「お、押し込め!」
『サンダーボルト!』
『シャインブリッツ』
アイダリンの落雷魔法、ライムの光の銃弾が巨大カエルを襲う。
再度、みるみると体色を赤くするカエル。
「だが遅いっ!」
剣を振り上げる。トドメで隙を気にしないなら大技だって使える。
『パワースラッシュ!』
身体を操られる嫌な感覚。だが、振り下ろした剣は真っ直ぐにカエルの頭へ――
『ゲッキョォォォ!!』
三人の集中攻撃を食らい、断末魔の叫びを上げるカエル。
カチリと動かなくなり、その巨体が粒子に変わってゆく。
身体全体が粒子に変わった後、それはパン、と弾けるように拡がり、後には何も残らなかった。
「や――」
『やったぁ! 勝った!』
やっと終わった……
構えを解き、剣を納める。
「これでロロクに行けますね!」
ああ、ここから先に行けば次の街か……
ようやくって感じだなぁ。普通のRPGだと、割と簡単に二つ目の街になんて行けるのに……
「しかし、あの時……なんで毒状態になったんだろうな? 毒液は掛かってないのに……」
カエルが吐いてきたあの液体が毒液だったことは想像がつく、しかし、アレには一滴足りとも触れては居ない。
揮発したガスに触れた? いや、これがゲームである以上、そこまで理不尽なシステムとも思えない。そもそも呼吸のタイミングとも合わなかった。
「確かに変。にーちゃ、ちょっと実験してみる」
ライムがアイテムとして取り出したのは、緑色をした寸胴の瓶。
「今のカエルがドロップした【毒液】ってアイテム」
ライムは瓶の蓋を開けると、杖の先をぽちゃんと毒液に付けた。
みるみると顔色が青褪めてゆくライム。
「お、おい!」
「大丈夫、ただの毒」
ただの毒っていうのも、変な言葉だな……普通なら大事だよ……
「わかった。――多分、盾や剣にも『プレイヤーの身体としてのやられ判定』がある」
……えっと、つまり?
「格闘ゲームなんかで、武器を使うキャラの武器に、相手キャラの攻撃が当たって、何故か体力が減ったりするのと同じ」
むーん……
「このゲームでは、HPこそ減らないけど、状態異常の判定は起こっちゃうみたい。たぶん見落しバグ」
あれだ。鎧などの防具を着けているけど、その上から攻撃を受けてもダメージにはなる。鎧は防御力が上がるもので、ダメージを軽減はするが無効化するものではないからだ。だから鎧の上から攻撃を食らってもそれはダメージとなるのだ。
それと同じで、剣や盾にも本来はプレイヤーの身体の延長って判定があるらしい。
だが、剣で攻撃を防いだり、盾で攻撃を防いだ時には、ガード耐久値までのダメージ分はHPは減らないようにプログラムされている。
だけど、それに状態異常の判定を除外するのを忘れているんだろう――という話だ。
「運営……」
「バグ報告しとく。流石に変」
今は状態異常も少ない序盤なのでいいが、先に進んで麻痺やらの状態異常を使う敵が出てきた場合、タンクが攻撃を防いだのに麻痺に掛かるなんて現象が起きるだろう。
「送った。それじゃ行こう、にーちゃ」
「おう……」
「はいー」
―― …… ―― …… ―― …… ――
石の街ロロク
その名の通り、街の建物の全てが石造りで、足元には見事な石畳が敷かれている。
また、NPCには獣人が多く、元々は石を運ぶ人足に力の強い獣人を使っていたが、その人足がそのまま定住した――という設定らしい。
石の街といっても、グレー色の石ばかりではなく、様々な種類の石が使われているので、意外とカラフルだ。
まるでパステルで描かれたような、落ち着いた色合いなのに、カラフルな街。それが石の街ロロクだった。
「情緒があるね」
「はい。公式で画像を見てから、早くこの街に来たかったんですよ、あたし」
アイダリンは終始ニコニコ笑顔だ。
華の街ファアートは確かに綺麗で華々しかったが、アイダリンには落ち着かなかったのかもしれないな。
「にーちゃ、そろそろ……」
気が付けば、もう5時に差し掛かろうとしている。
夕飯の準備をしなくては――まぁ作るのは僕じゃないが……
「アイダリン。街に着いて早々だが、僕らは落ちるよ」
「あ、はい。では――」
【アイダリンから、フレンド申請が届いています。許可しますか?】
「YES――っと」
「じゃあ、また今度【創作魔法】を教えて下さいね、師匠」
「お、おう……」
といっても、教えることなんてほとんどないんだがな……
「またね、アイダリン。落ちよう、にーちゃ」
「はい、またー」
――ログアウト
――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――
「ん……」
現実に戻ってきて、まず気付いたのは甘い香り。
「ああ……そういえば」
未来のイタズラで、枕が交換されていたのだった。
意識が仮想に飛んでいた間も、この空気を呼吸していたのか……
そっとうつ伏せになろうとして、引き留まる。
このパターン……うつ伏せになった瞬間に未来がドアを蹴ってやってくるんだろ……?
――さあ、来るなら早く来い! こんな罠に引っ掛かるか!
…………
……
来ないな……?
僕の眼下には甘い香りの立つ妹の枕。
……いや、これに顔を埋めたら、変態だぞ?
さっきまでなら『いや、ちょっとVRボケしてた、あはは』で言い訳が付いたかも知れないが……
いやでも、ちょっとぐらいなら……
待て待て、そのタイミングを測って、未来が飛び込んでくるに違いない!
……来ないな。
では……いやまて|(略)
――――
「にーちゃ、遅かったね?」
「いや、まぁ」
キッチンには夕飯を作る未来の姿。
ふむふむ、今日は豚の生姜焼きか。
「それで、未来さんや? なんで僕の枕がソコにあるの?」
ダイニングの未来の席に坐すは僕の枕。
「うん、あれは」
豚肉をひっくり返すと同時に、妹様は僕の枕に近付くと、それを顔に押し当てる。
「すーはー、すーはー……」
そして深呼吸。
「……オイ」
「ごめん、にーちゃ。3分に1回は匂いを嗅がないと、禁断症状が出る躰になっちゃった」
「オイこら返せ」
「無理、中毒」
人を毒物扱いするな。この駄妹め。
「にーちゃも私の枕、くんかくんかしていいよ?」
「…………断る」
「かなり悩んだ」
「やかましい」
――生姜焼きは、ちょっと焦げてしまいました。




