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26 魔術師アイダリン

 日課のランニングを終え、未来と一緒に朝食。

 今朝はアジの塩焼きとなめこ汁。


 部屋を軽く掃除をし、シャワーで汗を流した後に“brand-new World”を起動。



――【“brand-new World”へようこそ】――



 ……っと、トイレに行き忘れた。

 即ログアウト。



――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――




 現実世界に戻ってくれば、VR機本体の前になにやら蠢く影が――

 ……まぁ、言わずと知れた妹様。その妹様がVR機に向かい何かをしようとしていた。

 その手に持つは外部メモリ……


「おい……」

「ひゃっ!?」

「何をしようとしてた……?」

「な、なにも?」


 すひーすひー、と鳴らない口笛を吹きつつ、外部メモリを背中に隠す未来。


「……はぁ、僕はトイレに行ってくる。イタズラするなよ?」

「ら……らじゃー」


 ――そうして、トイレを終えて部屋に戻ると、すでに未来の姿は無く、何故か僕の枕が未来の物と交換されていた。


「地味なイタズラだな……」


 構わず横になるとVR端末を被る。


「甘い匂いがするな……」



 それはともかくとして……今日の“brand-new World”が始まる。






――【“brand-new World”へようこそ】――







「ん? まだ未来がいないな」


 僕よりほんの少し先にログインしているかと思った未来が、まだそこにはいなかった。

 まさか、またイタズラを仕掛けようとしてるんじゃないだろうな? と訝しんでいる間に、未来がログインして来る。


「にーちゃにーちゃ」

「うん? お前微妙なイタズラやめろよ」

「にーちゃの枕、ヤバい。スゴい。にーちゃの匂いがする。クセになりそう」

「ちゃんと後で返せよ……?」



 ――――


 路地裏にログインした僕たち兄妹。さあ何をしようか? という相談の前に、視界の隅に表示される長方形のアイコンに意識が向いた。


「ん?」

「どーかした? にーちゃ」

「マイテからメールが届いているな」


 開けてみるとそれはマイテからのメール。発信日は昨日だ。昨日一日ログインしてなかったが、そのまま新着が保留されたままだったらしい。


「いまログインしてるね、マイテ」

「そうか」


 内容は『少し僕に用がある』との事。

 ならば、と返信を打つと、時を置かずしてマイテがやってきた。


「おはようございます。ライムちゃん。お兄さん」

「おはよう」「おはー」


 マイテの装備はこの間と一転して、茶色味の強い黄色の鎧と盾を装備していた。オオリクガメの素材から作った防具なのだろう。

 鈍い光沢を持つその防具は、金属と石の中間のような雰囲気を持ち、前回の木の盾と革の鎧に比べて一端(いっぱし)の冒険者の風格を放っていた。


「なんだか硬そうになったな」

「あはは……女子としてそう言われるのは微妙な気分なんですけど……おかげさまで防具ができました」

「にーちゃ、女の子に失礼」


 悪かったよ。別に腹筋が固くなってそうとかは言ってないし思ってもないよ。


「それでなんですが、オオリクガメの素材が少し余ったので、バックラーも作ってもらいました。ライムちゃんのお兄さんにどうかと思って」


「お? いいのか?」


 僕の盾は未だ木製のバックラーだ。名称からして“バックラー”と、基本装備感がスゴい。

 次に買い替えるとしたらこの盾にしようと思っていたところだ。


「はい、お世話になりましたし……」

「なら有り難く」


 マイテの差し出すバックラーを受け取り、装備してみる。


【亀甲のバックラー】

:土耐性(小)

:防御力 14

:ガード耐久値 46


「ぷっ……」

「……何か言いたいのか? ライム」

「亀……」


 うん、この盾、そのまんま亀の甲羅なんだよね。亀仙○のじっちゃんの背負ってるアレと同じ感じ。色は黄土色であそこまで派手じゃないけど……


「にーちゃ、服はカッコよくなったのに、他は悪化」

「うるへー」

「あ……あの、ごめんなさい!」


 いや、謝ることじゃないが……物はいいものだし。


「いや、ありがとう。なんとかそれなりの装備になってきたよ。元々、見た目より実用性重視の人間だしな」


 決してデザインが良いとは言わない。趣味が疑われる。

 もともと服装のセンスはないが、『センスが無い』と『センスが悪い』では天と地ほどの差がある。


「それなら良かったです……では、みんなを待たせていますので」

「ああ、ありがとうな」

「みんなによろしく言っといて、マイテ」


 ――そうしてマイテは去って行った。



 いつもの通り、ライムと二人きり。

 さてどうするかと口にしたら、ライムが東の森へ行くことを提案してきた。


「ステータスはあんまり上がってないけど、この辺の敵じゃにーちゃには相手にもならないしね。いちかばちか次の街に挑戦してみよう。門番ボス強いけど」


「そうだな……どうせ街と街は転送陣で移動出来るんだろ?」

「うん」

「便利なもんだ……」


 歩き、もしくは馬車でごとごとと移動していたあの頃の手間はないらしい。転送陣なんてモンがあったら魔王を倒すのに十年も掛からなかっただろう。

 ――いや、ある意味その時間も修行になってたわけだし、そうでもないか……


「では、東の森にれっつごー」





 ―― …… ―― …… ―― …… ――






 東の森。

 最初の街である『華の街ファアート』から次の『石の街ロロク』に行く為には、この森を通って行かなければならない。


 森とは言うものの、森と呼ぶには樹木が少なく、林と呼ぶには樹木が多い。割と見晴らしはいい場所だった。

 ゲームならではと言えようか、足元が腐葉土に埋まる訳でもないので、歩くのにストレスはない。と、言うか普通に人の通る道が出来ていた。



 出てくる敵は、以前戦ったレッサーコボルトとクレセントベアー。それと猪突課長というモンスターらしい。


「課長?」

「うん、課長」

「何故課長?」

「さあ?」


 話によると、体の模様が背広っぽいんだという。……よく分からん。


 東の森の人入りはそこそこ。まだ次の街へ挑戦できるほどのステータスに到っていない人が多いのだろうか? まぁ、夏休みに入って4~5日。サービスが始まってから見ても一週間かそこいらだ。まだそんなものなのかもしれない。


 以前にも戦ったことのあるレッサーコボルトとクレセントベアーを数体倒しつつ、森の中を進む。

 時折通り過ぎるパーティは大概フルメンバーばかり。みんな森を抜けて次の街に行く為に戦力を整えて来ているのだろうか?


「あ、あのー……すみません」

「ん?」

「もしかして……お、お二人だけのパーティですか……?」


 かけられた声に振り向く。

 森を進む人々が例外なくパーティを組んでいる中、たった一人で森の片隅にたたずむ魔女っ子がいた。

 下フレームの黒眼鏡と三角帽子にマントとローブ。

 瘤のついた木の杖を持ち、腰にはじゃらじゃらと、アクセサリーなのかアイテムなのか分からないものがベルトを通して沢山ぶら下がっている。


 三角帽子の下には、水色の垂れ目がちな、気弱そうな眼。

 髪は肩甲骨ぐらいの長さ。毛先が桜色で根本が金色のグラデーションの掛かったウェーブヘアをしていた。


 全体的に青っぽい色の装いで、魔女なのになんだか色だけ清涼感が漂っていた。


「ええ、そうですが?」

「あの……突然不躾なのですが、パーティに加えさせてくださいませんか……?」

「はぁ……?」


 なんなんだろう? と、ライムに視線を送る。


「不可解。パーティ募集なら冒険者ギルドの近くで呼び込みをやってる。東の森のクリア募集なんていくらでもある。なのに、なんでこんなところで一人?」


「で、ですよね……変ですよ、ね。ごめんなさい……」


 魔女の子からじわりと涙が滲んだ。

 あかん、何故泣く。


「解らんと言っているだけだ。理由ぐらい訊いてもいいだろう?」


「あ、はい……」




 ――

 魔女っ娘――“アイダリン”の話によると……


 アイダリンは野良パーティ専門プレイヤー。まあ、そこにポリシーとかはないらしい。ただ固定パーティを組むほど仲の良い人が居なかっただけだとか。それはいい――


 問題は、一昨日辺りから妙なプレイヤーに粘着――というかストーキングされるようになったんだそうだ。


 毎度毎度、彼女の入る野良パーティには必ずと言っていいほどそのプレイヤーが割って入って来て、なんのかんのとパーティの和を乱し、グチャグチャにしてゆく。


 その所為で彼女自身は悪くはないのだが、『彼女いる所に迷惑プレイヤーあり』と野良プレイヤー間で噂が広まってしまい、野良パーティ募集で門前払いをされるように……


 仕方ないので東の森の入り口で、なんとか入れて貰えるパーティを探し、やっとパーティに入れて貰えたところで件のプレイヤーが湧く。


 そのプレイヤーは、やっと入れたそのパーティメンバーとも一悶着(ひともんちゃく)を起こし、悪態を吐きながら一人で勝手に離脱。


 機嫌を悪くしていたそのメンバーは、アイダリンがトイレログアウトをしている間に、彼女を置いて先に行ってしまったらしい…………


 この場で、臨時戦力として他のパーティに入れて貰うにしても、通るのは既に準備万端で、戦力の整ったパーティばかりで、臨時で入り込むような枠はなく、途方にくれていたそうだ。

 ……いっそ帰りたくとも、こういう時に限って、“帰還の晶石”は買い忘れていた。



 ――


「聞いているだけでイライラする話だな」

「許せない、ソイツも、置いてったパーティも」


「あ、あの……」


「僕たちは二人しかいないパーティだ。この森がクリア出来るかどうかはわからん。それでもいいなら歓迎するよ。アイダリン」


「その馬鹿、知ってるヤツによく似てるから余計にイラっとする。アイダリン。その馬鹿が来ても、にーちゃに任せておけば大丈夫」


 いや妹よ。悪質プレイヤー対策とか、僕に期待されても困るよ?


「あ、ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……! もうあたし、こんななら、もうこのゲームやめちゃおうかと……」


 僕は辿々しくウインドウを操作して、アイダリンにパーティ申請を飛ばす。

 ノータイムでアイダリンが参加してきた。


「で、では、よろしくお願いします!」


「おう」「よろー」



 さて、それでは東の森の攻略再開だ。


 僕と妹、それにアイダリンを加え、僕たちは第二の街を目指すべく、森の奥へと進んでいった。



 盾ですが、基本的に、装備すると防御力が上がります(普通のRPGと同じ)

 その他、基本的に盾で敵の攻撃を防いだ時はノーダメージですが、ガード耐久値を超過するダメージの七割はダメージとして受けてしまいます。

 盾のガード耐久値が100として、敵の攻撃が170ダメージ与える攻撃(防御力により減退済み)の場合、盾で防いでも

(170-100)×0.7=で、49ダメージがキャラクターに入ります。


 この【ガード耐久値】は剣などの武器にも設定されていますが、そちらはマスクデータとして扱われています。がんばれ検証組。

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