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24 ライムの暴走

「おまたせ、にーちゃ」

「はいよ」


 教会前で待ちあわせて、ライムと合流する。

 意外と人の多い教会前だが、そんなにみんな信心深いのだろうか?

 ――なんて、リアルの宗教が入ってきていわけないよな。


「なんで教会には人が多いんだ?」


「死亡プレイヤーのリスポーン場所だよ、にーちゃ。私たちは使ったことないけど」


 ああ……なんだかバツが悪そうな表情の人が多いと思ったら、そういうことか……



「ああ、さっきこんなのを見つけたんだが――」


「?」


 ニゲラのブローチをポケットから取り出して、ライムに差し出す。


「花言葉が“未来”だってさ。気に入ったから買ってきた。貰ってくれるか?」


「にーちゃ……」


 嬉しそうなので大丈夫だろう。もしかしたらβテスターのライムには不要なアイテムかとも思ったが。

 ブローチをライムの胸元に着けてやると、それを手でそっと触れ、ライムが微笑む。


「クロタネソウは種の多い花――、だから子孫繁栄=未来という花言葉がついた……つまりにーちゃは私に『たくさん子作りをしよう』――と! そういうメッセージだね!? にーちゃ!!」


「イエ、チガイマス」


「そしてっ! ここは教会前! これはプロポーズだってことだよねっ!? にーちゃ!!」


「マッタク、チガイマス」


「ああ……兄は妹の身体を抱き寄せながら『子供はたくさん欲しいよね、だけどその為に、しなきゃいけないことがあるよね――』と兄は妹を優しくベッドに横たわらせた……『う、うん。子供を作るためだもん、当たり前のことだよね?』妹は恥ずかしがりながらも、兄の手を拒まない。しかし兄は『本当に? 僕はそんなの関係なく、お前と愛し合いたいんだけどな?』そう言った兄の口唇が妹の口唇に重ねられ、その指が妹の身体を弄る。『お、お兄ちゃん……わ……私も……』身体中を走る快楽に、妹は艶声を上げる。兄の指は妹の敏感な場所を執拗に何度も、何度もこねあげ、さすり、蠢き続ける。そうする度に、妹のその身体は兄を迎え入れる準備が整って――――」


「妹様、妹様」


 別の世界にトリップするライムの肩を、ちょんちょん、と突く


「にーちゃ、今いいとこ」


「周りを見ろ……場所を考えろ、場所を」


 辺りをぐるりと取り囲むように、プレイヤーの視線が僕らに集まっていた。

 さっき、人が多いって言ったばかりなのに……


「ぁ…………」


 ぽっ! っと爆発するようにライムの顔が上気する。

 そりゃ、公衆の面前で、高らかに脳内官能小説を朗読すれば、そうなるよな……

 右を見て左を見て、自分に視線が集中していることを確認したライムは、ギギギィと音を立てそうなぐらいにぎこちなく、僕の方に首を戻した。


「に、にーちゃァ…………」


「ほれ……来い」


「ぅぅぅ…………」


 コートの前を広げて見せると、しずしずとライムはその中に潜り込んできた。

 まるで外気から守るように、そのままコートで妹を包みあげる。


「そういう『ネタ』は、もうちょっと周りを見てからにしような!」


 周囲に聞こえるように、大きめの声で言うと、四方に軽く頭を下げて、その場を後にした。

 周りの人も、『まぁ、そういうことってあるよね、黒歴史乙』っていう生温かい目で微笑んでくれていたから平気でしょうよ。





 コートの中で二人三脚状態で街を歩く。

 ライムが腹に密着しているので実に歩きにくい……


「おーい、もうだいぶ離れたぞ? あんなん、みんなすぐ忘れるって」


 コートの下の、僕の腹がモゾモゾと動いた。


「もう……およめにいけないぃぃ…………」


 くぐもった声に、掛ける言葉はなかった……






 ―― …… ―― …… ―― …… ――






「はぁ……」


 人の通らない路地裏に入り込んだ僕は、建物を背もたれにして道端に腰を下ろした。

 いまだに僕の腹に埋まって影を見せない妹様の背中をぽんぽんっと叩く。


 ある意味、いつもの事なんだけどなー……と思いながら、【貴方はセクシャルハラスメント被害を受けている可能性があります。ゲームマスターに通報しますか?】というダイアログの【いいえ】をデコピンで弾き飛ばした。


 妹さんのいつものアレ。つまりは『にーちゃ大好き』は、一見無差別に見えて、意外と周囲にいる相手を選んでやっている。

 ただ、暴走する時もあるし、選ぶ相手を失敗することもままあるんだが……

 相手を選んだ例としてはマイテ、暴走した時の例としてはリンカといった所か。


 人気(ひとけ)が無いとはいえ街中。こうして妹をコートの中に突っ込んだままという状況に、他人の気配が気になって落ち着かない。

 宿とか自室とかの個室があるなら、そこに引っ込むんだけどなぁ……


 どうせ、宿なんて行っても不思議空間だろうし、自室とかいうシステムは無い。

 その内アップデートで追加されるかも知れないが、少なくとも今は無い。


 ならログアウトしろよって話だが、今の妹さんにそんなことを考える余裕はなさそうだ。


「未来ー、そろそろ出てこいー」

「やだ、ここが一番落ち着く」


 妹様はすっかりスネて、僕のコートの中に引き篭もってしまっておられる。



 仕方ないので、そのまま路地裏から、ぼーっと建物に切り取られた表通りを見る。

 路地裏の外の通りでは、プレイヤーが駄弁りながら歩き、NPCがせかせかと通り過ぎ、下品な笑い声、明るい声、苛立った声……色々な人の流れが見える。


「なあ、妹さんや」

「うん」

「左脇に、火傷の痕みたいなのあるだろ?」


 コートの内側で、ライムがモゾモゾと動いた。シャツの裾から手が突っ込まれ、脇腹を撫でる。

 冷たい手が這いずりこそばゆい。


「うん……それと切り傷も」


「――僕な? あっちに行ったばかりの時、ちょっと調子づいちゃってなぁ」






 ――


 ――勇者。

 聖剣を携え、魔王を倒し、世界に平和をもたらす、神の使い。


 だが、それが何故“勇者”と呼ばれるのだろう?


 聖剣のひと振りで、ばったばったと敵を薙ぎ払い、巨大な悪を一刀両断。

 みんなに勇者様、英雄様と呼ばれ、ちやほやされる。


 ――あの世界は、そんな甘いモンじゃ無かった。


 血を吐き、土を噛み、業火に焼かれ、死を乗り越え、それでも進む。

 そうでなければ“勇者”足りえない(・・・・・)



 それを理解していなかった僕は、勇者に戦闘経験を積ませるためにと、王国兵士に連れられて行ったダンジョンで、スライムと遭遇した。


 兵士が必死になって「逃げろ」と叫ぶのを、僕は「なんでこんな雑魚にビビってんだ?」と鼻で嗤った。

 なんなら、「もしかして、この世界の兵士の強さは、スライム以下がデフォなのか? やべぇ、僕無双じゃん」まであった。


 ……まぁ、結果――スライムに取り付かれた僕の腹は溶けかかったわけだ。





 ――


「そんでな?「聖剣ならばスライムも倒せます!」って兵士の言葉に、混乱してた僕は腹に聖剣をブッ刺したわけだよ。セルフ切腹だ」


 まぁ、切腹がセルフなのは当たり前か。


「…………」


 ライムの指先が聖剣の切り口を撫ぜる。


「意気揚々と出てった勇者が、大怪我して担ぎ込まれてきて、その理由が『聖剣で切腹』だぞ? そりゃ『なにしてんだコイツ……』って思われたんじゃないかな?」


 回復魔法が万能とは程遠いものだと知ったのも、その時だった。

 数日寝込んだ後、他人の視線を感じるのがとても恐ろしく、後ろめたく感じた。


「あの時ほど恥ずかしい思いしたのは初めてだったなぁ……あの後も兵士に稽古をつけられては転がされ、新米兵士に稽古をつけられても転がされ、仕方なしに連れてこられた庭師にも転がされたな」


 魔法の覚えも悪く。「これ、コイツに魔王とか無理なんじゃね?」と、誰もが思ったんじゃなかろうか?



「よく、魔王が倒せたね?」


 くすくすと鈴を転がすような笑い声がした。少しは気が紛れてきたかな?


「……帰りたかったから、な」


 僕が旅立つ時、剣聖アルベロス(当時はまだ剣聖では無かったが)が付けられたのも、僕が死んだら聖剣をちゃんと持ち帰って来るように、という理由も半分はあったんじゃないかな? と僕は思っている。


「ま、それに比べれば、さっきのぐらいどうってこと無いぞ? 三日経ったら『ああ、そんな子もいたかもなー』ぐらいにしか思わんって」


 知り合いの話でもなければ、そんなもんである。


 “さっきの”という言葉にビクリと反応したライムだが、そのまま大人しく聞いていた。


「失敗や恥ずかしい思いをしたことを、やらかした! って思える人の方が、僕は好きだよ。失敗を正すことは出来るからね。――認められずに開き直ったり、誰かの所為にしたり……そもそも気が付かない人だって多いんだから」


 もぞりもぞりと、ライムがコートの下から這い出て来た。

 ちょこんと正座する姿は、ちょっとスネている感じだ。


「……ごく最近に、夜に眠れなくて妹に泣きついた恥ずかしい兄の話もしようか?」


「……いい、よく知ってる」


 それから、二人で身を寄せ合って、路地裏でぼーっとしていた。


「にーちゃ」

「んー?」


「一番恥ずかしかったことって、なんだった?」

「んー……」


 そうだなぁ……


「現在進行形」

「なにそれ」


 妹様がくすくすと笑う。


「恥ずかしくても、止められないしどうしようもないこともあるんだよ」

「そうなの?」

「勇気がないだけかもな」

「勇者なのに?」

「魔王に立ち向かうより勇気が必要なことだってあるよ」

「そか」


 路地裏に隠れるように佇む僕らは、表の雑踏の外で消えそうになる。

 世界に取り残されたような、世界に忘れられたような錯覚。

 それが逆に心地よかった。



「そろそろ、寝よっか」

「うん、にーちゃ」


 人の波の外で、僕らはこの世界からログアウトした。






――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――

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