19 初めてのレアモンスター。それと謎の魔法
未来の用意した薬味の沢山入った素麺を食べ、シャワーを浴びて汗を流す。
昼食の片付けを終えた後に、また“brand-new World”にログインする。
――【“brand-new World”へようこそ】――
森の中に現れたのは僕一人。そして程なくしてライムがログインしてきた。
「にーちゃ、おまた」
「おまたもなにもないけどな」
さっきまで家に一緒にいたのだから、ログインする時間に大差など無い。
周囲をきょろきょろと見渡すライム。どうやらもう一人の姿を確認しているようだ。
「マイテはまだみたいだね、にーちゃ」
「ああ、そうだな」
マイテが来るまでは下手に動いても仕方ないので、その場に腰を下ろして待つことにする。
「あ、装備条件満たしたのに、替えるの忘れてた」
ライムの服が一瞬光ったかと思うと、その後にはライムの服装が変わっていた。
今までは特に特徴のないマントとローブ姿だったライム。
それが今はミニスカート丈の若草色のローブに変わっていた。妙にフード部分が大きく、そしてデコルテが丸々出てしまうほど襟ぐりが広い。足周りは膝下の黒タイツと黄茶色ロングブーツ。
それとレモンクリーム色のマント。マントというより、どちらかというとケープに近いかもしれない。
「どう? にーちゃ。可愛い?」
「おう、可愛いぞ」
兄としては、もうちょっと露出を抑えた服にしてもらいたいところだが……
「むー……心が篭ってない」
「そんなことはない。ただ、露出がな……」
胸元が大きく開いているので、胸の部分がゆるいライムだと、上から見下ろせば見えてしまいそうだ。……何がとは言わんが。
丈も短く、まるでミニスカートのようになっているので、少し派手に動けばこちらも下着が見えてしまうんじゃないだろうか。
「大丈夫だよにーちゃ。ゲームだから、どうしたって見えない仕様になってるんだよ。確実に見えるって角度でも、暗黒空間になってたり、謎の閃光が邪魔したりする」
「……へぇ?」
アバターとはいえ、リアルそっくりにしている人にとっては、そういうシステムがないと困るか……そう言えばエテモンキーの攻撃(?)も、そんな感じで見えないようにブロックされてたな。
「ほら見てて、にーちゃ。ちゃんと見えなくなるから」
そう言って、ローブの裾をちょんとつまむと、それをゆっくりとたくし上げるライム。
白く柔らかそうなふとももの上を、ローブの生地が滑るように移動する。
……おいおい、見えないとはいえ、その仕草だけで十分に青年男子を挑発するんだが――
「ぶっっっ!?」
「かかったな! にーちゃ!! にーちゃは下着ブロック機能の除外プレイヤーに設定しているのだ!」
「ばっかやろうっ! その除外からさっさと外せ!」
なんでこの子は僕をからかうのに身体を張るの……?
――……水色のドットプリントでした。
―― …… ―― …… ―― …… ――
「お待たせしましたぁ……」
「お帰り」
「おかー」
程なくしてマイテもログインした。
地べたに座り込んで待っていた僕らは、立ち上がり土を払う――ゲームだから土なんて付いてないけど……
癖というか気分的に、ね?
「お昼なに食べた? マイテ」
「冷やし中華でした」
「やはり、夏休みのお昼は麺類がジャスティス」
確かに、夏休みのお昼って麺類が多くなるよなぁ……冷やし麺とか、そんなに種類ないのに……
「お二人はなにを?」
「おそうめん」「素麺」
妹とハモった。ま、当然といえば当然だよな。おんなじもの食べてるし。
「あ、お二人は同棲してるんでしたっけ……そりゃ同じ物を食べますよねぇ」
「おい待て」
兄妹です。同棲じゃありません。超が付くほど重要ですから、そこ。
――ガッ!
「うん、その通り。愛し合う二人が同じ家に住み、同じ物を食べるって、素敵なことだよ、マイテ」
ほらぁ! 妹様が乗っかっちゃった!
マイテの手を握り、キラキラとした目で力説する妹様に、マイテも引き気味だ。
「あ、あぁ……ご兄妹でしたっけ? ごめんなさい。ぜんぜん似てないし、すごく仲が良いから、恋人同士と思い違いしちゃって……」
――ぐっ!
妹様が、マイテの手を握る力を強めた。
「そう! 兄妹でありながらも恋人。それが私たち! 酸いも甘いも苦いも塩っぱいも、辛いも脂っこいも知り尽くした私たちが愛し合うのは当然っ!! 幼少期から思春期という人生で一番多感な時期を一緒に過ごしているのだからッ!!」
おろおろと視線を彷徨わせ、目についた僕に助けを求める視線を送るマイテ。
……仕方ないな、もう地雷は踏むなよ?
「すべからく兄は妹を愛するべき! 妹は至高、妹は至宝! 愛し合う二人はいつか求め合い――」
「――こらっ」
「あだっ!?」
暴走する愚妹の頭にべしん、と平手を落とす。
「マイテが困ってるじゃないか。そういうのは僕だけにしておけ」
「――つまり、にーちゃはマイテに嫉妬してる!? 愛を語らうのは自分とだけにしろと――あだっ!!」
今度はゴチン、とチョップをかます。
「……落ち着いたか?」
「……うん、にーちゃ。わたしたちは兄妹だもん。偲ぶ愛だよね」
イマイチ戻ってない気もするが……まぁ大丈夫だろう。
――――…………
「さて、奥に進もうか」
森の奥にはボスモンスターが出現するらしい。
MMOなので誰かに倒されてしまっていれば出てこないのだが、運が良ければリポップしたボスと戦うことが出来る。
とはいえ、そのリポップを想定して張り込んでいるパーティもいるそうだが……
――数度の戦闘を繰り返しながら森の奥地へと進む。そうして奥の方に進むたび、他プレイヤーの数が、ちらほらと目につくようになってきた。
「ボス待ちかね?」
「たぶんそうだね、にーちゃ」
ボスの経験値は多く、素材アイテムも独自のものを落とす。そしてレアアイテムを落とす率も高い。
なので出待ちのプレイヤーにあっという間に狩られる運命にある。
ボスのリポップ自体は、エリア内の一定の範囲からランダム出現なので、運さえ良ければ出会えるのだが――
「こりゃ、少し戻った方がいいかもな……」
「うん、プレイヤーが多くてまともに戦闘出来ないね」
奥に進めば進むほど、プレイヤーの数が多くなってきた。
通常モンスターもプレイヤーとすぐに交戦状態になって、手の出しようが無い。横殴り云々で争いになるのも不本意だ。
「戻りますか……?」
「そうしよっか?」
『――ああ! くそ! “クイーン”にまた逃げられたッ!』
そこに他プレイヤーの会話が耳に入り込んできた。ついついと耳を傾けてしまう。
『――アイツ逃げ足早すぎ! あんなんどうしろってんだ』
『――まぁ……しょうがないわ。いいじゃん所詮“クイーン”なんだし』
「ん……? ライム、“クイーン”ってのがボスなのか?」
「ううん、ボスは“フルムーンベアー”だよ。“クイーン”はレアモンスターだね」
「ふうん?」
通常モンスターとは違う、出現率の低くレアモンスターがいるらしい。
ボスとまでは言わないが経験値が多く、固有のレアアイテムを落とすことが多いそうだ。
「ま、いいかそれじゃ戻ろう」
「はいはいさー」
「はい」
――……
ボスのポップする区域から離れ、周りに他のプレイヤーが多くない場所まで戻ってくる。今回のメインはマイテの装備用のオオリクガメの素材集めなので、わざわざボス目的のプレイヤーに混じって獲物の取り合いをする必要はない。
――と、プレイヤーの少ない場所を見繕って、亀狩りを再開しようとした時だった。
「出たよにーちゃ! “クイーン”だ!」
「えっ!?」
「あ、ホントだ……!」
目の前には五体のモグモグ男爵。それ以外の敵の姿は無い。
どこだ? なんだか普通のMOBばっかりに思えるんだが?
「にーちゃ、男爵の中に混じってる」
「なんだと?」
僕は目を細め、モンスターの頭の上に出る名称を注意深く観察してみた。
【モグメークイーン】
「おい」
「しっとりもちもち、デンプン質が少なくて煮崩れしにくいアレだよ」
その“クイーン”かよ! 男爵とまったく見分けがつかねーよ!
……と、よく見ると、クイーンの方は頭が若干細長く、しっぽから生えた花の紫味が強い。
……分かるか! こんなん!
「にーちゃ! クイーンは男爵を囮にして、すぐに逃げるよ! 速攻して!」
「お、おう!」
「ば……『バッチこぉーい』!」
――マイテの【ウォーハウンド】によって、マイテに群がる雑魚を迂回し、モグメークインに接近する。
メークイーンに走り寄り、ショートソードを抜剣。そのまま勢いをつけて躍りかかる。
「っふッ!」
横に薙いだショートソードが煌めき、メークイーンの胴体を切り裂く、が――
「――ちっ、浅い!」
先程の訓練で振り回していた剣の感覚が残っていたのだろうか?
普段の訓練で使っている剣よりも刃渡りの短いショートソードでの一撃は、メークインの胴体を浅く薙いだだけで、クリーンヒットには程遠い一撃になってしまった。
「逃げだすよ! にーちゃ」
「分かってる!」
マイテにまとわりつく男爵の一匹を、杖で殴り飛ばしていたライムから声がかかる。
既にメークインは穴を掘り始め、その中に身を隠そうとしていた。
「早い!?」
地面がまるで豆腐かと錯覚するほどに、メークインの穴を掘る速度は早い。
急いで剣を突き立てようとした時には、既に身体全体が穴の中に収まってしまっていた。
「クっソ!」
いや、まだ手はある。さっきも男爵相手にやったはずだ。穴の中に直接魔法をぶち込めばいいんだ。
――ええと、なんていう名前の魔法だっけ? クソっ! そんなことを思い出している内に逃げられちまう――!!
「リ……“リアマグレル”!!」
手の平から炎の礫が飛び出し、クイーンの逃げて行った穴の中へ吸い込まれて行く。
――程なく爆発音。くぐもった悲鳴を残し、もぐら穴が粒子となって消えた。
「間に合ったか!?」
――ん? アレ? “リアマグレル”?
「にーちゃ! 終わったならこっちも!」
「お、おう……」
盾を構えているだけで、ほとんど攻撃はしないマイテと、治療法師のライムでは敵を倒すことが出来ずにおろおろしている。
――僕は恐る恐るモグモグ男爵の一匹に狙いを定め、ある呪文を口にした。
『“テーラランサーズ”』
槍となった二本の土塊が、モグモグ男爵の足元から現れ、男爵の身体を貫いた。
キュイイと悲鳴を上げ、光となって四散する男爵。
「ま、魔法が――……使えた?」
それは、僕が勇者として戦っていた頃の――異世界の魔法だった。




