18 お昼の一間
「そろそろお昼だね、にーちゃ」
「おっと、そんな時間か」
そうしてオオリクガメを探して北の森の中を徘徊。狩りを続けていると、それなりの時間が経ってしまったようだ。
ウインドウを開いて時刻表示を確認してみると、時刻は午後を回る三十分前だった。
「一旦ログアウトしようか、マイテもお昼に行くだろう?」
「あ……はい。おなか空いてきました」
「じゃ、落ちようにーちゃ。マイテ、また後で」
「はい」
そうして僕たちは一斉にログアウトする。
ちなみに、VRでないネットゲームは、ログアウトする場所によって不都合が生まれたりするが、VRゲームは安全性もろもろを考慮して、何時でも何処でもログアウト可能らしい。
まぁ、没入している時は寝ている時以上に無防備だし、ディスプレイ型の普通のゲームと違って、トイレに行くにもログアウトが必要だしね。
一応、セキュリティとして、家に誰かが入った時に警告、部屋に誰かが来た時には強制ログアウトするようになっている。
まぁ、家族などにイチイチ反応しても困るので、どちらも個別に除外登録が出来るのだが……
――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――
ログアウトすると、VR機がビジョンモードへと移行する。
目の前に浮いたウインドウ以外は普段の僕の部屋と同じ景色が現れ――
「いっ!?」
――と思ったら、僕の横になにやら異物が!
横たわるソレは、紛れもない――僕の妹の未来だった。
「お……お前は……いつの間にっ!」
僕の隣で悩ましげな表情で寝そべる妹に、僕は焦る。
咄嗟に、未来の肩に手を置いて、距離を取ろうとする――
しかし、僕の手は虚しく空を切った。
「はへ?」
どばーーーん!
……と、派手な音を立ててドアが開かれる。
そこからやってくる、もう一人の僕の妹様。
「かかったな!? それは『萌え萌え立体添い寝アバター作成アプリ(フリーソフト)』を使って作った、私の分身だよ、にーちゃ!!」
「人のVR機にイタズラウイルス仕込むな! この蒙妹がっ!!」
駄目だこの妹、アタマ痛い……
洗濯にやけに時間が掛かったと思ったら、こんな工作をしてやがった……
「ちなみに数パターンからランダムで出現。レアはスク水! 妹のスク水だよ!? にーちゃ!」
「知るかっ!! 消すぞこんなモン!」
「……ちなみに激レアは、ちょっとムフフな妹だよ?」
「……グっ!?」
いやまて、妹だぞ? 妹のムフフな立体映像を見たって、それがどうだってんだ……!?
「そう、ただ妹がイタズラソフトを入れただけ……そのVR端末を着けているにーちゃ以外には誰にも見えないしわからない。『機械オンチだから、消し方がわからないなー』って口にするだけで、ムフフな立体映像が、いつかはにーちゃの隣に――!!」
「ぐ……グゥゥウウ!!」
――消しました。
……ほんとですよ?
―― …… ―― …… ―― …… ――
まぁ、そうは言ってもなんだかんだで、妹をVRセキュリティの除外項目から外そうとは思わないんだが……
お馬鹿なことはするが、本当に実害のあることなんてしないしね。
たぶん、未来も僕をセキュリティ除外項目に入れているだろう。
……年頃の娘さんとして、兄とはいっても、もうちょっと警戒しても良いんじゃないかとは思うが……
「にーちゃー、お昼、おそうめんで良い?」
「おー、頼むー」
僕は庭に出て、剣と盾を構える。もちろん、本物ではない。
盾はインターネットショッピングで|(Amaz○nなんでも売ってるな……)
剣はバスタードソード。これは鎌倉の某店で買ってきたものだ。帰りに未来としらす丼を食べてきた。
目を閉じ、ひとりの男をイメージする――
2メートルにも届かんとする巨大な体躯。
並の兵士では持ち上げるのもやっとの巨大な両手剣。
身体の要所だけを覆った簡素な鎧。
燃えるような赤金色の髪に、意外と人懐こい金の眼。厚い唇はいつも不敵に笑う。
“剣聖”と呼ばれた男――
剣士アルベロス。俺のかつての仲間だ。
ゆっくりと瞳を開ける。
俺の家の庭には不釣り合いな鎧姿の男がそこに立っていた。
「いくぞ、アル……」
『おう、来いや』
俺が剣と盾を構えなおすと、アルベロスは不敵に笑い、両手剣を鞘から引き抜く。
――ダッ!
まずは踏み込んでの突き。
軽くいなされる。
『おい、遅いなぁ……もっと足腰を鍛えろ』
「分かってんよ!」
剣を右に薙ぐ――逸らされた。
盾で殴りつける――半歩届かない。
瞬発力が足りない。
『今出来る動きをしろ、勇者の時のお前の身体じゃないんだろ?』
「くっそ! 一度身に付いた動きがそうそう直せるかってんだよ!!」
轟っ――と横に振られる両手剣を、身体を伏せて躱す――
『ほい、隙だらけ』
「うぐっ……」
屈んだところを前蹴りで蹴飛ばされて、惨めに転がる。
『動きが大きすぎる。そんなに屈んだら、すぐには動けないだろ?』
「そんなデカい剣がぶんぶん振り回されてたら、誰だってちょっとは怖気づくわ!」
握り込んだ砂利を、アルベロスの顔を目掛けて投擲する。
素早く半身になり、身を仰け反らせて回避するアルベロス。
その隙を突くように、横身になったアルベロスの背中側に剣を振る。
『遅い遅い』
カニ歩きで間合いを空けられ、剣は空を斬る。
「ちいっ!」
追撃に蹴り。剣士が躱し難い足元への攻撃――
『足元を気にしすぎ』
「がっっ……!?」
蹴りが届く前に、頭を殴り飛ばされる。
巨大な両手剣を安々と振り回す腕力で殴られた俺は、もんどりを打って倒れた。
『おいおい、魔法はどうしたんだよ? 砂礫じゃなくて“リアマグレル”だろ? そこは』
「こっちにゃ魔素なんてねーんだよ! このファンタジー脳がっ!」
『あ、そうだっけか? 不思議なとこだな、そこは』
完全に手玉に取られている。クソ! アルベロス本来より、五割以上弱く想像しているのにっ!
『まだまだってことだな。つか、剣しか使えないなら、現役勇者の時でも五割でいい勝負だったんじゃねえ?』
「うっせぇな! その通りだよ!」
身を低くし、盾を構えて突進。
俺をあしらうアルベロスは、両手剣を片手で持ったまま。
いくらアルベロスとはいえ、全体重を乗せたシールドチャージと片手で振った剣では、俺の方が圧し勝つはずだ。
『うおっと、不意打ちか?』
「遊んでいるお前が悪い!」
体当たりは難なく躱されたが、迎撃体勢の整っていないアルベロスに、続けざまに剣を振り下ろす――
「あ――」
剣を振り下ろした瞬間、歪む幻影――
僕は剣を取り落とした。
現実の波が一気に僕を襲いかかってくる。
真夏の太陽の光――蒸した草の香り、身体を濡らす汗の匂い。
ひたひたに汗で濡れたシャツが肌に張り付き、額から流れる汗が顔の輪郭をなぞり、首を伝わって流れる不快感。
――僕は今、独りで庭先に立っている。
「にーちゃ、おそうめん茹で上がったよー。――どうかしたの?」
「……いや」
煮えくり返るような苛立ちが、僕の奥から沸き上がるが、未来に当たっても仕方ない。
――くそ、アイツがこんなに憎いと感じたのは初めてだ。
転げ回った時に付いた土を払い、剣と盾を外し、家の中に戻る。
「にーちゃ、機嫌わるい? なんかあった……?」
「ああ、ちょっとな。でも大丈夫だ」
イメージがブレた。十年も一緒に旅してきたアルベロスなのに、一瞬とはいえ……途中で雑なイメージが紛れ込んでしまった。
最後の一撃――
呆気なく僕に斬られたのはアルベロスなどではなく、“自称”ソードマスターのサボテン野郎だった……
鎌倉の例の店には入ったことがありません。
模造刀はなんやらの合金で出来ていて、『研げば使える』物は駄目なんだそうですが、西洋剣もそうなんでしょうかね?
もしかしたら、西洋剣の場合、研いでも使えない合金製でもアウトかも知れませんが、かといって木製の剣やらアルミ製の剣だと重さが足りなさそうですし、自作ってのもどうかと思ったので(銃刀法違反ですしね)普通に『模造刀の西洋剣バージョン』だと思ってください……