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14 ハヤト少年と姉

「ふぁあ――……」


 朝の五時、僕は起床する。

 昨日はなんだかんだで寝るのが一時近くなってしまったので、寝不足の感は否めない。


 夏の朝は早い。カーテンを開けると、すでに青色に変わった空が窓の外に広がっていた。


 部屋着から上下ジャージに着替え、洗面所へ。

 冷水で顔を洗ってから、顔を拭いたタオルをそのまま首に掛ける。


「行ってきます」


 玄関でスニーカーを履き、小声で外出の挨拶を呟くと、僕は家の外に出る。


 夏とはいえ、朝の五時はまだ気温は然程でもない。

 身体を温める程度に走り出した僕は、眠気が醒めた辺りでペースを徐々に上げる。


 この街はど田舎という程ではないが、それなりの自然が残っている。

 ウォーキングをしている人、畑仕事に来た人、犬の散歩をしている人。それぞれと挨拶を交わしながら走る。どなたもそれなりにお年を召した方ばかりだ。

 たまに僕と同じくランニングをしている人にも会うが、あまり遭遇率は高くない。


 住宅街を抜け、河沿いの土手道を走り、橋を渡って逆側を帰ってくる。それが僕のいつものランニングコースだ。

 途中の公園でストレッチと筋トレを行い、帰ってくるのは六時半。


「ただいまー」


「お帰り、にーちゃ」


 その頃には未来も起きていて、朝食の準備を始めている。

 シャワーで汗を流し、着替える頃には朝食が出来上がっている。


「ちょっと眠いね、にーちゃ」


「夏休みなんだから、もうちょっと寝ててもいいんだぞ?」


 昼夜逆転するほどはどうかと思うが。


「にーちゃのご飯は私が作る。毎朝私の味噌汁を飲んでくれ」


「いや、味噌汁ないじゃん……」


 そんな会話をしながらハムエッグトーストを囓る。うちの朝はパン食が多い。


「お洗濯しちゃうから、そしたらぶにゃしよ、にーちゃ」


「ぶにゃ?」


「“brand-new World”」


「ああ、了解。洗濯手伝う?」


「二人分のお洗濯に手伝いもなにもないよ、にーちゃ。私のパンツを干したいというなら私にも考えがあるよ?」


「いや、すまなかった。もういい」


「妹パンツを欲すにーちゃには、私が今履いてる白黒ストライプをプレゼンツ。応募者全員にプレゼント。

 応募資格:未来の兄であること。

 注意事項:弊社では、品物の鮮度に細心の注意を心掛けています。ご使用後は定期的にご返却下さい。すぐに新しい物と交換致します。なお、交換時には色、柄の指定はできませんのでご了承下さい。

 Presents by I MO U TO」


「昨日からパンツネタが多いな!? この痴妹!!」


 以前、棒知恵袋に『妹にセクハラされるんですがどうしたらいいんでしょう?』って質問したら、『氏ね』『妄想乙』とか書かれたんで勘弁してください。

 そしてマジに家庭相談センターを紹介してくれた方、ありがとうございます。ベストアンサーとさせていただきます。

 ただ、そこまで深刻な状況ではありません。育成方針を相談したかったのです。他はすごくいい子なんです。ほんと!!



 朝食を終え、二人分の食器を洗ってから、歯を磨く。歯は大事。異世界にはロクな虫歯治療は無かったからね、マジ。


「じゃ、先にログインしてるからなー」


「はーい。お洗濯干したら、私もすぐ行くよ、にーちゃ」


 自室のベッドに横たわり、エアコンを付けてから、VR機を起動する。

 ……例のファイルは、うん、まだ取っておこう。消すのはいつでも出来るしね。





――【“brand-new World”へようこそ】――





「――っと……」


 街の噴水前にログインした。

 ただのオブジェクトではなく、この噴水にもRPG的な役割がある。

 ここに一定額のお金を投げるとHPやMPが回復するのだ。

 HPやMPが減った状態で噴水前に立つと、【回復しますか?】とダイアログが出て、減少量に見合った金額が表示される。それに【はい】を選択すると、手の平からぽぃーんっとコインが噴水の中に飛んでいって、回復されるのだ。

 ……あれ? お金って紙幣じゃなかったっけ? 結構いいかげんな設定なのか?


 それはおいといて、RPGの回復場所と言ったら宿屋が一般的な気もするが、オンラインゲームはそうでもないんだそうな。


『宿屋で回復』だと、宿泊して身体を休めるから――という理由での回復になるが、その場合では時間経過がキーになってしまう。


 オフラインゲームならばそういった『空白の時間』も違和感なく演出できるが、リアルタイムのオンラインゲームだと、宿屋に行った→即回復だと、どうにも説得力に欠けるらしく、宿屋というシステムはまず使われないんだ――と、妹様が言ってた。


 うん、どうでも良かった。



 さて、と……ライムがログインするまで、少々の時間があるが、どうしようか?


 昨日行った西の森は、結果的にレベルに見合わない荒行になってしまったので、お金もかなり入ったし、ステータスも一気に上がった。

 武器はまだいいにしても、一応スキルを見ておこうか?


 近くにいた人にスキル屋の場所を訊いてから、スキル屋へと向かう。

 一番最初の買い物の時に一応覗いたはずなのだが、あの時は旅道具がどこにも売っていないことに焦っていたので、どこに何があったのやら覚えてはいない。

 そもそもスキルなんて『何だこれ? わけわからん』ぐらいにしか思ってなかっただろう。

 道具屋の斜向かいに建つスキル屋に向かう。

 どうやらNPC店のほとんどは冒険者ギルドの近くに固まって建っているようだ。






 ―― …… ―― …… ―― …… ――






「さっぱり分からん……」


 相変わらずの謎空間だったスキル屋から出てきて、僕は呟く。


 確かに色々な種類のスキルはあったが、説明書きが『一瞬で敵に接近して強烈な斬撃を見舞う剣撃スキル』――とかばかりで、具体的にどんなものかさっぱり分からなかった。


 ちなみに今の説明は、サボテンくんの使っていた“アクセルスラッシュ”だ。

 ……一瞬? 一瞬だったか?


 攻撃魔法にしても、単発系、貫通系、ウォール系、エンチャント系、設置系等々――色々あって何がどんなものなのか、さっぱり分からん。


 ……僕の情弱ぶりがハッキリしてしまったところで、『これはライムに訊いてからのほうがいいだろう』と、早々にスキルは諦め、僕は他を回ることを決めた。






――――――


 ――“市場街”と呼ばれる区画がある。

 その名の通り、様々な物が売られる市が立つ区画だ。


「おお、結構盛況してるな!」


 通りにはプレイヤー、NPCが共に溢れ、品物を売買している。

 ここでは生産プレイヤーが製造した品物を売ったり、戦闘系プレイヤーも不要品を売ったりするのだ。

 

 NPCへのアイテムの売却価格が通常販売価格の1/10と妙に低いのは、こういった取引きの場を活性化させる為なのだろう。


 また、ここにはNPCの開く店もあるが、その多くは『アイテムとして扱われない』ものを売っていて、購入自体が出来ない。賑やかしのためのエキストラモブキャストとしているのだろう。


 ただし、アイテム購入が可能なNPCの露店がたまにランダムで出てきて、そこには掘り出し物などが売られる場合もあるらしい。



 ――以上、ライムさんから聞いた話でした。

 僕の知識の九割はライムからの知識だね。


 果物や野菜を売るNPC屋台の横を抜け、周りを見回す。


 前回のテンパりながらの買い物の時は、この場所には足を踏み入れては居なかった。

 流石に何もかもが乱雑過ぎて、ライムを待たせていた手前、ここを見て回るほどの時間は取れなかったのだ。流石に冒険するゲームで、旅の必需品がNPCショップに売られていないとは思わなかったしね。



 取りあえず今回、探すとしたら防具だ。

 ライムに大笑いされた駆け出し冒険者ルックから、少しはマシなものにしたい……いつまでも“ぬののふく”では格好が付かない。


 時間があるときはこうして市場を見た方が、掘り出し物が見付かったりする、と、ライムに聞いていたのでこうしてやってきたのだ。


「防具ー、防具ーっと……」


 キョロキョロと見回すが、それらしき露店がない。

 NPCの防具屋で買ったであろう既製品――もう不要になった中古防具を販売しているプレイヤーはいるものの……ああいうのは下手をすると「NPCより高い値段で売る初心者騙しがいる」とのこと。

 定価をロクに憶えていない僕は近寄らない方がいいだろう。




 そうして市場をウロウロしていると――


「あ! ユーシさん! おはようございます!」


 と、どこかで聞いた声が掛けられた。

 うん? 僕の名前で呼ぶ知人はこのゲームにはまだ居ないと思うんだが……?


 リアルの知り合いだとすると――

 ……いや、僕の下の名前を覚えている知人が同級生にいそうにない。それ以前にリアルとは外見も結構違うし、見掛けても声をかけられることは無いだろう……


「こっちです! ユーシさん!」


 と、声の主を見ると――


「ああ、君か」


 昨日武器屋の前で会った、ハヤト少年だった。

 そうか、あの時の取り引きウインドウに名前が出たから、僕の名前を覚えていたのか。よく考えれば、僕がハヤト少年の名前を知っているのも、取り引きウインドウを見たからだったしね。

 まぁ、頭の上にふよふよ浮いている名前を見るのも可能だが、常に他人の名前が見えている状態だと、地味に目障りなので、普段は視認オフにしている人が多いだろう。


「おはよう、ハヤトくん」

「はい! おはようございます!」


 ハヤト少年は露店のひとつ――その店側に居た。

 取り扱っているのは……服? だろうか?

 はて、ハヤト少年は生産系も修めているのだろうか?


 ……いや、そんな感じはしないなぁ。

 そもそも250Eの盾ひとつを間違えて購入して落胆していたのに、露天とはいえど、こんな立派な服屋を開ける資金があるとも思えない。


「あはは……ねーちゃんの店の店番をさせられていまして……」


「ああ、なるほど……」


 この店ハヤト少年のお姉さんのお店らしい。

 訊くと、ハヤト少年のお姉さんはベータテスターだったんだそうだ。ハヤト少年自体はやはりゲームを始めたばかりだとのこと。


「それで、昨日のクエストは上手くいったかい?」

「あ、はい! おかげ様で! HPが2とかなってビビったこともあったんですけど、コレが買えたおかげでなんとか大丈夫でした! ありがとうございます!」


 そう言って、昨日は装備していなかった革鎧の胸を、ぼんぼんと叩くハヤト少年。

 きらきらとした笑顔で、僕を迎えてくれる。


 …………やべぇ、この子カワイイ。

 明るいし、素直だし、元気だし……


 是非とも、ウチの妹様と交換――


 ……は、しなくていいや。

 ごめんよ、ハヤトくん。案外愛しているんだよ、あの妹さんを。


 でも持って帰りたい。この子。


「それは良かった。こっちも盾のお陰でなんとか凌げたよ、ありがとうね」


「はいっ!」


 ニコニコ笑顔のハヤトくんに癒されつつ、店の商品を眺める。

 ユーザーショップらしく、凝ったデザインのものが多い。ユーザーが作るアイテムは、ある程度のデザインの自由が利くらしい。

 だからと言って、ショートソードのはずなのに両手剣ぐらいにデカい剣――とかは作成不可能らしい。その場合は種類が両手剣になるか、アイテムとして成り立たない場合は『失敗(ファンブル)』扱いになる。


 ハヤトくんのお姉さんの店を一通り目を通してみる。やはり服かちょっとした装飾品――それも女性向けのものが多いようだ。


「ハヤトくんのお姉さんは服屋なのかい?」


「あ、はい! アパレル関係の仕事を――」


「こら!」


 ごつんっ! と鈍い音を立ててハヤトくんの頭に振り下ろされる拳骨。


「ってー……」


「勝手にリアルの情報を漏らすんじゃないよ、この馬鹿弟が」


 ハヤトくんに拳を振り下ろしたのは、鋭い切れ長の眼をした、大人っぽい女性だった。

 女性らしい豊満な身体付きをしていて、身体の線が出るタイトな服を着ている。

 髪は黒に近い濃い紫(ディープパープル)の長髪。

 全体的に黒っぽい濃い色で統一されており、口に咥えた細長い銀のパイプ――いや、あれは煙管か――が、妙に目立っていた。


 元々、『ゲーム内で』服屋をしているのか訊くつもりだったのだが、どうやらリアルでも服飾関係の仕事をしているようだ。



「悪いね、お客さん。さっきのは聞かなかったことに――」


「ああ、構わないが……」


 ――と、そこまで口にして、女性の身体は急に()の字に折れ曲がった。


「ど、どうした!?」


「ク……ククッ……クッ……!!」


 咥えてた銀の煙管がポロリと落ち、乾いた音を立てて地に落ちる――


「カハッ……! ハッ!! アハッ! アハハ……!! ナニソレ! ナニソレッ!! いかにも『オレは……十年はこの道で喰ってるんだぜ?』っていう冒険者風の顔なのにっ!! 恰好は駆け出し冒険者まる出しってッッ!! ナニソレ! ナニソレッ!!」



 ……むーん。



「ちょ、ねーちゃん。失礼だよ!」

「アハッ……! ハハッ!! ゴメン、止まらな――アハ、アハハハっ!! げほっ」


 そんなに笑える恰好かなぁ……? と、初期装備である布の服を摘んで見る。

 初期装備の服は簡素なデザインで、黄土色のシャツとクリーム色のズボン。

 ファンタジーものの農村で出てくる村人Aの服……というものを想像すれば、まぁだいたいこんな感じになるだろうな、というような服だ。


「ひー、ひー……でも、よくキャラメイク出来たね? そこまでリアルな傷痕は素晴らしいよ。頬の傷とか……」


「これか? 盗賊から庇おうとした冒険者が実は盗賊とグルで、油断を誘われて斬りつけられた時の傷だが……」


「ボ……ッハ……!!!! 設定――、設定までッッッッッ!? 細かっ!」


 ――……取りあえず、しばらく会話は出来そうにないな。


 姉の顔と僕の顔を交互に見て、おろおろとするハヤト少年に、構わないとジェスチャーする。





 そうすること数分――


「ふひゃー……ふひゃー……アンタ、ワタシを笑い殺す気かい?」


「知らんがな、取りあえずその駆け出し臭さを消したくて、防具を探しているところだったんだ」


「……ほぉ?」


 それを聞いて僕の身体を、爪先から頭の先までジロジロと見る女性。


「そんならワタシが作ってあげよっか? 防具」


 ハヤト少年の姉は、妖艶な笑顔でニヤリと笑った。

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