135 Sleepless night
・前回のあらすじ
マイテのスキル習得用のクエストに付き合ってクエストを受ける主人公とライム。
だが、なんでもかんでも一人でやろうとする主人公に、ライムがパーティとはなんだ、と叱り、諭す。
任せるべきは任せて、なんとか順調にクエストのクリアが見えた時、なんだかキモい鹿ににーちゃがキレた。
まぁ、何やらあの妙なメス鹿を倒した後は、特に何がどうという事もなく、無事に残りの鹿を倒せた。
「ふう、終わったか」
最後の一匹を倒した時点で、観客席からの魔法攻撃も治まる。
「これで全部か?」
さっきみたいに敵のおかわりが来るかと身構えていたが、どうやらこれで全部終わりのようだと判断し、剣を納める。
「はい、これでクエスト終了です。どうもありがとうございました」
―――― クエストクリア! ――――
・【クエスト:盾のあつかい・3】をクリアしました。
GET:【アトラクト・シュート】
クエストクリアを報じるポップアップメッセージが流れる。
ただの付き添いだった僕たちにもやはり、アトラクト・シュートというスキルは配付されるらしい。
……正直、あんまり要らないスキルではあるんだがなぁ、タンクじゃないし。
リザルト画面が出てからほどなくして、僕たちは冒険者ギルドの外へと強制転送される。
戦闘の高揚も治まらない内に、急に街中に戻されると、なんだか場違いな場所に飛ばされてしまったような錯覚がする。
視界の隅に表示された時計を見ると、その針は23時を過ぎている。
今日は時間的にこのあたりで終了だろう。
「じゃあ、今日はもうログアウトするよ、マイテ」
「おやすみばいびー」
「はい、おやすみなさい。ありがとうございましたー」
――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――
――――ログアウトと同時に、僕の意識はベッドの上で覚醒する。
「はいはい、またか」
そして当然のように隣に在る人影。もう慣れたものだと呆れまじりのため息が出た。
さて……今回は本物か、偽物か……
まったく、もう毎回恒例みたいになったとはいえ、未来のイタズラにも困ったものだ。
本物だろうが偽物だろうが、いまさら狼狽えるわけが無かろうに――
「ッなっ、あ……ぁぁぁッ!!!?」
――どんがらがっしゃん!
そこにあったものに驚き……いや、驚愕して、僕はベッドの上から転げ落ちた。
自分で言うのもアレだが、脅威のフラグ回収速度だった。
「な、な、な……」
まあ、そんなことはどうでも良い。とりあえず良い。
それより問題はベッドの上のソレである。
「なんだこりゃあぁぁぁ!!!?」
ベッドの上にいたのは、胸元をはだけ、妖しげに流し目を投げる――
“僕”だった。
「え? なん、こん、え? えええ?」
慌てふためいて、ロクに声も出やしない。
え? なんでこんなもんを僕のベッドに置いておいたんだ? あいつは……
『おい、早くぬ、げよ?』
「シャベッタァァァアアア!?」
セリフ付き!?
ゾゾゾ――と、背中に怖気が走る。
こんな感覚は久しぶりだ。日本に帰って来てからはないぞ? こんなの。
……あ、さっきのカモンシカもそこそこアレだったか。
「にーちゃ? なに? いまさらそんなに驚くようなものでも――」
「おい未来、なんだコイツは」
ガチャリとドアを開けて入ってきた妹に、間髪を入れずに問い求める。
「んー……?」
『なに恥ずかし、がってる、んだよ。俺、に、全部、見せろ、よ』
未来の視線が、ベッドの上のモノを一瞥した後、
「…………」
未来は無言でスタスタとVR機本体に歩み近付き、何やらの操作を始めた。
『そうだ、それ、でいい、んだよ。次は――』
――――ブツン!――――
……と、まるでTVの電源を落としたかの様に、ベッドの上の謎物体は消えた。
「じゃ、これで」
「おい待てこら」
そそくさと退場しようとする未来の肩をわっしと掴んだ。
「な、なにかなー? にーちゃ」
「なんなんだ? アレは。なんだったんだ? アレは」
「えーっと……まあ、その、いわゆるひとつの、アレ?」
まったくもって新たな情報の出てこない会話だ。
「えーっと、いわゆるひとつの、わたしの趣味用のデータを間違えて入れちゃったとゆー――」
「……消せ」
「……消したよ?」
「大本を消せって言ってんだよ!」
だってホラ、アレだぞ、アレは。
なんだかアレって単語ばっかり言ってる気がするが、アレだぞアレ!
とにかく、キモい! 大してイケメンでもないこの顔に、乙女ゲーみたいなキャラさせんな!
「ひどいッ! いま一番お気に入りの〔ピー〕なのに! 今夜から何をネタに〔ピー〕しろって言うの!? にーちゃ!!」
「知るか、そんなもん」
口で“自主規制音”とか言うな。
「いいから消せ」
「にーちゃだって、わたしで〔ピー〕したことぐらいあるはず」
「ねえよ」
「即答!? ウソだ! ウソって言って!!」
男ってのは、割とナイーブなもんなの。
そういうことに使えるのは、まるで知らない人が一番いいんだよ。
――なんてことは、口に出しては言えやしないが。
「……って、オイ、今度は何やってんだ?」
「ふ……ふふふ、なにって? にーちゃが言ったのに、『脱げ』って」
言ってねぇ! オイ、それは僕じゃなくて、似て非なる立体映像だったはずだが?
「よせ、バカ!」
「いいや脱ぐ! そしてにーちゃに、わたしのハダカで〔ピー〕させる!」
アホか! やらんっての!
服を脱ごうと、半裸状態になった未来が、ばったんばったんと暴れまわる。
それをなんとか宥め落ち着かせたのは、時計の針が十二時を超えた頃になってしまった……
◇
「やっと眠れる……」
ぼふり、とベッドに転がり、タオルケットを引き寄せる。
なんだかんだの擦った揉んだの乱痴気騒ぎで、もう日付けが変わってしまっている。
睡眠不足はよろしくない、早々に眠らなければ――
――――…………
――……
……たしかあいつ、マスターデータを消せって言った時、『今夜からは何をネタに――』って言ってたよな?
つまりは今、未来は……?
未来と僕の部屋は隣り合わせ。とは言えど、別に壁が薄いワケじゃない。
隣の部屋から音が漏れてくる――なんてことはまず無い、せいぜい大声で呼んだ声が聞こえるぐらいだ。
「…………」
チッ、チッ、チッ、
と、時計の秒針が刻むリズムが、部屋の中に響く。
いやほら、聞き耳を立てようというんじゃなくて、今から眠るところだからさ!
「…………」
――チッ、チッ、チッ。
チッ、チッ、チッ――
「…………」
ギシッ
「!!!?」
いや、家鳴りだ。ただの家鳴り……だよな?
…………
……
「駄目だ、眠れん……」
悶々とした気持ちを抱えたまま、夜は朝に向けて歩み、時計の針は動いていった――




