13 西の森
ライムと合流した直後、何故か僕を見たライムが突然吹き出した。……なんだというのだろうか?
「に、にーちゃ……にーちゃ……ぶふっ! その顔で布の服とショートソードとバックラーって……ぶ……ぶふぅっ!!」
……確かに、装い自体はいかにも駆け出し冒険者なのに、顔も身体も疵だらけの二十五歳。
自分で言うのもなんだが、一応、この顔と身体は歴戦の戦士のものだ。初期装備とのアンバランスさは激しいだろう……
それが何故かライムのツボに入ってしまったらしい。
ライムの方もさっきまでとは少し装備が変わっている。
頭の上に小さいナース帽のような物がちょこんと乗っており、そこからベールのような半透明の布が出ていて、後ろ髪に掛かって流れていた。
杖も先程までの木の枝ではなく、先端に丸い球体の付いた真っ直ぐで細長い杖に変わっている。
たぶん、さっきのクエストで多少はステータスが上がったので、βで手に入れていたアイテムの一部が装備できるようになったのだろう。
「ほっとけ、ゲーム序盤なんだから仕方ないだろう? ――それより、ライムの方はもういいのか?」
「はーはー……うん、ヒールとバフをいくつか覚えたよ。AGIバフは要らないんだよね? にーちゃ。いちおう覚えてはおいたけど」
「ああ、いきなり速くなってもね」
突然に身体の動きが、速くなったり遅くなったりでは感覚が狂ってしまう。
こういうゲームでは、ガチ勢は狩りの回転数アップの為の素早さアップは必須だったりするものだが、そんな人たちと張り合うつもりは無いので僕には必要ない。
「じゃ、にーちゃ。もう10時になっちゃうし、街の周りのモンスターでも狩る?」
「それぐらいが無難だろうな」
――――
そうして、街の外に出てきたはいいが――
「駄目だこりゃ……」
「人多すぎだね、にーちゃ」
夏休みの初日、爆発的に増えた初心者が街の周りでMOB狩りをしているので、まるで芋洗い状態だ。
敵のPOP待ちに人が大勢おり、敵がPOPした瞬間に、そこ目掛けて群がるように人が集まって行く。
横殴りがどうとか争う声も聞こえるし、まともに経験値稼ぎが出来るような状態じゃない……
「どうする? 流石にクエストを始める時間は無いぞ?」
夜更かしするつもりならいいが、家のルールではなるべく夜の12時までに就寝すると決めている。ずるずると引き延ばしてしまうと、そこから生活リズムというのは狂ってしまうのだ。
「うーん……にーちゃとなら大丈夫か……」
ライムから提案されたのは、ここから西の方角にある森型のダンジョンに行こうかという案。
西の森は敵が割と強いので、初心者はまず行かないという。
そして、西の森の敵が余裕で倒せるようになる頃には、他に良い狩場があるのでゲームに慣れた人もほとんど行かないだろうという不人気スポットらしい。
「そういうところに隠しイベントがあって、森の精霊から特殊スキルが――」
「ないから、にーちゃ。不人気のとこでも誰かしらがシラミ潰しにしてるから。検証プレイヤーとかが大好きだから、そういうの」
うん、だよねー。そういう展開はネット小説だけだよね。そんなのあったら『運営のお気に入り』って陰口叩かれるわ。『神のお気に入り』だった僕が言うのもなんだけどね。
「まぁ、行ってみるか」
針路は西。
買ったばかりの剣と盾を引っさげて、僕と妹は西の森と呼ばれる場所に向かうのだった。
―― …… ―― …… ―― …… ――
――そうして来た西の森。メインに出てくるのは“リトルビッツウルフ”という小さめの狼モンスター。
跳び掛かってきては爪か牙で攻撃し、そのまま離脱……と、ヒットアンドアウェイを繰り返す、速い小さい当たらないの嫌らしいタイプの敵だった。
まぁ、跳び掛かってきたところを盾でぶん殴ってからトドメを刺せばいいだけだが。
避けつつカウンターで斬りつける事も可能だが、身体を大きく動かさなければならない分、ちょっと手間ではある。
ハヤト少年からバックラーを譲ってもらえていて良かった。
小狼の他には、数は多くないがたまに出てくる“アンクレッドディアー”という、後ろ脚が赤い鹿。
こちらもメイン攻撃方法は突進。そしてその突進を避けた場合、通り抜け際に後ろ脚で強烈な蹴りを入れてくる。
まぁ、どのみち側面に回り込んで攻撃すれば問題なし。
最後は“エテモンキー”
女性プレイヤーばかりを狙い、スカートめくりをしてくるエロ猿だ。
……見敵必殺
まぁ、逆に言うとそれ以外はまったく攻撃もしてこないし、特に害は無いんだが……
「運営の悪ふざけだね、にーちゃ。他プレイヤーには下着とか見えないようになってるから大丈夫」
「なんでお前は平然としてんだよ……」
ライムの服はスカートではなくローブだが、丈はさほど長くはなく、精々が膝上程度の長さしかない代物だ。ローブというよりワンピースと呼んだ方がしっくりくる。
「にーちゃになら見えてもいいしね、むしろ見せたい」
「アホか? お前は」
「あえて問おう!『何色がいい?』と!!」
「アホだ! お前はっ!!」
たたんだ僕の洗濯物の中に、たまにお前の下着が紛れ込んでいるのはわざとなのか!? わざとなんだな!?
「にーちゃ、敵」
「ああっ! もうっ!」
振り向きざまに斬りつける。
襲い掛かって来ていたリトルビッツウルフ両断され、空中で光の粒子になって飛散した。
「ふぁいとー、にーちゃー」
「クッソ……ちゃんとバフ寄越せよ?」
治療法師のライムは、時々バフを掛け直すだけでもそれなりの経験値が稼げるらしい。
僕は襲い掛かってくるリトルビッツウルフを撃退し、アンクレッドディアーを斬り――
その合間にエテモンキーからライムを守るのだ。
「はぁはぁ……ちょっとこれ、僕の負担が大きすぎない?」
異世界基準の身体だったら、まだまだ余裕の敵の数だが――如何せん今の僕はステータスが低い駆け出し冒険者そのもの。
攻撃力も低ければ身体のキレも悪いし、スタミナもない。
すこし動いただけでSTAMが減少し、すぐに息切れがする……
「まあ、パーティを組んでいても、初心者が来るとこじゃないからね、にーちゃ」
「……そろそろ戻らない?」
「あとちょっと。もうすぐでローブが別のに替えられるから、お願いにーちゃ」
「……了解」
ほとんど誰も来ることの無い場所だからだろうか、Mobがあちこちから寄ってきて、僕たちに襲い掛かってくる。
挟みこまれる事は今のところ無いのでなんとか対応出来ているけど、今度、後衛職のライムが狙われないように、ヘイトを稼げるようなスキルを何か覚えておいたほうがいいかも知れない……
「きゃー、エロ猿にスカートめくりされるー(棒)」
「こなくそっ!」
背後からライムを狙うエテモンキーに一撃を与えると、だらしない顔をした猿が粒子になって消える。
「ってかライムさん!? 猿ぐらいは殴って欲しいんですけどっ!?」
エテモンキーだけは実害はない。
反撃もしてこないので杖で殴るぐらいは出来ると思うんだが?
「妹のパンチラを必死に守ろうとするにーちゃに萌えちゃって……」
「……もう駄目だこの妹、メーカー修理に出したい」
頭のネジがどこかへ飛んで行ってしまっている妹と会話をしながら、また一匹、また一匹とリトルビッツウルフにトドメを刺す。
そうこうしている内にも、ぞろぞろとモンスターは集まって来ていた。
「おい! 冗談言ってる場合じゃなくなってきたぞ! 手伝って貰うからな!?」
「おーけー」
リトルビッツウルフを盾で殴り飛ばす時に、角度を調整をしてライムの方に弾き飛ばす。
そうしてライムにトドメを刺してもらえば、僕には一手の余裕が生まれることになる。
上手く弾けそうに無いときはカウンターで斬り倒し、とにかく敵の数を減らすことに集中する。
「お行儀の良いモンスター共だな、一匹づつしか掛かって来ないのか?」
ゲーム全体の仕様なのか、それとも序盤エリアだからだろうか、敵が一斉に襲い掛かってくるということは無かった。
ただし、連続して次々に飛び掛かってくるし、敵の数はどんどん増えていく……
リトルビッツウルフには仲間を呼ぶスキルがあるらしく、一匹が遠吠えする度に三、四匹のリトルビッツウルフが新たに姿を現していた。
さらにその中には、たまにアンクレッドディアーも混じっているのだ……
「おい……キリが無いんだが? バグなんじゃないのコレ……」
「殲滅力が無いと無理ゲー。仲間を呼ばれる前に倒さなきゃ駄目――っていうようなことを、モブっぽいNPCが言ってたよ。にーちゃ」
「うおい!?」
ショートソードとバックラーの軽装備のスキル無し剣士と、攻撃手段自体が乏しい治療法師。その二人のどこに殲滅力があるって? なんでこんな無茶な狩場に連れてこようと思ったんだ……
「正規リリースで流石に修正が入っているかと思ったんだよ、にーちゃ。ついでにβで来たこともあるけど、それなりにステータスを上げたパーティで来たから、別に苦戦した印象もなかった」
と、言い訳をしながら、僕の盾で殴られて伸びているリトルビッツウルフを、えいえいと杖で突くライム。
そのローブの裾が、際どい感じにぺろんぺろんと捲られ続けているが、流石に今はエテモンキーに構っている暇は無い……
「ぬぅ……小狼だけなら殲滅出来そうだが……」
そう言っている傍から、突進を仕掛けてくるアンクレッドディアー。
コイツは一撃で倒せるリトルビッツウルフと違い、耐久力が高く、3~4回は斬りつけないと倒すことが出来ない。
そうやってコイツに手間取っている間に、またリトルビッツウルフが増えているのだ。
「クッソ、面倒臭い!」
アンクレッドディアーを倒すには、突進を躱しつつ斬りつけ、その後の後ろ蹴りを躱して斬りつけ、また突進を誘って――と、最低2サイクルが必要になる。
また一体、アンクレッドディアーは倒したものの、その間にまたリトルビッツウルフが増えてしまっていた……
「にーちゃ」
声に応じ、ライムの側に視線を送ると、丸い何かを放り寄越された。
それを左手で掴み、視線を落として見る。
……なにやら大きなビー玉のような球体だ。それが妙にきらきらと輝いている。
「“パワースラッシュ”のスキルオーブだよ、にーちゃ。一応買っておいた」
「これだけ敵を倒したら、もう習得ステータスも足りるか……。使ってみるよ。サンキュー」
あのサボテンくんの使ってたスキルのほとんどは「いらねー」と思ったが、この大技スキルだけは、なんとか使い道もあるだろう。
大技なら大技で、敵の隙をつけばいい。サボテンくんは使いどころが悪すぎたのだ。
早速“パワースラッシュ”を習得してみると、【パワースラッシュを習得しました】とポップアップウインドウが表示された。……戦闘中に邪魔くさい。まぁ戦闘中にスキルオーブを使うプレイヤーなんて、そうはいないか……
「スキルを使うのは、武器を構えてスキル名を出すだけでいいよ、にーちゃ」
スカートめくりを続けるエテモンキーの頭にボコンと杖を振り下ろしながら、ライムは説明をしてくれた。
……いい加減ウザくなったんだね? 猿にスカートめくりされるの。
「了解」
襲い掛かるリトルビッツウルフの処理を続けていると、またもやアンクレッドディアーが現れる。
鼻息荒く突進してくる牡鹿の体当たりを避け、その瞬間にスキルを発動。
『パワースラッシュ!』
その瞬間、僕の身体は自由を失った。
糸に操られた人形のように、僕の身体は自動的に右手のショートソードを斜めに振り下ろした――
『ポゲャアアア!』
スキル“パワースラッシュ”がアンクレッドディアーの胴体を切り裂き、断末魔の叫びと共に、一撃で粒子と化すアンクレッドディアー。
……確かに強力だが、なんだか気持ちが悪い。一瞬とはいえ、誰かに身体を乗っ取られた気分だ……
「妹よ、なんかコレ気持ち悪い」
「我慢だよ、にーちゃ」
「……だよなー」
アンクレットディアーの処理速度が上がったので、敵増援とこちらの殲滅速度の天秤が、すこしこちらに傾いた。後は少しづつ敵の数を減らしていけた。
――それから然程時間を掛けずに敵を殲滅した僕らは、すぐに街へ帰ってログアウトしたのだった。
――【サーバーとの通信を切断しました。またのプレイをお待ちしております】――