104 ゲームだから、ゲームだからこそ
本日三話更新です。(3/3)
――――もうやめよ? あのゲーム――――
未来は僕の目をまっすぐに見て、そう言った。
「――……そうだな」
別に何も惜しくはない。
全てはゲーム。
全ては茶番だ。
現実だろうが仮想だろうが、未来はすぐ近くにいる。
別にあのゲームにこだわる必要はない。
未来から勧められたから始めただけ。
未来と一緒に楽しむ為に続けていただけ。
なんなら、剣も魔法もまったくない、別のゲームを始めたっていい。
動物を飼うとか、家を造るとか、農業をするとか――まぁ色々あるだろう。
そこで未来とまったりゆったり遊ぶ。それでもいいじゃないか。
――『あ! はい! バックラーです! そうしてくれたら助かります!』
ああ、だけど、
――『あっは、可愛い妹ちゃんじゃないか。アンタと良い仲になったら、その娘が妹になるってことか……それも悪くないかもね?』
何でだ?
――『ああ! 怖かった! すっごい怖かった!! さぁ! 次行きましょう! 次!!』
何でなんだ?
――『流石はあたし! ここから大まじゅちゅしアイダリンの伝説は始まる!』
たった数日、……まだ一ヶ月も続けてはいないゲームだろ?
――『傭兵さんはロックパペットを!』
そう、あれはただのゲーム。
――『次はもうちょっと無理のない台本を書いておくス。有難う御座いましたス』
他にいくらでも似たようなものがある、ただのネトゲ。
――『お、兄貴の方が戻ってきたな、マジ』
飽きたらそれまで、所詮はその程度のものでしかない。
――『ヌむ……芋砂最高』
いずれ、櫛の歯が抜けるように皆やめていくだろう。
――『あらー、の○太クン役なら、射撃は得意じゃないとぉー?』
その時期が早いか遅いかの違いしかない。
――『覚えておいてやる。“名無し”のユーシ』
それなのに、なんで……
――『オーウ! ニーチャさんにイモートさん、昨日ぶりデース』
なんで、だ?
――『いいな、私もユーシさんみたいなお兄ちゃんが欲しかったです。あの、私も“兄さん”って呼んだら、ライムさん、怒りますでしょうか?』
…………
――『……また、見に来ようね、にーちゃ』
…………
◇
「にーちゃ……?」
ああ、待て、そうだ、そうじゃない。
確かに僕が――僕たちがやっていたのはゲーム。
そこで敵を殺そうと、人が死のうと、それはただの茶番で……
ただのお遊びでしかないのだろう。
――でも、楽しかったんだ。
異世界の旅は、楽しいこともあったが、辛いことの方がずっと多かった。
血と傷と死と涙――そればかりが圧倒的に多かった。
でも、ゲームの世界は楽しかった。
誰も死なないし、旅の辛さもない。
ゆるいゆるい、ぬるま湯のような世界。
……それが楽しくて仕方がなかった。
友達と一緒になって馬鹿をやって、そして新しく人と出会い、新たに友人が出来る。
それが楽しくないわけがない。
誰も死なない。死なせても――救えなくっても、笑ってすませられる冒険の世界。
――そんなものが、ゲームの世界では赦されるんだ。
「――続けたい」
「にーちゃ?」
「あのゲーム、続けたいよ、未来」
そう、あれは異世界の代わりなんかじゃない。
あれは別の――
“まったく新しい世界”だ。
あの世界を、未来と二人で歩きたい。
易しい優しい世界を、未来と一緒に歩きたい――
「悪い……、心配かけたな。未来」
「んーん、いつものことだよ、にーちゃ」
あんまりいつもの事だと困るんだがな。
気付けば汗で濡れた体は夜の風に冷やされ、背中が攣りそうなぐらいに寒くなってきた。
未来もこのままでは湯冷めしてしまうだろう。
「戻ろう、流石に夜は冷える」
「にーちゃの身体で温めてくれてもいいんだよ?」
また馬鹿なことを言い出して……
僕は剣を放ると、そのまま家の中へと、未来と二人で入って行った。
―― …… ―― …… ―― …… ――
「ふぅ……っ」
雨粒のように落ちるシャワーが、僕の身体の表面を温めてゆく。
「まだまだガキだな、僕は」
シャワーのコックを捻ると、キュイと高い音を立て、シャワーが止まる。
「三十歳成人説、なんてのがあるけど、それから言えば僕もまだ子供か……」
独り言ちながら、ざぷりと湯舟に浸かる。
ふぅ、と自然とため息が出た。
汗に濡れ、夜の風に冷やされた身体が、芯の方からじくじくと温まってゆく。
ふう、と再度のため息。
まぁいいか、今の僕は十六歳。正真正銘の子供だ。
異世界で培った経験が、この日本でいったい何の役に立つ?
だから今は、まだ子供らしくさせてもらおう――
「ならばっ! わたしと一緒に大人の階段を登るかねっ!? にーちゃ!」
スパーンと開け放たれる扉。
その向こうから未来がやってきた。
「あ……阿呆っ! 入ってくんな!」
だいたいお前は、もう風呂に入っただろ!?
「外にいて湯冷めしちゃったんだもん。にーちゃ、詰めて詰めて」
そう言いながら、ざぶざぶと湯舟の中に侵入してくる未来。
……どうやら、水着は着ているようだ。
完全に裸だったら、有無を言わさずに叩きだしているのだが……、こうして微妙に弁えているところが小憎たらしい。
未来の着ている水着は、黄色と浅葱色のビキニ――
“brand-new World”で着ていたのと似た方の奴だ。
もちろん僕はタオルで急所を隠している。
「入ってくんなよ……」
「昔はよく一緒に入ってたんだし、いいじゃん」
“昔は”だろ?
前にも言ったが、そういうのは胸がぺったんこの頃限定だっての。
「今でもわりかしぺったんこ」
「“わりかし”だろ? もうダメだ」
確かにお世辞にも大きいとは言えない。
しかし、その水着を持ち上げるふくらみが、わずかとは言えど確実にあった。
「さわりたい? さわる?」
「触らんわ、アホ」
「さわりたい方は否定しない?」
「……」
「さわりやすいように、水着脱ごうか?」
「あほ……」
――ぴちょん、と、結露した水滴が湯舟に落ちた。
「ふぃーー……」
「ふぅ……」
「いい湯だねー」
「いい湯だな」
なんか色々、馬鹿馬鹿しく思えてくるな。
「ふぅ、あ゛~~……」
「ふぃ」
二つの吐息が空気の中に溶けてゆく――
くすくす、と未来が笑いをこぼす。
なんだろうな?
「にーちゃのソレ、昔っから変わってない」
そう言って、なおもくすくすと笑い続ける未来。
――そうか、異世界に長い間囚われ、何もかも変わってしまったような気がしていたが、そうでもなかったのかもしれない。
「昔もよく、こうしてお風呂に入ったよね」
「ああ」
「こうやって、にーちゃに寄りかかって――」
昔の再現をするように、と……
未来が背中を向けて、僕によりかかって来ようとする――が、
がしり、とその背中が倒れ込んでくるのを、手を突っ張って阻止した。
「ぬ?」
ぐいっぐいっと、嵌まるはずのパーツが嵌まらない時に、それを押し込もうとするかのように、未来は身体を押し付けてくる。
「にーちゃ?」
「それはダメだ。色々とダメだ」
「ぬー!?」
聞き分けてください。お願いだから。
「むー、まぁいいか」
こっちはタオル一枚だから、防御力が低いのです。
◇
まぁ風呂から上がる時に、どっちが先に上がるかなんて一悶着もあったが……
風呂から出た僕は、また庭に出てきていた。
そこに放り出されたままの剣と盾――
それを拾うと、物置の中にそっと押し込めた。
「おまえらを否定はしないよ……、それを含めて、全部僕だもんな」
物置の扉をそっと閉じると、僕は静かに一人、部屋に戻って行った。




