ジョジョに最悪な物語(前編)
「うちの名前は『夢洲 和泉』や。二年生。大阪にある夢洲ってところの名字のまま。これからよろしゅうな。二人とも。」
先輩の名前を知る出来事があった翌日、今日も元気に二人を両サイドに持ち、両手に花状態で学校に登校している。
あの後、美奈子に昨日の理由を聞いたが結局、教えてくれなかった。それでも僕を心配してくれての出来事なのは分かっている。
「おはようさん。晴馬、美奈子ちゃん。それと……。」
夢洲先輩が手をぶんぶん振り回して僕たちに挨拶をしている。
その後ろでは同じ制服を着た人が夢洲先輩に日傘を当てている。見たところによると友達、というよりは従者、といったほうが正しいかもしれない。
「おはようございます。夢洲先輩。」
「おはようございます。」
「あっ、おはようございます……って晴馬、この人は?」
「そや、そこの嬢ちゃんは初対面やな。初めまして。」
「は、初めまして。」
あっ、そういえばあの場には理恵はいなかったからな。それに、席替えの件も夢中になっていて気づかなかっただろう。しょうがないから紹介してやるか……んー、そういえば、何を紹介すればいいことになる?そんなこと今までの人生でなかったからわからぬ。
「この人は夢洲和泉先輩、僕の……って先輩、先輩と僕の関係ってなにかありましたっけ?」
ズコーーーーー
盛大に美奈子、理恵、夢洲先輩の三人が同時にこけた。おいおい、心外だな、夢洲先輩の従者を見習えよ、身動き一つしていないぞ。いや、よく見たら肩が震えている。笑っているのかい!
「ほんま、お前は面白い奴やな。まあえわ、そこの嬢ちゃんは初めて会うからな。改めて自己紹介をさせてもらいまっせ。うちは夢洲和泉、こっちはうちの従者で友達の石川 賀陽や。よろしゅうな。」
「石川賀陽です。気軽に賀陽先輩だったり石川先輩とお呼びください。以後、お見知りおきを…。」
「あっ、僕は石倉晴馬、こっちは白井美奈子、奥にいるやつは釘瀬理恵です。」
「「よろしくお願いします。」」
賀陽先輩……どこかで見た気がするけど、どこで見たのかが思い出せない。うーん、こんなにきれいな人忘れるはずないんだけどな。そしてお嬢様と違って出るところが出ている……どこがとは言わないが……くっ、羨ましいぜ。(夢洲先輩が)
そんなことを考えているのが感づかれたのか、賀陽先輩が僕に聞く。
「どうかしましたか?石倉晴馬さん。」
「い、いえ。何でもないです。後、僕の事はさん付けしなくてもいいですよ。後輩なので。」
「詳しくは分かりませんが。とにかく、分かりました。では、晴馬くん。とお呼びしましょうか。」
「わ、分かりました。」
あ、あぶねぇ……僕が賀陽先輩の事じろじろ見ていたなんてなったら大変なことになる。主に両サイドからの攻撃だけどな。しかし、先輩に晴馬くんは呼ばれたことないので新鮮でもある。
そんな僕の横、顔を軽く赤らめた理恵が僕の裾をちょいちょいと引っ張る。
「晴馬、そんなことより教室に行きましょう。ここにいたら目立つわ。」
お前、目立つこと好きじゃないのかよ、僕は目立つことは大嫌いだけどな。そうこうしているうちにも先輩たちの周りには女子からの目線、それを羨ましがる男子の目線、何事かと覗く先生の目線と目線の三連発。
クソ野郎共が……そんな目を僕に向けるんじゃねぇ……っと、危ない、危ない。
僕はすっかり慣れたように感情を抑えつけ、理恵たちを引っ張って言う。
「そ、それじゃあ、失礼します。」
そんな攻撃にボッチの僕が耐えきれるわけもなく、逃げるように教室へと向かった。その背後で二人が僕たちについて会話をしていたけど、僕がそれを聞いている余裕はなかった。
「見たかい?見たやろ?あいつの眼を。なはは、面白い眼やろ。」
「ええ、一瞬でしたが。しかし、彼の眼はそういうことができるのですね。あの人の情報通りで少し安心しました。」
「やれやれ、高野の言うことは面倒なことばっかりや。あれが高野の言っている『魔眼』って言うものなら少しは対等にできるかもしれへんな。」
「はぁ……」
石川先輩のため息は直後、夢洲先輩に群がる女性陣にかき消された。
「もう!あの人何なの?」
教室に着くや否や理恵が不満をぶちまけた。ちなみにずっと触れてこなかったが教室のゴミ箱には今まで理恵が放り込んだラブレターが山のように積み重なっている。ここまでやる理恵もだが、ここまでやる男子生徒も諦めがつかない。
まぁ、次からは火薬でもぶち込んでおこうか。問題ないよな?
「なんなのって言われてもな。ただの先輩たちじゃないか、悪く言うなよ。」
理恵は不満をぶちまけながら言う。
「ああ、もう!あの人と話をしているとすごく不愉快に感じるのよね。何でかしら。」
まぁ、正直なところを言えば僕もあの人たちは苦手だ。特に夢洲先輩のほうは何だか僕の中まで見透かされているような気分になる。理恵のそういう態度だと思う……とは言いづらい。しかし、男子にモテる理恵と女子にモテる夢洲先輩、男性陣頑張れよ。僕は理恵がいるから含まないけどな。
その時、美奈子が僕の背後でボソリと言う。
「理恵ちゃんはあの人たちのどちらかに晴馬くんが取られるのが嫌なんじゃないかな?あの場にいた男性は晴馬くんだけだったからね。ボクから言わせてみれば、絶好のアピールポイントだったかもしれないねぇ……。」
うーわー言ったー今までの会話で誰しもが思い、絶対に口に出してはいけないことを包み隠さず言ったーさすが、美奈子。相変わらずの天然っぷり!そこにしびれるぅ、憧れるぅ!!
とまぁ、そんな僕の思いはどうでも良く、美奈子の発言に理恵はものすごく動揺をする。
「ま、まっさかー。ね、ねえ晴馬?わ、私とあの先輩たちと、ど、どっちが好きなの?」
ものすごく動揺をしたまま、そこで僕に振るのか。なんとなくわかっていたけど……って理恵、目が怖い、怖い。マジで怒らせたときの美奈子みたいになっているぞ。
「やれやれ、何を言っているかと思ったら、そんなのはもちろん、理恵の方に決まっているよ。そうじゃなかったら告白を受けることなんかはしていないからね。それに、ほぼ初対面の人と比べるかよ、普通。」
うわぁ……自分で言っていてメチャクチャに恥ずかしいものだな。
「ふ、ふん。分かっていればいいのよ。」
お前は女王様か!というかその割には顔を赤くするな!ツンデレ要素を全力で出すな!はぁ……なんでこんなに疲れるんだよ。しっかし、理恵の上機嫌な表情を見ているとこっちまで嬉しくなるのは何だかな、彼女だからかな。
少しうれしくなっている僕に美奈子が近づき、ボソリと死神の鎌を振り下ろした。
「でも、晴馬くんがあの先輩に少しでもデレデレしていたのをボクはちゃあんと見たからね。」
「余計なお世話だ。それにそんな態度をとったつもりはない。」
口ではああいったけど、こ、こえぇ……美奈子の言葉からは『少しでも妙な動きを見せたら殺すからな。』という意味にしか聞こえないのはあれだ、うん、気のせいだと信じたい。
「ま、今はまだいいけど、理恵ちゃんが上機嫌なのに感謝しなよ。」
「勝手にしろ。」
こ、こえぇ……『お前、今回は助けてやるが次回はないからな。』と言っているようにしか聞こえなかった。僕のプライドがそれを言うことは絶対に許さなかったけど。
「さ、授業を受けようか。」
今日、確信した。美奈子の前で何かしでかしたら最悪、殺されると……パネェ、ヤンデレマジパネェ。
そのまま、特に変わりなく、授業を受けることになったが僕は授業の内容より頭の中には美奈子の発言しか残っておらず、早く終わらないかなと願うばかりだった。そして、お昼になった。
「それじゃ、お昼食べようか。」
向かいからは、朝から変わらず上機嫌な理恵と
「晴馬くん、ほら席をくっつけて。」
横からは、言葉からは感じられないが視線がいまだに怖い美奈子と
「はいはい、それじゃ、食べようか……。」
度重なる出来事でクタクタな僕がいた。それを見て、美奈子が僕に言う。
「あれ?晴馬くん、今日はなんだか元気がないようだね。一体、何があったのかな?」
「お前だよ……。」
お前のせいだよ!お前が余計なことを言ったせいで僕は疲れていることには変わりはない。というか知っているよね。知っていていじっているだけだよね。
と、目線を送ったが特別変化はない。まぁ、分かっていたことだ。
理恵がそんな僕を見て、静かに言う。
「まあいいじゃない、晴馬の元気がないなら私がなんとかしてあげるから。」
上機嫌で何よりですよ、お嬢様。というよりも、そんなことをされるほどのことでもないけどな。
「大きなお世話だ、それに僕は食欲がないだけだよ。」
「嘘だ。(即答)」
「嘘ですね。(即答)」
二人とも、即答で全否定しなくてもいいじゃないか、ちょっとしょげるぞ。
「この中で一番、食に飢えているあんたが、ご飯食べないってよほどのこと。あんたの生活習慣見ているとすぐに分かるわよ。それに、最近は外に出ていて食事に飢えているって優実ちゃんも言っていたわけだし。」
「そうだよ。晴馬くんが食欲旺盛なのはボクが一番よくわかっているから、意地はっている必要はないよ。」
ああもう、一体全体どいつのせいで僕がこんなにも苦しめられる必要がある?これが神の過ちというものなら間違いなくいらないし、もっと別の過ちが良かったな。
「はぁ……もういい。お前らに少しでも気を紛らわせてくれると思ったけど、そういうことじゃないのだな。分かった。」
僕は高速でメシを食って、ごちそうさまと一言いうと、机を直し、二人に向けて言う。
「ごめん、僕ちょっと考えたいことあるから外に出ている。後、掃除まで帰ってくる気はないから出来るだけ付いてこないで……どうせなら一人になりたい。」
僕の力のない言葉に流石の二人も異常を感じたのか、おずおずと頷いた。
「ありがとう。」
僕は二人の方を振り向くことなく教室を後にした。
教室から出たのは良いけれどどこかに行く当てがあるという訳ではない。ただ、賀陽先輩の容姿にどこか懐かしさを感じてしまった。何か思い入れがあるわけでもないのに、どうしてだろうか。
「はぁ……このままだとダメだよな。今、僕の中にある心のモヤモヤを、取り除かない限りには高野さんのことも動けにないし、本当にどうしようもない。かといって迂闊に行動をしてしまえば美奈子と理恵は僕のもとから離れていく。それだけは避けなくてはいけない。はぁ……困ったな。」
二回くらいため息をつきつつも僕はブラブラと歩いている。さっきも言ったが特に行く当てがあるわけではない。皆も一度はあるだろう、不意に一人になりたい時が。そう、今まさに僕はその気持ちになっているのだ。
ふとそこに向かいから能天気な声が聞こえる。
「でな~そのあとに言うたねん。『お前はもう死んでいる』って。」
「はぁ……しかし、お嬢様、それは『北斗の〇』にそっくりでは?」
「ええねん、名言を言うことに限って悪いことはあれへん。」
「はぁ……。」
「なんや、連れないなぁ。賀陽。」
ふと、うつむいた顔を上げると夢洲先輩と賀陽先輩にバッタリ出くわした。そして僕は無意識に二人の事をじーっと見つめていた。僕があまりにも見ていたのがそんなにおかしかったのか夢洲先輩が笑うようにして言う。
「おっ、どうした?晴馬。そんなにうちの事をじーっと見つめていて……あ、もしかして、惚れてしもたか?」
「そ、そんなことじゃないです。」
「あはは、冗談や冗談。」
冗談にも限度というものがあるだろう…この人は本当にどこから冗談なのか分からない。
「晴馬くん、何か悩んでいるのであるならばお嬢様に聞いてみるといい。きっと相談に乗ってくれる。」
賀陽先輩がそう言ったが『じ、実は相談っていうのは賀陽先輩の事です。』なんて言えるわけがない。
状況を考えろ、アホか。彼女と幼なじみがいるこの状況であっても周囲から二股と誤解される人生を送っている。さらに関係をややこしくしてどうする。何かいい案はないものか。
「どうした?晴馬くん。お嬢様でも相談に乗ることができないのか?」
「いや……あの……。」
賀陽先輩ならいけるかも…と考えてしまった。そんな僕の行動を見ていたのか、先輩が棒読みのような口調で言った。
「せや、うちがダメなら賀陽。相談役を引き受けてくれるか?」
「えっ、ですが……。」
「あいにくうちはたった今、先生に呼ばれてしまったわ。な、頼む。」
嘘くさいけど、それは願ったりかなったりだけど賀陽先輩がなんていうか……。
「はぁ、お嬢様が言うのでしたら、良いですよ。お嬢様の頼みならばこの賀陽。全力で晴馬くんの相談に乗らせていただきます。」
うわー、乗り気だったーどうしよう。このままでは埒が明かないな。
「それじゃ、後は頼むわー。」
ちょっ、せんぱ――い!
僕の叫びはスタコラサッサとどこかへと言ってしまう夢洲先輩には届かなかった。賀陽先輩が静かにそれでいて、的確に僕に言う。
「それで、お前が悩んでいることはなんだ?いやなことでも言ってみれば気が楽になるぞ。」
夢洲先輩ならともかく、賀陽先輩にまでそう言われちゃ仕方ない。
「賀陽先輩、実は相談っていうのは賀陽先輩に聞きたいことがあるからなんです。」
「ふむ?私にか……珍しいこともあるが、良いだろう。どんなことだ?」
ええい、ここまで来たんだ、なるようになれ。
僕は思っていたことを言った。
「つかぬ事を聞きますが、賀陽先輩は僕の事覚えていますか?」
「……ふむ、どうしてそう思ったのかな?」
あれ?以外な反応。普通の人なら『何それ!キモッ』と言われておしまいなのだが……。
賀陽先輩は顔色一つ変えずに僕の話を聞くようだ。その態度にようやく、落ち着きを取り戻した僕は続ける。
「ええっと、今日あった以前にどこかで会ったような気がして、覚えていないのならいいんですよ。ただ、記憶の片隅に先輩がいたような気がしてならないのは事実です。」
僕の言葉に賀陽先輩は表情を変えずに僕の眼を見て答えた。そして、あまり言うことではないが、と前置きをして言う。
「ああ……その通りかもしれない。私は、あなたの事を覚えている。というより一度私とあなたは格闘をしたことがある。ということを伝えておくべきだったな。」
へ?どういうこと?
「あなたがどこかで見覚えがあったというのも無理はない。あれは私もあなたもまだ小学生の事だったからな。」
小学生?確かにその時は高野家のスパイをしていたからある程度の戦闘とかはしたことあるけれど……その時に賀陽先輩がいた記憶はない。
「私は夢洲家の家臣として、いや、この時は少し違う呼び方だったかな。とにかく、私は高野家にいたあなたと戦った。」
この人は僕が高野家にいたことを知っている。でもまだ僕は片隅にあるだけであって全て思い出せない。
「あなたはまだ小学生だったから覚えていない。私もその時は小学生だったけど、あなたと戦ってあなたが勝った。ただ、それだけの事。でも当時、私の軍の中でも『最強』とまで言われた私をあなたは倒した。私はすごく悔しかった。そしてあなたはこういった。」
賀陽先輩は優しく、僕の頭を撫でて、息を吸い込み言った。
「『俺はあんたに勝ったとは思っていない。だからあんたも俺に負けたとは思わないでくれ。』ってね。確かに決着は、時間制限で私の判定負け。私は到底納得いかなかったが、あなたの言葉には、正直に何も言い返せなかったよ。判定勝ちとはいえ、勝ったのに勝ったって思わないでくれって言われたのは初めてだったから。」
その時、僕の脳内に光が差し込んだ。
あ、思い出した。確かに僕は小学生の時に誰かにその言葉を言った記憶がある。だけど賀陽先輩に言われるまでは誰に言ったセリフなのかまでは分からなかったのだ。そっか、きっと遥を失う前だったから、覚えていないのも当然かもしれない。
「ああ、そうか……そうだったのか。その言葉は僕が先輩に向けて言っていたのか。」
「ああ、当時の私はその言葉で気がついた。というより見えていたように感じていたが実は見えていなかった。ということに気付かせてくれた。ありがとう。」
「い、いえ。とんでもないです。」
賀陽先輩はそう言って手を胸に当て、僕に顔を近づけてこう言った。
「私があなたのことを覚えているのには理由がある。戦いっていうのは負けた方は勝った人間の事を忘れることはないのだよ。晴馬くん。」
その言葉を言った賀陽先輩は小学生の頃と変わらず100%の笑みを浮かべた。
だが、僕は……言わなくてはいけない。
昔みたいに強くないこと、スパイを辞めたこと、遥が死んだこと、感情を捨てたことのすべてを。
「賀陽先輩、僕は……今の僕は昔、強かった自分じゃないです。あの後、すごく嫌なことがあって仕事であったスパイも辞めたのです。だから先輩のことを覚えていなかった。」
「ああ、あなたがいなくなったことはこっちにも話はきていた。わたしはあなたがいなくなってショックだった。もう戦うことはできないのだと思うと何もできなかった。それほどあなたに負けたのが悔しかった。」
そこまで昔の僕にこだわりを持っていたのかな。ありがたいといったら失礼なのか?
「ごめんなさい。」
ふと、僕の口からそんな言葉が出ていた。
「なぜあなたが謝る?」
「あのとき、あれだけ見栄を張っていったのに今はただの弱い人間になってしまった。だから先輩に謝りたくて……。」
本心の言葉だった。僕は先輩の目を見ることができなくなり、下を向いた。
「顔を上げてくれ、晴馬くん。私はあなたと再会できてとてもうれしかった。悔しさよりもあなたがまだ生きてくれていたという気持ちの方が強かったことは事実である。」
せ、先輩……なんて心の広い人なのか。理恵とは大違いだ。
ふとその時、賀陽先輩の後ろにちらりと本を片手に歩いている美奈子の姿があった。
ちっ、あいつ、昼飯食い終わったのか。今、この状況で見つかるわけにはいかないだろう。だが、幸いなことに後ろは図書室だ。本を返すまでの時間はあるだろう。その間に賀陽先輩をどうにかしないといけない。僕に残された時間はざっと見積もって五分、その間しか時間は存在していない。しょうがない。こっちも意地を張るのは嫌だから先輩には隠れていてもらわないと。
「先輩、こっち。」
「わ、何をする。」
僕は衝動にかられ、無意識に賀陽先輩の腕を掴み、都合よく近くにあったロッカーに一緒に入った。
「何をする、晴馬くん!」
「しばらく黙っていてください。今、僕たちが二人でいるところを誰かに見られるわけには行かない。」
「しかし!」
ああもう、うるさい先輩だな。さっきまでの優しい態度はどこに行った!
僕は賀陽先輩の口をふさぎ、しゃべれないようにした。そして僕はぼそぼそ声で賀陽先輩に言った。
「良いですか、落ち着いて聞いてください。今、先輩の背後にいるのは僕の幼なじみです。それだけならいいですけど、あいつは僕と先輩が二人でいるのをすごく嫌っています。つまりは敵です。そんな奴に先輩と僕の関係はバレたくないでしょう?だから今は身を隠す必要があります。納得いかないでしょうけど、とりあえず、隠れてください。」
「もごもごもごもご、もごもご(それなら、しょうがない、了解した。)」
親指を突き出しながらおkと返事をした先輩を見て僕は思う。
物わかりの良い先輩で助かったぜ。
「それじゃ、僕はロッカーの外に出て状況を確認します。その後で迎えに行きますからここで待っていてください。」
賀陽先輩はこくりと頷いた。僕はなるべく音を立てず、バレないようにゆっくりとロッカーを開けた。
「は~る~ま~く~ん。そこで何をやっているのかな?」
な…………バカな。どうして、どうして今日に限ってこうなる……ダメだ、今、背後を振り向いてはいけない。振り向いたら死ぬ。でも、不本意に振り向かないのも不味い。ここはどうにかしないと……開けたロッカーの後ろで声がした。
僕は恐る恐る背後を見る。
「やぁ、何をしているのかな?晴馬くん。」
そこには本を片手に殺意の目線を僕に向けている美奈子だった。
そして美奈子から見たロッカーの図は僕が賀陽先輩をロッカーへ入れ、バレないように外の様子を確認した、とでも言えるような状況だった。
「ふぅ……。」
僕はため息をついて一つ、悟った。
ヤバ……終わったかも。僕の人生。
そう悟るのに一秒もかからなかった。
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