切り札は切らずに持っておく方が強い
本編に戻ります。
午後の授業は典型的な数学で、優実ほどではないが、そこそこ数学が得意な僕は別にどうでも良かった。そして時間が経つのが早くなったと感じた僕はふと気が付いたら放課後になっていた。僕は理恵と美奈子に「用事がある」と言って先に学校を出て、目的地に黒いベンツを見つけ、中に乗っているはずの高野さんの姿を確認したところだ。
「やぁ、高野さん、来ました。」
「晴馬、よく来てくれた。ささ、中に入ってくれ。」
「失礼します。」
僕は高野さんに言われるままベンツに乗り込んだ。そして乗り込んですぐに車を走らせ、本題に入った。
「それで、あの写真はどこで撮ったものなのですか?」
高野さんはベンツを僕の自宅まで走らせながら僕に詳細を教えてくれた。
「これを聞いているのがお前だからあえて、言っておく。あの写真は、俺の見立てでは恐らく日本で撮られたものじゃないと読んでいる。」
「読んでいる?事実は知らないということですか?」
「正直なところ言うと俺もどこで撮られたものか判断がついていない。分かっているのは差出人不明で俺のポストに入っていた、という事実だけだ。」
「そうですか……でも、あの写真の少女が遥だという確証もないまま動くのはどうかと思いますよ。」
「死んだはずの人が生き返るとなるとこれまでの生存論理を覆すことになる。最悪は人類が不老不死の状態になるということも予想できる。だから真相を確認しに行くのではないか。」
「そう……ですか。」
やれやれ、この人はそういう人間で、確証を持った状態で動くタイプの僕とは正反対で興味を持ったらすぐに動くタイプの人間だ。
正直、僕は高野さんのこの行動でいろいろ迷惑をかけられている。
「分かりました。この少女が遥かどうかは一旦保留として今は普通に、この少女の行方を探りましょう。高野さんに投函してきたということは何か手がかりをつかんでいる。それに、今はまだ五月、猶予は大いにあるとみていいですね。」
「ああ、今回はすでに世界各国に俺の軍の部下が配備しているが、いまだ手掛かりなしだ。だが、俺の推測がすべて間違っていたとしたらこの少女は日本にいることになる。なぜなら日本以外の国に派遣しているからな。そこでだ、俺の推測が間違っているのかどうかを検証してもらうために今日、晴馬を呼んだ。というわけだ。」
そうか……これですべて合致した。今日、お昼時という中途半端な時間に高野さんが現れたのは時間が取れなかったためであって僕と出会う前から世界各国に連絡をしていた。そのため、一番手薄な日本を残して僕のところに来た。つまり、すでに日本以外の国には高野さんの部下がいるということ。やれやれ、改めてみるとどこまで金持ちなんだこの人は、そして日本は僕が担当ということ。だが、日本全国を回れるほどの足はないから、向こうからやってくるのを待つってことだろうな。しょうがない、大体わかったから、今回だけ付き合ってやるよ。
「了解です。では、僕はこの辺で失礼します。でも一つ、僕はもうあなたのスパイじゃないので参加するかは少し検討させてください。」
「ああ、分かった。それと、君から良い返事がもらえた場合、今後、俺からまた何か連絡をすることがあるかもしれない。その時用の携帯電話を今から渡す。肌身離さず持っていれば大丈夫だ。」
「高野さん、あなたは僕を遥を見殺しにしたことについて、まだ怒っていますか?」
「…………そうだな、怒ってるかどうかについてはさておいて、俺は一度だってお前を許したつもりはない。」
「ですよね。すみません。」
「いや、気にするな。では、またな。」
高野さんは僕に写真と予備用の携帯電話を渡してエンジンを再度吹かし、そのままどこかへと行ってしまった。あとに残された僕はもらった写真と携帯をもってつぶやく。
「高野さん、一体何者なんだ?軍にいたころは遥の親父さんという事だけしか知らなかったが……でも、もしも本当にあの少女が遥だとしたら……。」
僕の頭の中には写真に写っていた少女とかつての幼なじみを照らし合わせていた。
『晴馬くん、君はいつもそうだね。』
ふと、僕の脳内にそんな言葉が出てきて後ろから言われたような気がした。
遥が生きている?そんなばかげていること、誰が信じるかよ。確かに、あの時、遥は死んだことは、僕がそれを一番よく知っている、目の前で死んだ。だからそれが覆されることはない。でも、もしあの映画館の中で遥が生きているとなったら?僕はどのような態度を取ればいいんだ?昔みたいな勇気が無くなってしまった僕を見て今の遥は笑うかもしれないし、変わらず接してくれるかもしれない。もしかしたら二度と接しなくなるかもしれない。僕はもう高野家のスパイじゃない、ただの高校生だ。
「やれやれ、くよくよ考えても仕方ない。とりあえず、家に帰ってから考えよう。」
遥の事はなるべく、頭の中から消去して今、出来ること考え、家へと向かったが、やっぱり忘れることはできなかった。ガチャリと家のドアを開けると中から優実が出迎えてくれた。
「お兄ちゃん、お帰り。」
「ああ、ただいま。」
僕はそのまま自室へとは行かず、リビングのソファーに倒れこんだ。
ああ、本当にどうしよう……。
優実は僕の異常な行動に不自然さを抱き、僕の顔色を覗き込むかのようにして言う。
「どしたの?お兄ちゃん。」
その質問を、ソファーに倒れながら僕は言う。
「うん?優実、お兄ちゃん今、めちゃくちゃナイーブになっているからあんまり話しかけないでくれ。」
「ふぅーん。」
優実はぐでーと倒れている僕を見て、何か思い立ったのか台所に行き、お湯を沸かし始めた。
「何やっている?」
「まあ、お兄ちゃんに何があったかは知らないよ。お兄ちゃんはいつも余計なことに首を突っ込んでそれで、根を詰めすぎると今日みたいに爆発しちゃうからさ。コーヒーでも飲んで落ち着いたら?それくらいは妹としてさせてよ。」
優実……お前ってやつは……くぅぅ、良い妹を持った、本当にありがとよ。
「分かった、それじゃいただく。」
僕は体制を変えず、ソファーに突っ伏したまま返事をした。
「了解。」
それから五分後、優実がコーヒーを持って、リビングにやってきた。
「砂糖とミルクは?」
「いらねぇ……。」
僕が返答をすると、優実が珍しそうな表情をした。
「珍しいね。お兄ちゃんがブラックで飲むなんて……。」
「そういう日もあるということを覚えておけよ。」
優実はそのままコーヒーを机の上に置く。僕はそれをすする。
にげぇ…ブラックなんて見え張る必要はなかったな。
「それで、何があったのさ。」
「ああ……って誰が話すか!」
「ちっ、もう少しだったのに……まあ、そんなことは置いといて。」
置いとくなよ。と思ったがぶっきらぼうな態度が今となってはありがたい。
「アタシにでも話せない事なの?それって。」
「ああ、悪いな。」
実際、遥の事や高野家の皆さんの事は優実には何一つ伝えていない。誰にもスパイであることを伝えてはいけないという決まりのもと活動していたからだ。優実はコーヒーをすするという。
「分かった、それじゃあもう追求しないよ。」
「えっ、良いのか?」
人というのはこういう時にさらに追及したくなるものだ。
どういうことだ?ただ単純に優実がいい奴なのはお兄ちゃんである僕が一番知っている。だけど、基本それで折れるような人間じゃないのも知っている。
優実はニッと笑うと僕に向けて言う。
「もちろん、お兄ちゃんの悩みをアタシが聞いてどう出来るならそれはそれで聞きたいけどお兄ちゃんが言っているその悩みはアタシにとって何もできないことだからさ。アタシが何年お兄ちゃんの妹やっていると思っているの?無理に聞くほうが悪いと思っているし、聞いてもどうせ、お兄ちゃんはやるでしょ?」
「まあな、やらないと意味がないし、それにそれを待ってくれている人がいる。僕はそのためにやらないといけない。」
「そっか。」
優実は僕のコーヒーを一口すする。
「うげぇ、苦い。お兄ちゃんはこれ飲んでも苦くないの?」
「正直に言うと苦い。見栄を張ることもないなと思っていたりする。」
「ま、苦くてもコーヒー飲んだら自分で片づけてね。アタシは部屋にいるからなんかあったら呼んで。」
「ああ、ありがとう。」
そう言って優実は自分の部屋へと戻って行った。
でも、僕は聞いてしまった。いや、というよりは聞き間違えるといいたい。優実が部屋に戻る直前にぽつりとつぶやいた言葉を…。
『アタシって罪な女。』その言葉の意味を僕は知る由もなかった。
「くそ、家にいてもしょうがない。外に出かけよう。」
僕は自分の部屋にいるはずの優実に「お兄ちゃん、気晴らしに外に行ってくる。」と言って外に出かけた。中からは「はいよ~行ってらっしゃい。」とのんきな返答が返ってきた。
おそらく、僕に構わないようにしているのだろう、本当にありがたい妹を持ったようだぜ。
僕は外に出ると写真を見ながらつぶやく。
「でも、この少女に僕は何を言えばいいんだろうか……。」
その時、風が強く吹き、写真が軽く舞った。
「わっ、ちょ、ちょっと、待ってよ。」
その時、突風がやみ、写真は三度、宙を舞ったが無事、僕の手に収まった。
「危ない、危ない。写真を無くしたら大変なことになるからな……ん?」
僕は高野さんからもらった写真の裏にメッセージが添えてあるのを見つけた。そのメッセージには黒いマジックで一言『今は俺たちが動く、君はむやみに動いてはいけない。』と書かれてあった。
「やれやれ、確証がないまま動いてはいけない。僕が一番よく分かっていることじゃないか。」
だが、僕は再び写真を見つめ、呟いた。
「分からない、この写真が本当に遥なのか……それとも別の可能性……?。」
「へぇ、この少女が遥っていうんやな。」
「っ!!?」
誰だ!写真を勝手に覗き込んだのは!
僕がぎょっとして振り向いてみるとそこには僕と同じ学校の制服を着た人物。でも、僕はその人物に覚えはなかった。
「お前は……誰だ?」
「ありゃ?忘れちゃった?まあ、しゃぁないな。一回しかあった事ないもんな。」
忘れた?一回あった事がある?いつ?どこで?それにその関西弁はどこかで聞いたことがあるような……夢野先生の関西弁はエセなのは知っているが……。
「ほれ、君に『このままでいくと近い未来、奈落の底に落ちることになんで』って言ったの、覚えとるかな?」
あーー、思い出した。その関西人に似ているような関西弁と最後のセリフが妙に引っかかっていたこともあったよな。なるほど、あの人か、うん、なんでここにいるの?
「それで、先輩が僕に何の用ですか?」
「いやいや、これと言うた用はあれへん。たまたま通りかかっただけや。」
嘘くさい…それにこの道はたまたま通りかかったと言えるほど大通りに繋がっている道じゃない。これは、何かあるな…。
「ウソ…ですよね?」
僕は無意識というよりも必然的に先輩の事を睨んでいた。僕の表情を見た先輩は両手を上げて降参のポーズをとった。
「あはは、当たり前や。もち、冗談や、君にであったのはたまたまではあれへん。ここにいれば君に会えると言っていた人物がいてな。その指示通りに従ってみたら君がいたっちゅうことや。どや?くだらへんやろ。」
くっだらねぇ……というかさっきの先輩の言葉に出てきた僕に会えるといった人物は一体何者なのか、僕には見当もつかない。そしてその人物はどうして僕が外に出かけると分かったうえで先輩に話しかけたとするなら……そいつは僕の事をよく知っている人物となる。そうなると必然的に高野さんや学校のクラスメイトは対象外になる。彼とは数回しかあってないし、高野家の皆さまには僕の事を全部話したことはない、クラスメイトとは軽く挨拶をするくらいにはなったが、自宅に招き入れることはしていない。となると、可能性的には、理恵か美奈子あたりになるのは考えられる。だが、どっちだろう。そこまでは絞り切れない。
「ウチは彼女に言われてここにおるんや。」
先輩が手を後ろにして、手招きをした。先輩の後ろに立っていたのは美奈子だった。
やれやれ、美奈子がこんなことをするとは予想はついていたが考えたくなかった。
「美奈子……どうして君が?」
「晴馬くんが、心配だったから……だって、晴馬くん、今日、すごい顔をしていたから……。」
「すごい顔?」
「うん。だってお昼までの晴馬くんはいつもの顔をしていたけど、先生に呼ばれて、私に話しかけるまでの間はこの世の終わりのような表情をしていた。だから。気になって。」
気になって、先輩を呼んだ。と。なるほどね。
この発言で僕の中に入っていたピースがカチリと音を立て完成させた。そう、いうなれば今まで何か引っかかっていたもの、そんなものが一瞬で溶けたような……。
「先輩、美奈子、僕、分かりましたよ。」
さぁ、お前の罪を数えろ!と僕はキメ顔でそう思った。いや、ほんとはそんなことないんだけどね。
「うん、説明してみ。」
「はい」
「…………。」
僕は二人に自分が考えつくしたことを説明した。どうして先輩がここにいるのか、美奈子がここにいるのか、どうして僕が外にいるのを知っているのかを……。
「そもそもこれは、よく考えればわかる事だ。それをゆっくり解いていく。まず一つ目、美奈子と僕の家は隣同士、美奈子の家からは僕の家の状況が多少なりとも見えることができる。さて、それはなぜか。これは先輩に答えてもらおうかな。」
「少年が外に行くことを推測できる。まぁ、ここまでは簡単やな。」
先輩の回答に僕はコクリと頷くと続ける。
「さて、二つ目、たぶん、先輩の言っていることの通り、先輩はホントにたまたまここを通りかかっただけで、美奈子はどこかで先輩と交流があった。さて、それはどこでしょうか。これは美奈子に解答権をやろうか。」
「あの時、理恵ちゃんと喧嘩をした。あの日だよ。」
「そう。あの時、僕と先輩が話しているのを目にした。そこで美奈子は先輩に頼み込んだ。多分『あの人が何をやっているのか確かめてほしい。』とかでも言ったのだろう。僕が先輩と面識がある事を知っているということは、美奈子はあの席替えの時トイレで抜け出した僕を見ていたということであって、先輩を使って聞き出し、僕がどうしてあんな顔をしているのかを……そして、自分はあそこの影に隠れていれば僕からは死角になり、見えなくなる。さて、ここで三つ目、なぜ死角に入る必要がある?はい、先輩。」
「堂々と聞けないからやな。人のプライバシーは裏を返せばタブーや。そうやすやすと促せるものではない。じゃろ?」
「という筋だ。ま、こんな感じかな。」
しかし、美奈子の手口はまるで推理小説でも読んでいるかのような感じだと思ったけど…流石、中学一の文学少女とはやし立てられただけあるな。付き合わされるこっちもこっちだけどな。
「そういうこっちゃ、流石やな。少年。」
「大正解……晴馬くん、すごい。でも、ボクの謎を一瞬で解くなんて……ちょっと悔しい。」
どんなもんだい!元ボッチの推理力を舐めてもらっちゃ困るぜ。って、そうじゃないそうじゃない。
「それで!そこまでして聞きたかったことって何だよ。美奈子。先輩もすみませんでした。こいつのわがままに付き合ってもらって。」
「ええって。うちも退屈やったし、それに、その写真の女の子が少年の原因って分かったし。」
やべぇ……先輩には僕が写真にしていたつぶやきを聞かれていた一人だった。
「そこに関しては忘れてください。あと、少年はやめませんか?僕が聞いていて結構恥ずかしいです。」
「何や、男がそんな弱くて。おもんない。まあ、ええわ。じゃあ、なんて呼んだらかめへん?」
今が自己紹介の時なのかもしれない。僕は自分を指さして言った。
「改めて自己紹介をします。僕の名前は石倉晴馬。隣のこいつは白井美奈子。二人とも一年生です。」
なんだか、遅い、とても遅い自己紹介だった気がする。とにかく自己紹介ができて良かった。
「ほな、晴馬、美奈子ちゃんと呼ばせてもらうわ。名字で呼ぶのはあんまり好きじゃないねん。うち。」
「ご自由にどうぞ。」
「それでいいですよ、先輩。」
自己紹介が終わって、僕が再度美奈子に問い詰めようとしていたら、先輩が腕時計を見て言った。
「おっと、もうこんな時間や。ほな、今日はサヨナラや。また来るかも知れへん。そやそや、せっかくやし、最後にうちの名前教えたる。次からはそれで呼んでくれや。」
先輩は口に人差し指を重ねるとニコッと微笑み言った。
「うちの名前は『夢洲 和泉』や。二年生。大阪にある夢洲ってところの名字のまま。これからよろしゅうな。二人とも。」
夢洲先輩は物凄く、天使のような人物だった……多分な。
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