どうやら隣で異世界人がホームステイを始めたようだ
慣れというのは恐ろしい。一人暮らしのはずなのに気づけばご飯をニ人分用意するようになってしまったのだから。
それが苦にならないのは残ったら明日の昼食として弁当に詰めて大学に持っていけばいいやと、どこか主婦のような考え方が身についているからだろうか。
だから、いつものようにインターホンが鳴った時、ああ明日の昼は学食で日替わりランチを食べようとしか思わなかった。
けれども、これは予想していなかった。
「トツゲキ、トナリのバンゴーハン」
そう言って、しゃもじ片手に家にやって来たのは、暗い玄関の灯りがシャンデリアに変わったのかというくらい輝きを放つ金糸の髪に、何の感情もこもっていない、無機質な輝きをもつ神秘的なエメラルドの瞳。
どう見ても日本人ではない。知り合いでもない。テレビ企画のようなカメラをもつ人間もいない。完全に不審者である。
頭で理解するより早く身体が動いていた。つまり扉を問答無用で閉めたのだ。
はて、今日の授業はそんなに疲れるものだったのか。きっと気のせいだ。そう思い、キッチンにもどり味を調えるために醤油を手にもつ。疲れてる時は味が濃くなりがちだから気をつけよう。
コッコッコッコッ。
お玉ですくったスープを皿にいれる。うん、悪くない。あと少し煮込んで味を馴染ませたら完成だ。
コッコッコッコッ。
テレビでもつけて時間を潰そうか。
コッコッコッコッ。コッコーン‼︎
響きわたる反響音に無視できなくなり、もう一度玄関に行ってみる。
今度は用心深く玄関のドアの穴から様子を伺ってみると先ほどの外国人がいた。
気配を感じたのか、外国人が口を開く。
「トツゲキ、トナリのバーンゴハン」
「トツゲキ、トーナリのバンゴーハン」
なんだ、これは。
先ほど無感情に見えた瞳はこのチャンスを逃さないとばかりに、必死に訴えかけてきた。
これを無視するのは善良な日本人の所業ではない。
たとえ、無視することができたとしても、明日からの隣人の視線に耐えられる未来は想像ができなかった。
そして、扉をそっと開けて、もう一度くだんの外国人を上から下まで観察する。
先ほどの発言と廊下に投げ出されたしゃもじ。最後の音はこれかと、ひとりごちる。
必死な様子から導き出される結論は一つしか思いつかない。
「お腹空いてるの?」
それに答えたのは口ではなく、お腹だった。
「……かなり、空いているのね」
なんだろう、これが残念な美形というやつだろうか。
とりあえず、居間に通しテーブルの前に座らせる。
「ミコ、メシ、ナイ」
「ああ、美琴先輩の関係者なのね。先輩ったらうちを定食屋か何かと勘違いしてるんじゃないかしら」
先ほどの外国人に返事をしながら、食事をニ人分並べる。
美琴先輩とは、大学のサークルの先輩で見た目は小柄で愛らしく、フリルのエプロンが似合いそうなのだが、家事は壊滅的なため、たまたま同じアパートに引っ越してきた杏奈の夕食に何度もたかりにきていたのだ。
大学に通うため親元を離れて暮らすことに寂しさを感じていた杏奈と、家庭的な食事に飢えていた美琴。
食事を共にする機会が増えたのは必然と言えよう。
「で、その美琴先輩は? ニ人分しか作ってないけど、あとから来るの?」
「ミコ、ナイ」
「出かけちゃったのかな。もう、留学生だか何だか知らないけど、外国人をほっといてどこに行っちゃったのかな。しかもお腹を空かせたままだなんて……。」
杏奈は気づかなかった。これがただの留学生ではないということに。そして、全ての面倒を丸投げにされる未来が待っていることに……。




