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1.袖すり合うも多生の縁

見た目で明らかに外国の血が混じっていると判る、2歳下にこしたのチームメイトがいた。小さい割にすばしっこく、センスの塊の彼は僕の所属するミニバスチームに入って来るやいなや直ぐに頭角を現した。


聞けばソイツと父親は元々東京に住んでいたが、再婚を切っ掛けに相手の家に転がり込んだらしい。元々父親が札幌出身と聞いたが―――ちょっと変だと思う。普通は逆じゃない?女の方が男の居る場所に行くのが当たり前じゃないだろうか。当時小6の俺でもそう思った。




その2歳下のチームメイト、森清美は新しく出来たねーちゃんのことが大好きらしい。


家族がミニバスの試合を応援に来ると、嬉しそうにそちらをチラチラ見て目が合うとブンブンと手を振っている。それこそ試合が終わると―――転がるように姉の晶ちゃんのところへ駆けて行く。清美は一見美少女と見紛うほど綺麗な顔をしているが―――結構女子に人気がある。しかしギャラリーで彼に視線を注いでいる可愛らしい女の子達には目もくれず、晶ちゃんの視線だけを意識しているのが分かる。


当の晶ちゃんと言えば―――よくよく見るとその面差しの造作は綺麗だと判断できるのだが、服装も髪型も地味で気を使っている様子は感じられない。


晶ちゃんとは挨拶程度の軽い話題しか交わした事しかない。というか話そうとしたら清美に割り込まれて阻止された。

僕は淡々と言葉を返す彼女に少し興味を抱いたから、ちょっとだけ話してみたいと思っただけだ。特に晶ちゃんのことを女の子として好んでいる訳じゃない。ただ彼女がフラットに僕を異性と意識しないで話してくれる存在だと言う事は感じられたので―――話し易いかもと思っただけだ。シスコンの清美はその程度の接触も面白く無いようだった。『ねーちゃん』の視線を全部自分に集めていたい―――そんな独占欲をアイツは隠さなかった。







話は変わるが。


こう言うとなんだかナルシストみたいだけど、僕は結構モテる。女の子にいつも丁寧に接するからだと思う。小学校5、6年くらいから女子を意識し始めて乱暴な物言いになる男子が多いんだけど―――僕は特に照れたりしないで普通に話すし親切にもするから女の子達に『優しい』と喜ばれるのだ。


それと言うのも僕が女性として興味を持っている相手はずっと年上で―――小学生や中学生の女子児童を全く異性として認識できないからだ。

ただ年上だから誰だって良いってわけじゃない。


僕が好きなのは―――父の秘書をやっている蓉子さんだけだ。


彼女は24歳。僕とはひと回りも違うし……彼女は僕の事を自分の子供か弟のように可愛いがってくれているだけだって事も判っている。でも彼女以上に好きだと思える異性が居ないから―――どうしようもない。


彼女に比べたら、周りの女の子は子供にしか見えない。


だから意識せずに親切にできる。その所為で多少、モテている自覚はある。

だけど時折―――熱心に好意を寄せられるのが面倒になる時がある。


蓉子さんを見ている僕の視線もこんな風にうっとうしいものなのかな。


そう思うと、少し気持ちが沈んでしまう。







強引に話に割り込んで来る、清美を見るとつい苦笑いしてしまう。

自分の『ねーちゃん』を取られるかもと焦っているのだろうか。


その頃の清美は純粋に、新しい家族を慕っているように見えた。ずっと忙しい父親と体調を悪くした祖母と暮らしてきた清美は、毎日一緒に居てくれる安心できる存在を得て楽しくて堪らない様子だった。

子供っぽい嫉妬心を示す単純な清美は、傍から見ていて面白かったな。




だけどそれが―――いつの間にやら姉に対する家族愛から異性に対する執着心に変貌していたようだ。

その事に気が付いたのは、清美が中1で僕が中3の時。


それはチームメイトの大塚に晶ちゃんをけなされた、清美の様子を目にした時だった。


それまで割とそつ無く大塚の辛辣な嫌味をヘラヘラ躱していた清美が、大事な存在を下種な言い方でおとしめられて一瞬で逆上した。唐沢が止めなかったら大塚はただでは済まなかっただろう。それは加害者になったかもしれない清美についても言える事だ。

その時いつも温和な清美から……有り得ない殺気が感じられた。―――あれはそう、姉を庇う弟のものではなかった。







** ** **







中1の春、父親と母親の離婚が決まって直ぐに新しい母親がやって来た。




新しい母親は―――僕の想い人だった。




父親と母親が長い事冷戦状態だったのは、特に隠されていなかったから知っていた。いつか家族がバラバラになることも、長男の僕が父親に引き取られるという事も、判っていた。


だけどよりによって―――彼女が自分の母親になるだなんて。




そう言えば予兆はあった。


今考えると―――何故単なる職場の秘書が僕の送り迎えを手伝っていたのかとか、僕をわざわざ動物園に連れて行ってくれたのかとか。父親と彼女と僕の3人で外食した事も何度かあったのだ。




僕は阿呆だ。そして、道化師だった。




父親の恋人に、恋をした。


最初から―――彼女が僕を特別に可愛がってくれたのは……恋人の子供だったから。


ただ、それだけの事だった。


その優しさを―――無償のものと勘違いしてまんまと懐いた。


僕はなんて間抜けなピエロだったんだろう。







それからの俺は、気の進まない誘いにも応じるようになった。


家に帰りたく無かったからだ。


明らかに俺に気がある様子の女の子に対しても、誤解されるのも構わず突き放さずに優しく応対するようになった。

俺にその気が無かったとして……彼女がその優しい対応を好意だと誤解して泣いたとしても―――それは本人の責任だ。

俺が『あのひと』の好意を、打算では無く純粋な好意と勘違いしたのと―――同じことだから。




ふらふらと誘われるまま、女の子の買い物に付き合ったり映画を見に行ったり……他校の女子を交えて数人でゲーセンに遊びに行ったりと―――部活は真面目にやったけど、それ以外は勉強もロクにせずに遊び歩いた。


その年の夏休み、バスケ部員の大塚からカラオケに誘われた。大塚は詳しく言わなかったが女の子もいる集まりだと何となく予想はしていた。

そして待ち合わせ場所に居たのは―――何度か出掛けようと俺にアプローチを仕掛けて来た佐々木だった。佐々木は彼女のクラスではリーダー的な存在で、一応可愛い部類に入る女子だった。


が、致命的に性格が悪かった。


表面上は気さくで明るい人間に見えるが、見えない所で陰湿に気に入らない女子や大人しい男子を苛めたりする性質なのを―――知っていた。俺に好意を寄せてくれる女子の何人かに助言を受けていたし、何度か接する内にそれが真実であるのを察する事ができた。中学では、彼女の本性をまだ知らないクラスの女子達の中心にいるらしい。


女子に対する門戸が広くなったと言っても、性格の悪い女は俺の趣味じゃない。


俺は佐々木の誘いをのらりくらりと躱していた。だから佐々木は大塚を使って俺をこの集まりに呼び込んだのだ。


見返りに大塚が何を要求したか、直ぐに分かった。


その集まりで明らかに浮いている存在に―――目が吸い寄せられる。大塚がピッタリと張り付いてマークしている相手は……清美の大事な大事な『ねーちゃん』―――晶ちゃんだった。同じ中学校の学区なのは何となく知っていたが、入学以来顔を合わせるのは初めての事だった。


大塚が晶ちゃんを過剰に構っていると、佐々木が大根役者のような台詞を放った。


「大塚君、やっさしー。森さん、付き合っちゃえば?」

「えぇ~?何言ってんだよ」


無責任に煽る佐々木と照れる大塚。

まるでシナリオが予め決められているみたいだ―――三文芝居に過ぎないが。


「……」


何と言って良いか戸惑っているのだろう。晶ちゃんは答えられずに自分を無視して進められる2人の会話をただ、眺めていた。


「……森さん、清美元気?」


俺はつい、助け舟を出した。

横にいる佐々木から強い視線を感じたが無視した。


「うん、元気だよ。今日、合宿に行ってる」

「あぁ、今年も夕張?」

「そう」

「懐かしーな」




本当に―――懐かしい。


疑問も抱かずバスケを楽しんで、きついメニューにぶーぶー言いながら笑っていた。

あの頃俺はただ―――あのひとに憧れていた。


そして親愛の情を抱いていた。

すっかり冷めた両親に失望する一方で、優しい彼女を聖母のように崇めていた。




すると佐々木と大塚が、焦ったように俺達の会話をぶっちぎった。

それ以上俺は話を引き延ばさず、大人しく佐々木の相手に戻った。大塚はともかく、あまり佐々木を刺激すると面倒な事になる気がした。


顔を引き攣らせて大塚の相手をする晶ちゃんを横目で見ながら……清美の事を考えた。


清美が晶ちゃんを見る視線は―――俺がかつてあのひとを見ていたものと似ているのではないかと思う。いつか彼女も何らかの形で……清美を裏切る事があるのだろうか?それとは知らずに。


アイツは直情型で自分の気持ちを隠せないタイプだ。そんなコトがあったとしても俺のように戸惑って気持ちを持て余し……それでもあのひとの前に出れば嫌われたく無くて愛想の良い息子を演じてしまう―――なんて複雑な事にはならないだろうな……と想像した。




そんなどうでも良い事を考えている時。

ふいに懐かしいメロディが聞こえた。


古い、親世代のあまりにも有名な洋楽。


「おおっ、それ好き」


咄嗟に声を上げてしまう。


彼女の車で何度も聞いた曲。いつの間にか好きになっていた。

割り切れない気持ちを彼女に抱いた後も、この曲は好きなままだった。

この古い名曲を知っているのがその場では俺と晶ちゃんだけだったようだ。常にガヤガヤと五月蠅うるさい筈の狭いカラオケボックスの一室が、シン……となる。


ギターの旋律を伴奏に歌う晶ちゃんの声を聴きながら―――切ないくらい懐かしくなった。

あの頃の純粋な気持ちが溢れ出して来るようで……。


同志を見つけたと言うように、晶ちゃんが俺を見てニッコリとする。俺も自然に笑顔になった。

何か大切な宝物を共有できたような気分になってしまう。




この歌の詩は何だか曖昧で、あの頃小学生だった『僕』にはCDに付属した和訳さえ、理解しがたいものだった。


でも、何となく思う。

これは―――失恋の歌だ。


『君が僕の心の中にある愛に気付いたなら。

もしそんなコトが起こったなら―――きっと世界は素晴らしいのに。

君に僕の愛がどんなに深いものか、知らしめたいのに』


そんな切ない……叶う見込みの無い願いが、込められている気がした。


でも本当は。きっと聞く人によって前向きにでも後ろ向きにでも受け取れる歌詞なのだと思う。


ただ俺の心境では、そうとしか受け取れなかった―――それだけの事なのかもしれない。




晶ちゃんは?


……どう受け取っているのかな?




この切ないメロディーに乗せられた―――詩の解釈を。







カラオケがお開きになって次に場所を移そうと動き出した塊から、佐々木に何事かを話し掛けて晶ちゃんが抜け出すのに気が付いた。


俺は咄嗟に―――彼女の手首を掴んでいた。


「……帰るの?」

「あ、うん……」

「そう、残念」


本心だった。

何だか彼女と話してみたい―――そう感じたから。


掴まれた手首を見て、晶ちゃんは目を丸くしていた。


あ、マズイ。

大して親しくない知合いに、いきなり触られて驚いたのかもしれない。


俺はなるべく自然に手を離した。怯えさせる意図はないのだから。


つい清美あてに―――遠い約束を持ち出す。

1年半後の話。今しなくてもいいのに。

笑って誤魔化すと、晶ちゃんは曖昧に微笑んだ。




―――ちょっと、引かれたかもしれない……。




珍しく女の子に対して上手く立ち回れず、僕は頭を掻いて彼女に手を振った。




振り返してくれた彼女の笑顔が―――ふんわりと自然なものに戻ったのを視認して……俺はそっと安堵の息を吐いたのだった。



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