表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

バァさんとメールとクリスマスと

作者: hasumi

1)


「で?どっちにするのよ!」

その言葉にチラリと視線をあげると目の前の丸顔へと焦点をあわせる。

「・・・・どっちにしようかな」

口ごもりながら答えると、キリキリと音を立てるように彼女の表情が

引きあがってきた。

「あのね、ここはお洒落なイタリアンなお店でも、シックなフランス料理店でも

ないのよ?野菜炒めだろうが、レバニラ炒めだろうがどっちでもいいから決めて。」

詰め寄る彼女、顔が迫ってくるように見える。

この顔を自分で見たことがあるのだろうか?子供だったらもう二度と悪い事を

しません、と即座に誓いを立ててしまうだろう。凄みのある丸顔と言うのも珍しい。

でも、ここは悩みどころだった。野菜炒めとレバニラ炒めは大きく違う。

特にここの定食屋さんのはシイタケの味が優しい野菜炒め、

シャキシャキとした歯ごたえを残すニラが美味しいレバニラ炒め。

双方に良い部分はあるのだ。しかも外食はそうそうできるものでもない、

やはりここは慎重に慎重を重ねなくてはならない。


「お待たせしましたぁ」

間延びした店員さんの声が落ちてくる。

目の前には湯気を立てている野菜炒め。

「もうね、野菜炒めを頼んどいたから。どうせ決まらないンでしょう?」

「・・・はい。」

白いご飯も味噌汁も良い香りだ、野菜炒めからも芳醇な香りが漂ってくる。

しかし、

「レバニラが良かったかも。」

野菜炒めも美味い。それは判っているが、ここのところ不摂生が続いている。

このような場合にはレバーを食べたほうが元気が出るのではないか?

そんな考えが脳みその前半分を占め始めていた。

そんな思いに零れた言葉に彼女は「はぁ?」

「は」の後の「ぁ」は完全に威嚇で使う言い方だ。語尾が上がるが

上がり方の矢印が斜め上に上がるのではなく、下から曲線を描きながら上がっていく。

昔映画で見たことがある。お坊さんのように見事に剃り上げた強面のお兄さんが

使う「ぁ」だった。見事に使いこなしているな。

「いえ、なんでもないです。頂きます」

箸を手にして野菜炒めを口にする。

うん、やはり美味いな。いつもと同じようにシイタケの旨みと絶妙な塩加減が

ご飯を進ませる。野菜炒めでこれだけ美味いと思うのならレバニラだったら

どれほど美味いと感じただろう。

夢にも見そうな、非常に残念な気持ちだ。悲しいとも言える。

「はい。これ、半分あげるから、そっちも半分よこしなさいよ。」

取り皿に乗って突き出されたのは夢にまで見たレバニラだった。

短かったな夢。


マンションに毛の抜けた程度のアパートに帰ってきた。

彼女は駅で2つほど離れた美容院で親と一緒に住んでいる。

と言う事は、ここは僕の部屋だ。一人暮らしを夢で描いていたときはもっと洒落た

マンションに住んでいるはずだったのに、現実は厳しいね。

「痛たた」

その毛の抜けたアパートの部屋の前、鍵を開けながら脇腹を押さえているのは

レバーにあたった訳ではなく、彼女のするどい左フックをねじ込まれたからだ。

「せっかく頼んで上げたのに何てこと言うのよ!まったく。」

「・・・ごめんなさい。」

でも、正直に言っただけだったのに。

「野菜炒めもレバニラも似てて、わざわざ取り分けで食べるほどじゃなかったね」

組んでいた腕を振り解いて、そのままドスンと硬い拳が来た。

そして今、体を少し横へと曲げるようにしながら鍵をあけている僕がいる。


「早くあけてよ。なんで自分チなのにそんなに手間取るのよ」

興奮覚めやらぬ口調で彼女はまくし立てる。その口を手で押さえようかと思ったとき、

チャ、と金属の音がして隣の部屋のドアが開いた。遅かったようだ。

「まったくまぁ最近の若い子は結婚前に堂々と男の部屋に入り浸って。

それもコソコソしていれば可愛いものを、男をアゴで使いながら家の前で騒ぐなんて。」

分厚い眼鏡で異常に瞳が大きく見える顔を、ドアの隙間から覗かせて嫌味を言うのは

隣に住んでいるバアさんだった。

覗いている視線はドアノブより低いのでは?と言うほどのちっちゃな身体に

乗っているのは皺くちゃな顔。名前は知らない。

「あぁ、ごめんなさい。大人しくしますので。」とモゴモゴ言う僕を差し置いて

彼女は前にでると

「すみませんね。でも、迷惑はお互いさまでしょう?朝から辛気臭いお経を聞かされる

こっちの身にもなってくださいね。」それとこれとは話が違うよ、突っ込んでみる。

もちろん心の中でだ。

「あらあら、そっちのボサーっとした男の子に言われるならまだしも、

小生意気な女の子に言われるなんて。そうかい、毎週のように寝泊りしているものね。

なんなら、お経代わりにアンタらの睦み事の音でも録音して聞かせてやろうかね?」

「睦み事?」と首を捻る彼女に教えてあげた「エッチの事。」

見る見る顔を赤くして丸い顔が膨らんだように見えた。彼女は僕から鍵をひったくると

あっと言う間に玄関をあけて中へと入っていった。なんだ、出来るのなら最初から開けて

くれればよかったのに。



2)


何もない夕方。部屋には容赦なく西日が差し込んでくる。

夏なら窓を全開にして日陰を探すかのように部屋の隅へと手足を伸ばしているところだが、

今は冬。午前中からまったく差し込まなかった日差しを出来る限りエネルギーとして

溜め込む為に、日のあたる部屋の中心へと膝を抱えて座っている。

灯油を買いにいかなくちゃね、と思う反面、年内はこのままでいけるのではなかろうか?

と、どことなく挑戦者のような気持ちも湧いてくる。

今日のところは挑戦者の勝ちのようだ。きっと日が落ちれば後悔するのだろうが。

トントン

珍しくノックの音だ。珍しすぎてすぐには反応できない。

なんせ毛の抜けたアパートだ、保険はおろか新聞の勧誘すらこないのだから。

彼女でもないだろう、彼女が家を抜けられる時間ではないし、何よりノックなんか

したためしがない。僕が寝ていようが着替えていようがお構いなしなのだから。

それに自慢ではないが、友人も好き好んでは尋ねてこない。特に暑さ、寒さが厳しい

季節であれば尚のこと。教えたはずの携帯電話が鳴らないのもきっと季節が

厳しいからだろう。嫌われているわけじゃない。きっと嫌われてはいないと思う。

ドンドン

考えているうちにノックがノックとは言えない音になった。

「はい?」ドアを開けると

「いるなら、もっと早く開けなよ。歩いて4歩で突き抜けるような部屋に

住んでいるのだからさ」

分厚い眼鏡が見上げるような視線で僕に向けられ、皺くちゃ顔がそうしゃべった。


「えっと、何でしょう?」

部屋が狭いのは一緒では?と思い浮かびつつもそう聞くと、

「アンタさ、若いんだから、こんなの得意だろう?見てくれないかい。」

銀行強盗のピストルよろしく突き出されたのは携帯電話だった。

「これって・・」

「なんだよ、若い子なのに携帯電話を知らないのかい?おかしな子だね。」

「いや、携帯電話は知ってますけど。」

「あぁもう相変わらずはっきりしない子だね。そんなんだから、彼女が来るたびに

やいのやいの痴話喧嘩になるんだよ。毎週毎週よく飽きないね。」

「えぇっと、ごめんなさい。」

「何かさ、メールを受信したって出てんだよ。メールってアレだろう?

ファックスだろう?どうやったら見られるのか教えて貰おうと思ってさ」

「ファックス・・じゃないけど」

「ファックスじゃないのかい?じゃぁ何?これ。」

「手紙・・・ですね。」

「手紙なんだろう?じゃぁファックスじゃないか。」

「・・・・ファックスです。」

眼鏡越しの異常に大きく見える瞳が僕の事を覗き込んでいる。

勝ち誇ったかのように口端を引き上げると、皺が余計に目立った。

小さな溜息をつくとバァさんから携帯を受け取る。

「大きいな、これ。」

年代モノ、とまではいかないものの、二世代ほど前の機種だった。

傷だらけのボディはバァさんが持っているのには納得できそうな雰囲気を

醸し出している。

「ボサっと魅入って無いで、早くファックスを出してもらおうか。」

いつもの調子でまくし立てられ、メールのボタンを押す。

「えぇっと、受信トレイで未読がこれで・・・と」

中身を読んでしまうのはマナー違反と思い、押したもののそのまま画面を見ずに

バァさんへと携帯を手渡した。

「早く紙に出しておくれ。字は大き目がいいね」

「・・・・無理です。」

「何でよ?ファックスなら、こう、バァーと紙に印刷されるんだろう?」

「このファックスは紙には出てこないんですよ。この画面を読んで下さい。」

チラリとバァさんは手渡そうとする携帯を覗き込んだ。が、すぐに

「文字が小さいねぇ。なんだいこれは。無理だよ。」

「無理って・・・・どうするんです?」

「読んで。」

「へ?」

「読んで聞かせてくれ。アンタが。」

「僕が?」

「アンタも見えないのかい?」

「いや、字は見えます。」

「じゃぁ問題なかろう。あたしゃね読まれて困る手紙なんざ来ないんだよ。ほら早く。」

バァさんは差し出した携帯を受け取ろうとせずに、早く早くとせっついてきた。

しょうがなく画面を覗き込むとすぐには読み出せなかった。

「なんだこれ?」

「どうしたんだい?最近の若い子は漢字とか読めないんだろう?」

「いや、漢字どころか。えぇっと読みますね。こんにちはげ・・」

「こんにち、ハゲ?」

「あれ違うな。読みづらいなぁ、これ漢字は使ってないし句読点もないし」

“こんにちはげんさかげんさですまためーるする”

「メールする。は判るな。またメールする。だ。」

「メールって言うのはファックスなんだろう?」

「そうそう。携帯でするファックス。こんにちは、だ。で、またメールする。」

「げんさかげんさです?」

画面を見たまま唸る僕の手元、皺くちゃ顔が覗き込む。

分厚い眼鏡は老眼じゃなく極度の近視なのか、レンズに

画面を押し付けるような位置で呟いた。

「あぁ“さ”なのか。あたしゃ“き”に見えたよ。げんきかげんきです。」

「それか。今日は、元気か?元気です。またメールする。だ。」

「随分と偉そうな手紙だね。これはこのまま返事を返せるのかい?」

「大丈夫だよ、返信するの?」頷くバァさんに向かって

返信のボタンを押した携帯を渡そうとする。

「へ?何言ってるんだ。あたしゃ見えないんだよ。使い方だって

判らないのに。アンタが打ち込んでよ。」

「え?僕が?手紙なんか他人に・・・」

「さっきも言ったけど、あたしゃ人に見られて困る手紙なんざ書かないんだよ。ほら早く。」

言い返そうと口を開く僕を気にもせずにバァさんは言葉を続ける。

「拝啓」

「え?拝啓から?」

「ファックスは手紙なんだよ。手紙はその人の人柄が表れるんだ、ちゃんと書いて

おくれよ、いいね?拝啓、お手紙ありがとうございます・・・・」

ここで押し問答をしても人生論を語られて負けるのは目に見えている。

それにメールを読んだ時点でこんな事になるんじゃないのか?と言う気はしていた。

自慢じゃないけど、そんな良くない予想をあてる自信はたっぷりあった。



3)


火曜日の昼下がり、僕と彼女は近所のファミレスに居た。

僕はいつものように彼女が食べたいと言ったパフェを注文して、

彼女はいつものように自分が食べたいケーキを頼んだ。

そしてその両方は彼女の前にある。

「それで、学校のほうは問題なく4年になれそうなの?」

彼女がスプーンでパフェのクリームを掻き分けながら問いかける。

「んん。それは問題ないと思う。」

「あっそう。じゃぁあと1年ちょっとで卒業ね。」

「そうだね。卒業。」

僕はドリンクバーで淹れてきた珈琲を啜るように飲む。

「卒業したらどうするの?」

「普通にサラリーマンじゃないの?フリーターで食べていけるほど

生活力ないよ僕は。」

彼女を見るとクリームを掻き分け辿り着いたコーンフレークをカリカリと

食べていた。そんなに好きなら最初からコーンフレークを食べればいいのに。

両手で珈琲カップを包み込むようにすると、僕は外を眺める。

クリスマスが近いせいか、なんとなくいつもより派手な街並みだ。

「で、私たちはどうするの?」

「んん、どうするって、どうしたいの?僕は何でもいいよ」

道路向かいのクリーニング店で、おそらくパートであろう女性が

スノースプレーでサンタクロースのシルエットを窓に吹き付けているのを

ぼんやりと見つめて答えた。

バン!とテーブルが鳴った。乗っていたガラスの器や陶器の器、ステンレスの

スプーンやフォークがチリリと同調する。

驚いて顔をあげると彼女が立ち上がっていた。

丸顔が赤く膨れたように見える。怒られる、と思ったのもつかの間、

彼女の瞳が光り始め、すぐにその光りの粒は頬を伝っていった。

初めてみる彼女の表情に僕は唖然とし、何を言えばと考えている間に

「もういい!バカ!」

そう言うと彼女が店から飛び出してしまった。

立ち上がって追いかけようか、と思いながらも立てなかった。

周りの客が遠慮しがちにもしっかりと僕を見ている。

なるほど視線とは痛いものだ。


「今のはアンタが悪い」

「!」

いつの間にか目の前に皺くちゃ顔が座っている。

背が小さいせいでテーブルから首だけ出しているようだ。

「生首・・」

「は?なんだい。何て言ったんだい?」

「いや、なんでも・・・」

バァさんは彼女が手をつける予定だったケーキへと手を伸ばし引き寄せると

フォークを手にして小さく切り始めた。そして視線をケーキへと向けたまま、

「今のはアンタが悪いね。いいかい?優しいと優柔不断は違うんだよ。

普段はそれでもいいかもしれんが、男はココって時を間違えちゃいけない」

「食べたんだったら、お金払ってくださいね」

「はぃ?」 聞こえない振りだ。全国的にバァさんはこの技を身に付けているのだろうか。

溜息混じりに目の前で口を動かすバァさんを見ると、バァさんは話を続ける。

「ウチの一人息子なんてね、そりゃもう格好よかったんだよ。仕事も出来るし

あたしなんか聞いた事も無い国にもしょっちゅう行ってたんだ。決断力があったね」

ケーキを食べながら自慢しいしいにそう話す。余程、機嫌がいいのだろう

床に着かない足をパタパタと交互に揺らしている。天国に向かって歩いているのか?

冷めかけた珈琲カップを手にして口を押し付けながら聞いてみた。

「バァさんの息子さんって何してるんです?」

「記者さんだよ。それもねぇ、大きい会社は自由が利かない!って言って飛び出して

一人でやっていたんだ。一年のうち日本に居たのは1ヶ月もないよ。格好いいだろう?」

「へぇフリー記者さんね。大変だね。」

「大変なんかじゃないよ。好きでやっているんだもの。本人は幸せさぁ。でもね、

男はそうじゃなくちゃダメな時があるんだよ。うん。」

相変わらずパタパタと足を揺らしてケーキを食べるバァさん。そうか息子さんなら

もう少し常識があるかもしれない。こういうお年寄りほど自分の息子には弱いものだ。

何かあったら息子さんから一言言ってもらおうと思いながら。

「今度はいつ日本に帰ってくるんです?」

「帰ってこないよぅ」

バァさんはケーキを頬張りながら答える。薄い唇の脇にクリームがついて子供みたいだ。

「向こうで暮らしているんです?」

「いや、死んじまったよ。」顔をあげず、相変わらず足をパタパタと揺らしたまま続ける。

「どっかの戦争の取材で出て行って。戦争が終わるまでそこにいて。終わって復興の

様子を取材するんだって言って。手紙にな、“やっと終わったよ。これからは笑顔を

取材するんだ”って送ってきたんだけどな。1週間もしないうちに地雷踏んじまって

飛んだらしいよ。」

「ぇ・・」

「本人はまぁ幸せだっただろうね。好きな事やって好きに死んで。

男として格好良かったよ。一人息子としては最低だけどな。

アタシャ日本の戦争を生き残って、息子は他所様の国の戦争で死んじまうんだもの。」

「・・・ごめんなさい」

「へ?何でよ。アンタが息子を殺したわけじゃなかろうに。

謝るなんてオカシイじゃないか」

「いや、何か聞いちゃいけない話だったかなって。」

「変な子だね。話したくないことは話さないよ。こうやって話す事も供養なんだよ。

気にする事はないやね」

バァさんはどこ吹く風とばかりにケーキを食べ続ける。

と、不意にバァさんの脇から電子音が聞こえだした。

一瞬、自分の携帯を突っ込んだ尻のポケットへと手をやる。でも自分のでは無い、

音がまるで違うのだから。

バァさんがゼンマイ仕掛けの人形のようにカクカクと動きながら袋から

あの携帯を取り出す。

「ありゃ、メールを受信しました。だって。丁度良かったね。」

何が丁度良かったのだろう。そんな事を思う間も無く携帯が突き出される。

「読んでくれ」

「ここで?」

「あのね、あたしゃ人に読まれて困る手紙なんざ来ないんだよ。」

「はいはい。」

しょうがなく携帯を手にする。

ボタンを押して未読メールを選び、そのままメールを開き読んでみた。

“こんにちはげんさありがとうめーるありがとこのたびあどれすお

しえるください”

「ちょっと解読させてくださいね。えぇっと、こんにちは、はOKでしょう。

で、メールもOK。げんさは元気だから。あとは・・・」

ファミリーレストランの紙ナプキンに書き出してみる。

「ありがと、は、ありがとうだね。このたびあどれすおしえるください。

ください、は下さいだから。アドレスってメールじゃないな住所って意味かな」

バァさんが何かを言っている。でも目の前の文章に集中していた。

「 今日は、元気ありがとう(?)メールありがとう。この度、住所教える下さい。

教えて・・かな。教えてください。かもね。」

バァさんが食べ終わったケーキの皿を脇へと寄せて、ほうほうと頷いている。

手には珈琲のカップ。もう少し体に良いものを摂ったほうが良いのでは?

「で、返信するんでしょう?」半ば諦めでそう聞き返すと、バァさんがニパっと

笑った。

「今回は察しがいいね。でも、その前に二つほど聞いていいかい?」

「答えられることだったら答えますよ。何でしょう?」

「このファックス、相手、誰なんだい?」

「へ?」

「あたしゃ誰からファックスが着たのかわからないんだよ。これは誰だい?」

「・・・だってこの前、返事返してたじゃん」

「そりゃ、わざわざ送ってきてくれたんだもの。返事くらい返すだろうよ。

それが最低限の礼儀ってもんだろうに。」

「知らない相手にメール送って、それでまた返ってきたんだ?えぇぇぇ?」

がっくりと崩れそうになる。どこかの業者かもしれないのになんて無防備なのだろう。

老人を狙った犯罪が減らないわけだ。

「二つって言ってたよね?あと一つ何?」

「さっきも言ったんだけど、アンタ話を聞いてなかったようだからさ。もう一回言うよ、

あのクリーニング店の中からこっちを睨んでいるのは彼女なんじゃないのかい?」

指さすほうをゆっくりと視線を送る。白く幻想的な雪文字、スノースプレーで作った

Merry Xmas の文字。まるで彼女の顔にXの文字が張り付いたように

バッテンの左右から見事に吊りあがった彼女の瞳が見えた。



4)


手元にあるのはスキーツアーのパンフレットだった。

そして自分の部屋の中、鼻歌混じりに紅茶を淹れているのは彼女だ。

この前の件についてはバァさんに感謝しなくちゃいけない。

あの後、ファミリーレストランの中から大げさに手招いて

彼女を再び呼び出し、再び席へと着かせると分厚い眼鏡奥の瞳を

ぎょろぎょろさせながら、この子は女の気持ちが判らないんだよ、酷いね。

はっきりしない性格で、一生うだつもあがりそうにない。出世なんざしないよ、と

散々僕を罵倒し、最初はうんうんと頷いていた彼女が最後は

「そんな事ありません!これからきっと頑張ってくれます!」と

再び周りの視線を痛いほど浴びながら言い出すと、

「じゃぁ問題は解決だ。それで良いんだね?」と諌めてしまった。

そのあと僕に向かって、

「アンタもしっかりおし。普段はまかせっきりでもいいけど、いざって

時にはアンタが先頭に立たなくちゃダメなんだからね。」と説教をしたお陰で

今では彼女とバァさんは仲良くなった。

僕としてはいよいよ落ち着いて悩んでいる場所がなくなった気がしているが、

まぁしょうがないのだろう。

今日は、毎年行っているクリスマスのスキー旅行を決める為に彼女は来たのだ。

「今年はどこにする?八方や野沢あたり?それとも猫魔とかにする?」

パンフを眺めながら僕が聞く。

「そうね。」彼女が紅茶をテーブルに置きながら答える。

いつもだったら、今年は滑りたいから、とか、温泉が、とか言い出すのに今日は

言わなかった。

「どうしたの?」僕が聞くなんて珍しい事だ。バァさん効果か?

「ね、隣のおばあちゃん、クリスマスは一人なのかな?」

「さぁ、気にしたこと無かったし。でも一人かもね。旦那さんの話しは聞かないし、

一人息子さんも亡くなったって話しだし。」

「寂しくないのかな?」

僕は考える。いや、本当は考える振りをした。答えはすぐに出ているのだ。

「寂しいだろうね。」

「今年はスキー行かなくてもいいかな?」

彼女が申し訳無さそうに言った。僕は紅茶を二口ほど飲んでから、

「行かないで、どうするの?」と聞いた。

「ここでケーキ食べようよ。」

「バァさんを呼んで?」

「ダメ?」

「プレゼント、おバァの分は半分コね」

彼女が大きく頷きながら、僕に飛び込んできた。持っていた紅茶を零さないように

慌ててテーブルに置くのが精一杯で、したたかに頭を壁にぶつけてしまった。

間髪いれずに向こう側から壁を叩く音。くぐもった声でバァさんの

「うるさいよっ!」怒鳴り声が聞こえた。



5)


ここはバァさんの家。そして今日はクリスマスイブ。

バァさんは頭に三角形の帽子を被っている。鏡を見れば僕も被っていた。

「こんな古典的な・・・」呟くと、バァさんがすかさず

「クリスマスって言えばケーキに帽子だろうよ。ダメだね風情がない男は」

もう辞めちゃいな、と自分に言われるのを彼女は苦笑しながら聞いていた。。

3人分なので今年のケーキはホールにした。古典的が好きらしく、バァさんの要望で

生クリームにイチゴのケーキだ。

そのケーキを切り分けながら彼女が僕にウィンクで合図をした。

「バァさん、今日はケーキだけじゃないよ。プレゼントもあるんだ。」

そう言いながら、小さな封筒を渡す。

バァさんは眼鏡奥で目を細めながら、なんだよ、とまんざらでもない声で

封筒をあける。封筒には小さな紙、蛍光ペンで“携帯電話引換券”

バァさんの顔がきょとんとなる。

彼女が小皿に乗せたケーキを差し出しながら説明する。

「ほら、おばぁちゃんメールの字が小さいから読みづらいって言ってたでしょう?

だから文字が大きくて、もっと使いやすいのを買えるようにって。後で一緒に

買いに行こうよ。一緒に選んであげるからね。」

バァさんはその言葉にニコニコとしながら、それでもゆっくり首を左右に振った。

「ありがとうね。でも、携帯は代えないんだよ。」

「どうしてさ?それは古いから使いづらいけど、今はもっと使いやすいの出ているよ。

番号だって変わらなくても平気なんだから。」と僕が話す。

「本当にありがとうね。でも良いんだよ。」

なんで・・って言おうとしたらバァさんが話を続けた。

「この携帯ね、息子のなんだよ。」

「息子さんって、前に話をしてくれた?」思わず僕は聞きながら姿勢を正した。

「そうだよ。外国に行くときにな、外国じゃ使えないからって置いていったんだよ。

ちゃっかりアタシの口座で契約しててさ。まったくどうしようもない子だよ。」

「じゃぁ・・」

「形見なんだよ。これ以外はね、焦げちゃったり、血がついてたりで

見るに忍びなくて。骨も無かったからお墓にいれちまったんだよ。」

バァさんはそう言うと、シュワシュワと泡をたてるシャンメリーのグラスを見つめたまま。

「悪いね、せっかく気を使ってもらったのに。湿っぽくなっちゃってね。

まぁ今どき身寄りの無い年寄りなんざ珍しくもないんだけどさ。」

僕も彼女も黙ってしまう。そうなんだ今年はこうして一緒にいてあげられても

来年や再来年はまだしも5年後10年後も、と言うわけには行かないのだろう。

「さて、と」寂しくなった気分でも紛らわせるためTVでも点けようかと

リモコンへと手を伸ばした時、

カタン、と玄関先で音がした。ポストに何か入れた音だ。

すぐに郵便配達のバイクの音がする。何か届いたようだ。

立ち上がろうとするバァさんに小さく手をあげて制すると、

彼女が立ち上がって玄関を開ける。とは言っても歩いて4歩で突き抜けるような部屋だ、

ちょっと立ち上がって後ろを振り返った程度の動きなのだが。

「おばぁちゃん、はい、これ」 彼女が渡したのは茶色い封筒だった。

「あぁありがとう。どこからだろうね。」バァさんがいつものように封筒にレンズを

つけるほど顔を寄せてあて先を見る。

「なんだい、なんて書いてあるのかちっとも判らないよ。アンタ、開けておくれ。」

「え?僕?人の手紙とか・・・」 彼女とバァさんが声を揃えて

「あたしゃね、人に読まれて困る手紙なんざ来ないんだよ」

「そうでしたね、はい。」

見たことも無い切手を貼られた封筒はやけに丁寧に封がしてあった。

指でそれをキザキザに開きながらも開封すると、逆さにして振ってみる。

出てきたのは写真と白いレポート用紙だった。

いつの間にかバァさんが手にしている写真を、3人で顔を寄せ合うように見る。

黒人女性が赤ん坊を抱いている写真だ。

次に僕は白いレポート用紙を手にした。随分とペラペラな薄い紙に、

そこには鉛筆で

“こんにちはたぁにゃといいますゆうすけのこどもげんきありがとう”

その下にボールペンで

“初めまして。僕はこの国でボランティア医師をやっているものです。

顔立ちが東洋的な赤ちゃんがいたので聞いたら父親が日本人だと

教えられたので驚きました。この国で報道関係の仕事をしていた

祐輔さんと言う方のお子さんです。祐輔さんは僕が来る2年ほど前に地雷で

お亡くなりになったとの事、お悔やみ申し上げます。もしご関係の方でしたら・・”

「バァさん、これ」読み上げようと顔をあげると、バァさんが皺くちゃの顔を

さらに皺くちゃにして写真を見つめていた。そして搾り出すような声で、

「この子、祐輔の」

「そうだね、息子さんの子供らしい。向こうで奥さんを見つけたんだね」

“お母さんはターニャと言います。祐輔さんの事故のあと日本への

連絡の取り方が判らずに方々手を尽くしたようです。手帳に殴り書きされて

いたメールアドレスを見つけて、日本にいる友人(あまり口外は出来ませんが

ビザは無いと思われます日本語も通じるか難しい様子でした)に

メールを送ってもらうように頼んだようです。ご関係の方でしたら

以下の連絡先にご連絡を頂きたく・・・・・”

「なんだい、あの子は携帯電話を勝手に契約してたと思ったら、今度は孫かい、

まったくしょうがないね。」憎まれ口を叩きながらも

眼鏡越しに見えるバァさんの瞳は真っ赤で、溢れかえった涙が頬の皺を伝って

滴っていく。彼女はそっとバァさんの肩を抱いて一緒に泣いていた。

狭いアパートに随分と素敵なクリスマスメッセージが贈られてきた。


滲みそうになる涙をそっと袖で拭いながら、

「バァさん・・」と声をかけようと手を肩へと乗せようとすると、

バァさんはすくっと立ち上がって。

「ほら、何してるんだい!アンタら。行くよ。」

「へ?」

「へ?じゃないよ。なんでいつも愚図なのかね。この子に会いに行くんだよ。」

「僕も?」

「僕も?じゃないよ。彼女も一緒だよ。外国なんざ行った事ないんだ。それに

アンタだけじゃ頼りないだろう?彼女がいればナンボかはマシだよ。」

彼女は目をぱちくりさせている。そうなのだ、いくらお互いに理解をして仲良く

なったとしても性格が変わるわけじゃない。このバァさんはこういうバァさんなのだ。

僕は生涯で一番深い溜息を吐きながら、

「少し早いけど、ハネムーン代わりになるかなぁ」

一瞬の間の後、丸顔を紅潮させた彼女が僕へと飛び込むように抱きついてきた。

「アンタら!人前でまぐあう気かい!」

押し付けられた唇の背後からバァさんの怒鳴る声が聞こえた。



                         END


規定文字数があった中で押し込み気味に作られた文です。

作品と呼ぶには恥ずかしい限りですが、

もし最後まで読んで頂けたのなら嬉しいです。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 全体の文章の構成が上手に書かれていたのが良かったと思います。少し残念だったのは、主人公の彼女の性格ですが、前半部分の主人公に対しツンデレ?のような態度から『彼女が大きく頷きながら、僕に飛び込…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ