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科白空白  作者: アサクラ サトシ
第一章 狼の小冊子
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狼の小冊子 その五

狼の小冊子 その五 です。


この回で、狼の小冊子は終わります。

 加藤は依里子の姿が見えなくなるのを確認すると腰辺りのシャツをめくり上げた。腰回りには銃のホルダーが装着されていて、そのまま銃を収めた。そして、僕の腕を自分の肩に抱いて起こしてくれた。

「井上さん。あんた、大丈夫……ではないな」

「体中が痛いよ。それと、助けてくれてありがとう。加藤さん」

「加藤でいいよ。井上さんよりも年は下だからさ。しかし、ひどい顔だな。渡辺姉妹には気をつけろって言ったのに、なんでこんな無茶なことをしたんだ?」

 悶絶しながら言っていた言葉は、あの姉妹のことだったらしい。

「ほとんど聞き取れなかったよ」

「思いっきり叩きつけられたからな。暫くの間、起き上がれなかった」

 僕と加藤は桜子ちゃんに目をやった。桜子ちゃんは申し訳無さそうに萎縮している。

「ごめん。てっきりあの女たちの仲間かと思ったけん」

「話も聞かずに投げ飛ばす女がいるかよ」と、加藤が鼻で笑う。

「だから、ごめんて言っちょーが!」

「井上さんよ。若い女が好みかもしれないが、彼女にするならもっと言葉遣いのいい女がいいと思うぞ」

「か、彼女と違うわ! ダラか!」

 加藤に襲いかかろうとする桜子ちゃんを抑える。

「なんだ、違うのか。まぁ、立ち話もなんだ。そろそろ人が入り始めるから移動しよう。どこに行くつもりだったんだ?」

「その前に僕らを助けた理由を聞きたい。あの姉妹と同じく僕らを利用するつもりなのか」

「俺はあの女達に報復したいだけさ。報復でもないな。どちらかと言えば、あいつらの邪魔をするのが目的だ。石田春生が井上優太という友人に小冊子と本を残したことをあの姉妹が知ったからな。だから、あんたらを守ることは、つまりそういうこと。何故か投げられてしまったけどな」

「ちょー、うちはもう謝ったが! なしてそげなことを蒸し返すで」

「わかった。悪かった。それで、井上さん。この理由で納得してもらえるかな」

 ポケットから小冊子を取り出して加藤に見せる。

「この小冊子には三ヶ月前のことが描かれている。にわかに信じがたいことが書かれているし、どこまでが事実でどこからが嘘なのか判断もつかない。ただこの物語に登場していた人物たちが実在しているのはわかった。あんたとあの姉妹が仲間だったことも描かれている。だからこそ、聞きたい。あの姉妹と仲違いをした理由。その答えを聞ければ納得するよ」

「石田春生はあんたにそんなものを残していたのか。確かに三ヶ月前はあの姉妹と共に行動をしていたよ」

「いまは違うという証拠は?」

「ない。もしかしたら、俺とあの姉妹のやりとりがお芝居かもしれないと疑っているんだろう」

 僕は小さく頷いた。

「うちも疑ったほうがいいとは思うで。この人が持っとった銃は偽物だけんね」

「偽物?」

「そげだで。初めはホンマもんかと思ったけど、よー見たら銃口が小さいけんな。あんなんじゃ実弾が出るわけないわ。それに銃を片手で構えるとかありえん。後になって両手で構えたけど、威嚇するつもりで構え直しただけだが?」

「女の子のくせに詳しいな」

「お兄ちゃんが中学生の時に銃が好きでな。モデルガンとか持ち始めとったん。あの人、興味があることはとことん調べて、そんでうちに自慢しとらいたけんな。うちもお兄ちゃんの話を聞くのは嫌いじゃなかったけん、覚えただけだで」

「妹に銃の知識をひけらかす兄貴ってどんな奴だよ」

 そういって加藤は笑っている。もしかして加藤は目の前にいる子が、春生の妹だと知らないのか。とても演技をしているようには見えない。本当にあの姉妹と繋がりがあるのなら、桜子ちゃんが春生の妹であることくらい知っているはずだ。

今、この中で関係図を把握しているのは小冊子を読んでいる僕だけだ。

「その子、石田春生の妹だよ」

「嘘だろ? 全然似てないぞ」

 そうなんだ。容姿はまったく似てないんだ。驚くほど似ていない。遺伝子とは残酷だ。

「あれ、加藤はお兄ちゃんのこと知っちょるの? てか、なんで井上さんは加藤がうちのお兄ちゃんを知っとるってわかったで?」

 説明するのも面倒だったが、小冊子に描かれている内容と登場人物を軽く説明した。加藤の方は春生が小冊子を書き残して姿を消したことはすでに知っていた。だが小冊子が四冊あることと、僕に本を残されていることは知らなかったようだ。

「双子の狙いは石田春生が手に入れた本が目的だったのか」

「加藤。あんたはどこまで知っている?」

「俺は単純に、姉妹の動向を見張っていただけさ。石田春生のことや小冊子のことはその過程で知った。小冊子の内容や本に関しては、あんたに聞かされるまで知らなかったよ」

「なぁなぁ。なんで加藤は呼び捨てで、うちのことは呼び捨てにさんに」

 桜子ちゃんが会話の流れをぶった切って割り込んできた。

「それは、同じ男だから?」

「なんそれ? 意味わからんわ」

「じゃあ、代わりに俺が呼び捨てで呼んでやるよ」

 加藤は桜子ちゃんの頭をくしゃくしゃと掻いた。初対面の女の子によくそんな真似ができると感心する。

「ちょい、やめーや。加藤は馴れ馴れしくて好かんわ」

「あのな。さっきから加藤加藤と呼び捨てにしやがって。俺はお前よりも年上だ。敬えよ」

「難儀なやっちゃな。うちに投げられた男なんぞに敬ってもしゃーないわ」

「お前、それを言うか?」

 加藤は苦笑いをしながら溜息をついた。

 その理屈だと僕も敬われない対象になるが、黙っておいた。

 階段からスーツ姿の中年男性が一人降りてきた。身構えた僕に加藤が大丈夫だと呟く。

「あのおっさんは一般人だ。言っただろ。そろそろ人が入り始めるって」

「人が歩いちょるなんて当たり前だが」

「その当たり前がさっきまで起きていなかったのさ。人通りが少ない場所であっても、人が全く通らなかっただろ」

「そう言われれば、確かに誰も通らなかった」

 僕らがいるこの路地はこのまま直進すれば神泉駅に繋がっている。元の道に戻れば大通りだ。ましやて住宅街ともなっているのに誰も通らないのは不可解だ。あの渡辺姉妹にとって都合が良すぎる。

「この辺り一帯は依里子の人払いで、一般人は入り込めなかったんだ。あんたらを助ける前に、俺がその人払いの式を砕いたから、今こうして人が歩いているわけ」

 加藤は当たり前のように言ってのけた。

「いやいや、人払いとか式とか……そんな魔法みたいなことが起こりえるわけないじゃないか」

 僕は全力で加藤の発言を否定した。柔軟に考えたとしても漫画の世界じゃないのだから、ありえるわけがない。

「俺は事実を言っただけだ。どう受け止めるかは、井上さんの自由だよ」

「もうそぎゃんことどげだっていーわ。肝心なのはうちらがこれからどげするかってことだが」

 また出雲弁で捲し立てる。重要なことだと思うのだけれど、そんなあっさり受け入れてしまっていいのかと桜子ちゃんに問いたい。

「うちらって中には俺も含まれているんだろう?」

 加藤が桜子ちゃんを見て、桜子ちゃんは僕を見た。雑談に花が咲いてしまったが、話題は元に戻った。

 銃は偽物だったわけだし、姉妹との関係もいまだに不明瞭。一芝居うたれている可能性は否めない。そもそも桜子ちゃんは銃を偽物だと見抜けたのに、僕らよりも危険なところに身を置いていそうなあの双子が見抜けないほうが不自然だ。

 本当に、あの双子が素直に従ったことが不自然なのだろうか。偽物という判断もできたが、本物の可能性が高いと察したから加藤の言葉に従った可能性があるとしたら、それは一体なんなのか。

 依里子の言葉を思い出す。

「渡辺依里子が言っていたあの女とは誰だ。あの双子は、加藤の銃よりもその女を恐れていたから逃げた?」

 僕は誰に聞くわけでもなく、考え事を口に出してしまった。僕の悪い癖で気をつけてはいるのだけれど、つい出てしまう。

「小冊子では桜子になっている女泥棒のことだ。あの姉妹にとっては疫病神みたいな女だよ」

 僕の大きな独り言に加藤が答えてくれる。

「双子はどういうわけか、その疫病神みたいな女泥棒さんと加藤が繋がっていると勘違いして逃げた」

「そういうことになるな」

 自分で考えておいてなんだけど、辻褄が合っているようでどこか腑に落ちない。

「井上さん、もう考えるのは止めようや。加藤はうちらを助けてくれた。そんだけで良くないか? いざとなったらうちが投げ飛ばしちゃるけんね」

「二度も投げられたくはないね」

 肩を竦める加藤に親近感がわく。いまは信用してもいいか。

 僕は狼の小冊子を眺める。

 春生が僕に残したこの小冊子のせいで厄介事に巻き込まれてしまった。この小冊子さえ手に入れなければ痛い思いもせずに済んだ。

 悪いことばかり起きている反面、心のどこかで楽しんでいる自分がいた。消えた友人が書き残した小冊子小説。彼を探す手がかり。さらに小冊子に登場してきた人物までも現れ、僕らを狙い春生が隠した本を奪おうとしている。

 後戻りすることはできないのだ。

「井上さんさぁ。うちもお兄ちゃんが書いた小冊子読んでもいーだか? はっきり言ってあのお兄ちゃんが文章を書くとかいまだに信じられんに」

 桜子ちゃんは小冊子を指さしてきたので手渡した。桜子ちゃんは「あんがとー」と返事をして、歩きながら小冊子を読み始めた。

「それで二冊目の小冊子はどこにあるんだ?」

巻末に書かれていた文章のことを説明すると、加藤は納得した。彼にとっても始まりの場所でもある。

神泉駅にあるエスカレーターで小冊子を読み続けていた桜子ちゃんが「んー」と唸り声を上げた。

「自分の名前が書かれちょーと、なんか変な感じだわ」

「僕は衝撃的だったけどね。自分が登場人物になる機会なんて滅多に起きないからさ」

 小説で珍しい苗字や当て字の名前が多用される理由は、架空性を高めるためだろう。万が一にもない可能性だけど、物語の出来事と全く同じように過ごした人もいるかもしれない。春生が僕らの名前を選んだ理由は前者でも後者でもない。単純に思いついたから僕と桜子ちゃんの名を使ったに違いない。

 神泉駅のエスカレーターを登り切ると、コンビニエンスストアと店内で食事もできるパン屋さんがある。ここのパンは何度か食べたことがあるけど、けっこう美味しい。

 改札の前に行こうとした矢先、小冊子の登場人物の中でまだ本当の名を知らない人物のことが気になり始めた。

「その疫病神みたいな女泥棒の名前は?」

 三ヶ月前の当事者である加藤に質問をぶつけた。

「中村千弦。しばらくの間、石田春生と共に行動していたらしいが、いまはどこで何をしているのか、さっぱりだ。俺としては千弦たちのことよりも渡辺姉妹のことで頭が一杯だったからな」

 桜子ちゃんの様子を伺ったが顔を傾げた。

「そげな人、知らんけどなぁ」

 疫病神みたいな女泥棒、中村千弦。いまここにいない人を詮索しても仕方がない。

 予想としては、その女泥棒は狼の小冊子を渡してくれた赤毛の彼女だと思ったが日本人の名前だ。あの外国人女性にまた会いたいとは思っていたけど、それも叶いそうにない。

 現実は、物語のようにご都合主義で作られてはいない。

 会話は途切れた。桜子ちゃんは相変わらず歩きながら小冊子を読んでいる。さすがに吉祥寺方面行ホームへと下る階段までも読みそうだったので続きは電車の中でと諭した。

 ホームは帰宅ラッシュのピークは過ぎていたけど、人で混み合っていた。僕ら三人は混み合うホームで吉祥寺行、各駅停車が到着するのを待った。


最後まで読んでいただきありがとうございます。


狼の小冊子 その五 はいかがでしたでしょうか。


訳あって次の投稿は本日(14/3/15)の午前中に投稿します。


よろしくお願いいたします。

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