虎と羊の小冊子 その五
虎と羊の小冊子 その五 です。
桜子が嫌いな依里子登場です。
「お楽しみの最中でした?」
反論する気にもなれず彼女を部屋の中へ招き入れる。
依里子は物珍しそうに部屋を見渡してからベッドに腰を降ろす。細い足を組んで桜子ちゃんが手にしている小冊子を一瞥した。
「見つけたらコールするお約束でしたよね。お二人の連絡が遅いから、如何わしいことをしているのかと思いましたよ」
「最後の小冊子がどこにあるのか、早めにわかったほうがいいだろ」
依里子が視線を僕に移してお嬢様の微笑みをした。
「気が利く男性は好みですよ。勿論、最後の小冊子がどこにあるのかもうお分かりなのですよね?」
「上野東照宮」
依里子の顔が引きつった。上野東照宮にいい思い出などあるはずがないのだ。四冊目に三ヶ月前の顛末が書かれているはずだが、もう読まなくても結果は知れている。三ヶ月前、渡辺姉妹は春生と中村さんに負かされたから、こうして僕らの前にいる。
加藤を裏切ってまでも手に入れたかった原本は中村さんの手によって破棄されている。渡辺姉妹の歪んではいるけれども、この三ヶ月間は失われた力を取り戻すため躍起になっていたのだろう。だが他人を犠牲にしていい理由にはならない。
「上野東照宮のどこにあるの?」
「一緒に探せないのなら教えるだけ無駄だ」
詳しい場所までは解いていないが、渡辺姉妹には関係のことだ。
「一緒に探すことは出来なくとも、常に連絡は取らせていただきます」
依里子はベッドから立ち上がると、ハンドバッグから二台の携帯電話を取り出して、一台はテーブルの上に、もう一台は手にしたままだ。
「着信専用のプリペイド式携帯ですからそちらから私に連絡はできません。こちらからのコールは五回以内に取ること。以上です。素直に受け取ってくださいね」
ここにきて依里子の申し出を断ることなど皆無だ。僕はテーブルに置かれていたプリペイド式携帯電話を手にした。型が古く僕が持っている携帯よりもやや重みがあった。軽く操作をしてみたが通話以外の機能はなさそうだった。
依里子は僕が携帯を握ると満足したようだった。
「これで私達は共に歩む仲間です」
僕らを歓迎するかのように依里子は両手を広げた。
「つれない顔をされていますね。ちょっと傷めつけられたくらいでヘソを曲げられているのですか」
広げた両手の平を返して脇を締めて肩を竦めた。その仕草にまた腹を立てた。ちょっと傷めつけたと簡単に言ってくれるが、何かしらの格闘技を覚えている由里子の打撃に素人の僕が耐えられるはずがない。
「僕はあなたと仲間になれるとは思えない。利用価値がなくなればあなた達姉妹は僕らを捨てる。三ヶ月前の加藤のようにね」
依里子がハンドバッグに手を伸ばす。僕の発言が気に入らなかったのだろう。なんでもするがいいさ。電流を体に流されたとしても、僕の気持ちは変わらない。暴力に人は順従してしまうのは事実だが、表向きに従うだけだ。
どうにでもなれと身構えずに僕は自然体で依里子が仕掛けてくるのを待ち構えていた。ところが、依里子が取り出したのはタブレット端末だった。
「誤解があるようですが、私達は初めから加藤を捨てるつもりでいたわけではありませんよ。彼がもう少し賢ければ捨てることなく今でも共に行動していたことでしょう。三ヶ月前に私達が彼を見限った理由は、彼があまりにも稚拙だったからです」
依里子は操作していたタブレット端末を反転させると加藤が映しだされていた。これは三ヶ月前の写真なのだろうか。今の加藤とは印象が少し違って見えた。週刊誌の巻末にあるような間違い探しをするような気分になった。
「これの写真は私達と出会う前の彼です。さらに言えば、荒れていた時期とも言えるでしょう」
依里子はタブレット端末を僕に見せたまま膝の上に乗せて液晶画面をスライドさせた。
「この事件をご存知ですか?」
液晶画面に映しだされたのは新聞の記事と思われたが、僕と依里子との距離があるのでほとんど見えなかった。不本意ではあったけど記事が見えるところまで依里子が座っているベッドまで近づいた。
記事の日付は昨年の十二月六日で見出しは「都心に野生動物? 被害者には動物の爪あと」と書かれている。年末までテレビのワイドショーで取り上げられているのは知っていた。インターネット上でも動物園から逃げ出した動物に襲われただとか、野生化した元ペットという話題にもなった。確か連続で野生動物に襲われるという事件だったはずだ。
「あの事件の主謀者が加藤?」
依里子が小さく頷く。
僕は小冊子一冊目で石田桜子(現実では中村さんだ)が言った言葉を思い出す。
『彼らは本を使って世間を騒がせた』
彼女の言っていた世間を騒がせた事件とはこれのことだった。技術書で出現させた動物では警察がどれだけ探しても見つからないのは当然だ。
「これは彼が初めて事件を起こした時の記事です。どこまで加藤の過去をご存知なのかわかりかねますが。事実をお伝えしましょう。長くなりますが、よろしいですか?」
僕は小さく頷いた。あの加藤が人を襲うことなんて想像すら出来なかった故に、僕は知りたかった。
「彼は私達姉妹と同じ技術を用いた末裔の一人です。加藤家は先々代、つまり加藤の曽祖父である加藤源一郎氏が自分の代で技術書の制作をお辞めになられました。そして先祖から引き継いできた技術すべてを隠し部屋に保管され、当主となる人のみその保管所へ入ることが許されていました」
小冊子では名前こそ出てこなかったが加藤の曽祖父が原本を隠したと書かれていた。依里子の言っていることは嘘ではない。
「加藤は、昔の馴染みとしてあえて景義くんといいましょう。景義くんはそんな技術を持つ末裔だとは知りませんでした。さらに景義くんは次男であるため隠し部屋の存在すら知らされない立場だったのです。そして、そうですね。詳細は省きますが景義くんは隠し部屋に入って、あの本を手に入れてしまった」
加藤の気持ちはわからないでもない。僕だってそんな特殊な本を手に入れてしまったら試したくなる。だからといって、人を襲うことなんてしない。
「彼は力を欲していたのです。当主は代々長男のみが継ぐことになります。長男である光義さんは、次期当主として相応しい人格と能力をお持ちでした。しかし、兄が眩しいと弟の景義さんにも期待されます。ですが、景義くんはその期待に応えられず常にお兄さまの光義さんに劣等感を抱いていました。井上さん、もう一度、この記事をお読みになってください」
そこまで言われれば話の落ちも想像が着く。記事に書かれた被害者の名は加藤光義。
「幸いなことに光義さんの命に別状はありませんでした。さらに傷つけた景義くんを許そうとまでお父上に進言されたのです。その優しさが景光くんを余計に怒らせた原因でした」
依里子は僕らに液晶画面を見せたままタッチパネルを操作すると、次々に野生動物に襲われた記事が飛び込んでくる。どの被害者も命に別状がなかったことが唯一の救いかもしれない。小冊子で桜子が言っていたとおり世間を騒がせたのだ。でも、小冊子の中では佐藤一人がとは言っていない。
「これらの事件は加藤とあんたたち姉妹が世間を騒がせたはずだ。春生が中村さんと初めて会った時に、彼らはと言っていた。加藤の悪巧みにあんたたちだって加担したんじゃないのか」
「それは中村千弦の誤解です。景義くんは自分の力を誇示したくて無差別に人を襲っていました。それを止めたのは私達です」
依里子が指先を液晶に触れて次の記事を表示させた。熊のような動物に襲われるも被害者はゼロと書かれていた。続く記事も、次の記事も。いくつかの動物に襲われる記事を見せられ一月十六日の記事が最後となった。
「私達は彼と同じ本を所有している者として接触をして行動を共にしました。勿論、私達の目的はこの世に存在している技術書の収集です。景義くんが私達と同じ賢さと行動理念を持つようになれば良かったのですが、彼はあまりにも本の力に固執する子供でした。故に三ヶ月前の結果なのです」
タブレット端末の液晶画面が暗くなり僕の顔が写り込んでいた。なんとも言えない、複雑な顔をしていると客観的に思えた。
「なぁ、依里子さんよぉ。加藤が悪いことをしちょったのはわかったけどもな。自分らは悪くないみたいな言い方はやめれや。加藤を見限ったとしても力でねじ伏せることなんかないが。うちがはっきりゆっちゃーわ。あんたらの心ん中にある根っこの部分は暴力と略奪だで。あんたが加藤に手を差し伸べようとせずに捨てたんは一緒だわ」
桜子ちゃんの言葉に依里子はにやりと笑う。
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虎と羊の小冊子 その五 は如何でしたでしょうか。
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