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科白空白  作者: アサクラ サトシ
第三章 虎と羊の小冊子
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虎と羊の小冊子 その三

虎と羊の小冊子 その三 です。

 バスルームの扉を開けると想像していた以上に中は広かった。入って右手に洋式のトイレと洗面台。奥にはバスタブとシャワーに椅子が用意されている。熱いシャワーで体にまとわりついた汗を洗い流したかったが我慢しよう。

 トイレの貯水タンクの蓋は意外と重たくて持ち続けることができないので壁際に立てかけた。中を覗きこむとジップロックが浮かんでいた。中身は油紙に包まれタコ糸できつく縛られた物が入っている。形からして間違いなく三冊目の小冊子だろう。さて、ジップロックを拾い上げればいいのだけど。この貯水タンクの中に手をいれるのは躊躇してしまう。まごついている僕を見かねたのか桜子ちゃんがすっと手を伸ばしてジップロックをいとも簡単に拾い上げる。

「こぎゃんもんさっと取って、手を洗えば大丈夫だで」

 言うは簡単だが実行は難しい気がする。僕は潔癖症ではないけど躊躇もせずにそんなことができる桜子ちゃんにたくましさを感じた。

 桜子ちゃんはジップロックの封を開けて油紙に包まれた小冊子を床に落とした。どうやら中身は濡れていないらしい。僕はタコ糸を解いて包まれた油紙を拡げると虎と羊の絵が描かれている小冊子と小さな鍵が出てきた。

 洗面台で手を洗った桜子ちゃんがこちらに振り向くと、僕が手にしている小冊子と鍵を交互にみた。

「さぁなんの鍵だ? 金庫になんか入れさいたんだーか。絵の動物は虎が羊を追いかとーかいね」

 出雲弁を聞くことに慣れたとはいってもさすがに早口で喋られると意味を理解するのに時間がかかる。手にしていた鍵は失くすといけないので財布の小銭入れに収めた。

 三冊目の小冊子は手に入れた。あとは読むだけだ。

 バスルームを出てソファーに腰を下ろす。

「あの女に電話せんでもいいの?」

「渡辺依里子の前で小冊子を読んでも面白くはないよ。どんな本であれね」

「うちもあげな女がおったら余計に読み終わるのが遅くなーわ」

 ソファーに背を持たれて小冊子を開く。冒頭を読み始めた所で桜子ちゃんが声をかけてきた。

「なぁ。うち考えたんだけどな」

 これまで聞いてきた中で心地よい口調だ。喧嘩腰の言葉遣いばかり耳にしていたから余計に続く言葉が気になった。

 ところが、一向に話しかけてこない。とも思えば、彼女は部屋中を引っ掻き回し始めた。

「いったいどうしたの?」

「ここにも盗聴器みたいなんがあーかもしれんし。気になったに」

 部屋に盗聴器というのは僕も失念していた。僕も盗聴器を探そうとしたが辞めた。簡単に見つからないから盗聴できるのだ。

「聞かれるとまずいことなの?」

 桜子ちゃんはこくりと頷くと、ショルダーバッグから筆箱とA4サイズの大学ノートを取り出して広げた。なるほど、筆談。

 白紙にペンが走る。字体は綺麗で読みやすい。

『考えたこと。

 四冊目を見つけたらお兄ちゃんが見つかる。あの女たちがほしい本もお兄ちゃんが持ってる。それなら、お兄ちゃんに協力してもらうことだって出来るんじゃないのかな。

 私達にはあの変な本を持っていない。腕力だけじゃあの双子の姉妹には絶対に勝てない。そうだよね? でも、お兄ちゃんは違う。変な本も持っている。抵抗する手段だってあると思うの。きっとお兄ちゃんならなんとかしてくれる気がする』

 彼女の読みやすい文章を読み終えて感心したのは話し言葉と書き言葉が違うことだ。

 冗談だ。

 彼女の考えに返答しても良かったがあえて筆談にしよう。

 桜子ちゃんの手からペンを抜き取り空欄の部分に書き始めた。

『春生に協力を得るのはいいと思う。桜子ちゃんの言うとおり技術書を持っているし対処方法も知っている。ただ、あの姉妹が春生の対策を企てていないとは考えにくい』

 丁寧に文字を書いたつもりだったけど、桜子ちゃんと比べると非常に汚い。読んでもらうのも恥ずかしいけれど書いた以上、渡すべきだ。

 僕の返答を読んだ桜子ちゃんは両肩を落としてしょげてしまった。

「ごめん。否定的なことを書いてしまって」

「いんや。いいよ。うちの方こそろくに考えもせずに意見を言ったのが悪いに」

 桜子ちゃんは顔を伏せてしまった。

「違うよ。本当に悪いのは何も考えずに行動へ移そうとしないことだ。君は行動に移す落としたきっかけを作ったんだ」

「そげかもしれんけど」

 桜子ちゃんの手元からルーズリーフを取って、再び汚い字で書き始めた。

『まずは春生を見つけよう。どうなるかわからないけど、君のお兄さんならなんとかしてくれる。もしかしたら、加藤や中村さんを無事に助ける方法だってあるかもしれない』

 勢いで書いたものだから乱雑な字になってしまったが仕方ない。桜子ちゃんに用紙を握らせる。

 僕の汚い字を読んでいる桜子ちゃんに、今度は自分の言葉で伝えることにした。

「桜子ちゃんの考えに賛成するよ」

「うん」

 桜子ちゃんは伏せていた顔を上げる。迷いのない晴れやかな目をしていた。

「うちからはもうないわ。井上さん、次の小冊子、はや読んでしまって」

 僕は小さく頷いて読みかけの小冊子を開いた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

虎と羊の小冊子 その三 如何でしたでしょうか。


明日も投稿します。

よろしくお願いいたします。

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