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雨の日の会話



日中の日差しは暖かいというより暑いという言葉が相応しくなってきたが、木陰に入ると涼しく爽やかな風が吹く。

一年の中でもとても気持ちの良い季節であるけれど、今日は朝から残念な空模様だった。


「 こんにちは」

どんよりとした空の下、しとしとと雨の振る中を、美人さんは傘を片手にやって来た。

「 まあ、こんにちは。さあお早くこちらに」

とにかく軒の下に引っ込めてあった縁台に座っていただこうと、店から少し離れた位置に立たれたままの美人さんの袖を引っ張りに走り出た。

「 何してるの。君が濡れてしまうだろう?」

不躾に背中を押す私を気遣って傘を差しかけようとなさっていたが、私が美人さんを軒下へ押し込むほうが早かった。


「 こちらの方にご用だったんですか?生憎のお天気でしたね」

「ああ、そのようなものだよ。ありがとう。使わせてもらうよ」

奥から手拭いを持ってきて差し出すと、薄暗い雨空を吹き飛ばすような、いつものにっこり笑顔で答えてくださった。

今日もこちらまで幸せな心地にしてもらえるようなお綺麗な笑顔だ。


「雨の日も店は開けているんだね」

縁台に腰掛けた美人さんは濡れた着物から手早く水滴を払い、茶の準備をする私を眺めていらしたようだ。

ただでさえ狭い店内に置かれた縁台に、美人さんが私のほうを向いて座っていらっしゃるので、普段よりとてもお近くに感じる。

「 ええ、このくらいの降りなら風が強くない限りは開けてます。休んでも暇ですし、お寺のお客さんも雨宿りの場所がなくちゃ大変でしょうし。まあ、風があるとこんな小さな軒先じゃ雨はしのげませんから閉めますけれど」

お茶をお出しして答えると、美人さんが私の肩を指差された。

「 君も濡れてしまってるよ。悪かったね。拭いたほうが良い」 

そばに寄った時に濡れた着物に気付かれたのだろう。本当にお優しい方だ。気遣ってもらった嬉しさに自然に笑みがこぼれる。

「 ありがとうございます」


「 正直な君のことだからてっきり、 雨ぐらいで閉めてちゃ商売上がったりですもの、って言うのかと思ってたよ」

さっきの私の台詞へのご返事のようだ。お顔が例のごとくいたずらっ子になられているので、これは冗談だろう。

「 ここが私か母の店なら間違いなくそう答えてました」

私もおどけて返事をすると、美人さんが先を促すようなお顔をなさった。

「 父の我侭で建てた店なんです。もともとこの茶屋の稼ぎは有って無いようなものですから。晴れてても雨でも開けても閉めても、大して変わりはないんですよ。雨の日に開けてると菓子を運んで来てくれる本店の見習いさんに嫌がられるんですけど」

「 それもその人の仕事のうちだろう?それにしても優雅な商売だね。大丈夫なの?」

「 ええ何とか。ここは赤字にならなきゃそれで良いってことになってるんです。稼ぐには、この店まず立地からおかしいでしょう?」

「 そうだね。お客が入りそうな場所ではないかもしれないね」

「 ええ、静かで川も綺麗だし眺めも良いし、小さい頃から大好きな場所なんですけど、とにかく人通りが少ないから」

参詣人が多い大きなお寺の参道であれば話は違ったんだろうけれど、残念ながら最寄のお寺はそう大きなところではない。


「 茶屋の立地としてはいまいちだけど、君の好きな場所なんだね。私もここから川の流れやあの橋の上の人通りを見てると落ち着くよ」

私の好きな場所を美人さんも好いてくださってると聞いてとても嬉しくなった。

「 はい。お客様も気に入ってくださって嬉しいです」

「 可愛いなあ 」

「 えっ?」 

何かおっしゃったような気がしたが、美人さんはにこにこしていらっしゃるだけだった。

「 いい場所だからきっと繁盛する日が来るんじゃないかな?」

「 うーん、繁盛して欲しいような。欲しくないような」 

「 欲しくないの?」 

「 お客様が増えたら、人も増やさなきゃなりませんし、そうなってくるとここがもう今までの私が好きだった場所とは変わってしまうような気がして。こんなこと思ってるから人が来ないのかもしれませんね」

美人さんがくすくす笑いながらおっしゃた。

「 では私もこの場所には気付かない方がよかったのかな。客が増えてしまったね」 

私は慌てて言った。

「 まあ、そんな意地悪おっしゃらないでください。お客様がいらして下さって私が嬉しいのはご覧になっておわかりでしょう?」 

「お客様って私のこと?」 

「 当たり前です!どうして今他のお客様の話をするんですか!」 

美人さんはいたずらっ子のお顔のまま面白そうにしていらっしゃったので、頬をふくらませて抗議した。    



しばらく私を見て笑っていらした美人さんは、ごめん、と謝まられてから話を戻された。  

「 では人通りが少ないのに何故ここに?」

「 ええとそれは、父が本店の遠くにお住まいのお得意様方のために、こちら側に落ち着いた水茶屋を建てたかったんです。自宅のご近所さんにもお得意様が多いので。採算はどうでも良かったんでしょうね。一見さんが少なかったら給仕も私だけですむし。それに、父があちらのお寺の御住職と親しいので地代がただ同然なんです」

その代わり、うちは売れずに残る商品を古くなる前にお寺に持って行くことにしている。

貧しい子供達に配ったり、無縁仏さん達のお供えになったり、お寺の方達のおやつになったり、毎日重宝されているようだ。

「 なるほど。ご主人の善意の茶屋なんだね」

「 お得意さまだけへの善意ですね。まあ父はもともと商売気がない人間ですから。本店の方は父に潰されないように母が目を光らせてますけど」

美人さんがあははと楽しげに笑われた。

薄暗い空につられて何とはなしに沈んでいた気分も、美人さんの訪れでうきうきと晴れてくる。

雨音で遮断された茶屋の小さな空間は、穏やかで明るい美人さんが作り出す空気のおかげで、それまで感じたことが無いほどに心地良かった。








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