川原で勘違い発覚
美人さんは次の日の朝にいらっしゃった。
「 悪いね。急かす様で」
「 いいえ。ちょっと待っててくださいね。すぐに支度しますから」
私のために笑顔でいてくださっている美人さんに、私も出来る限り明るい笑顔で答えた。
そんな私達の心のうちを示すかの様に、空の色は薄暗く曇っていた。
店を簡単に閉める支度を終えると、美人さんの前に立った。
「 お待たせしました」
笑顔でそう言うと、美人さんも笑顔を返してくださった。
「 どうする?店の真ん前で話していては閉めた意味もないだろう。少し歩くかい?」
確かにここに居ては、もし他のお客さんがいらした場合「 閉めてます 」とは言い難い。
「 そうですね。どうしましょうか」
サエに誘われているのではない。男の人に誘われているのだと考えなければ。選択を誤らない様そう自分に言い聞かせながら答えた。
お友達としての美人さんとのお散歩にはとっても心惹かれるが、実際にはこれから、ご好意には応えられないとこの方にお断りするのだ。
ああそうだ。もし目の前に居るのが他の男の方ならば、迷わず「 ここで聞きます」と答えていただろう。店を閉めてさえいないかもしれない。その方が早く話が済むからだ。
私はどうしたいのだろう。
美人さんといられる時間を少しでも引き延ばそうとしているのだろうか。
「 川原におりようか。そうすればお客さんからは見えないし、店から離れる必要もないだろう?」
「 あ、はい。そうですね」
美人さんと私に相応しい提案である様な気がして、肯いた。
川原におりると言っても、階段の様なものはない。
おそらく子供達が付けたのであろう曖昧な道筋が、店から少し離れたなだらかとは言えない斜面にあるだけだった。
子供の頃はよく川原で遊んだのもだけど、考えてみると娘と言われる年頃になってからは一度もおりたことがなかった。
斜面のすぐ下には浅い小さな流れがあり、その先は州になっていてしばらく川原が続いている。
子供の頃はどうやっておりていたんだろうと斜面の縁に立ち不思議になった。ここまでの高さも美人さんの肩の高さくらいありそうだ。滑り降りていたんだろうか。
「おりられる?」
先に軽々と浅瀬を越えて川原におりていらした美人さんが、私を見上げて尋ねられた。
「 大丈夫だと思います。ちょっと離れていて下さいます?水が跳ねるかもしれませんから」
「 飛び降りるつもり?案外お転婆だね」
久しぶりに見る本来の楽しそうな笑顔だった。
「 手を貸して」
美人さんが目を細めて、微笑んだまま私の方へ手を差し出された。
その手をとるか迷った私に気付き、せっかくの楽しそうな笑みを困った様なそれに変えてしまわれた。
それが、酷く残念で悲しかった。
「 着物がびしょ濡れになるよ。この後店もあるだろう?」
そうおっしゃって、手をとるように促された。
「 大丈夫だよ。手をとってくれたからって変な期待はしないから」
口を開くと涙がこぼれそうだった。
黙ったまま、屈むようにして差し出された手に自分の手を伸ばすと、ぎゅっと掴まれ勢い良く引っ張られた。
小さく悲鳴を上げながら美人さんの上へと傾いでいく私の身体を、美人さんが自分の胸へ強く引き寄せられた。
どん、と衝撃があり、身体ががっしりと支えられたのを感じた。
「 濡れずに降りられたね」
目を開けると驚くほど近くに楽しげな美人さんのお顔があった。私は美人さんの肩に両腕を回すようにして、子供の様に抱きかかえられていた。
美人さんが楽しそうに笑っていらっしゃるのは嬉しいが、この状態はなんなのだ。
「 降ろしてください!」
慌てて訴えたが、美人さんはどこ吹く風だ。
「 どうして?濡れてしまうだろう。川原まで運んであげるよ」
「 いいです!自分で歩けます!」
美人さんは、また困った様な哀しいようなお顔になられておっしゃった。
「 私は今から振られるのだろう?」
息を飲む私に美人さんが哀しく微笑まれ、続けられた。
「君に触れるのは今限りだ。どうかこのまま運ばせてくれないかい?」
「 嫌です!それなら手を繋ぎますから!重いですから降ろして!」
美人さんのお顔に切なくて胸が痛くなったが、このまま運んで貰う訳にはいかない。いくらお姿が男らしくても。
「 お力は女性のものでいらっしゃるんですから!早く降ろしてください!」
美人さんはしばらく私を見つめて黙っていらっしゃった。
「 今なんと言ったの?」
私は降ろしてもらおうと必死だった。
「 早く降ろして下さいと申し上げたんです!」
私は美人さんの肩を押しながら繰り返した。
「 違う。その前だよ」
美人さんは私の手がかける力など気にも留めず、至近距離から私の顔を見つめたままおっしゃった。
急な質問に頭がついていかず、抱きかかえられたまま小首を傾げた。
「 前?」
「 何故、降ろして欲しいの?」
美人さんはゆっくりと尋ねられた。
「 それはだから、お力だけは男性と同じと言う訳にはいらっしゃらないでしょうから、お客様に抱えられている訳には参りませんと」
美人さんは私のその言葉を聞き終わると、呆然とした様子で私を腕から降ろされた。
浅い流れは裾までは届かず、下駄を濡らしただけだった。
「 君、もしかして、私のことを女だと思っているの?」
私は混乱した。




