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現世の魔法使い  作者: yuki
第一章
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回想 全ての始まり -4-

 あの獣が使った、地面に着地する時に石礫を放つ散弾攻撃。

 地面に対し垂直に叩きつけられた力が逸れて水平方向に分散した物でさえあれほどの威力を持っていたのだ。

 それを今度は獣の方向に向かって、分散することなく直接的に叩きつける。

 弾丸にしてもアスファルトの欠片などという生易しいものではなく、獣の爪を砕くほどの圧倒的な硬度を持った結界が砕けた鋭利な刃だ。

 欠片の刃は瞬く間に獣との距離を詰め体中にいくつもの破片を突き立たせる。

 痛みと衝撃からバランスを崩した獣は目標から大きく外れた誰も居ない駐車場へと墜落した。

『まだだ、油断するな!』

 声に言われるまでもなく、優衣も終わっていないことは分かっている。

 濛々と煙を立ち上らせる墜落点から溢れる威圧感は消えていない。


 杖を握りなおし、先ほど埋め込んだ結界の欠片に向かって体内にうねる力……魔力を流し込む。

 その瞬間、獣の身体に埋め込まれていた数十にも及ぶ欠片が弾けるように爆散した。

 獣の、今度こそ痛みを伴う禍々しい咆哮が夜空に響き渡りかなりのダメージを確信するが、驚くべきことに獣はまだ倒れなかった。

 身体のパーツが幾つか引きちぎれ胴体には複数の穴さえ開けているというのに、ずしゃり、と身体から黒い粒子を零しながらも再び立ち上がってみせる。

 けれど健常時の機動力が失われているのは明らかだ。


『攻撃魔法を一つ教える。単純に魔力を放射するだけの基礎だがその分威力は出しやすい。もう既に体内にある魔力を感じることはできるな? 後はそれを杖に溜めて放つイメージを作ればいい』

 優衣は言われた通りに体内を巡っている懐かしい何かを杖に通わし、留めるイメージでもって圧縮、ある程度溜まったそれを敵目掛けて振りぬく。

 圧縮された魔力の奔流が一条の光となって獣の身体を貫いた、刹那。

 突然流し込んでいた魔力がのたくるように肥大化し、水道管が破裂したかのような怒涛の渦となって勝手に身体から溢れだす。

『っ! 杖を離せ!』

 声が慌てたように叫ぶより先に優衣は本能的に杖を離していたが、その一瞬の隙に溢れた魔力は尋常でない規模だった。

 魔物を貫いた魔力砲が行き場を失い、魔物を起点として空にむかって龍のように猛る。

 それでも流しきれなかった力の余波はそこかしこに停滞し、僅かの間を以って周辺のあらゆる物と共に爆散、消滅した。

 閃光が収まった後に残ったのは幾つもの巨大な穴が穿たれた駐車場と、天に奔った光の龍が残した底が知れない穴。ぼろぼろになった店の入り口と壁。

 側面の窓という窓は粉々に砕け、所々には煤け、まるで爆撃にでもあったかのような様相を呈し、巻き込まれた廃車は一つのパーツすら残さずに完全に消え去っている。

 これだけの規模の爆発があって死者が誰一人も出なかったのは奇跡とすら言ってよかった。

 燃え盛っていた炎でさえ、爆風によって吹き飛ばされ今は火の手ひとつない。


「今のは、何?」

 呆然とした様子で優衣が声に尋ねる。

『魔力の暴走、だな……ダムが決壊したようなものだ。どうやらお前の潜在魔力が異常に高すぎるせいで多少栓を開いただけでタガが外れるらしい』

 ダムの壁に小さな穴があくだけで、そこから流れようとする水圧によって連鎖的に崩壊する事がある。

 暴走の理論もそれと同じだった。

 あり得ないほどの膨大な魔力は一定以上の蛇口を開けると連鎖的に漏れ出しあらゆる物を破壊する。

『ともかく、目立つのはまずいだろう? 敵は倒したんだ、杖を消してさっさと移動するぞ』

 立ち尽くしていた優衣は声の言葉に我に帰ると、周囲を見渡す。

 一連の騒ぎが異常すぎたのことが幸いして、優衣に注目は集まっていない。集まっているのはむしろ巨大な穴の方だ。

 女の子に怪我がないかをざっと確認してから穴を迂回して店に向かうように告げるとこそこそその場を後にする。

 向かったのはすぐ近くにある、遊具もないベンチと小さな水のみ場だけが用意されている寂れた公園。

 勿論声に詳しい話を聞くためだった。


『こちらとしても想定外の出来事だった』

 魔力の暴走が引き起こした爪痕は、獣が暴れたものよりもずっと酷い。

 もし杖を握っている時間があと少し長ければ、或いは奔流が空に向かわなければ、店さえも消し去っていたのかもしれないのだから。

『そもそもあれほどの魔力の放出に人の身体が耐えられるわけがない……本当ならお前が一人消し飛んで終わるはずだったんだ』

 聞き捨てならない言葉に、思わず優衣が問いただす。

「まかさそれが初めから狙いだったの!?」

『馬鹿いうな! 苦労して作り出した契約者を手放してたまるか! それも、属性相性、魔力の総量、魔法の親和性と要因がある中でただ一つを除いて完璧な要件を満たしている稀有な存在となれば尚更だ! 使い捨てるなど有り得ん。お前が消し飛びもせず暴走した魔法の出力にも耐え切ったのは偏にお前の身体が想像を絶するほど頑強に出来ていたからだ』

 人には有り得ないほどの頑強さという言葉に優衣は一抹の疑問を感じつつもとりあえずは声の話を聞くことにして先を促す。


 人は生まれながら色々な属性を持っている。趣味思考にも関係する、魂の色合いとでも言うべきか。

 例えば直情的な人間であればあるほど色合いは赤くなり、火との相性がよくなる。

 感性が豊かな人間ほど色合いは青くなり、水との相性がいい

 といっても純色の人間は殆ど居らず、魂の色は複雑な要素が絡み合ったものになるが。

 だが数ある属性のなかには、純色以上に発現しにくい物があった。その一つが極光である。

 

『契約者を探す時に一番大事なのは魔力、魔法との親和性、それから属性相性の3つだ』

 魔力の親和性とは魔法をどれ程上手に使えるかの指数で、属性の相性とはまた別の概念になる。

 極端な話、純粋な青色の魂を持つ人であっても、魔力の親和性が高ければ火の魔法だって扱える。

 しかし、魂の色合いと使う魔法の属性が同じであればその分威力も操作も容易になるのだ。

 だからこそ声は極めて珍しい極光の属性を持ち、かつ魔力の親和性が高い人間をずっと探していた。

 親和性、属性、どちらも完全に適合する人間なんて早々いるものじゃない、というのが声の弁。

 全てに合致した優衣を使い捨てるな言語道断といった様子だ。

 

「じゃあその要件を満たしていない1つの項目って何なの?」

 もしかしたらそこに暴走の答えがあるのではないかと考えた優衣が問う。

『我と契約できるのは純然たる乙女だけだ。他の精霊にはない条件だが、極光(アウローラ)を司る我にとってはそれが最も重要な要素でもある』

 光は清らか、或いは太陽という意味合いを持つ。そしてどういうわけか、古今東西清らかな物としてよく崇められるのは女性だ。

 聖母マリアしかり、ジャンヌ・ダルク然り。ユニコーンも清らかな乙女の前にしか姿を現さないといわれている。

 日本の天照大御神も女性だし北欧神話の太陽神もまた女性だ。

 ギシリア神話やエジプト神話の太陽神も女性なのではないかという議論も少なからず起こっている。

 極光の精霊たる彼もまた、契約は女性としか行えないという制約が付いていた。

 となれば原因はその一点に集約するのではないか。


『それはない。既にお前は女性になっているからな、契約時に純然たる乙女であれば過去がどうであれ一切問題はない』

 だが声は暴走の原因が性別にある可能性もきっぱりと否定した。

 優衣もなるほど、性別ごと変えたなら全く問題ないかと一人納得……できるはずもない。

「はぁ!? 何馬鹿な事言ってるわけ!? ボクはこの通り……」

 男だと言おうとして、彼の、いや、"彼女"の言葉が詰まり、顔面が蒼白に彩られた。

 胸に手を当てた瞬間、あってはならない柔らかな感覚が伝わってくる。

 何度か叩いても、やはりあるはずのない何かによって柔らかく受け止められた。

 サイズ自体は大きいものではない為に全く気付かなかったが、言われてみれば下半身にも違和感を感じる。

「じょ、冗談だよね、これ、戻るよね……?」

 蒼白が一周回って空笑いを発しつつ、できるだけ平静を装った混乱の中で優衣が尋ねた。

『無理に決まっているだろう。 初めに言ったではないか。"受け入れれば、お前という存在は歩くはずだった道を大きく変えることになるだろう"とな』

 しかし声は今更何を言ってるんだとばかりに、優衣の言葉をばっさりと切り捨ててみせるのだった。


「いや、それはほら、魔法が使えるようになって魔物を倒す日々に明け暮れるからって意味じゃなくて……?」

『馬鹿も休み休み言え。あんなものがそう四六時中出てたまるか。例え出てきてもあれほど強力なものは稀だ』

 あっけらかんと言い放った声に、ついに堪忍袋の緒が切れたとばかりに優衣が噛み付いた。

「何が闘争の世界に身を(やつ)すだ! 性別が変わるなら先に言え! 一体どうしてくれる!」

『人には強く脅すくらいが丁度言いという情報を仕入れたまでだ! それに闘争に身を(やつ)すのは間違いではない。一般人では死ぬかもしれんのだ』

「ボクの精神が今ここで死にそうだよ!」

『寧ろ正常に戻ったといえるだろう』

「言えるわけあるか!」

 きゃいのきゃいのと誰もいない公園で一人騒ぐ元少年、現少女は酷く奇怪に見えるだろうが、付近には人影もなく何者かが通りがかる様子はない。

 そのせいかますますヒートアップしていくやり取りに、やがてどちらともなく疲れ果て荒い息をつくのだった。


「大体君の声、なんだか聞こえにくくなってない?」

 戦闘中の時もそうだったが、静かな公園に来たというのに声のノイズは酷くなる一方で、聞き取るのが難しくなってきている。

 いい加減会話しにくいと思った優衣は不毛な話題を変えるためにももう少し質を上げてもらうよう頼んだのだが、

『もうそろそろ消えるからな、無理だ』

 ようやく一時休戦をどちらともなく無言で結んだというのに、声は再び爆弾を何の配慮もなくポロリと落として見せた。

「ちょっと待って、どういうこと?」

 慌てて尋ねた優衣に、声はやはり事も無げにあっけらかんと続ける。

『本来ならば契約した精霊は術者のサポートに回るのだが……お前と契約するのに魔力を使いすぎた。もう殆ど意思を保てないでいる』

 精霊は契約者に魔力の使い方を教えるために、暫くの間、言うなれば自身が持つ魔力が薄れるまでの間傍でサポートに回る。

 が、この声は優衣の性別を変えるという大規模な魔法を使った影響で魔力が枯渇し、今まさに霧散しようとしていた。

 優衣が魔力を分けると進言したが、声は無理だと一蹴してみせる。

 魔力には、器と呼ばれる入れ物と、中に満たされた水のような2種類があるのだ。

 器にせよ水にせよどちらも同じ魔力だが、器はそれ自体が水よりも圧倒的に濃い魔力の塊でできている。

 そして中に満たされた水状の魔力を使う分には回復するが、器を分解して魔力にした場合、欠けた器は何をしても回復しない。

 声は器その物を全て使ってまで優衣に魔法をかけたのだ。


『魔力によってこの世に遍く存在する光に我という単一の意識が生まれた。そして我はその責務を果たしたのだ。安心しろ、別に我が消えても遍在する光は消えたりしないからな。この地から光を絶やさぬためにも、今後の活躍を期待している』

「形式的過ぎて全く感慨が生まれないんだけど……?」

 呆れた様子でどうでもいいとばかりに優衣は言う。すると声は急に真面目な声で返した。

『最後の忠告だ。悪いが話せることは少なかったからな……同類を探して事情を聞け、以上だ』

「最後は他人に丸投げなの!?」

 抗議の声を上げた優衣に、しかしもう声は答えない。

 同時に、ほんのりと感じていた何かの気配もまた闇に溶けるようにふっと存在を消してしまう。

 後に残ったのは寂しげな公園で一人佇んでいる優衣の姿だけだった。

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